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【写真上】彦根市松原内湖のかんたく工事(彦根市立図書館蔵)―下記をクリックして下さい。貴重な画面が現れます。白線の入った学生帽は、紛れもなく当時の彦根中学の帽子です。大洞弁財天の山影に本部があり、私の記事中の敗戦前日の大隊長(校長)訓示もそこで行われました。
”もっこ””じょれん”など、懐かしい道具類も見ることができ、懐かしさでいっぱいです。
http://kids.city.hikone.shiga.jp/watasi/tiiki/kouzi/index.html

【写真下】大阪俘虜(ふりょ)収容所第10分所―(昭和20年10月12日撮影、2004年発刊「捕虜収容所補給作戦」より)―敗戦近く、作業現場は米原町の入り江内湖に移っていました。そのころアメリカ兵、オーストラリア兵の捕虜も近くで働かされていました。その資料をみつけました。
http://hasiru.net/~maekawa/mine/war/furyo3.html

【資料】能登川町の入り江内湖の干拓作業に動員されてきていた石川師範の生徒たちー琵琶湖周辺にあった約40の内湖の内16で干拓作業が行われ、北海道、新潟県、石川県等から、中学生が動員されていました。
http://web.kanazawa-u.ac.jp/~shiryo/50th/panel/16.html

敗戦前日、その日私は?
連日のB29の来襲、しかし
校長先生は、日本は必ず勝つから、
安心してお盆休みを!と。
琵琶湖・松原内湖干拓場で


当時私は旧制彦根中学の4年生(現在の高校1年生)でした。
すでに、3年生の時から、学校に登校したのは、大雪か大雨の日だけ!
1年間で20日間もあったでしょうか!
連日、学校から数キロ離れた松原内湖に直行して、あるときは、腰まで泥沼に埋まり、
あるときは、近くまで張り出してきている山肌にツルハシを振るい、
内湖(沼)の周りに堤防を作り、溝を掘り、上流からの流れをここに導き入れ、
沼内部の水は、大型のポンプで、琵琶湖にかいだし、内湖を干上がらせて水田にするという、いわゆる琵琶湖干拓作業に駆り出されていました。
当時、日本の植民地だった、朝鮮と、台湾が、日本本土から切り離され、食糧不足に陥っていたのを防ぐ食糧増産のため、中学生が使われたのです。


当時すでに、サイパン島その他の南方諸島は、米軍の手に落ち、飛行場が作られ、朝その飛行場をとびたったB29は、午前11時半頃には琵琶湖上空に達し、そこで進路を見定めて、ある日は大阪に、ある日は北陸方面にと、爆撃に向かって行きました。

始めて空気抵抗の少ない1万メートル上空を飛び、南方諸島から給油することなく往復することのできる飛行機として開発されたのが、ボーイング社のB29でした。
現在の旅客機のB型機は、その改良されたものです。

大根の葉っぱにパラパラと米粒がついた程度の朝食で、8時半から作業を開始した私たちが空腹で目もくらみそうになるころ、午前11時半近くになると、う〜〜んと爆音を響かせて、見事に編隊を組んで、飛行機雲をたなびかせてやってきます。姿は見えませんが、今日はどちらに向かうかと、学校中で一番恐ろしかった配属将校も、先生たちも、後輩に厳しい上級生たちも、このときだけは、全員手を休めて、上空を眺めることができました。

しかも、30分後の12時には玄米の大きなおむすび2個と、たくあんふた切れ、炊事当番の作った具のない味噌汁の昼食の時間になります。

どんなに毎日、11時半が待ち遠しかったことか!
8月の6日、9日には、広島、長崎に新型爆弾が落とされたとかすかに聞いた気もしますが、すでに私の記事で紹介した、中村悦男さん、後神尊子さん、山口仙二さん、谷口すみてるさんたちがそんなひどい目にあっていたとは露しりませんでした。


後でわかったことですが、安土近くの沼には、北海道の中学生たちも動員されてきていたというのです。

私たちの全校生徒は、彦根中学大隊と呼ばれ、校長先生は大隊長、以下、中隊長、小隊長は先生たちで、班長には、最上級生の5年生(現在の高校2年生)があてられる等すべて軍隊式だった謎が後で解けました。

