戦争体験談

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日本軍が中国人3万人を虐殺 廠窖事件
事実を広く 記念館再開
父殺された男性「友好を大事に
 絶対戦争はいけない」
2015105()しんぶん赤旗
 
(写真)再オープンした廠窖虐殺事件の記念館を参観する人たち=9月13日
イメージ 1
 
第2次世界大戦中、日本軍が中国南部の湖南省南県廠窖(しょうこう)で行った虐殺をテーマにした「廠窖惨案遇難記念館」が、このほど約1年の改修を終え再オープンしました。1943年5月に同地域に侵略した日本軍は、中国側の研究によると、5月9〜11日の3日間で3万人を虐殺。歴史の事実を伝える記念館に多くの人が足を運んでいます。(廠窖〈中国湖南省〉=小林拓也 写真も)
 
 2010年に開館した同記念館は改修をへて、展示面積が今までの2倍の1600平方メートルに拡大。350枚以上の写真、160件以上の展示品が飾られています。南県政府は改修のため、1500万元(約2億8200万円)を投入しました。

南京大虐殺に次ぐ
 国民党軍の敗残兵や難民、現地住民ら3万人が犠牲になったとされる廠窖虐殺事件は、中国大陸での日本軍による虐殺の中で、南京大虐殺に次ぐ規模の事件です。
 しかし農村で起きた事件で、南京と違い外国人の目撃者もなく、中国国内でもほとんど知られていませんでした。写真など当時の資料もほとんど残されていません。


 記念館の郭衛館長は「引き続き生存者の証言を集め、整理していきたい。戦闘に参加した日本兵の陣中日記など日本側の資料も収集したい」と語ります。
 
   いまも健在な事件の生存者は約30人。ほとんどが80歳以上です。




川は血で真っ赤に


 生存者の1人である馮秋生さん(81)は当時9歳。43年5月9日、多くの難民が自宅近くの川の周辺に生えていたアシの中に身を隠していたところ、日本軍機が上から爆弾を投下した場面を目撃しました。

(写真)馮秋生さん
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 約1000人が殺され、川の水は血で真っ赤に染まり、100メートルほどの幅の川面は死体で埋まったといいます。

 当時7歳だった温正坤さん(79)は、日本兵にひざまずかされた父親(当時46歳)が銃剣で刺し殺されるのを目の前で見ました。3人の兄も日本兵に切られて負傷し、そのうち一番上の兄は障害が残りました。

(写真)温正坤さん
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 温さんはこう強調します。「過去の歴史を恨みとするのではなく、教訓にして、中日友好を大事にしたい。中国と日本は絶対に戦争してはいけない」

 廠窖虐殺事件 中国を侵略した日本軍が1943年5月9〜11日に湖南省南県廠窖で起こした虐殺事件。中国側の調査によると、南北10キロ、東西5キロの50平方キロの範囲を中心に3万人以上が死亡。当時、日本軍は長江(揚子江)の水運を確保するための江南せん滅作戦を展開。湖北省南部から湖南省北部の国民党軍をせん滅する過程で、民間人も無差別に虐殺したとみられています。


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 中国の女性たちを強姦する日本兵に私は避妊具を配った−。先の戦争で自ら手を染めた後ろ暗い過去と向き合い、告白を続ける人が相模原市南区にいる。元牧師の松本栄好さん、92歳。「傍観していた私は『戦争犯罪人』だ」。歴史への反省がかすむ社会に今、伝え残したいことが多くある。「従軍慰安婦は確かに、いた。私が証人だ」 



 筒状の器具を性器に差し込み、のぞき込む。炎症で赤くなっていないか。できものは見当たらないか。月に1度の性病検査。軍医の手伝いが衛生兵、松本さんの任務だった。


 女性の体を思ってのことではなかった。


 「兵力を維持するためだった」


 戦地や占領地では日本軍人の強姦が問題になっていた。住民の反感を買えば、治安の悪化を招き、占領はおぼつかない。一方、不衛生な現地の売春宿では性病に感染する恐れがある。病気になれば兵隊として使い物にならなくなる。強姦防止と性病予防が慰安所の目的だった。


