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http://gendai.net/articles/view/sports/146796

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http://gendai.net/img/article/000/146/796/9d243407ead63812d427e341704991a1.jpg
こんなときもあったが…/(C)日刊ゲンダイ
森喜朗元首相の高笑いが聞こえるようだ。

東京都の猪瀬知事が19日午前に辞任会見。「5000万円裏金疑惑」にフタをして都知事のポストをブン投げた。これで完全に2020年の東京五輪とは絶縁。本人は「都知事で経験、勉強したことを外部から恩返ししたい」などと未練たらしく言っていたが、もはや誰にも相手にされなくなった。

そこで今後の五輪準備で発言力を増すのが森元首相だ。

「もともと東京五輪は2016年開催を目指し、森が体協会長(05年4月〜11年3月)のときに、石原都知事(当時)と一緒になって推し進めたもの。言い出しっぺみたいなものです。代々木公園や国立競技場周辺一帯の再開発も視野に入れ、いろいろとシミュレーションをしていた。当然、利権もからんでくる。結局、リオに負けて20年に目標を変えて招致に成功した」(アマチュアスポーツ担当記者)

■JOCに腹心送り込む

石原都知事がそのままやっていれば森の発言力は確保されただろうが、猪瀬都知事になって一変した。猪瀬は安倍首相が東京五輪の組織委員長に森の名前を出すと、「(組織委員長人事は)首相がやるものではない。都とJOCでやる」と露骨に反発。それだけでなく、先月8日には突然こう言い出した。
「ロンドン五輪の組織にならってJOCの竹田会長と僕で組織図を作っているんです。そこには会長は理事長というのがあります。ボードというのがあって、そこに竹田さんや都知事、オリンピック担当大臣と理事長が入ってくる。そこが全体をチェックするという形です」

要するに、従来の組織委員長―事務総長をトップとする体制を変え、集団指導体制にしようといったのだ。これも森阻止が狙いだったろう。

しかし、都知事失脚で猪瀬のもくろみはつぶれた。

「森さんは着々と手を打っています。元駐仏大使の斎藤泰雄氏がJOCの常任理事になっている。IOC公用語の仏語に堪能ということもあるが、斎藤さんが駐仏大使時代、森さんはレジオン・ドヌール勲章グラントフィシエを授与されている。これはフランスでは最高の勲章です。森さんが送り込んだとみていい。組織委員長が誰になるにしろ、実務を取り仕切るのは事務総長。国際大会では国や自治体との折衝もあるので、官僚出身が務めることが多い。森さんは斎藤理事を事務総長にして組織委員会をコントロールするつもりではないか」(事情通)

“ポスト猪瀬”に下村博文文科相、橋本聖子参院議員と旧森派(現町村派)に属する政治家の名前が出てきたのも納得だ。

だが「首相の品格」を問われて総理を辞めた男に東京五輪を牛耳らせていいのか。ロンドン五輪ではモスクワ、ロス五輪陸上1500メートル金メダルのセバスチャン・コーが組織委員長を務めた。元首相がのさばるほど日本のスポーツ界が情けなく思えてくる。



転載元転載元: ニュース、からみ隊

東京五輪と、国会決議どう考える。
五輪精神の実現に努力
国民に強制の素案修正迫る。
宮本衆院議員に聞く
 
9月7日の国際オリンピック委員会(IOC)総会で、2020年の夏季オリンピック・pラリンピックの開催地が東京に決まり、10月15日に国会決議が可決されました。
 
この問題は、かねて多くの意見が寄せられてきました。
今日2013年10月30日)付けの赤旗で、スポーツ議員連盟のメンバーで文部科学委員の宮本岳志衆議院議員のインタビュー記事が掲載されましたので、要旨を紹介します。
 
1、IOCの総会で決まった以上「総会決定を尊重し、スポーツを通じて国際平和と,友好を促進するというオリンピック精神の実現に努める。」(市田談話)
同時に、「東京招致については、内外から様々な不安と疑問の声がでており、無条件の信任ではない。」
 
2、  原発事故がいまだに収束していない中、安倍首相はIOC総会で、「状況は完全にコントロールされている。」「健康問題については、今でも、将来も全く問題ない」などと事実を偽る演説をしたことに怒りを禁じえません。
 
3、  また、五輪開催が復興の妨げになってはならないのは当然のことです。
国立劇場の建て替えに3000億円かけうという話もあります。私たちは、以前から東京五輪を口実にした大規模開発はやめるべきだと主張してきましたが、この点はしっかりとした監視が必要です。無駄遣いは徹底的にチエックしなければなりません。
 
