琵琶湖研究室

折角、人生の舞台に立っているのだから、不完全でも良い、その役を演じ切って見たい。

音楽あれこれ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

滋賀県在住なのに国立滋賀大学に入ったことが無かった。この夏、ひょんなことから公開講座の話を聞いて面白そうだからと出願したのだ。ソルフェージュ、声楽、ピアノの3講座の内、声楽講座を選んだ。

午後1時からの開講、電車とバスを乗り継いで汗をかきながら、大津市平津にある滋賀大学教育学部に入った。木立の道を進むと、校舎群の中に、公開講座の行われる音楽校舎への案内が為されていた。

時間に間に合って受付を済ませ、ピアノが数台置かれた教室に入った。すでに受講生が座っていて、後部の席に座った。すると少年が入って来て隣に座った。聞いてみると中学2年生の男子だった。

ざっと見渡すと中学生1人の他、高校生、大学生、その他成人が約40人参加していた。その内、声楽講座は18人だった。声楽は木川田教授と辻準教授のお二人が別れて指導されることになっていた。

私は木川田教授から2番目に指導を受けることになっていたので、そのまま教室で待つことにした。するとこの教室でソルフェージュの指導が始まり、先生が短い旋律をピアノで弾き、皆が音階を答え始めた。

指導の前に公開講座を受ける理由を質問し、受講者が滋賀大を受験したいからと答える人が多かったのには驚いた。中学男子もそうだった。五線譜の入ったノートに書きとめられた音符と赤丸が沢山有った。

声楽講座は、1人25分間で、ピアノがある教授の研究室に入ると、若い女性(多分学生)がピアノの前に座り、がっしりとした木川田教授が笑顔で迎え入れてくれ、早速「荒城の月」のレッスン開始。

教授は、言葉は要らない「うー」と言う発声のまま、母音を口の中で膨らませて唄って見なさいと、少し実演をしながら指導を始められた。発声練習をしてない私が最も気にする発声練習を兼ねさせる練習だ。

そして「春高楼の花の宴・・・」と歌詞を見ながら唄った。高い音も大体は出たなと思ったところ、春から高楼に飛躍する音が強いからもっと高楼を抑えなさい・・・等ときめ細かな指導があった。

そして、歌は何時ごろから・・とか気分を和らげるお話につい、同郷の声楽家である今は亡き、立川澄登さんに憧れていますと答えると、立川さんは中山梯一さんの弟子で私も中山さんの弟子だと答えられた。

そして、わざわざ中山さんの素晴しい声の録音を聴かせて頂いた。大分県生れの中山さんは東京音楽学校の出身で、二期会の創始者の一人であり、日本を代表する声楽家であることは予ねて知ってはいた。

木川田教授は関西二期会のメンバーで検索すると数々の舞台を踏まれた声楽家であることを知った。そう云えば指導される時の声の自然さ、豊かさ、朗々とするところそして繊細さ、そばで聞いて身に沁みた。

あっと言う間の時間であった。荒城の月を6〜7回唄った気がする。夢中だった。でもピッチは正確、喉を開け、頭の後ろから声が出るような感じで唄った。少しばかり褒められて嬉しかったのは事実だった。

合唱を始めて20年近く、素晴しい実績のある男性声楽家から、こんなに身近な形で独唱の指導は始めてだった。木川田教授の研究室を出るとき、関西二期会の小さなリーフレットが貼って有るのが見えた。

帰宅後、畑に行くと西瓜が成っていた。あの暑さに耐えて実って呉れた。どんな味がするのだろうか?。食べてみなければ分からないが、甘くても甘くなくても私の作品だ!。そして来月の2回目が楽しみだ。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

人様の舞台を見て、うまいなぁとか、ここんとこもっとなぁなんて勝手なことを思う自由は有ってもいいが、いざ自分がソリストとして、舞台に立った場合の有り様は、その場に臨んだ者にしか分からない。

地球上には、数十億の人間が住み、生活をし、活動をしている。今生まれたばかりの人も有れば、臨終を迎えた人もいる。産まれてきて、生きて、そして死に絶えて行くのが我が人類共通の宿命なのだ。

この宿命を背負っているからこそ、生きている意味を早く、しっかりと身につけることが大切である。人類の誕生から現在までを一瞬でも良いから実感できたら、最近の様々な負の出来事が無くなる筈だ。