 中国山西省盂県に出征したのは1944年2月。当時21歳。城壁で囲まれた大隊の拠点に慰安所はあった。


 「慰安婦としていたのは20代ぐらいの6、7人。日本の着物ではなかった。兵隊たちが『朝鮮ピー』と呼んでいたので、彼女たちが朝鮮の人々なのだと分かった」


 半年後、分遣隊として数十キロ離れた上社鎮という占領地区に移り、慰安所は強姦の歯止めになるどころか性的欲求をあおり、拍車を掛けていることを知る。


 「慰安所は大隊本部にしかなかった。だから兵隊たちは『討伐』と称し、村々で食料を奪うのと同時に女性たちを強姦していった」


 犯す前、松本さんは避妊具を手渡した。「気を付けろよ」。病気になるなという念押しだった。


 強姦は当時の軍刑法でも禁じられていた。「私はトルストイの禁欲主義に傾倒していて、性行為への嫌悪感が勝っていた」。それでも、目の前で繰り広げられる光景に疑問も罪悪感も湧かなかった。

 

■問題は強制の有無か

 やはり分遣隊が「討伐」に繰り出したある日、逃げ遅れた女性を拉致した。


 「20〜30代ぐらいまでの7、8人。兵隊たちにとっては『戦果』だった」


 従軍慰安婦の問題をめぐっては、軍の関与と強制性を認めた河野洋平官房長官談話の見直しを求める声が一部の政治家から上がり続ける。第1次安倍政権では「政府が発見した資料の中には、軍や官憲による、いわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と明記した政府答弁書が閣議決定されている。


 松本さんは首を振り、証言を続ける。


 「女性たちは自ら歩かされ、連れてこられた。悲鳴を上げたり、騒ぐこともなかった。あの状況で逃げ出したり、抵抗したりすることにどんな意味があったか。抵抗すればいつ危害が加えられるか分からない。その絶望になぜ思いをはせないのか」


 女性たちは駐屯地の兵舎の片隅に監禁され、「兵隊たちはそこで代わる代わる強姦した。私は避妊具を配り続け、やはり女性たちの性病検査を行った」。


 1週間ほどたち、隊長の判断で女性たちを村に戻すことになった。松本さんは「女性たちの体力が低下したからだ」と思った。隊長は交換条件として、村長に命じた。


 「ほかの女を連れてこい」

 別の2人が連れてこられた。


 松本さんは言う。「慰安婦だけの問題ではない。中国や韓国の人たちが怒っているのは、それだけではないと認識すべきだ」


 村々での強姦、慰安所ではない兵舎での監禁。女性たちの体に刻み付けられた暴力の残虐さに違いなどない。なのに人集めの際の強制性の有無を論じたり、慰安婦制度ばかりに焦点が当てられることは問題の本質から目を遠ざけることになると感じている。


 「私たちは中国や朝鮮の女性を性の奴隷として扱っていた」


 そして、自身がそう認識することができたのも戦後になってからという事実にこそ目を向けなければならないと、松本さんは言う。

 

■語らないことの責任

 ニワトリや豚を盗むように女性を連れ去り、犯す−。「戦地は倫理、道徳、品性、誇りも何もないモラルのない人間がつくりあげられていく人間改造場だった」。松本さんは中国や朝鮮の人々には何をしても構わない、という空気が蔓延していたと振り返る。


 「当時の教育を見詰めないといけない。戦時動員の名の下、国家主義を浸透させるために『日本よい国 きよい国 世界に一つの神の国』と自国の民族の優位性を強調する教育が行われた。その過程でとりわけ中国や朝鮮の人々への蔑視と傲慢さが、私たちの心の内に生み出されていった」


 復員後、牧師となったが、自らも加担した蛮行を口にしたことはなかった。


 「戦争体験を多少話したことはあったが、通り一遍のこと。罪の自覚から話せなかった」


 慰安婦の女性と会話を交わしたことはあったはずだが、どんな言葉をしゃべり、どんな表情をしていたかも記憶にない。「覚えていようと思わなかったためだ」。やはり消し去りたい過去だった。



 転機は8年前。牧師を引退し、親族が住む神奈川に居を移していた。旧知の教会関係者に証言を頼まれた。使命感があったわけではない。「求められるなら話してみよう、と」。市民団体などから次々と声が掛かるようになり、反響の大きさに語る責任があることに気付かされた。


 証言するということは過去の自分と向き合うことだ。「正直、つらい。できれば黙っていたかった」。過去の否定は、いまの自分を否定することでもある。


 同じように人は望みたい歴史にしか目を向けようとしない。


 「何をしてきたのかを知らなければ、同じ過ちを繰り返す。語らないことでまた責任が生じる」


 従軍慰安婦をめぐる議論が再燃するのと時を同じくし、憲法9条を見据えた改憲や集団的自衛権の解釈変更の議論が政治の舞台で進む。「この国は戦後ではなくもう戦前と言っていい」。そして問い掛ける。