4、  決議について日本共産党はやると言うなら国会決議にふさわしく修正するよう求め最後まで努力しました。
 
5、  「素案」は、オリンピックの「開催は、・・・東日本大震災からの復興を世界に示すものとなる」とか、「全国民一丸となって東京大会を成功させるよう努めねばならない」などとなっていたのを、国民に協力を強制することは許されないとして、「国民の理解と協力のもとに」と改めさせ、「復興を世界に示す」の文言を削除させました。
 
6、  またスポーツ基本法に明記されている「環境の保全に留意」「国際平和への寄与」を盛り込ませるなど、最低限の修正はみとめさせました。
 
7、  しかし、私たちが主張した【国民生活の向上をはかりながら、東京大会を成功させる】と言う文言の修正は受け入れられず、五輪を「変革の大きなチャンス」「新しい日本の創造」と関連付ける文言は削除されませんでした。
 
8、  このため日本共産党は、決議の提案者には加わらず、「あえて反対しない」よ言う態度をとりました。無条件に賛成したものではありません。
 
9、  以上が決議問題の経過です。今後オリンピックの準備に向けて、オリンピック憲章の精神と都民・国民の利益を守り、スポーツの民主的発展を促進するために力を尽くして行きたいと思います。以上、文責は琵琶です。)
 
ただし一支持者に過ぎない、私の間違いや、不十分さも当然あり得ますので、正確な表現は、赤旗で確認いただくか、日本共産党中央委員会にお問合わせくださるよう、お願いいたします
2020年のオリンピック、パラリンピックの開催地が東京に決まりました。
私が生まれる前の1964(昭和39)年にもオリンピックが開かれており、
開会式等が行なわれたのは国立競技場でした。


この同じ場所である国立競技場は、かつては「神宮外苑競技場」と呼ばれていました。
その神宮外苑競技場で、
「アジア・太平洋戦争」(当時は「大東亜戦争」と呼ばれた…)の最中の1943(昭和18)年10月、
「出陣学徒壮行会」が行なわれ、
たくさんの数の学生が学業半ばで戦場に駆り出され、多くの若者が犠牲になりました。
この中には、無謀な「特攻作戦」に従事させられた若者も少なくありません。
(「学徒出陣」をした学生が何名居て、何名が戦死したのか、正確な数も、氏名も把握されていないというのは驚きです。)


同居していた父方の祖母が生前、語っていた事があります。
この「出陣学徒壮行会」のニュース映画で、雨の中を行進する学生の姿を見て、
非常に気の毒だと思うと同時に、日本の勝利に何となく疑いを持ち始めたとか。
もちろん、当時そんな事は口には出せなかったそうですが…。
(祖母は当時、満38才になる直前の37才。)
イメージ 1
出陣学徒壮行会(1943年(昭和18年)10月21日) Wikipediaより
 

その「学徒出陣壮行会」から、ちょうど70年が経ちました。
当時の「出陣学徒」の生き残りの人たちも高齢化し、80代半ばから90代。
しかし、終戦から68年経っても、あの悲惨な記憶は消える事はありません。


「学徒出陣学徒」が行なわれた神宮外苑競技場。
現在は「国立競技場」となっています。
この国立競技場の敷地の一角に、「出陣学徒」を追悼する碑が建てられているそうです。
ところが、この「追悼のための碑」が、国立競技場の改修のため、一時的にせよ、撤去されるとのこと。
「出陣学徒」やその遺族にとって、「追悼」のための、
また、「学徒出陣」の事実を伝えるものがなくなるという事は、非常に居たたまれないものがあると思います。


国立競技場の改修の理由は、言うまでもなく、
2020年開催予定の「東京オリンピック」のためです。
「既存の施設で経費を掛けずに」という「東京オリンピック」のはずだったのに、
屋根付きの大規模改修を行なうという矛盾。
そのために、「出陣学徒」の追悼のための碑が撤去されるというのはどういう事なのか?

政府は、戦死者に対する「追悼」より、靖国神社等を利用し、
「顕彰」する事には非常に熱心です。
つまり、戦死者を「英霊」「軍神」に祀り上げる事に対しては非常に熱心です。

戦死者の遺族にとっては、戦死の事実を「悲しみ」とする事よりも、
無意識のうちに「誇り」と思うように強いられているような気がしてなりません。

もちろん、遺族にとっては、「無駄死にだった」と思いたくないという感情もある訳で、
「誇り」と思わなければ「納得」出来ない心情にもなるでしょう。

しかし、一般的にはやはり、戦死者を「顕彰」する事は誤りであり、
純粋に「追悼」に徹するべき、と、私は思うのです。


「東京オリンピック」に備えて「出陣学徒」の追悼のための碑を撤去する一方で、
安倍首相は「靖国神社参拝」の道を探る動きを見せています。
(「学徒出陣」を「なかった事」にするつもりなのか、と、勘繰ってしまいます。)


