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<写真は5年前の京都四条の歌舞伎座です>
中村勘三郎さんが5日に亡くなられたとの報道記事に接し、一瞬、嘘だろうと呟きました。病のことは薄々聞いてはいましたが突然過ぎたからです。
歌舞伎役者として生まれて来た方が、まだ途半ばで病に倒れました。若き巨星墜ちる想いが有ります。大阪の歌舞伎座で貴方を見たのは昔でした。
ニューヨークの歌舞伎小屋で破天荒な歌舞伎の披露、歌舞伎は破天荒でなければならないことを、見事に具現した貴方を忘れはしないでしょう。
<歌舞伎鑑賞教室に参加して学びました。>
見事な舞台は子役時代から予感させて呉れていたとのことです。歌舞伎に関心の低い時代では有りますが、芸能の一画の大切な部門で有ります。
<南座で学びましたが、それ以後はご無沙汰しました。>
華やかで粋な立ち振る舞いは今でも眼に浮かびます。舞台以外でも粋な受け答えが魅力的でした。眼の運び、発する言葉とは永遠にお別れです。
勘三郎さんが勘九郎だった時の舞台は大阪歌舞伎座でした。まだ青年時代だった勘三郎さんの若々しい肉体が、目に浮かんでなりません。
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自然環境
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人間も自然の一部、その思想さえも。
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1989年の山本直純指揮の一万人の第九合唱に参加してからもう23年が経過した。その時の20歳の青年男女もも43歳、ワイルドだね・・・。
佐渡レッスンを受けたのは11月28日、西宮芸術文化ホールだった。室外からちょっと写させて貰った。これっていけないことなのかなと反省!。
大阪城ホールでのゲネプロは12月1日だった。昔の合唱団の仲間たちがすぐ後ろの席に詰め、懐かしい顔ぶれに嬉しさが込み上げてきた。
更に嬉しかったのは隣が、岐阜県垂井町から参加されたWさんで、隣県でもあり同年輩でもあり、話が弾んだこともあるが何といっても辻井さんだ。 ベートーベンさんも天才に違いないが、辻井さんもピアノの天才だとこの私が申し上げる。大型テレビに映し出された指先の躍動を見たから・・・。
JR大阪城公園駅を降りると、ホールへのアプローチだ。、寒さは厳しかったが川向うの大阪ビジネス街のビルのガラスが日に輝いていた。
これは会場に入る瞬間に見えた風景だ。中に入っての撮影はご法度。お音楽の演奏会としての音響に関しては、安閑とはしていられない。
12月2日が本番、放送は12月24日の午後3時30分過ぎだそうだ。大阪城ホールの会場には朝から沢山の人達が詰めかけ、列を作っていた。
遠くから参加される方は近くのホテルで泊まっている。朝の8時45分に開場、9時になったら入場出来なくなる厳しい掟があるから仕方が無い。
時間待ちに散歩すると、近くの川に水上バスの船着場があった。水の都、大阪の活性化に一万人の第九合唱が寄与していることを信じたい。
右の見えるのが「ホテル・ニュー・オオタニ」だ。12月の声を聴くと冬が一気にやって来た感がする。枯れ葉散るオフィス街は確実に秋だった。
今回は第30回の節目の第九の合唱で、ゲストは歌手の森山良子さん、ピアニストの辻井伸行さん、そして歌手の槇原敬之さんだった。
大震災次年と言うことから東北会場でも平原綾香さんが第九に参加した。第九の第3楽章をヒューチャーした曲をソロで唄った画像を見た。
森山良子さんは「涙そうそう」と「家族写真」を唄った。実に上手い。表現力に秀でている。また辻井信行さんは、音楽性の高い演奏家と分かった。
槙原敬之さんは、余り知らない歌手だが佐渡さんは、相当買っているらしかった。優しい声から若い女の子に人気が有るのではないかと思った。
平原綾香さんは、クラシックの惑星からジュピターを唄って一躍有名になったが、息を吐き出しながら唄う独特の発声法は私には良くわからない。
今回は、第九の第3楽章から抜き出したメロディを使った曲で、平原綾香さんが作詞した「ラブ・ストーリー」を唄った。歌のセンスは良いと思う。