 「悪いのは政治家だけだろうか。そうした政治家を選んできたのは、過去と向き合ってこなかった私たち一人一人でもあるはずだ」


◆旧日本軍従軍慰安婦と河野談話

 戦時中、日本軍の戦地や占領地に造られた慰安所で朝鮮半島や中国、フィリピン、インドネシアなどの女性が兵士らに性的暴力を受けた。女性たちは暴行・脅迫や甘言、人身売買により連れられてきた。慰安所設置の計画立案から業者選定、女性集め、慰安所管理までが軍の管理下に置かれていたことは各種資料で裏付けられている。


 日本政府は1993年に河野洋平官房長官談話で軍の関与と強制性を認め「おわびと反省」を表明した。


 談話をめぐっては2007年に第1次安倍内閣が、軍や官憲が強制連行した証拠は見つかっていないとする政府答弁書を閣議決定。第2次内閣では、安倍晋三首相が談話の見直しを示唆。韓国の反発だけでなく米国の懸念を招き、日米韓首脳会談を前にした今年3月に談話の継承を明言。一方で談話の作成経緯についての検証は行うとしている。

【神奈川新聞】

転載元転載元: 北海道は素敵です!!


みなさん、今日は!
8月5日の私の80歳の誕生日の記事以降、昨日の終戦記念日(8月15日)までの記事一覧をお届けします。(書庫上から5段目「戦争体験談」に収納してあります。)

すでにお読みいただいた記事も多いと思いますが、市井のごく平凡な一高齢者の繰り言として、未読の記事の中で、お目にとまった記事があれば、お目通しいただければ幸いです。

なお、これまでは、どちらかと言えば、戦争の被害者としての記事が中心でしたが、今日、16日からは、加害者としての記事をお届けする予定です。


【8月5日〜15日―終戦(敗戦)特集】

★敗戦当日(1945年8月15日)ーその時、私は?ー彦根市内建物疎開の手伝いに・・・ー聞き洩らした玉音放送!http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20512300.html

★敗戦前日、その日私は?ー連日のB29の来襲、ー校長先生は、日本は必ず勝つから安心してお盆休みを!と。ー琵琶湖・松原内湖干拓場で。 -2009/8/14(金) 午前 0:35http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20491298.html

★野球殿堂入りー名1塁手、中河美芳氏ーフイリピン沖で戦死!ーわずかに24歳! 2009/8/13(木) 午前 :10http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20471224.html

★シベリア抑留はー天皇制を守るための生贄(いけにえ)ー政府の秘密文書見つかる!ー林明治さん(84歳)の場合! 2009/8/12(水) 午前 8:12http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20448474.html

★終戦後も、数カ月間ミンダナオ島の山中をさまよい、ー生き延びたTさんのお話。ー親孝行は、早く戦死すること!----2009/8/11(火) 午前 11:31
http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20426368.html

★特攻隊志願者はこうして造られた!ー親友、Y君の場合! 2009/8/10(月) 午前 7:20http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20395338.html

★16歳の時、郵便配達中に被爆!うつ伏せになったまま、1年9カ月!今も治療を続ける谷口すみてるさん。
2009/8/9(日) 午前 9:23http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20373804.html

★長崎で14歳で被爆した山口仙二さんー被爆者運動の草分け!ーノーベル平和賞受賞候補者。
2009/8/8(土) 午前 9:18http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20351174.html

★今日は、私の満80歳の誕生日、以下再掲します。■今日は、太平洋戦争、開戦67周年記念日。孫や、子に伝える、その日の思い出 2009/8/5(水) 午前 2:37
http://blogs.yahoo.co.jp/biwalakesix/20268256.html

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★第8回大阪大空襲―1945(昭和20)年8月14日13時16分〜14時1分(約45分間)大阪上空に飛来したB29は145機 高度6700〜7700メートル。
(B29 100機以上の空襲が「大空襲」とされている
(B29によって空からまかれたビラ ヒロシマへの原爆投下も知らせている。)
日本国民に告ぐ!即刻都市より退避せよ!!
http://www.geocities.jp/jouhoku21/heiwa/o-kuusyuu8.html

★あと1日生きていたら…終戦前日の空襲慰霊
8月14日13時20分配信 読売新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090814-00000575-yom-soci

★彦根空襲http://sichikawa.seesaa.net/article/449824.html
 
敗戦当日(1945年8月15日)
その時、私は?
彦根市内建物疎開の手伝いに・・・
聞き洩らした玉音放送!