琵琶湖周辺の沼には、全国から、多くの○○中学校大隊が動員されて来ていたのです。

なお、私たちの隣の作業現場には、米原にあった捕虜収容所の米兵たちもいて、毎朝私たちの隣を通って作業現場に向かいました。


こうして、敗戦の前日、1945(昭和20)年8月14日の作業も終わり、全校生徒が、山影の広場に集められました。
そこで,大隊長、つまり校長先生が訓示をしました。

『君たちも見ている通り、毎日敵機はやってきている。しかし心配することはない!私が天皇さんの側近の4人の内の一人にあたる軍人さんから直接聞いた話によると、敵の航空母艦は、日本の特攻隊にやられてあと四隻しか残っていない!

それにくらべて、我が方は、瀬戸内海その他あちらこちらに、本土決戦に備えて飛行機や軍艦が隠してある。しかも日本は、天照大神(あまてらすおおみかみ)が見守ってくださる神の国だから、いざとなれば神風(かみかぜ)が吹いて、日本を守ってくださる。

明日はお盆だ。明日から4日間お盆休みを与えるから、安心してお墓参りなどしてくると良い。ただしこの情報は、極秘情報なので、両親にも黙っているように!」と。


家に帰った私たちは、こんな嬉しい情報は、せめて母親には伝えられなければならないと、先ず母親に伝えます。

しばらくたつと、こんなすばらしいニュースを母親にだけは伝えて、父親に黙っている手はない!と、父親に伝えます。「父(母)さんや、隣近所にも内緒だよ」と。

かくて、父親は、左(ひだり)隣へ、母親は右隣へ。その日の内に全県下に・・・

後で考えてみると、こんなに簡単に、デマを流す方法はない!
敗戦公表を明日に控えたデマ作戦の一環だったのでしょうか?

私たちの校長さん独自のデマ作戦だったのか、何らかの上部からの意図をもったデマだったのか・・・。
今となっては、出所を確かめる術(すべ)もありません!

「戦争体験談」書庫の記事一覧

閉じる コメント(16)

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鈴川倶楽部です。
大阪俘虜収容所の資料は、琵琶さんの生の体験談と同じくらい貴重ですね。
大事なのは、戦争を体験していない我々世代が、それらをいかに解釈し、伝承していくかだと思います。
その収容所の米兵やオーストラリア兵にも、本国に家族や友もいたのでしょうから。

2009/8/14(金) 午前 1:13 KEN

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この琵琶湖干拓の経験が、敗戦後八郎潟干拓等に生かされます。
しかし、あんなに苦労した干拓も、現在では環境破壊だったと嘆かれ、宅地化や、減反政策の対象になっていることを知り、複雑な心境です。
なお、「日本は神の国だから、必ず勝つ」と訓示した校長さんは、滋賀県内の有名なお寺の住職でもありましたが、生徒用だったお米や味噌を私用に使ったということで、戦後、生徒のボイコット運動の対象になり、復職はかないませんでした。

2009/8/14(金) 午前 1:16 [ 琵琶 ]

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鈴川クラブさん、本当にそうですね!心無い生徒たちは、作業現場のそばを通る捕虜たちに、手元が狂ったふりをして、泥水をかけたりしていました。

2009/8/14(金) 午前 1:30 [ 琵琶 ]

鬼畜米英と信じていた大多数の生徒は
その翌日には自分をも信じられなくなった訳ですね

2009/8/14(金) 午前 7:58 ITI

こんにちは〜♪
明日は64回目の終戦記念日ですね^^
敗戦記念日かも知れませんが。。。。。。。
こうした戦中の経験は後世に
伝え続けていただきたいですね^^^
どんどん、風化していっていますから。。。。。。

トラバいたします。

2009/8/14(金) 午後 0:06 -

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戦争は昔の話で、今の自分たちには関係ないと思っている人が、意外と多くいることに驚きます。
今の僕やあなた達にも、大いに関係があることだ、再び、自分の意志とは関係ないところで巻き込まれてしまう可能性があるのだということを、その人達に分かる言葉で、話していくというのが、私たちの責任だと思っています。

