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橋下市長の人気の失墜を狙う勢力がある。自らの力不足、熱意の不足を棚にあげ、橋下市長の言葉尻を捕まえて仰々しく嘘を振りまく奴がいる。
<昭和12年頃の大阪市や堺市付近の地図である。>
原子力発電所の再稼働について、橋下市長は関西のあらゆる方面から寄せられた悲鳴とも聞こえる意見を咀嚼し、政治家として発言したのだ。
<神風特別攻撃隊は、一般住民を攻撃したのでは無い。>
所謂、限定的な再稼働の容認である。安全神話はもはやないが、あらゆる知見を総動員し、ストレスチェックの結果などを踏まえた判断だったと思う。
堤防や免震建屋の不整備等、安全対策が不十分であるリスクを良く理解した上、電力供給の重大性に配意した妥協の産物が何故悪いのか。
電力不足の大いなるリスクは取り返しが付かない結果を招くことは自明の理。一方、あの震災が無ければ再稼働は手順に従ってされていた。
私は、将来の原子力政策は、温存され進化するべき科学的、技術的な人類の選択肢になると思っている。感情的な脱原発は排除したい。
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住民自治は大丈夫か?。
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先ず自己、家族、近隣、地域、企業、社会、国、国際社会へと広げよう。
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ニッポン・アクティブ・ライフ・クラブ(ナルク)は、少子高齢化の進む社会に有って、高齢仲間が自立し、助け合いながら元気に生きるクラブだ。
全国に展開する組織になったが、私はナルクびわこ湖西に加入している。先日、琵琶湖大橋の東詰めにある道の駅「米プラザ」で総会があった。
総会は2部に分かれて開催された。1部はその名の通りの総会、2部は各種の作品展示やコーラスなどによる会員の交流の場として設定された
総会では今後の益々の高齢化の進行に対応したナルクの在り方や問題点が提起された。しかし問題の解決に向けての提言は皆無だった。
問題点は分かっているが解決しようとする熱意が感じられなかった。一例を挙げると、こうした総会に足を運ぶことが出来ない会員のことだ。
元気いっぱいで何処へでも気軽に行ける人たちのことは余り構うことは無いが、高齢、病弱、交通困難、その他の理由が有る場合が問題だ。
一応は問題点を把握している証拠として羅列はするが、だからどうしようと言う発想が無いのには参った。これでは脱会者が絶えない筈だ。
ナルクでは、「エンジョイ・コーラス」と言う唄う会が出来て3年が経過、毎月2回の定例会の他に、個別訪問して唄うグループ活動も実施している。
北海道では孤立した高齢者に対し、電話による会話を組織的に始めているとのことであるが、こちらに方は出向いて唄っておしゃべりするのだ。
でもこれは例外的な活動であって、他の趣味の同好会で実施しているとは聞かない。質疑でこの件を糺したが、あんまり乗り気ではなかった。
考えられることは、個別訪問におけるプライバシイの漏えいだろう。家の中の様子が、有ることないこと人の噂になることを恐れるからなのか?。
高齢者が片足を棺桶に足を突っ込んでいる中で、何を今更気にかけているのかと言いたい。仲間がおしゃべりに来て呉れるのは良い刺激だ。
歌の間に、お茶をしながらお菓子を食べ、楽しくおしゃべりすることの効用は分かっている。精神面だけではなく健康的な生活に役立っている。
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歌声ボランティアでコミュイニティセンターに行きました。90歳以上の方を含む約40人の高齢の方が3〜6人、丸いテーブルの前に座ったいました。
そこは自宅から通うディ・サービスで、食後、軽い体操を済ませ、14時の始まりで私たちが各テーブルに分かれ、一緒に唄うことになっていました。
私の担当したテーブルは3人、中に体を前屈され、目を閉じて今にも眠りにつくかのようなお婆さんがいました。年齢は90歳で、名前も分かりました。
手作りの歌詞の冊子が有るのですが、それが捲れないのです。紙1枚を指に挟むことが出来なくなっていました。これが高齢者の実態なのです。
係員が傍についていて、「○○さん、45ページですよ。」と耳傍で教えて援助するのですが手が自由にならないのです。彼女は努力しました。
歌が好きなようで、早春賦、春の小川、荒城の月等を唄う時は、眼を懸命にあけて歌詞を見て唄っていました。でも歌詞集を捲れないのです。
捲れないと歌が始まらないと彼女は知っているのです。懸命に捲ろうとしても時間が経つばかりなので、私は手を添えて歌詞集を捲って上げました。
唄った後、眼を閉じ、眠たそうに頭がテーブルの下に落ちそうになったので、軽く背中をさすり名前を呼びました。それらを係員は見ていました。
そのボランティアの後の歌会で、ボランティアのリーダーが真剣な顔付きで歌のボランティアにおける、してはならないことの話をしました。
福祉施設のチーフから受けた、ボランティアをする上で注意事項の伝達でした。歌のボランティアなのだから、唄う以外はご法度だと言うのです。
歌詞集を捲るこも、名前を呼ぶことも、ましてや背中をさすることなどは駄目だと言うのです。ここでは人間同士のいたわりあいが出来ないのです。
私は話を聞きながら、私たちの将来は一体どうなるのだろうかと寒々とした感想を抱きました。紙を捲るのにも頑張らねばならないのでした。
唄う楽しさも人と人との触れ合いも、頑張って捲らなければ歌を唄えない実態が有りました。手と手を触れることも遠慮しなくてはならないのです。
