|
【写真】彦根城天守閣(私の学んだ彦根中学校ー現彦根東高校は、このほとりにある)
メールマガジン「琵琶の独り言」No.8(2009年3月19日発行)
今日は、午前中、浄土真宗本願寺派のお寺にお彼岸のお参りに行って、帰宅後WBCのキューバ戦を見て、そのご、しばらくpcのコメントをいただいていた方にお返事のコメントをして、相撲を見て、又pcに向かっています。
今日のテーマは・・・私は、何教?何主義?
明日は、彼岸の中日だ!住職の都合で、1日繰り上げて、今日寺で法要があり、家内と出かけた。私の家は、古くから浄土真宗、本願寺派にぞくしている。住職に声を合せ正信偈(しょうしんげ)を唱え、住職のお説教を聞いて帰ってきた。
ところで、私は、学生時代、人並みに、人生に疑問を持った。宇宙の神秘に思いをいたした。そして誘われるままに、日本キリスト教団に属する教会で洗礼を受けた。
日曜学校も手伝った。就職後も、かなり熱心に教会に通った。従って、たまに、キリスト教式の結婚式が行われても、違和感なく、賛美歌に声を合わせる。
そう言えば、もはや遠い昔の家内との結婚式も教会だった。聖書のいくつかの部分はそらんじている。
いつのころからか、次第に疎遠になっていった。新任の牧師から、今も籍があるので是非ご参加をと誘われた。
そのうちにと、お義理でなく答えたが、いまだ、その約束は果たしていない。
私は、中学4年、今で言えば高校1年の時敗戦を迎えた。当時の旧制中学は5年制だった。一応それなりに難関と言われる中学で、入学試験があった。
しかし、小学校6年の12月始まったアメリカなどとの戦争は、次第に激しさをまし、学校にゆくよりは、勤労動員に駆り出されることが多くなった。中学3年からは、連日だ。
教室に行くのは1年に何日あったか・・・。
そして、中学4年生の8月15日、突然戦争は終わった。
私は、価値観の急転換と、教師の急変ぶりについて行けず、登校拒否に陥った。
半年の不登校期間をへて、1年留年して中学に複学したころ、田舎の村にも、共産党の人たちが演説会にやってきた。
私は、あの戦争一色の戦時中に、戦争に反対した人たちがいたことを知って、びっくりした。
そして、零細在村地主の二男坊の私は、地主・小作制度が、農村の発展を阻害しているとの話に納得し、親父や、兄貴に悪いが、少し興味を引かれた。
学生時代、中国から帰ってきた野坂参三を迎えての演説会があり、聞きに行った。そのころ、総選挙があり、下宿の親父さんなども、今度は共産党だと、張り切って、私たち学生にも熱心に投票をよびかけ、共産党は、大躍進35議席を占めた。
ところが、間もなく、朝鮮戦争が始まり、共産党は全員追放された。中国に亡命した徳田球一や、野坂参三に遠隔指導された、共産党は、毛沢東の言いなりで、火炎瓶闘争を指導し、学生の一部は、大真面目にラムネ瓶などで火炎瓶などを作っていたようだ。
そんなばかげた方針について行けるはずがなく、急速に社会主義運動に興味を失った。キリスト教に接近したのはそのころだったろうか・・・。
再び、共産党への接近が始まるのは、日本の共産党が、スターリンの独裁や、毛沢東の武力革命方針からきっぱり手を切り、議会政治を通じて、変革を図るといういわゆる自主独立の方針を明確にしてからだ。
教会への足が遠のくのはそのころだったかも知れない。
学生時代、赤岩栄というキリスト教の牧師がいた。彼は、牧師で、共産党員だと言われていた。共産主義は宗教を否定している。どうやって、両立させているのか、彼の本も読んだが、そこのところは、理解不能だった。
しかし、今は、牧師や、僧侶で党員は珍しくないらしい。
今、東京で、共産党のビラを配布したと言って、逮捕され、地裁では、無罪となり、高裁では有罪で、最高裁で争っている荒川庸生さんも、そう言えば浄土真宗本願寺派の僧侶だ。
「人はパンのみによりて生くるにあらず」しかし「パンなくして生きられない」のも事実だ。
すでに、今年の8月には満80歳に達する私のこの後の生活の糧を、どの宗教が、いやどの政党が一番より良く保障してくれるかが問題だ。過去は関係ない。未来も、長くても20年を見通して、考える。
外国の政党で、名前が同じだから、良く似ているからも関係ない。自分の国の政党のなかから選べば良い。
ブログをはじめて、未だ8カ月。私のブログによるお付き合いは100名を超えた。今年高校に入学するお嬢ちゃんもいれば、80を超えた先輩もいる。
若い人々は、私のように考えるわけにはゆくまい。今50歳の人は、私の年齢にたっするには30年ある。今の政党が30年の間にどう変質するかは、当然気になるだろう。
しかし、それはそのとき、自分の望む方向と違ってくれば支持を止めれば良い。
私は、戦時中の反米教育が未だに底辺にあるのか、あまりアメリカが好きになれない。そのアメリカで生まれたプラグマチズムも、少々胡散臭い感じで受け止めている。
そのくせ、政党選択はプラグマテイズムだ。いや本来政党選択はイズムの問題、つまり頭の問題ではなく、胃袋の問題だと割り切っている。
昔、ドイツ語のテキストで学んだ、ゲーテだったか、ヘッセだったかの小説に、老人が、湖のほとりで追憶にふける一節があった。
私にもそんな時期がやってくることがあるのだろうかと、その時ふと思ったのを思いだした。
しかし、すでにその年齢をはるかに過ぎている。
そろそろ、送りびとを、キリスト教方式で行くか、仏教方式で行くか、無宗教で行くかぐらいは、決めておかねばなるまいと考えるが、それはその時、どうせその時には自分は関係ないのだからなどと無責任な考えで、先へと繰り越している。
ともあれ、私の若かったころは、言葉の違いこそが、文化の違いを産み、戦争への最大の要因とも考えられた。今は、インターネットで、その壁を乗り越えられる時代に入ってきた。
まして、同じ日本語を使う者同士、年齢、性別、職業、思想・信条を超えて、相互理解の場を提供したいと言うのが私のブログに関する信条だ。
−これがなかなか難しいということが、今、感じつつある“問題”だ!
