琵琶湖研究室

折角、人生の舞台に立っているのだから、不完全でも良い、その役を演じ切って見たい。

音楽あれこれ

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恭賀新春

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大晦日はNHKの紅白を見ないで、第九を視聴しました。1989年の大阪城ホールで山本直純指揮で始めて唄う機会を得ました。あれから20年、大阪城6回、転居し琵琶湖ホール3回唄わせて頂きました。

昨年末は忙しさにかまけてお休みさせて頂いたので、テレビで聴く側に廻っておりました。毎日テレビの佐渡さんの番組も見ました。やっぱり時間の推移は怖いもので、89年の出場が最も感動を覚えました。

その後はテクニックは少しは上達したと思いたいですが、唄った後の込み上げる感動は年々薄れてきていました。若いと言うことは何も知らないことも有って、素直に感じることが出来たのだと思いました。

今回聞いたNHKの番組は、外国人の指揮で、ソリストも合唱団も若い人達ばかりでした。従って、指揮の意図に素直に従って唄ったとは思いますが、やはり年輪と言うか何か味付けが淡白な感じがしました。

或いは、こちらの加齢による感動神経が少し麻痺していたのかも知れません。感動と言えば、最近の世の中の動きには感動しなくなったと思います。感動では無く、正反対の心のざわめくことが良く有ります。

音楽は音を楽しむと書きます。私の所属する時間預託ボランティアのナルクの地域ブロックであるナルクびわこ湖西に唄うグループ「エンジョイ・コーラス」を立ち上げて間も無く2年に成ろうとしています。

高齢社会を迎え会員は、自主的に自立・共助・奉仕の精神で活動を続けています。「エンジョイ・コーラス」も楽しく唄うことを目標に、毎月2回の練習日を設定しピーチク・パーチク唄っているのです。

混沌とした経済情勢を反映してとかく暗く成りがちですが、仲間とともに唄えることの喜びを大切にし、時には美味しい食事を一緒にしたりしながら、年相応の楽しみを少し贅沢に味わうこととしました。

今年の日本が真の日本人のものになることを強く願い、世界平和と日本の景気回復、国民それぞれの平穏な生活を祈念いたします。琵琶湖研究室は筋の通る社会、政治、そして暮らしを希求したいと思います。

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「ポップ・サーカス」と言う名前を始めて知りました。びわ湖の南湖の東岸、近江大橋のたもとに有る大型商業施設「イオン」の広大な駐車場に、サーカスの大テントが張られ、行ってみたくなったのです。

午前の部は10時半から開始、平場の駐車場はすでに満車のため、車をイオンの5階駐車場に置く始末だった。連休の中日でもあり、また、イオンは景気が良いらしいと言うことが裏付けられた雰囲気でした。

入場券を買いテントに入ると既に出し物は始まっていて、柔軟な体のサーカス団員が次々と演技を行っていました。コミカルな男性のピエロ、自転車の曲乗りのショウが、時を置かずに展開されていました。

ロシア系、中国系、東ヨーロッパ系、実態は分かりませんが日本人の団員は少ない感じがしました。トランポリンでは観客を出演させて楽しく見せ、最後はスリル満点、本当に素晴らしい空中ブランコでした。

サーカスは久しく見たことが有りませんでした。子どもの頃見たサーカスは、音楽に「天然の美」が物悲しく流れる中で、綱渡り、籠の中をオートバイが廻る演目等が思う出され、懐かしい思いをしました。

特に空中ブランコは演技者の平素の練習による確実な演技と、相互の信頼関係に樹立がが不可欠でしょう。声を掛け合い笑顔の陰に見せる厳しい気迫が観客を圧倒し見る者の心を強く打つものが有りました。

最近のテレビでよく見るお笑い芸人の薄っぺらな芸や言動、全く持って価値が違います。サーカス団員の収入はテレビ出演者には及ばないかも知れませんが、観客に与える感動は100倍にもなるでしょう。

今の世の中、空気を読んで小賢しく立ち振る舞うことが持て囃されるきらいが有りますが、心と業を鍛えて観客に人間の持つ可能性を目の前に展示することが出来るサーカスはもっと評価されるべきでしょう。

小賢しいと言えば、例の「業務仕分け」です。国家像や、国の先行きのことを考えても居ないような方々が、廃止だ、削減だ、と予算のカットにウツツヲ上げている。その間に日本売りが進んでも知らぬ顔だ。