脳梗塞で倒れ入院した母親の看病と介護を、介護保険の制度がまだ無かった時代に、兄弟達と約3年間にわたり行って来た経験が有ります。
背中をさすり、手足を揉んだ感触が未だ残っています。母は亡くなりましたが、私の手や指は、母の痩せて枯れてしまった体を覚えています。
他人の世話はこうは行かないでしょう。でも私は考えました。他人でも良い、手をさする、背中をさする行為を有り難く受け入れる積もりですと。
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私は申し上げたい。最低限度の生活がどの様なものかを理解できない人たちはアジア・アフリカ・中南米等で貧困に喘いでいる人たちを見よ!。
放射線量では極めて低値であっても、福島の瓦礫処理でも分かったことだが、人殺し騒ぎをする情け無さと好対照の生活保護の手厚い在り方だ。
東京に住んでいる若い者が仕事が無いと泣いているらしい。地方に行けば外国人が3Kを厭わないで頑張っている。こうしたことを無視ししさんな。
東京の豊かな文化に浸っている人が、選挙の一票に格差が有って憲法違反状態だと泣き言だ。なれば地方に行って頑張ってみたら良いのでは?。
文句を言う人たちは、今の日本の無責任さが通用する社会が当たり前の社会だと思ったら大間違いだ。自然のしっぺ返しは随分厳しいのだ。
生活保護を受け、また、公営住宅に入居するため、悪いと分かっていながら離婚申請する人達がいる。それを手引きしている議員達がいる!。
健康な国民は、特に若者は働く義務が有る。場所が見当たらないと言う者には自衛隊や農村、漁村での集団訓練施設で鍛えよう。外国人は別だ。
外国人については、日本に滞在する理由が無い場合、或いは有害になる人物は、その人が愛し、尽くすべき祖国に帰って貰うのが原則だ。
現行の暫定憲法が占領憲法であるため、日本の国情や文化・歴史に配意が無いこともあり、今になって不都合な点が沢山露呈してきている。
生活保護は全国民が受給可能な制度で有るならば、努力して国を支えている崇高な人達と、だらしない生活態度の人達との扱いに差を付けよ。
健康的な理由等で働くことが出来なくなった人達が、他に援助を期待出来なくなった場合に限って、温かく支えるための制度に変えるのだ。
働く場所が無いなんて言わさない。公園の草むしりでも、道路の清掃でも、農業でも、産業廃棄物処理でもマンパワーを待っている場所がある。
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今のあらゆる閉塞状況にはウンザリしている。黙って居ても状況は変わらないのだったら、自分たちで出来ることはやって行きたいと思う。
ナルク(日本・アクティブライフ・クラブ)の活動についてもそうだ。自立、助け合い、奉仕の心を持って活動する中で、組織の論理が幅を利かす。
福祉の心を奈辺に向けるかが課題になる筈だが、心身とも健全、経済的にも余裕がある方々の社交の場になってはいないだろうか反省する。
総会を開き、運営委員会を開き、趣味の同好会を開催し、慰問活動を続け、施設評価の業務をこなす中で、弱い立場の会員への配意が足りない。
高齢、独居、、後遺症、更に生活上の移動困難者が多くなる中で、困っている会員の要望を的確に把握し、具体的に対応する必要がある。
国や自治体に於いても、同じようなことが言える。国民は国に何を求め何を期待しているのか、的確に把握し、具体的対策を打つべきである。
具体的な例として、福祉の仕組みの中に「グループ・ホーム」がある。孤立している少数の高齢者たちが、1軒の家に共同生活を営む制度である。
また、家庭から短い時間でも離れることが出来る「ショート・スティ」制度もある。その時間帯では家族に自由が生まれ、負担が軽減されるのだ。
こうした中でその費用はやはり税金に頼っている。また、肥大する福祉予算をあてにして、経済的な欲望をより深めている企業や個人がいる。
福祉にお金をいくら注ぎ込んでも、底なし沼に土を入れることになるのでは行けない。福祉予算の執行が国家経済にプラスになれば良いと思う。
日本の強みを生かし、経済の活性化を促進し、国民に将来の明るい見通しを示し、大震災の復興、更に放射線騒ぎの収束を確かなものにしたい。
ところが、現政権の余りに酷い政治運営の状況に怒りを覚える。与党はマニフェストで、3年前に打ち出した具体的な政策を実行する義務がある。
それを放置しながら、俄かに消費税の税率を上げることに血眼になってしまっている。景気が低迷し、国民の消費意欲が落ち込んで居るのにだ。
民主党政権には、政治を担う実力も、人材も、悪政を行った自覚も無く、首相を次々と変え、更に悪政に手を染める愚策を続ける積もりのようだ。
ナルクの中に、中高齢者10名程度で作る小さな唄うサークルを作って4年目になるが、公的な地域の会館を借り定期的に唄う活動をしている。
歌は唱歌・童謡、抒情歌を中心に、昔習い覚えた歌を唄う。歌を通じて精神活動を活発化し、ひいては病気予防、健康増進に役立てば良い。
親しくなった友と語り唄う時間は嬉しく楽しいが、交通機関のない地域に住み、また、マイカーも乗れない孤立した高齢の方の参加は困難なのだ。
そこで交通手段の無いことから孤立している高齢者に対する具体的な対策として、少数グループによる慰問活動を昨年末から初めている。
訪問先の許諾、周囲の環境、慰問グループの人選、音源の確保、開催の場合の各自の負担の軽減を図りながら、月に1回のペースである。
どんな素晴らしい政策を掲げても、実行しないのなら無いのも同じ、最善でなければ次善でも良い。少しでも楽しいおしゃべり音楽会が続けば良い。
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