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【地図】シベリア抑留の主な収容所所在地
http://kiuchi.jpn.org/nobindex.htm
★異国の丘 竹山逸郎・中村耕造
http://www.youtube.com/watch?v=hWm_kP922_8

シベリア抑留は、
天皇制を守るための生贄(いけにえ)
政府の秘密文書見つかる!
林明治さん(84歳)の場合!


林明治さんは、今84歳、京都府向日市在住です。
敗戦(1945年―昭和20年)を、満州(現在の中国東北部)で迎えました。
軍隊で、暗号解読の任務についていた林さんは、敗戦後、東シベリアに抑留されました。

マイナス30度〜40度という極寒。金属に素手で触れば、皮膚がはがれてやけどのようになる」という環境のもとで、樹木の伐採や、道路工事なぢも従事させられました。

衛生状態が悪く、身体にノミやシラミがたかっているのが当たり前。食事もマッチ箱ほどの大きさの黒パンに、スープ一杯という粗末なものでした。

気がつくと仲間が死んでいたことも。
「身体がかゆいと思って目覚めたら、隣で仲間が死んでいました。人が死ぬと、その人についていたノミやシラミが生きている人にさーっと移るのです。すると急に体がかゆくなる。もともと自分にたかっていた虫はかゆくないんです。これを『虫の知らせ』というのでしょうか」と。


★「シベリア抑留」と呼ばれているが・・・。
収容所の数は実に2000か所にも及びます。
存在した場所も首都モスクワに及ぶ広範なものでした。
元日本兵らは、まさにソ連の“インフラ整備”のために日本政府から差しだされた生贄(いけにえ)でした。

★ツルハシもささらぬ「永久凍土」
「永久凍土」シベリアでは大地が凍る。冬はツルハシでも歯が立たない。
仲間が死んでも埋められず、「谷底に放り投げた」「雪に埋めた死体の顔が春になると浮かび上がってきた」との証言も!

★抑留体験者には朝鮮の人もいた。
敗戦時、日本の軍隊には、日本人にさせられた朝鮮の人々もいました。
かれらもまたソ連軍に抑留され、後に韓国に帰りついた人たちは「日本の協力者」とさげすまれ、二重の差別を受けました。


●ところが、この過酷なシベリア抑留が、実は、日本の天皇制をまもるため、日本の方から要請したものであることを示す文書が発見されました。

★そのまま残ることをソ連に依頼!
敗戦の年の8月26日付けの、政府の出した文書には、武装解除後の軍人と、一般人は、そのまま、現地に土着することをソ連側に依頼することと、その場合日本国籍を離れることも認めると明記されていたのです。

ソ連軍から「日本人であることを忘れろ」といわれたのには、この日本側からの依頼の文書がありました。−1993年8月共同通信配信記事。

★天皇制を守るため、労務提供を、日本側から申し出る!
2007年12月に、林さんたちの起こした裁判で、更に驚くべき事実が明らかになります。何と、日本政府は、国体護持(天皇制を守る)ため、「極力貴軍の経営に協力する如くお使い願いたいと思います」とまで言い切っているのです。−【注】関東軍総司令部「ワシレンスキー元帥に関する報告」(1945年8月29日)。


●●●琵琶の独り言
これを読んで、私も本当に驚きました。
ソ連軍の抑留は、ソ連の不当な扱いであったと信じていました。

しかし、その裏に、天皇制を守るため、日本政府からの申し出でー依頼があったとは・・・。
勿論、当時のソ連と、日本の力関係もあったでしょう!

しかし、なにをさておいても、日本の国民を保護するのが日本政府の役目ではありませんか?
敗戦になればさっさと日本に逃げ帰った日本政府高官たちは、一般軍人や、一般国民は、どうぞ自由にお使い下さいと申し出ていたのです。

戦時中の政治に、濃淡はあれ、一定の責任を負うべき岸信介(安倍元総理の祖父)、吉田茂(麻生総理の祖父)、鳩山一郎(鳩山民主党代表の祖父)の各氏の政治的影響力を断ち切り、本当の庶民本位の政治の実現が、今求められています。

【注】
★以上の記事は、全日本民医連編集の「いつでも元気」2009年8月号所載の「シベリア抑留国賠訴訟『現代につづく棄民政策を問う』」(p.8〜p.11)の記事を参考にさせていただきました。文責―琵琶。

★なお、引用されている二つの文書は、日本側が、すべて焼却したため、ソ連側の保存文書から発見されたとのことです。

閉じる コメント(15)

読むほどに腹立たしい話です!!

私が初等科一年の時(長崎在住時)学校の帰りが「集団下校」でした。なにしろ二山超えての通学路でした。

雨が降れば山道が川になるような場所でした。
「朝鮮人が出たぞー!」先頭で引率している先生からの叫びである。

当時は朝鮮人は悪い奴・・と教えられていたのです。
成るほど記事の内容と合致してきましたね?!

しかし、戦争が齎す悲哀には意気通りを感じて止みません!!有難うございます.。o○政府への傑作怒ポチ.。o○

2009/8/12(水) 午前 9:18 [ hiro_jie_4649 ] 返信する

気負い過ぎて単発でした▄█▀█● ガックリ!!

(⌒∇⌒)ノ""今日も活き活き参りま笑・・マタネー!!

