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【写真上】横審総見で、稽古を終え、横審席の内館牧子委員の肩を抱く朝青龍=29日、両国国技館(今井正人撮影)(写真:産経新聞)
【写真下】白鵬 翔(はくほう しょう)平成二十一年三月場所 終了時ー幕内優勝10回

●●●琵琶の独り言
今日は、ホット一息!相撲の話題3題!
アジアは一つー相撲は日本の国技?モンゴルの国技?

●因縁の朝青龍と内館氏が握手
●横綱朝青龍(28)が永住者の在留資格を取得
●白鵬、親方への意志を明言 日本国籍の取得固める?


因縁の朝青龍と内館氏が握手

4月29日17時19分配信 産経新聞

 横綱審議委員会けいこ総見(29日、両国国技館)けいこ終了を告げる拍子木が鳴り響き、力士が次々に花道を引き揚げる中、朝青龍だけが内館委員のもとへと歩み寄る。「心配しましたよ。元気になってよかった」と話しかけてがっちり握手。朝青龍にしか演出できない一幕だった。

 両者の因縁は深い。土俵内外でトラブルを起こし続ける朝青龍を、内館委員は「私の中では引退した力士」と切って捨てたこともある。無関心を装いながら内心は複雑だったに違いない朝青龍だが、ファンの前で大人の対応をみせた。

 内館委員は心臓疾患のため、初場所以降は委員の職務を離れて治療に専念していた。手術も受け、現在も自ら「高見山(現東関親方)みたいな声しか出ない」というほど声はがらがら。悪童横綱も満身創痍の天敵を邪険にはできなかった。

 内館委員も気分が悪いわけがない。「立ち合いでの張り差しが多い。もっと横綱らしい相撲をみせてほしかった」と内容は厳しいながら、口調は穏やかそのもの。朝青龍とのやり取りを振り返る口ぶりは、孫との再会を喜ぶようでもあった。


横綱朝青龍(28)が永住者の在留資格を取得


 大相撲の横綱朝青龍(28)が永住者の在留資格を取得したことが28日、分かった。同日、都内の高砂部屋でのけいこ後に、本人が明らかにした。

朝青龍は、現役引退後に親方として日本相撲協会に残るために必要な日本への帰化の意思を明らかにしておらず、「永住権」取得は引退後の人生を見据えたものとみられる。外国出身力士で最多23度の優勝を数える横綱は、いずれ相撲界と決別することになりそうだ。

 土俵では横綱・大関との申し合いを回避。鶴竜、栃煌山、玉鷲という若手成長株を寄せ付けなかったが、武蔵川理事長(元横綱三重ノ海)は「大事を取ったみたいだね」。今回はもらえなかった内館委員のお褒めの言葉は、本場所でもらうつもりでいる。(奥山次郎)


白鵬、親方への意志を明言 日本国籍の取得固める?
配信元:
2009/04/15 16:54更新
 
大相撲の横綱白鵬(24)が15日、引退後は親方として日本に残り後進の指導にあたる意向を示した。雑談で興味を示したことはあるが、公に表明するのは初めて。

 東京都中央区の日本外国特派員協会での講演で引退後について問われ、「いまの自分があるのは相撲のおかげ。引退後は日本に残り、親方になって弟子を育てたい」と明言した。

英雄の帰国を願う母国の国民感情を考慮し、「モンゴル人はプライドが高く、(自分が)日本に残るとなると面倒なことになる。みんなに理解してもらえるようにがんばる」と続けた。

記事本文の続き 親方になるために必要な年寄株取得は、日本国籍が条件。引退後のモンゴル政界進出もうわさされ、日本国籍を取得しない同胞横綱の朝青龍とは違い、日本に骨を埋める覚悟を固めたようだ。

 また、誤解されがちな「かわいがり」にも触れ、「45分間かわいがられたこともある。つらくて泣き、終わった後に先輩に『お前は強くなるんだからがんばれ』といわれてまた泣いた。それがあるから今がある」と懐かしそうに振り返った。
配信元:


  「これからは二度と日の丸の下では走らない」
 (1936年ベルリン大会マラソンで優勝した「日本」の朝鮮人選手/孫基禎)
     