おっと、忘れていた!お説教で住職は、浄土真宗の「他力本願」というのは、「一切衆生を救うということだ」と言っていた。キリスト教も、キリストは、「全人類を救うために自ら死んだ(後に復活するが)」という教義のはずだ。共産主義は、いずれ、国家は死滅して、無階級社会になると説く。つまり全員救済だ。とすると、この三者は共通点があることになる。牧師や、僧侶に共産党員がいても矛盾はないわけだ!
おっと、また深入りしすぎた。死後のことや、おそらく数世代、後のことなど考える必要はない。
とりあえず、私の生きている間に、高齢者の医療や介護に手厚い対策を講じてくれる政党はどこか?政治腐敗解消にどの政党がもっとも熱心か?雇用や不景気対策にもっとも熱心なのはどこか?等々、もっぱら胃袋中心に考えれば良い!
|
琵琶さんの人生航路、興味深く読ませていただきました。
民主主義は膨大な話し合いの手間がかかると思います。「相互理解の場を提供する」という理想をあきらめず、追求していきましょう。最終的に意見が一致することは難しいとしても、弁証法的な発展が期待できるのではないでしょうか。
2009/3/20(金) 午前 0:16
難しい問題ですね〜。
私は、時に【最良の民主主義政治が行われる土壌】として【最悪の民主主義政治下】と【最悪の独裁国家】どちらがふさわしいだろう?と考える事があります。
この問題の解答を、常に【最悪】であっても、【最悪の民主主義政治下】の方を選びたいと思っています。
理由は、【独裁国家】は独裁者に責任をかぶせる事ができるが、【民主主義】であれば、その結果の責任は、政治家ではなく、国民(有権者)が結果責任を負わなければならないという点に置いて優れていると思うためです。
つまり、政治の結果責任をどうとるのか?ということに関して、責任を感じているか?という事が有権者として考えなければならない点だと思うからです。
その意味から、現在の政治を見なければと思っています。
琵琶さんの記事に感銘を受けました。
2009/3/20(金) 午前 0:36 [ ここに地果て海始まる ]
今の琵琶さんであれば大丈夫だと思いますが、いまだに共産主義というと宗教を否定する、と誤解されている方がいらっしゃるのですよ。日本共産党は社会の如何なる発展の段階でも信教の自由は認めますし、現在の党の内部生活においても政教分離を日本共産党は徹底させます。
だいたい、日本共産党は政党であって哲学者の団体ではないのですよ。日本共産党の綱領や規約で定められている党員資格に「無神論者」という規定はないのですが。
アメリカという国に対して感じるものにも私と世代間の相違がありますね。私はアメリカの覇権主義には敵意を感じていますが、アメリカ人一般に対しては敵意や嫌悪感などかけらも感じません。
2009/3/20(金) 午前 0:37 [ - ]
「今日も明日も次の日も我は進み行くべし」(ルカ伝13章33節)
2009/3/20(金) 午前 4:53 [ 丸木寿人&小牧寿人のひとり言 ]
転載させていただきます。お城の写真は桜の咲いているのに差し替えました。
2009/3/20(金) 午前 5:36 [ 丸木寿人&小牧寿人のひとり言 ]
またまた、カテゴリに載らなかったのでTBさせていただきます。写真、桜が綺麗ですよ。
2009/3/20(金) 午前 5:48 [ 丸木寿人&小牧寿人のひとり言 ]
ぼくらの学生時代には「科学的社会主義は世界観である。共産党は世界観をもった政党である。だから宗教を信じてその世界観を優先しているひとはなかなか党に在籍するのはむずかしい」というひともいました。
党の世界観、弁証法的唯物論であって形而上学的観念論ではない。歴史に適用すればそれは史的唯物論、ということでした。
いっぽうで宮本顕治中央委員会幹部会委員長(当時)は「この世の苦悩、特に死というものを考えると宗教を必要とするひとがいることは理解できる」といわれました。
マルクスの「宗教はアヘン」ということばも背景を考えて捉えるべき言葉と言ってました。労働者階級のたたかいをそらそうとする反動的な役割を果たすなら、宗教はアヘンのような働きをする。この世のことから目をそらさせるということで。