鳩山首相の不正献金疑惑に、国会の予算委員会で質問したそうですが、NHKでも放映しなかったのですね。NHKは何のために視聴者からお金を貰っているのでしょうか?。サボタージュは許されません。

国会の開会期間が短いので審議を急げと言って見たり、国民から審議を強行していると見られたら都合が悪いから、急に会期を延長する姿勢を見せたり、小沢さんの腰ぎんちゃく山岡さんの醜態は何でしょう。

日本の経済や安全保障がそして日本の国の在り様がガタガタになる気配を感じます。国会議員は国政を国民から委任されているのです。国会議員に信頼性が持てない国民は、国を想う心を消してはなりません。

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定年退職年齢は、基本的には60歳と考えても良いと思う。平均余命は寿命の長短で異なるが、男女平均して丸い数字として80歳と考える。するとこの20年間をどう生きるか、これが大切な課題である。

ところで、20年間の実際使える時間は何時間かとはじき出すと、1日24時間の内の睡眠や一般的な生活時間を除くと10時間だと仮定する。20年×365日×10時間=7万3千時間だと推計される。

この約7万時間をどう使うかである。女性の場合は専業主婦も存在し、主婦としての充実した時間を持つことも可能で有るが、主婦をしない選択も有る。男性の場合は主婦的な活動は少ないと思われている。

男女を問わないで再就職したりアルバイト的でも収入を得る活動、無給であっても生き甲斐を得ることが出来る活動、個人であっても団体活動であっても社会参加をする人には時間が足らないと言う人もいる。

病気であれば治療等に時間を消費するし、何か手放すことが出来ない関わり合いを持ったことに貴重な時間を費やすことも有る。自治会活動、社会的団体の活動、家庭内での介護等に時間を取られる人もいる。

だから案外、暇な時間をどう過ごしたら良いのか分からない人は少ないのかも知れない。高齢者もシルバー人材に登録し、不定期ながら仕事をしたり、定年後も働く人たちが存在することも普通になって来た。

良く周囲を観察していると奥さんに先立たれた男性が、コンビニに握り飯や新聞を買いに毎日通っていたり、家を締め切って周囲に存在感を見せない人もいて、世間と挨拶さえ交すことを避けている人もいる。

こうした人達は男性が多いが、女性も存在する。積極的に生きている人は良いとして惰性で生きている人達をもっと有意義に生きては見ませんか?、と提案し、こちらを向いて貰うことが出来たら良いと思う。

7万時間の有意義な時間の過ごし方は、人によって様々で一概には言えないが、自分、家族、近隣、社会と言う括りで見ると、自己啓発、趣味、健康、社会奉仕、あらゆる場面で活躍出来る場所が存在する。

場面についてはこれらをトータルとして考え、趣味を通じて自己啓発、健康管理、社会参画の3要素に関わることも可能であるし、病気の治療に専念せざるを得ない人がいる時には、それに専念すれば良い。

例えば自治会活動に参加している者が、山歩きのグループにも参加し、毎月、山野をトレッキング・シューズを履いて歩き、趣味のデジカメで写真を撮り、ついでに短歌を詠むと言ったことも可能である。

こうして仲間に入って行くことが出来る人は、その時には問題は無いのであるが、仲間に入ることが出来ない人について、何故入らないか、何故社会との接触を断つのかを知ることがとても大事だと思う。

私も偉そうなことが言えない。人付き合いが下手なのである。お酒も飲めず如才ない会話が出来ない。まじめ一方だと自負しているが、相手から見たら面白くない人間に分類されるだろうと今では思っている。

綺麗事を言う。決まったことを守ろうとする。守らない人には指摘することも有る。だから人間が人殺しをしてきた事実を受け止めるには、時間が掛った。何故ドロボーが、詐欺師が、暴力団員が居るのか。

許せないと言う一方、人間は自然の一部なのだから、決まり切った事ではなく大きな自然の中のサイクルで廻って居れば良いなんて正反対の考え方をすることが有る。その矛盾をいつも閏年的処理をしてきた。

ところが、私以上の堅物、人間ではなく民主党と名乗る政党が存在することを知って、堅物を自慢してきたかに思っている自分を見つめ直し、恥ずかしく思われて来た。考える度、何かが可笑しいのである。

マニフェストの書いてあることを、全ての国民が全て了解したとの前提で国政を動かそうとしている民主党は、カルト集団と変わるところが無い。目標と言う物の定義、考え方が余りにも固定的であるからだ。