2009/8/12(水) 午前 9:22 [ hiro_jie_4649 ] 返信する

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鈴川倶楽部です。
敗戦国の復興は、結局、勝利国のストーリーの中に、制約されてしまうと(残念ながら、)思いますが、民間引揚に尽力した同胞会の実績は評価されるべきではないでしょうか。
また、子孫たちに先祖の問題行動をなぞらえるのはよくないと思いますが、麻生氏や安部氏は器とは感じない場面があります。

2009/8/12(水) 午前 9:42 KEN 返信する

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軍隊は、うまく立ち回る奴の巣みたいなところですね。
一兵卒がいつも被害者になるんですね。

2009/8/12(水) 午前 11:12 [ nakayamagoro ] 返信する

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許せない。

2009/8/12(水) 午後 1:34 [ 重圧奈ストーリー展開 ] 返信する

国の為、天皇の為、、、何時も犠牲になるのは庶民や弱者ばかり・・・!

2009/8/12(水) 午後 3:50 [ - ] 返信する

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やはり大日本帝国は国民を棄民していたのか。国はそれすら認めないのだろうな。だから国民があらゆることについて信用することができないのだ。

2009/8/12(水) 午後 8:48 [ waterdrinknoumin ] 返信する

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瀬島の件は知ってましたが、最近、新しい文書が発見されたのでしょうか?

2009/8/14(金) 午前 9:12 TOCKA 返信する

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なんと勝手な!!
信じられないことです!!
神であった天皇、人となっても天皇制は残さなくてはいけなかったのでしょうか?
もう敗戦混乱ついで新しい日本をつくるという案はなかったのかしら?…
これはあまりにも無謀な意見ですよね。

2009/8/14(金) 午後 9:49 bousai1023 返信する

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現代史や歴史の流れをもう少し勉強したらどうか?そんな出所も不確かな機密書類の信憑性をご自身の手元の資料とか、ご自身で検討することをされたのか? 私の頭の中にある知識からすると信憑性は薄いと想う。

8月26日においては占守島では日ソ戦闘中であり、終戦の決断が8月15日、8月17日に成立した東久邇宮内閣は、省庁再編、軍の武装解除、連合国軍の進駐、降伏文書調印など、次々と重要課題を処理をしていったが、ソ連と接触も無い時点でそのような文章が作成される時間的余裕も無い。

無知な人間はこの手の話を信用したがるもの、ソビエト共産党の愚行まで天皇陛下のせいにするとはけしからん!

この意見を削除するかどうか?

削除したら貴殿の負けです。

2009/8/20(木) 午後 9:31 Ddog 返信する

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終戦後の天皇制の存続は、GHQの方針変更とその方針を変更させた有末機関の存在が大きい。佐藤優氏の近刊終戦秘史インテリジェンスや陸軍中野学校等終戦インテリジェンス関連の本を読めば、なぜ天皇制が残ったかある程度理解できるはず。

終戦をむかえ、米国主導の占領軍に天皇制の殺生与件があり、ソ連を仲介とした和平工作をする過程で、天皇制を残す条件とした事は考えられるが、8月26日の時点でソ連参戦後シベリア抑留をソ連と交換条件にする意味がまるでない。

東久邇宮内閣は近衛文麿の助言を受けている。近衛文麿が天皇制を真剣に残す為に軍人民間人を差し出す動機もない。ありえるとするなら、近衛と日本共産党がつるんでいたのならありえる話だ!

代々木に確認してみたら?

2009/8/20(木) 午後 9:57 Ddog 返信する

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おお!削除せずに残している!
立派立派!

それなら、これからこのブログを覗くことにしましょう!

2009/8/23(日) 午前 7:02 Ddog 返信する

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今、少し、わかりかけてきました、
敗戦後の日本の統治を、米ソの2カ国支配と、天皇の責任を逃れるため、関東軍を捕虜として、ソ連に労務提供したらしい。
これの、資料の詳しい事が、知りたい。

2010/11/15(月) 午後 11:48 よこ八 返信する

過去記事にすいません


8月26日に関東軍総司令部は「軍人、満州に生業や家庭を有するもの、希望者は、貴軍の經營に協力させ、そのほかは逐次内地に歸還させてほしい。歸還までは極力貴軍の經營に協力するよう使っていただきたい」という内容の「ワシレフスキー元帥ニ対スル報告」を作成した。この報告書は関東軍参謀草地貞吾の証言によると、草地が山田司令官と秦彦三郎関東軍総参謀長の決済を受けてソ連側に提出したものとされる。また同日には「大陸方面二於テハ在留邦人及武装解除後ノ軍人ハ『ソ』聯 ノ庇護下二滿鮮二土着セシメテ生活ヲ營ム如ク『ソ』聯側二依頼スルヲ可トス」」という内容の「関東軍方面停戰状況二關スル實視報告」がソ連側に提出された。ただし作成者とされる朝枝繁春大本営参謀はこの文書は偽造されたものであると主張している。

2013/5/11(土) 午前 1:11 338 返信する

またソ連との停戦交渉時、瀬島龍三が同行した日本側とソ連側との間で捕虜抑留についての密約(日本側が捕虜の抑留と使役を自ら申し出たという)が結ばれたとの疑惑が、斎藤六郎・全国抑留者補償協議会会長、保阪正康らにより主張されているが、ロシア側はそのような史料を公開していない。瀬島はフジテレビ出版から上梓した『日本の証言』で、停戦協定の際のヴァシレフスキーと秦総参謀長には上記の密約を結ぶ権限がなかったことを用いながら反論している。


シベリア抑留はソ連の不当な扱い以外の何者でもないでせう。
ここで皇室の話が出て来るのは全く以て荒唐無稽な事だと思ひます。

2013/5/11(土) 午前 1:12 338 返信する

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