●宜野湾市長選の敗因-地元紙の論評から抜粋
最大の敗因は、新基地建設のデメリットと、沖縄の経済振興策を、結合して県民に徹底させられなかったため!
注目された宜野湾市長選は、辺野古基地新設反対派が敗れました。
この結果を受けて、早速、共産党が前面に出過ぎたためなどと言う反共論が、官邸を中心として振りまかれています。
むしろ、事実は逆で、現職の佐喜真氏に投票した有権者の4人に一人が、辺野古基地新設に反対しており、それを志村氏支持にできなかった事が最大の敗因です。
我々は、安部政権による分断策に乗ぜられることなく、ますます団結を固め、沖縄県民の多数の民意に沿って、辺野古新基地建設反対と、沖縄の自立した経済振興策を結合して推進しましょう。
以下は、地元紙の論評の抜粋です。
これをたたき台として、大いに議論を深めましょう!
●<志村氏敗因>基地で差別化図れず
名護市辺野古の新基地建設反対を明確に掲げた志村恵一郎氏だが、組織的な運動の出遅れも響き、知名度不足を補えなかった。普天間飛行場の「固定化反対」を掲げた相手候補との差別化を有権者へ十分に伝えられなかった。辺野古問題を前面に打ち出しすぎたあまり、子育てや福祉、産業振興などの課題政策を浸透させることができなかった。
「オール沖縄」の枠組みで翁長雄志県知事らが志村氏を全面支援した。翁長知事は年末から積極的に市に入り、告示後は連日、志村氏と遊説した。稲嶺進名護市長や城間幹子那覇市長、県出身の国会議員らも志村氏をアピールし続けた。しかし、保革がそれぞれで運動したことで、陣営の取り仕切り役不在のため連帯するまでに時間がかかり、支持を拡大できなかった。
陣営も2度の総決起大会や地域懇談会を積極的に開き、票の掘り起こしに力を入れた。しかし、支持する市議が相手候補に比べ少なく、出身市議がいない地域や西海岸などの保守地盤地域は崩せなかった。支援する市民団体や労組も街宣やビラ配りに奔走したが、届かなかった。
企業対策でも総決起大会を開催し、企業票の取り込みを図った。大会は目標数以上の人数は集まったが、市外からの動員も目立ち、相手候補の基盤を切り崩すほどの盛り上がりはつくれなかった。
本部町や八重山、久米島などの離島出身者の集会も開催。一定の動員はあったが、開催時期が遅く、相手候補の後手に回る結果となった。(中部報道部・仲間勇哉)
■基地争点外し奏功 返還どう実現
佐喜真淳氏が現職の強みを発揮し、2期目の当選を果たした。市民は4年間の実績と経済政策に期待を寄せて、市政のかじ取りを託した。佐喜真氏は辺野古新基地建設問題の争点化を避け、選挙運動中は「辺野古」イエスかノーか、態度表明を徹底して拒んだ。佐喜真氏再選で宜野湾市民が辺野古推進を選択したととらえることはできず、政府に辺野古推進のお墨付きを与えたものと必ずしも言えない。
2014年の県知事選で辺野古反対を掲げた翁長雄志氏が当選、続く衆院選の県内の全選挙区で「オール沖縄」が議席を獲得し、「辺野古ノー」の民意が示された。知事選の際、宜野湾市では辺野古反対を訴える翁長氏が、辺野古埋め立てを承認した仲井真弘多氏に約3千票差をつけた。
宜野湾市長選で本紙と朝日新聞、琉球朝日放送(QAB)が実施した合同出口調査でも全体の6割近くが普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対している。佐喜真氏に投票した中にも反対と答えた人がいた。佐喜真氏の再選には、世界で最も危険とされる普天間飛行場を抱える宜野湾市民の複雑な事情がうかがえる。
一日もも早い米軍普天間飛行場の返還を求める思いが市民の間には強い。過重な負担をどうにかしてほしいという切実な願いだ。佐喜真氏は選挙で「普天間の固定化ノー」を掲げた。基地被害に苦しむ市民には受け入れやすい言葉だった。その公約をどう実現させるのか佐喜真氏は市民に明確に示さねばならない。
一方、安倍晋三首相や菅義偉官房長官は「選挙結果が辺野古移設に影響を与えることはない」などと述べている。今回の結果を盾に新基地建設を強行することは許されない。(中部報道部長・安里真己)
★ 「オール沖縄」はこれまで社民、社大、共産、生活、県議会会派県民ネット、那覇市議会保守系会派の新風会で構成していたが、今回で反辺野古を理由に民主県連も加わった。政党的な層の厚さは増したものの敗れた背景には調整役となる人材の不足がある。組織がフル稼働したのは翁長知事が指揮を取り始めた昨年末だったため、組織的な運動の出遅れが敗因の一つとなった。調整機能を含め、「知事頼り」になりがちな選挙運動全体の見直しが迫られる。(政経部・銘苅一哲)