少なくとも国民の生活が1番と言うので有れば、マニフェストが1番なんて言う筈が無い。国民の生活が1番だなんて思っていないから、現場視察も、住民の表情も見ないまま、やんばダム中止と言えるのだ。

こうした決まり切ったことしか言わない人物の話は心が籠って居ない。名コマーシャル・コメントであった「あなたの話は面白くない。」のである。人間は自然の一部でありファジーな生物だと信じることだ。

「未曾有」を「みぞう」と読まないで「みぞゆう」と読んでも国はほろびない。でも、結論を先に出しておいて、変更はしませんが話し合いましょうなんて真顔で言われたら、話し合いに応じる筈が無い。

前原さんは偽メール事件で得意げに、偽メール問題で政府・自民党を追い詰めるようなふてぶてしい態度をテレビの前に示しました。何か決定的な確証が有るかの如き自信満々の顔であったことを覚えている。

あの時のふてぶてしい造られた顔が、今回でも垣間見える。安全保障の専門家と自他共に認めるこの前原さんを始め、肩に力の入った民主党等3党連立政権の前途が、そして日本の前途が極めて心配される。

先ず考え方をフラットにし、カルトでは無いことを示す。人間の感情を豊かに持ち、少しの間違いは素直に認めて謝ることもあっても良いではないか。例え厳しい短歌の世界でもギシギシしたことは言わない。

長年培われた短歌の世界では、言葉遣いには敏感でなければならない。31文字の文学とも言われているのは、単に短い言葉を繋ぐのではなく、短くても如何に大きな広がりを描いているのかが問われるのだ。

短歌を作り始めて2年が過ぎ、短歌集への投稿も既に17冊を超えた。グループでの自主的製本は、間もなく締め切られ第5集になる。これらを詠み返すと、短歌に目覚めながら拙い歌を詠んだ日が懐かしい。

短歌は歌の題材を見つけること、歌への具体化の作業、そして下手ながら短歌の体裁にはなるが、読み返すと欠点が見えて来る。日を改めて推敲し、また推敲していると当初の歌が大いに変化することがある。

短歌の会は毎月開催され、仲間の批判に晒され、また先生の指導を受ける。自分の考え方と全く視点の違う批判を受けても余り感じることは無いが、歌を評価する中での先生のご指導が嬉しくて堪らない。

下は昨年詠んだ歌三作である。
 
 「指先の心地よきかな秋の日の大地ほじくり玉葱植うる」
 「土に座しそぼ降る雨に身を任す濡るる瞳の秋の群れ鹿」
 「五月晴れたわわに実る八朔を愛でること無く母旅立ちぬ」

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降ったり、晴れたりするのがお天気とは知ってはいるが疲れます。もっと落ち着いたお天気になって欲しいと言うのが本音です。台風8号の後、第9号が突発して大災害を齎し、東海に震度6弱の地震が発生した。

こうした予測が困難なお天気に振り回される前に、馬鹿な人間どもの麻薬・覚せい剤騒ぎでマスコミが大いに賑やかである。イケメン俳優、アジアに一世風靡したタレント、大いに持ち上げて今度は叩きまくる。

同じ時代、同じ地上ではこれとは別の世界があることを知って欲しい。昨日のこと、NALC(ナルク)の結成15周年記念行事が、5月25日から延期され、8月10日に京都会館で無事に開催された。

北は北海道から南は九州。各地に自立と助け合いと奉仕の志を持った方々約3万人が組織化され、各拠点でユニークなボランティア活動を展開している。我が滋賀県でも6つの地域別組織が活動している。

京都会館では午前中は第1部総会が開催され、さわやか財団の堀田力さんの祝辞があった。午後の第2部は、京都会館大ホール一杯の観客に沢山のプログラムが演じられ楽しい時間を共有することが出来た。

我がチームは、10人のマンドリン・アンサンブル(我がナルクメンバーが3人参加)の友情出演の伴奏を得て、かねてより準備の歌二曲(箱根八里・琵琶湖周航歌)を、80人のメンバーで合唱したのだ。

アンサンブルの指導者は、元京都市交響楽団の楽団員で当然この記念行事のコーラスの指揮を快諾されていたのだが、5月25日が新型インフルエンザで8月10日に延期になったため都合が付かなくなった。