7月19日に、私はあるホールで独唱する機会を得た。参加している合唱団等によるコンサートに、独唱のプログラムがあることを知って、生きていることを実感するために、今回、チャレンジしたのだ。

合唱は合唱で、仲間達と分担しながら素晴しい歌の響きあいを感じることが出来る。ところが独唱は、歌の解釈、歌唱法、失敗も成功も自分ひとりの責任になる。自分の世界を作ることが出来るかが問われる。

過去に独唱で舞台を踏んだ方は、それなりに度胸も付き、失敗した場合の対処も出来るだろうが、初めての体験故、大いに悩んだこともある。自分は一体この曲をどう唄いたいのか、そこから始まったのだ。

独唱の歌曲は、イタリアの「オーソレ・ミオ」と「カタリ・カタリ」の2曲とし、一曲目はイタリア語を先に、日本語を後に唄い、2曲目はイタリア語のみとした。メリハリを如何にするかがポイントだった。

舞台の中央に進み出る。ライトが眩しくて客席が見えない。伴奏は信頼できるピアニスト、こちらのテンポに合せて頂ける筈だと甘えさせて貰った。オーソレ・ミオの前奏がテンポ良く始まった。

足を少し開き、譜面を確かめ、音程を決め、呼吸を整え、下腹に力を込め、肩の力を抜き、喉の奥を開き、舞台から遠くを見詰め、そこに見える人に訴えるように、子音をはっきり意識して第一声だ。

決まった、音程はパッチリ、落ち着いて子音から母音に移行し、イタリアらしい弾けるような出だ、舌先も良く廻って呉れた。レピートでは雰囲気を変え、少し暗さを持たせた発音に気を付けた。

日本語に移った。発音では言葉の意味が分かるように丁寧に、ロマンティックに、言葉を良く繋ぎ、強弱も思った以上に出来ていた。結びはカンタータ風に、高い音に思い切ってチャレンジした。快感。

拍手があった。淡々と礼をして気分を切り替えた。次はイタリア風に軽やかに歌い上げる歌では無い。カテリーナと呼ぶ薄情けの女性に、翻弄され、恋に悩む青年の心を唄うのだ。私自身への歌なのだ。

ピアニストはすぐ右後ろ、振り返ると目が合った。先ほどの歌に上手くピアノのテンポ、音量を合せて頂いた感謝の気持ちが沸いてきた。自分でも落ち着いてきたなあと思う余裕が、一瞬ではあるが生まれた。

カタリ・カタリの前奏が始まった。打ち合わせ通りのややスローテンポ、音程を確認、♪カタリー・カタリと入るが、かの子音、タリーの長さ、そして入りタイミングを測る。呼吸を整えいつもの通りに唄う。

夢中だった、足が震えそうになった、手も下に下ろすと震えそうになるので前に組んだ。楽譜には少し目を向けたが、遠くを見るように、声が遠くに届くように、力まないように唄うのが精一杯だった。

一旦唄い終り、伴奏がサビの部分を弾いて呉れたのを待ち、最終クライマックスに、高い音に集中しながら、声を大きく脹らませた。ピアノが力強く響いているのが心強かった。終わって拍手、嬉しかった。

朝、我が家のささやかな庭の片隅のバケツに植えている睡蓮の花が咲いていた。薄紫の花と白い花の2種類だった。睡蓮の花はいつもソロである。自分の姿を見たことが無い筈であるのに、堂々と咲いていた・

私達人間は「人」と言う文字を見て、人は支え合いながら生きて行くのだと教えられ、教えていることがある。本当に人は自立を目指してはいけないのだろうか。支えが無くて生きては駄目なのか?。

違う!。人はソロを目指して行くべきなのだ。そして音程、発声、タイミング、強弱、抑揚、感情等を十分コントロールできる訓練を積むことが大切なのである。自立あっての融合であり、支え合いなのだ。

ソロデビューに当たってご指導頂いた先生には感謝の気持ちで一杯だ。自立があってこそ、合唱においても各パートが責任を果たし、指揮者の下、素晴しいハーモニーを醸しだすことが可能になるのだ。