当時、同志には信仰が創価学会のひとがいました。共創協定のまだ有効なころで、「ぼくは創価学会だけど公明党より共産党が正しいと思う」とその彼は言ってました。いま、どうしておられるか、消息はしりませんが。
2009/3/20(金) 午前 7:26 [ 岡原耕 ]
日本の多宗教混在相互尊重の日本社会の思想風土は、日本人として誇りに思っています。この誇りを世界に輸出して、宗教紛争が無くなれば良いなあとおもいます。
しかし、この風土は、社会への無関心を産み、政治的無関心者が多いのも困ります。
2009/3/20(金) 午前 8:42
人生の重みを感じます。
2009/3/20(金) 午前 11:49 [ 道祖神 ]
大きく揺れ動いた歴史のなかで生きて来られたんですね。これからの30年、大きな不安がありますね。良い方向に変動したいですね。
2009/3/20(金) 午後 6:12 [ ラパン ]
確か、宗教は人々の苦しみを和らげる働きをすると言う意味において阿片に例えられたと理解しています
一人として同じ人間がいない以上人間の思想を統一することは不可能
大事なことは違いを乗り越えて繋がりあうことではないでしょうか
2009/3/22(日) 午前 0:54
琵琶さんの昔ばなし、とても面白く読みました。
一言だけ付け加えると、戦後ほとんどの人が平和主義になりました。私ももちろん平和主義者です。だが、もう残念、単純な平和主義を唱えられる時代は終わりました。中国の好戦性を見ていると、いつ日本が飲み込まれるかという段階に来ました。
それと経済。産業の空洞化が極限まで進んでいる段階で、福祉政策を叫んでも、実行すれば、赤字国債が増えるだけです。私は、食えなくなった人の救済は、農業などの第1次産業で吸収すべきだと考えています。楽な生活を保障するのではなく、難民キャンプ型の救済をすべきだと考えます。
再び、あの古き良き時代は来ないと思います。私は、学校時代は、成績は断トツで、何の苦労もなく、いや、ちやほやされて学生時代を送りましたが、今は、年金月3万6千円の最低の生活をしています。もちろん生活できません。中国で、日本語講師をしています。昔が懐かしいですね。
2009/6/21(日) 午後 9:26 [ 出野行男 ]
出野さん、私の自叙伝の書き出しの部分を読んでいただいたようで、汗顔の至りです。
たしかに、中国の軍事大国化は急速です。しかし、まだまだ日米の海軍力、空軍力は、中国を圧倒しています。むしろ、中国の軍事大国化は、日米に対抗するために急いでいると言う側面があります。
しかし、中国のGDP(国内総生産)は、急速に大きくなり、ドイツを抜いて世界3位になりました。今年から来年にかけて日本を抜き、やがてアメリカを抜くこともそう遠くないでしょう!
それに伴って、軍事力を強化してくることは避けられません。とにかく日本の10倍の人口を抱えていますから、経済が発展してくれば日本など物の数にならないほどの強大な軍事力を持つことになるでしょう。おそらく21世紀のうちに、アメリカと張り合う、或いはそれを上回る軍事力を持つことになるでしょう。
2009/6/22(月) 午前 8:07 [ 琵琶 ]
【続】日本がそれに張り合って、軍事力を強化してゆけば、国民生活は圧迫されて、今より遥かにひどい貧困生活を余儀なくされると思います。
それを避ける道は、私が当初より主張しているように、国際的な軍縮を進め、軍事力ではなく、外交によって平和を保つ道しかありません。きれいごとだと言われると思いますが、日本のみならず世界全体が、その方向に進む以外に、人類の生き延びる道はありません。
オバマのプラハにおける核兵器廃絶宣言も、それを感じ取った結果の演説だと思います。
経済については、私は、現在の状況は、アメリカの金融資本の暴走と、過剰生産の結果だと見ています。各国が、内需拡大に力を注げば過剰生産は解消する方向に向かうと思います。この問題は、勿論こんな簡単な説明では納得してもらえないと思います。しかし目の疲れが甚だしく今日はこれ以上は無理です。
又体力の続くときに譲らせてもらいます。
2009/6/22(月) 午前 8:14 [ 琵琶 ]