そう言う次第で、指揮の大役がこちらに回って来たのである。これは想定外であって、大いに戸惑った。平素のコーラス指導は、仲間内で歌を唄うのが主旨であり、人前で発表することは考えていなかった。

だから人生いろいろだと言いたいのである。ナルク(日本アクティブライフクラブ)の活動理念は、積極的にシニア時代を自立し、助け合い生きて奉仕の実績を積み上げ、老いて行く人生に備えることにある。

第2部では北海道から2つのチームが参加した。中標津市から北海盆踊り、札幌市からはエコ・フアッション・ショーであった。北海盆踊りの衣装も素敵だったが民謡で鍛えた歌手の本場の声の良さに驚いた。

我がチームはコーラスとマンドリンの意気がぴったり合っていた。何より棒を振りながらメンバーの顔を1人ひとり見ていると自然にあふれ出る笑顔が声に潤いを与え、豊かなハーモニーとなって流れていた。

唄い終わり、責任が果たせたなと思って礼をしたところ、アンコールの声が掛った。待って下さい。今回は私たちだけの発表会では無く、時間の制約がありますと言いかけたが、思い切って応えることにした。

それでは、琵琶湖周航の歌を会場の皆さんとご一緒に唄いましょうと言って、指揮の場所を中央から左に移動し、会場に棒を振り今度は自分も大きな声で唄いながら発表を終了した。そこには満足感があった。

レセプションは徒歩10分のウエスティン都ホテルで行われた。京都のナルクのメンバーが今回の総会、演芸大会、レセプションのお世話に当たって呉れた。フロアー演奏の中、芸者さんが皆を迎えた。

全国から来た人たちは、京都の仲間の案内で芸者さんと並んで写真を取り、大いに京都情緒を味わうことが出来たし、レセプションでも、京都のシニア世代のジャズバンドの演奏があり盛り上がった。

ありがたいことだ。帰宅したらどっと疲れ出て来た。8日の絶好のプール日和に恵まれた午後、毎年泳ぐ能力が維持されていることを確認する日とし、若い者と混じって泳いだ背中が今痒い。痒いのです。

ナルクの機関紙にコーラスの写真が小さく載せられていました。早速そのまま転載しましたので画像が小さくて済みません。また指揮する私も、舞台に乗った仲間も半分しか映っていませんのでご了解を・・。

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人間には思いもかけぬ事態の展開に戸惑うことがある。5月に予定されていた京都会館でのコーラスが、新型インフルエンザ騒ぎで8月10日に延期され、指揮を依頼していた方の都合が悪くなったのだ。

「マンドリン・アンサンブル」と言うグループが伴奏に友情出演して頂く予定で練習していたが、そこの指揮者の都合が付かなくなったのだ。そして指揮のお鉢が当方に回ってくるなんて全く想定外だった。

アンサンブルとは3回に練習を行い、一応は自信が付いたが、唄えないことの方が重たい。このコーラス発表は、NALC(日本アクティブライフクラブ)15周年記念の総会後の演芸大会に参加するためだ。

北海道、四国、その他全国から2000人が集まるイベントだ。曲目は「箱根八里」と「琵琶湖就航の歌」2曲である。箱根八里は元気よく、琵琶湖周航歌は丁寧に唄いたいと思っていたが唄えなくなった。

伴奏するのは、はマンドリン、マンドラ、ギター、ベースの10人でコーラスは5月に比べ減少し80人程度になる筈。全体での練習は十分ではないが全国から集まる仲間との交流を深めるためやり遂げたい。

箱根8里は行進曲風、琵琶湖周航の歌はワルツ、曲想が異なるところを聴いて頂きたい。コーラスの練習を通じて、力んだ声では無く、喉を広げ欠伸をイメージした声を揃え、遠くへ届けようと指導してきた。

言葉を大事に、特に伝えたい名詞、例えば「滋賀」を「しが」と聞こえるように意識しないと「いが」にしか聴こえないこと等を伝えて来たが、こちらの意図が正しく伝わっていただろうかとの疑念が湧く。

まあ、良い経験になるだろうと居直っている。マンドリンに合わせるか、コーラスに合わせるかが大きな問題点だが、箱根八里では、途中からコーラスが走り出す傾向があるので、特に注意して棒を振りたい。

去年も咲いた紫の小さなスイレンが今年も咲いた。そして白いスイレンの花が散った後に、同じ鉢から多分白いスイレンの蕾が成長していた。そして8月9日の棚経でお坊様を迎える仏壇の供花に加えた。

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