1945年8月15日
私は、昨日の校長先生の言い付け通り、従弟と二人で、自転車で1時間近くかかる母方の実家にお墓参りにでかけました。

ところが、着くとすぐ、祖母が、「折角墓参りに来てくれたのに、何もご馳走も作ってや
れない」それどころか、「今日は彦根市内の親戚の家で疎開する日になっているが、男手がなくて困っているだろうから、お前たち二人で手伝いに行ってやってくれないか」というのです。

彦根は、散発的な機銃掃射などは受けましたが、まだそのころまでは本格的な爆撃は受けていないので、ほぼ、無傷で残っていました。

しかしそろそろ危ないということで、その日は、一斉に目ぼしい家財道具を積み込んで、田舎の親戚や知り合いのところまで、運びだす日になっていたのです。


「わかったよ」と言うことで、二人でリアカーを引っ張って、彦根の町に向かいました。

彦根の町に入ると、すでに人々は、リアカーや大八車に荷物を積み終え、今度は屋根に上って、屋根瓦を1枚1枚はがして、手渡しして、いっしょに持って逃げようとしているのです。

「いよいよ、彦根の町も終わりだな」と二人で語り合いながら、正午前後に、やっと親戚の家にたどり着きました。

ところが着くと同時に、「折角来てくれたのに申し訳ないが、すでに荷物は積み終わり、これから出発するところだが、少しでも遅れると、道が渋滞して大変になるから、お茶も出せないが、このまま帰ってくれないか」と言うわけです。

事情が事情ですから、そのまま腰も下ろさずにもと来た道を引き返しました。


ところが、奇妙なことに、人々は、先ほど手渡しで下していた屋根瓦を、手渡しで元に戻しているのです。

「あ、わかった、一旦運びだそうとしたけれど、さすがに重すぎるから、諦めて、元に戻しているのだは・・・。」と納得して歩いてゆくと、どの家もどの家も軒並みに瓦を元に戻しているのです。

「おかしい、手間のある家なら、運びだしてもよかろうに、どうして全部の家が一軒残らずバックしているのだ」と疑問に思い、黙々と瓦を元に戻している家の小父さんに聞いてみました。

小父さんは、「良く分からんが、戦争は終わったらしい。」というのです。


そんなわけがありません。戦争は勝つか、負けるかの二つしかありません。
日本は戦争に負けるはずはありません。昨日校長先生がそう言ったばかりです。

かと言って、連日B29がやってきて、あちらこちら爆撃を受けている日本が、昨日の今日、勝てるとは、いかに何も教えられていない中学4年生と、3年生の二人にも思えません。「もう一度聞いてみよう」と町を出はずれた農家で聞きました。

「どうやら、戦争は負けたらしい」と言うのです。
それこそ絶対にありえないことです。
日本は「神の国」ですから・・・。

「あの小父さんは、きっとスパイだ!だからあんなデマを流しているのだ!」
「二人では敵わないから、あとで、友達を連れて、やっつけに来よう!」
と話しあいながら、帰ってゆきました。

どうやら、私たちは、15日の正午にあった、昭和天皇のいわゆる「終戦を告げる」「玉音放送」を聞き逃したらしいというこちにきづいたのは、一年以上も経ってからのことでした。


それまでの、あの瓦を手渡しで一枚一枚はがして車にのせていた64年前の町の人々の様子は、目を閉じると今でも、手に取るように浮かんでくるのですが、その農家を離れてから、どうやって、祖母の家に帰りついたのか、更に約1時間もかかる道を自転車で、琵琶湖岸の家まで辿り着いたのか、さらに、4日間のお盆休みが終わったら再開されるはずだった干拓作業への呼び出しもなく、どうして日々を過ごしていたのか、記憶はぷっつり切れて、未だにその空白の10数日のことはコレッポッチも思いだせません。

突然、記憶が蘇ってくるのは、敗戦直前の8月10日、繰り上げ入隊で、18歳で伏見の連隊に入隊した2歳違いの兄が、8月末の深夜、汗だらけで、「帰って来た」というところからです。
このお話は、8月末にお伝えしましょう。

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