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中町さとし
立川駅南口の 横丁で 昭和20年に 創業した 大衆居酒屋「ひげの銀月」の 4代目。 その後 イタリアンレストランに リニューアル?して 経営していた。 福島原発事故後・・・ 食材の 放射能汚染が 問題視される中で 2011年に お店を 閉じました。 昨年11月より 日本共産党の 専従者として 働いています。 ワタシの 二カ月お兄さん。 (あ。中町さん、今月生まれか・・・) 35歳デス。
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2013年都議選
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清水ひで子
このページでは、私の追求する政策を、情勢分析を踏まえ、その実現への課題と展望とを示しながら、詳しく紹介していきます。
しっかりとした情勢分析を行い、現在の動向も踏まえて文章にまとめるには、どうしても時間がかかります。このページは徐々に充実させていくことになると思いますが、ご容赦ください。 http://www.simizu-h.com/img/logo6.gif1、子育て安心の東京へー少子化の克服へ力を尽くします
2、お年よりも障害者も安心―住み慣れた地域で生きがいを持って生活できる東京へ
http://www.simizu-h.com/img/logo11.gif1、どの子にも基礎学力と社会性が身につく学校へ、教育を改革します
2、中小企業支援で地域経済に活力を
3、若者、女性、働く人の権利と雇用を守ります
http://www.simizu-h.com/img/logo4.gif1、大型公共事業を抜本的に見直し、生活環境整備を重視します
2、環境と共生する東京をめざします
3、災害につよい、安全な東京へー東京直下型地震に備えます。減災の立場で予防します
4、多摩地域への支援をつよめ、23区との格差を解消します
http://www.simizu-h.com/img/logo5.gif
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和泉なおみ
お年寄りを困らせてはなりませぬ
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大島よしえ
2009年7月の都議選で都議会に送っていただいた私は、都市整備委員会に所属して、東京のまちづくり問題と、都民の暮らしの基本になる住宅問題などに取り組んできました。
また、格差と貧困が広がる中で、深刻さを増す都民の雇用やくらし、営業を守るために、福祉のケースワーカーとして働いてきた経験も生かして、都民が安心して住み続けられる東京をつくるために、ひきつづき全力をつくします。 私の歩んできた道 1949年11月、千葉県野田市で生まれました。妹が一人います。
1968年、千葉県立東葛飾高校卒業後、足立区役所に勤務しました。当時は、美濃部革新都政の時代でした。1973年、足立区関原にあった中部福祉事務所で生活保護や、身体障害者のケースワーカーとして10年勤めました。 また、職員労働組合の婦人部長などを務め、女性の社会参加や、地位向上などにも取り組みました。日本共産党とめぐり合ったのもこの頃です。 夫とともに3人の子育てをしながら、保育料値上げ反対運動や、産休明け保育や、延長保育実現など保育内容を充実させる住民運動にも取り組みました。また、不足していた学童保育増設の運動にも取り組み、自主保育の「あばれんぼう学童保育室」をつくり運営しました。 1983年、足立区議会議員に当選、連続7期。吉田区政時代に区議団長として革新民主区政を支えてきました。 2009年7月、渡辺やすのぶ都議のあとつぎとして都議会議員に当選し、現在都市整備委員です。
趣味といっても無趣味が趣味?なんていっていましたが、今は、娘の結婚式にブーケを作ったことがきっかけとなり、フラワーアレンジメントにすっかりはまっています。あまり時間が取れないのが残念ですが、それでも結構楽しんでいます。
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