オリンピックには、「平和の祭典」という建前があります。
私個人は、「東京オリンピック」には反対です。
原発事故が収束していないのは世界中が周知の事でありながら、
「汚染水問題」も含めて、世界に大ウソまでついて招致したオリンピックなど、
「恥ずかしい国 日本」そのものだとさえ思います。

が、開催を決めた以上、「平和の祭典」の開催にふさわしくない、
逆行した動き
をする事は許されない
と思います。

「積極的平和主義」の名の下で「日本の海外軍事介入」を企図したり、
「武器輸出三原則」の規制をなくして「武器輸出解禁」に踏み出す動きが出始めています。


国立競技場がかつてどういう場所だったのか、
オリンピックのそもそもとは、
かつての日本が起こした戦争と戦死者に対する態度は、…、
「学徒出陣壮行会」から70周年の今、
改めて考える必要があると思います。
 
参考までに、下記は「出陣学徒壮行会」の動画のサイトです。

転載元転載元: かずのパオパオ漂流日記


待っていました。この回答を。しかしマスコミ等は共産党はオリンピック賛成、反対者は山田太郎だけと報道しています。多くの人々が不安に思っています。それは共産党に大きな期待をしているからこその声です。何処かではっきりと報道していただきたい。でもやはり反対の立場であると表明してほしかった…。


佐々木憲昭(ささきけんしょう)
■ 「東京オリンピック成功決議」への対応について
 臨時国会の冒頭におこなわれた「東京オリンピック成功決議」について、日本共産党がとった賛成の態度に、いくつか疑問が寄せられています。
 「決議」については、衆議院の議院運営委員会で、私が対応してきましたので、経緯を説明しておきたいと思います。

 まず、明確にしておかなければならないのは、「成功決議」について、日本共産党は修正を求めるなど最後まで改善の努力をしたことです。いくつか改善された点もありますが、他党は、私たちの修正案を完全には受け入れませんでした。
 そのため、日本共産党は「決議の提案者」には加わりませんでした。そのうえで「反対するまでもない」という態度を取ったのです。つまり、無条件に賛成したのではないということです。

 「成功決議」の話が出てきたのは、臨時国会が始まる直前でした。IOC(国際オリンピック委員会)が「東京でオリンピック・パラリンピックを開催する」と決定して以後、スポーツ議連のメンバーである自民党議員から、「決議の素案」が各党に提案されました。1964年の東京オリンピックの際にも「成功決議」が行われているので今回もやりたい、というのがその理由でした。
 しかし、その「素案」の文章には、オリンピックの「開催は……東日本大震災からの復興を世界に示すものとなる」とか、「全国民一丸となって東京大会を成功させるよう努めなければならない」「全国民一体となって」などという不適切な文言が書き込まれていました。

 私たちは、このような「決議」の必要があるのかどうか。また、どうしても決議するというなら内容はどうあるべきか等々、慎重に検討してきました。その結果、抜本的な改善案を提案することになりました。

 過去の経過から言うと、「招致決議」は2回行われていますが、日本共産党は反対しています。2011年12月の「オリンピック東京招致決議」と2013年3月の「オリンピック東京招致決議」です。

 たとえば、2011年12月6日の議院運営委員会で、私は、こう発言しました。「オリンピックは、国際親善とスポーツの発展にとって意義深いものだ」とのべるとともに、「2年前、石原都政がオリンピックを利用して大規模な開発を進めようと招致したが、都民の大きな賛同が得られないまま、失敗したことは記憶に新しい」と指摘し、「前回の反省も都民への説明もないまま、『震災復興』を口実に焼き直ししたにすぎない」と批判しました。
 そのうえで「今、力を注ぐべきは、被災者の生活再建、被災地の復興、原発事故の収束、放射能被害への賠償、除染であり、オリンピック招致のためにインフラ整備をはじめとした膨大な経費を投入すべきではない」と主張しました。

 さらに、2013年3月4日の「オリンピックの東京招致決議」にたいしても、私は「国と都が力を注ぐべきは、大震災・原発事故からの復興であり、国民・都民のくらし、社会保障を立て直すことです。……すでに、日本共産党東京都議団は、2020年夏季オリンピック東京招致にたいして反対の意思表明をしています。昨年11月の都議会においても、招致を断念するよう求めています」と述べ、反対しました。

 しかし、今年9月にIOC(国際オリンピック委員会)が、「東京でオリンピック・パラリンピックを開催する」と決定しました。決定されたことは覆りませんので、7年後に東京オリンピックが開かれる場合、その内容をいかに簡素なものにするか、環境保全をどうはかるか、震災復興は着実に進めること、国民生活の向上を図ることを前提にすること、などが重要となります。