2009/8/14(金) 午後 4:09 [ nakayamagoro ]

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nakayamagoroさん、命のある限り、戦争の悲惨さを伝えて行かねばと思っています。

2009/8/14(金) 午後 5:09 [ 琵琶 ]

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吉祥天さん、まさに「喪の8月」ですね!明日の正午、甲子園球場に鳴り響くサイレンにあわせての黙とう!本当の意味を、今の高校生たちに伝えたいですね。

2009/8/14(金) 午後 5:12 [ 琵琶 ]

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今から思うと、馬鹿げた時代だったね!そして、飢餓、ナの希望もない。時々国だから軍隊も必要かと思うけど、戦後日本の若者は一人も死んでいないネ!・・・・・
やはり、憲法9条だな!!ご活躍を又訪問しますよ!

2009/8/14(金) 午後 6:13 [ sus*mu*0u ]

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「鳩山にするか、麻生にするか、志位にするか,これが難問だ!」−新フアストより。
病気だったのですか?お互い歳ですから気をつけましょう!
私は、来年の参院選までくらいは生き延びたいですから・・・。
sus*mu*0u さんは、百歳を超えて、哲学、神学、政治学、経済学・・・を極めて下さい。
憲法9条は、世界に輸出して、国際連合で採択されるまで、となえましょう!

2009/8/14(金) 午後 6:37 [ 琵琶 ]

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その時代を知らないけれど、今知り考えてみると、純粋無垢な子どもたちを利用してデマを流すなんて?!って。
でもその頃はありなんでしょうね。
校長先生も辛かったことでしょうね…

2009/8/14(金) 午後 9:25 bousai1023

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間に合ってよかった〜(*^-^*)

今日のお昼のニュースで聞いたのですが、同じく終戦の1日前に、大阪で激しい空襲があったのですね。

さっさと降伏していれば、いや、降伏という形でなく、もっと余裕のあるうちに停戦を結ぶとかしていれば、被害をずっと小さく抑えられていたのでしょうが。。。

2009/8/14(金) 午後 11:57 [ ほったん ]

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大阪空襲の話は記事に入れるつもりです。

2009/8/15(土) 午前 0:04 [ 琵琶 ]

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大阪俘虜収容所のサイトのご紹介、ありがとうございます。私のブロ愚でも紹介させてください。

日本の宗教界もかなり積極的に戦争に協力したようですが、キリスト教に比べて、神道はもちろんですが仏教界もほとんど反省したとはいえないようですね。ドイツではナチスに協力した聖職者などはみなパージされたと思っていましたが、現教皇にもその疑いがあるらしいですね。信仰の力というのは、良くも悪くも恐ろしいです。

2009/8/16(日) 午前 11:46 猫猫教信者

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『デマに振り回される』ということで、昔読んだ誰かの随筆を思い出しました。

その筆者も終戦当時10代の少年だったんですが、昭和20年に入るとアメリカの戦闘機が自由に頭上を飛びまわるようになった。それを見ても両親や近所の大人たちはみんな「日本は勝っているから、あんなのは撃ち落とそうと思えばいつでもできるから、勝手に飛び回らせてやっているんだ」と、新聞に書いてあるとおりのことを信じていたそうですが、ただ一人、文字の読めないおじいさんが、「自分の頭の上を敵の飛行機が自由に飛び回っていて、勝ち戦だなどということがあるものか。日本はきっと負けるに違いない。」と言っていたそうです。でも、読み書きのできない老人の言うことが新聞より正しいなどと考える人はだれもなかったそうです。そして結果は…

新聞が読める人たちは他人のいうことを鵜呑みにし、読めない老人は自分の目を信じたのですね。

2009/8/16(日) 午前 11:55 猫猫教信者

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うん!今も、ホームレスが激増しているのに、日本は世界第二位の経済大国だと思いこんでいる人々がいます。

2009/8/16(日) 午後 5:10 [ 琵琶 ]

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