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『聞きそびれた玉音放送』
琵琶の自叙伝(再掲)
この記事は、2010年の8月15日投稿した記事を手直しして再掲したものです。
★70年前の8月14日の夕刻、
夏休みもなく、連日腰まで泥水につかり、山の岩肌にツルハシをふるい、空腹に目もくらみそうになりながら、琵琶湖の周辺、彦根市郊外の、入江内湖、松原内湖の干拓作業に駆り出されていた、滋賀県立彦根中学校の4年生(今の高1)、5年生(今の高2)と、すでに3月に卒業したけれど、そのまま、元の中学に残留させられていた生徒全員が、作業終了後、弁天さんの祭られている山影に集められました。
近くの米原には、米兵、オーストラリア兵などの捕虜収容所があり、同じく、近くの作業現場の干拓作業に従事しており、朝夕行き交う際に、わざと泥を浴びせる友人もいました。
★さて、生徒全員が、山影に集まると、学校長は、おもむろに訓示を始めました。
「明日より4日間、お盆休みを与える。日本古来の風習に従って、先祖の墓参りをしてくるように。
連日敵機B29の編隊が琵琶湖上空に飛来し、その後大阪、金沢などに進路を変え、各地を爆撃しているが、案ずる事はない!
恐れ多くも
(ここで校長以下教師、生徒全員が、“気をつけ”の姿勢を取る)
天皇陛下の、極くお傍に仕える4人の軍事参謀の一人から聞いた事であるが、アメリカの軍艦は、あらかた沈められて、あと4隻しか残っていない。
それに引き換え我が方は、本土決戦に備え、瀬戸内海その他各地に軍艦、飛行機を隠してある。
敵をひきつけ、肉を切らして骨を切る作戦である。
日本は必ず勝つ!
さらに、いざとなれば、神風が吹く!
ただし、これは、極秘情報であるから、父母にも漏らしてはいけない」と!
★我々は、武者震いをして帰宅し、こんな素晴らしい情報を母親に隠しておけるわけがない!
大根の葉っぱと、オオバコその他の道端の草に、糠をまぜて、少しでも腹もちのする夕飯の支度に余念のない、母親に耳うちをする。
しばらくすると、こんな素晴らしいニュースを、父親に知らせないわけにはゆかない!
これまた、オオバコの葉を乾かして作った煙草モドキを吸っている父親に耳打ちをする。
両親は両となりに伝え、
かくて一夜のうちに
全県下に、人心の混乱を抑えるデマが行き届く!
★明けて15日、
校長の云いつけ通り、2歳年下の従弟とともに、多賀町の母の実家の墓参りに!
ところが、祖母は、「折角来てくれたが砂糖もなく、牡丹餅も作ってやれない!」
それどころか、「これまで大きな空襲を受けてこなかった彦根の街が近く、空襲を受けることは間違いない!
ということで、家財道具を田舎に持ち出す疎開の日だ。
親戚が男手がなくて困っているだろうから手伝いに行ってやってくれないか」と。
★「分かった」と彦根の街に、リヤカー引っ張って入ってゆくと、どの家も荷物を荷車などに積み、更に屋根瓦まで、手渡しではがして積み込んでいる。
愈々彦根の街も終わりかと語り合いながら、街の中心部にある親戚の家についたのは、
正午過ぎか?
つくと早々、「折角来てくれたけれど荷物は積み終わった、道の混まないうちに出かけるので、すまないがお茶もあげられない」と。
「いいよ、いいよ、気にしない、気にしない」と、腰も下ろさずトンボ返り!
すると不思議な事に、人々は、黙々と、一旦はがした瓦を、屋根にもどしているではないか!
中4と、中2の二人の頭で考えた!
「ああ、分かった、一旦運び出そうとしたが、重すぎるのであきらめたのだ」と。
★「でも、待てよ、もしそうなら、人手のありそうな家は運び出してもいいではないか?」
「全部の家が、瓦を元にもどしているのはどういうことだ!」
今一度、聞いて見ようと、町はずれの農家のおじさんに聞いてみると、
『戦争は終わったらしい』と。
『どうやら、日本は戦争に負けたらしい』と。
そんな筈はない、「日本は必ず勝つ」と、昨日校長先生から聞いたばかりだ!
かと言って、日本が勝ったとも思われない!
いくら、洗脳されているとは言え、連日爆撃を受けながら、手も足もでない日本が、今日、明日のうちに勝てるとは思えない!
★「分かった、あのおじさんは、アメリカのスパイだ!日本の国民を惑わすデマを流しているのだ」
「二人では、かなわないので、あとで友達をつれてやっつけにこよう」と。
そこで、私の記憶はプッツリと切れる。
どこを、どうして、祖母の家に帰り、そこから再び実家に帰ったのか?
瓦の手渡しの風景は、しっかり脳裏に焼き付いているのに、・・・。
記憶の蘇るのは、8月も数日を残すところからだ!
《85歳になった今も、あの瓦の手渡し風景は、鮮明に、脳裡に残っています。》
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