 日本共産党の市田書記局長は、談話のなかで「東京招致については、内外からさまざまな不安と疑問の声が出されており、無条件の信任ではない」と指摘しました。なかでも、「IOCプレゼンテーションでの安倍晋三首相の福島第1原発問題についての発言は怒りを禁じえない」と批判しました。
 また、安倍首相が「状況はコントロールされている。健康問題については、今でも、将来も全く問題ない。完全に問題のないものにするために、抜本的解決に向けたプログラムを私が責任をもって決定し、すでに着手している」と述べたことについて、「現状はコントロールどころか制御不能に陥って、放射能汚染水がどこから、どう漏れ出しているか全容すらわからない。対策も具体的に取れていない」と指摘しました。

 同時に、市田氏は「ただ、国際的な場で述べた以上、国際公約になる。『問題ない』というなら、その根拠を国際的にも、国民と国会の前にも明らかにして責任を果たす必要がある」と述べました。
 そのうえで、オリンピックについて「国民や都民の生活や環境と調和のとれた無理のない取り組みを進めることが求められる」と述べました。

 この立場から、私たちは抜本的な修正案を提案しました。最初の案は、協議の結果、大きく修正されました。しかし、私が議運理事会で最後に提案した案(添付資料)については、受け入れられませんでした。
 そのため、日本共産党は「決議の提案者」には加わらず「反対するまでもない」という態度を取ったのです。

転載元転載元: 北海道は素敵です!!

2020年東京オリンピックは、
国民主権政権の手で!
核兵器、原発、武力紛争、ブラック企業、
貧困・飢餓、民族・人種差別のない社会の下で!
2013年9月18日 
柳条湖事件82周年に当たって
国民共同戦線事務局  琵琶玲玖
 
2020年までには、参議院選挙が2016年と,2019年。
一斉地方選が、2015年と,2019年。
衆院選は遅くも2016年と、おそらくあともう.1回以上行われます。
併せて6回以上の国民審判の機会が待ち構えています。
 
“野田マニフエスト動画”や、
“安倍ブレない,ウソつかないTPP断固反対ポスター”
の反面教師のお蔭で、国民は大変利口になりました。
おまけに、今度は誰が考えても自由に行き来きしている海の水を
「完全にブロックしている」
とのカルトまがいの発言は、“殿、ご乱心”とばかり、政府や東電内部からまで動揺をひろげています。
 
自公がダメなら、民主。
民主がダメなら第三極。
第三極がダメなら、又自公!
との目くらまし作戦も、底が割れてきました。
もはや、安倍ウルトラタカ派路線を、ガードを固めてひた走るしか道がなくなりました。
 
ところが、自民党一強、その中でも安倍一強“!、
このまま、7年後のオリンピックまで、安倍タカ派内閣の長期独裁体制が続くかとの観測に、思わぬ伏兵が現れました。
 
共産党の躍進です。
躍進と言っても、党内の話。
前回3議席から8議席の2.7倍と言っても、非改選含めて、ようやく参議院の242議席中11議席。
 
久しぶりに議案提案権を得ただけです。
これが本格的な躍進につながるか否かは未知数です。
 
しかし、問題は、国民の意識の変化です。
 
既に、消費税増税、TPP年内妥結、集団自衛権容認、秘密保護法制定等々の安倍タカ派路線に対して、国民世論は明らかにノーの意思を表しており、調査のたびにその差を広げています。
 
しかも、共産党指導部も驚かせた参議院比例票の思わぬ拡大は、ブレナイ、ウソつかない、共産党の姿勢を、国民が評価した結果であり、安倍タカ派路線が強まれば強まるほど、共産党への支持が強まるというジレンマに直面しています。
 
安倍内閣のタカ派路線の強化は、国民の自覚の高まりへの恐れの反映でもあります。
 
国民のみなさん、7年後の東京オリンピックは、
 
国民主権政権の手で!
核兵器、原発、武力紛争、ブラック企業、貧困・飢餓のない社会の下で!
 
五族協和の、新しいオリンピックの歴史を開きましょう!
 
【参考資料―東京オリンピックの歴史】
 
★幻の東京オリンピック(1940年)
 
東京オリンピック(とうきょうオリンピック)は、1940昭和15年)に東京で開催されることが予定されていた夏季オリンピックである。
史上初めて欧米以外の有色人種国家であり、アジアで行われるオリンピック大会、そして紀元二千六百年記念行事として準備が進められていたものの、日中戦争の影響等から日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった。
 
★1964年東京オリンピック
 
1940昭和15年)夏季大会の開催権[1]を返上した東京は、1954(昭和29年)に1960(昭和35年)夏季大会開催地に立候補した[2]が、翌1955(昭和30年)の第50IOC総会における投票でローマに敗れた。次に1964(昭和39年)夏季大会開催地に立候補し、1959昭和34年)5月26西ドイツミュンヘンにて開催された第55IOC総会において欧米の3都市を破り開催地に選出された。
 
★2020年東京オリンピック
 
 核兵器、原発、武力紛争、ブラック企業、貧困・飢餓のない五族協和の平和の祭典を!

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