自立心の無い国民が、自立するための努力に向かう誠実さを持たないまま、他人に支援を仰ぐ構図は見たく無い。働く気持ちがあれば十分に人の役に立つ人間が、ソロデビューする蛮勇を持つことが大切だ。

ソロデビューの朝のピンクの睡蓮の花は、不完全な花びらの開き方であった。まだ熟成に至らない初々しさが漂っていた。翌朝、ソロデビューした私を完全に開いた睡蓮の花が迎えて呉れた。嬉しかった。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

滋賀県立びわ湖ホールは、滋賀県が誇る音楽芸術の殿堂である。舞台はオペラ公演を想定している。オペラの大掛かりな舞台装置を収容できるスペースと音響的配慮は十分になされていて、評判が良いようだ。

今回、知り合いの方が大正琴の演奏会があるからとのお誘いを受け、びわ湖ホールの中ホールで聴く機会があった。長年継続されているようで、数グループの参加によって、観客数も多く盛会だった。

元々、大正琴にはあまり関心が無かったのであるが、案内して呉れた方が、私の出演した第九合唱を含めたびわ湖ホールでの演奏会のチケット販売に、お世話になった方なので喜んで聴きに行った次第である。

大阪府では、センチュリー交響楽団への補助金について、橋下知事が削減の方針を打ち出した際、楽団関係者から不満の声を聞いたのであるが、赤字財政の大阪府としては、経費削減が大きなテーマなのだ。

この楽団もそうだが、私の知っているオペラ歌手が、数十枚のチケット販売に苦慮しているのを知っていた。日本の各地で箱物行政が批判に晒されていて、赤字の文化施設は白眼視されているのだ。

私が年末に唄うことを予定している第九は、滋賀銀行の経済文化活動「けいぶん」が主催するものであって、合唱員は市民から募集している。そして参加するものには一定金額の支払いが義務づけられている。

そのほか、チケットを2枚以上購入しなけらばならない。このようにびわ湖ホールに拘わる人達は、一定の金額の負担を負いながら、びわ湖ホールに出演したり来場したりしているのである。

また、びわ湖ホールに限らないことだが、一般的にチケットが高いことも事実である。オペラはスタッフも多く、舞台をやるためには大掛かりな装置や、出演者全体の服装、何より出演者の手当てが必要だ。

音楽や演劇の開催に必要な費用も莫大になるのである、小さい時から唄の才能を自覚し、それなりの訓練、精進を重ね、舞台に立つ夢をかなえた途端、チケット販売に気を使わなければならなくなる。

文化的な生活を送ることは、人間的な生き方に繫がる大切なことだと思う。感性が磨かれて頭脳の働き改善されるのは事実だと思う。もっと気軽にクラシックをと言った途端、チケット販売のご苦労を思った。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

イメージ 6

BS放送に時々気に入った音楽番組がある。しかし、最近困ったことにテレビの画面が出なくなったのである。買ったのは山○デンキと言う大型電機店であったが、地域の電気屋に相談に伺った。

音楽番組だから画面などどうでも良いと思って2日間我慢したが、画面が真っ黒なままで音楽番組を聴いていても詰らないことが分かった。歌手の動き、表情が分からない。ピアノのタッチの様が分からない。

味気ない音楽番組にホトホト溜まりかねてのことだった。店主は、先ず病状を聞き質してきた。画面の様子、音の具合、電源を入れてからの推移等、熱心に聞いてきた。画面が映らないことが分かっても・・。

私は店内に展示されている新型液晶テレビを薦められると思っていた。38インチ、42インチ、いやもっと大型がいいかな?。オリンピックも有るし、阪神タイガースも頑張っているし等と考えていた。

私は馬鹿だった。地域の個人店舗と言うことから大型デンキ店よりは割高になることが有っても、修理や点検などの後日のサービスを考えたら、個人店舗がいいよと聞いていたから訪問しただけなのに・・・。

店主は言った。最近ですが大型店舗に対抗して全国200店の個人店舗が連携した販売組織になっていて、大型店舗とほぼ同じ価格設定が可能ですよと。そして各メーカーのカタログを示した。

もともとこの店は、東○製品の特約店と看板にあったが、我が家のテレビは松○製であり、買い替えになればメーカーも変わると判断していたのが馬鹿だった。店主は、松○に連絡して見ますだって・・・。