昔は3つの交響楽団を使っていたのに、今回は「1万人の第九オーケストラ」と紹介された、外国人を含む若い男女のオーケストラだった。
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<今年も永源寺の紅葉は鮮やかでした。> アフリカのある女性が日本古来からの心構えである「もったいない」を世界に発信してくれました。そうしましたらある日本女性が選挙に使いました。
そのアフリカの女性は、2011年、71歳で亡くなったケニアのノーベル平和賞受賞者、ワンガリ・マータリさんです。環境保護活動家として有名です。
<中に進むと沢山の参拝や見物の方々がいました。>
ワンガリ・マータリさんは、2005年2月14日、環境関連行事で来日し、「もったいない」と言う言葉に接し、感銘を受け、爾来、それを広めていました。
「もったいない」を2006年の知事選挙に使った日本女性は、嘉田滋賀県知事です。東海道新幹線の栗東駅停車をストップさせて当選したのです。
<奥へと進むと山肌を隠すように紅葉がありました。>
今度は、原子力発電を止めさせるため、自ら新党の党首になると発表しました。あの金銭疑惑の小沢さんに丸込められたからだと思います。
勿論、嘉田知事は仕事に差し支えたのか、夫君とはすでに離婚した独身ですから、どなたと懇意になってもよろしゅうございますがねえ・・・。
<帰路、橋を渡って来る沢山の参拝者とすれ違いました。>
橋下大阪市長が関西広域連合で頑張っているときは傍にくっ付いて存在をアピールしていた嘉田さんは、原発反対の世論にすり寄ったのです。
日本人は群れ為す生物です。自分の考えがどうこう言う前に周囲を見渡します。そして風の吹く方向を見定めてから行動するのが普通です。
嘉田知事は風見鶏です。そして橋下市長はこれらとは全く違うアプローチをしています。自分の考えで、自分の判断で、自分が行動します。
小沢さんに乗り換えた嘉田知事は、反原発なら誰とでも組むつもりなのでしょう。風が反原発の方向に吹いている限り・・・。危うし、危うし。
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季節は廻るのですね。奥琵琶湖のマキノでは、もう秋から冬への季節の移り変わりが始まっていました。あの緑溢れる様子は見当たりません。
昭和56年に学童向けの教育用に整備したらしいです。約2,4Kmの並木道は、日本の並木100選や恋人たちの聖地にも選ばれています。
端正な枝ぶりで、500本の並木は見事なものです。平素は静かですが今は秋の行楽シーズンですから、各地からバスやマイカーで来られます。
日本名は曙杉です。春の新緑、夏の猛々しい程の緑、秋の枯れ葉、そして枯れ枝に雪が積もる冬の幻想的な並木道となるのです。
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営業時間前の「ともしび」のガラス窓から、新宿東口界隈の雑多なビル街が想像できるでしょうか?。常設の歌声喫茶にやっと辿り着きました。
琵琶湖の東岸、JR湖西線の小野駅の南側3軒目に、今年の3月から始めた月1回の歌声喫茶から、はるばる花の都、東京にまで出かけました。
スタッフは男性2人、女性2人。流石に歌の上手い方ばかりでした。更に1人の男性はピアニストでした。開店するや次々とお客さんが入店です。
握り飯や味噌汁等の軽い食事を注文し、希望曲を歌集を借りてリクエストしますと綺麗な声で唄って頂けます。勿論、店内は大合唱になります。
珍しい光景を目にしました。街頭における靴磨きです。戦後に見られた光景が今の新宿で見られるとは思いませんでした。いろいろありますねえ。
日本の高齢化は他に例のない速さで進行し、一方で高齢者もまだまだ元気な方が多く、長年勤めた仕事を辞め、時間を持て余す方もいます。
こうした中で、一時ははやった歌声喫茶に関心を持ち、今年の3月から始めた歌声喫茶ですが、他店の動向を知りたい希望もありました。
結局、思うままにすることだと分かりました。ただし、リードする場合のコツみたいなものを掴んだ気がしました。それはメリハリの大事さでした。 |