買う話は一切無し。症状を聞いて、修理するため特約店では無いメーカーのサービスセンターに連絡して上げましょうとのことだった。買う話が無くなって修理になり、経済的には助かったと思った。

あくる日、自宅にかの店主から電話が入った。近くに配達に来たから立ち寄ってテレビを見せて欲しいとの事だった。自分の店から買って欲しい一心で、訪問する気持ちになるのも無理は無いと思った。

やって来た店主は故障したテレビを見て、購入記録から製品名、型式、製造番号、購入日時等をメモして帰って行った。そして真っ黒な画面のテレビで、音楽番組を詰らない顔しながら聴いていた。

あくる日、松○のサービスセンターから訪問したいが、いつがいいかとの問い合わせがあり、その結果として4日の午後0時ごろ訪問となった。若いがしっかりした感じの作業服の青年の訪問を受けた。

やおらテレビの画面を点検用画面に切り替え、診断して曰く、液晶画面の発光部が機能不良です。換えて見ますが宜しいですかと来た。勿論、買い替えで無い方が助かるので交換して貰うこととした。

液晶テレビ画面の交換が目の前で始まった。枠の取り外し、バックライト部分を含む部品の取り外しが始まったが、ビスが予想以上に多いことが分かった。手際よく電動工具を使い交換作業は終わった。

電源スイッチを入れると、見事に美しい画面が映し出されていた。原因は当初から見立てていたバックライトの故障であった。我が家のテレビは新品のような美しさで甦ったのである。

日進月歩の世の中で、電化製品も変わり身が速い。新品を買っても3ヶ月もすると新型が現れる時代になって入るため、故障したら新品を買い換えると言う頭になっていたことを反省した。

用意したお金は少し余りそうだ。パソコンを買い換えようか。そのときはこの店に頼むことにしようと思った今日の1日であった。店主は金儲けが下手かも知れないが、確実に信頼を得たことに違いは無い。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

イメージ 5

浜大津にあるスカイプラザは、下部は駐車場で上部に各種のレッスンが出来る貸し会場ビルである。今回は平素、合唱の指導を頂いている先生から個人レッスンを受けるため訪れたのだ。

合唱ではバスのパートばかりだった。理由は高音部に自信が無いこと、フランク永井の歌が大好きでよく歌っていて、低音部に変な自信があったからだ。音域を正式に把握したことなく過ぎた日々だった。

しかし、どうしてもメロデーラインを歌いたかった。日本抒情歌、アメリカン・スクリーン音楽、イタリアン・カンツオーネ、フランス・シャンソン、果てはロシア民謡まで歌集を繰っては我流で歌った。

10数年の経験がある第九では「ファ」まで出せることは分かっていた。瞬間芸的な要素があると考えていたので、その付近の音を綺麗に歌うことには関心が無かった。が今回のレッスンで変わった。

午前10時、レッスン会場の第2教室に入った。先ずは先生に朝の挨拶を行った。10帖ほどの教室に1台のピアノが置かれ、頂いた楽譜を譜面台に置いた。イタリア民謡3曲の楽譜だった。

早速、発声練習が始まった。深呼吸をして肩の力を抜き、下腹に力を入れて口の奥を開き、頬と眉を上に上げて力まないで、子音と母音を意識して音を揺らさないで、音を遠くに飛ばすようにと・・・・。

やがて「サンタ・ルチア」「オーソレ・ミオ」「カタリ・カタリ」を続けて歌った、高音部では意識して予め下腹に力を込め、肩の力を抜くように努めたので、何とかクリア出来た感じがした。

おそるおそる先生のコメントを頂くと、発声練習で「ソ」まで出ていた。貴方は自分がバスの音域が出るからバスだと決めてかかっているが、ド〜ファの音域が綺麗だからこれで行きましょうと言われた。

そして今度は「朧月夜」「カラタチノ花」「平城山」を歌った。今までは何となくテノールで歌うと軟派歌手のように見られるのが嫌で人前では歌うことは控えてきた。しかし、遠慮はいらないなと思った。

秋川さんの真似をして「千の風になって」を歌うことが出来たのが何より嬉しかった。

開く トラックバック(1)


.
琵琶湖研究室
琵琶湖研究室
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

標準グループ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事