IOC(国際オリンピック委員会)の評価委員とやらが東京を訪れ、4月19日まで4日間アレコレ視察していったようだ。さぞかしモノスゴイ接待を受けたことだろう。接待とお土産!の効果で開催が決まっても、2016年のオリンピックだから、いくらなんでもこの時まで石原都知事ということは有りえないはずだ。しかしねえ昭和39年(1964年)の東京オリンピックは、去年の北京オリンピック同様、国の発展を世界中にアピール(つまり国威発揚)するという目的があったが…なにせ戦争で、原爆と空襲により日本中の市や町が焼け野原となってから、約20年後のオリンピックだった。

それにひきかえ、わざわざ東京でまたオリンピックを開く意味というか目的というか、何かあるのかな? 「経済効果」という人もいるようだけど…儲かるのはアディダスやナイキやミズノといったスポーツ屋さん、お祭り騒ぎ大好きなマスコミ(テレビ屋さんと電通のような広告屋)、あとはホテル業界と土建屋さんか。公園や街から野宿者が追い出され、道路は工事で引っくり返され、貧乏人には騒音と公害と、「ニッポン、チャチャチャ」と増税か。

「オリンピック オリンピック!」と皆さんがハシャイでくれれば、政府(お国)の支配者たちには願ったり叶ったりだ。経済ジャーナリストの荻原博子が言う通り「オリンピックには、格差、社会保障切捨て、年金問題、消費税増税といった、政府にとって“不都合な真実”を大衆から覆い隠す目隠し効果があることは、歴史が証明している」からだ。

もちろん賛成の人も半分ほどはいる。タレントのなぎら健壱は「1964年のオリンピックの時だって、川の上に高速をつくり日本橋を台無しにしちまったりして、まるで人災だったけど、それでもやって良かった。戦後あんなに日本人が一丸となって日本を応援したことはない。戦争に負けてからというもの、日本人は力道山のプロレス以外は、アメリカ人を応援しなきゃいけなかったんですから。東京五輪で本当に戦争は終わったんです。でも都民としてン十万円を寄付してくれ、なんて言われたら反対するよ、ハハハ」。

う〜ん、なぎら健壱には気の毒だが(いや、私だって後になって知ったのだが)、日本人がアメリカ人をやっつける胸のすくようなプロレス、と信じていた力道山対シャープ兄弟は、実は北朝鮮(人)対カナダ(人)だったのだ。民族だの愛国心だのとワーワー騒いだところで、「真実」はこんなもの。国民的行事と言われて久しい大晦日のNHK「紅白歌合戦」だが、これに出場する(した)歌手たちの大半が在日二世・三世と言われている。

ナショナリズムなど所詮そんなものだ。国家や民族に自分の存在の「証(あかし)」を求めるのは、安易でしかも危険だ。どこの国の大衆も「おらが国が一番」と、自慢したくてたまらないようだが、その素朴すぎる「愛国心」が、いつも偽政者(権力者)に利用されてきた。ナチのヒトラーによるベルリン五輪はその典型だが、パレスチナ・ゲリラに襲われたミュンヘン大会(72年)、ボイコット合戦となったモスクワ大会(80年)やロスアンゼルス大会(84年)…オリンピックはいつも政争の具に使われてきた。そしてロス大会以降は金儲けのお祭りとなった。

「自分の国を応援するのはフツーのことだろう。何が悪い!」と目を剥く人間が圧倒的に多いから、世界はこのザマだ。オリンピックが真に「平和の祭典」であり「友情の祭典」であるならば、国旗も国家も必要ないはずだ。「国別運動会ではない」とオリンピック憲章にも明白に記してあるのだが。先の東京オリンピックで記憶に残っているのは、マラソンのアベベ・ビキラと女子体操のチャフラフスカ、柔道のヘーシンクだが、彼らの国籍(エチオピア・チェコ・オランダ)など私にはさして意味がない。アスリートとしての彼らの強さと美しさが、しっかり焼きついているだけだ。

オリンピックに対する様々な意見を聞いてみよう。
●開催場所は、アウシュビッツ、ダンケルク、ボルゴグラード、ハワイ、沖縄、広島、長崎といった戦争の記憶を濃厚に残す所で。 (原武史)

●国別対抗をやめて生まれ月対抗で。 ( 有栖川有栖)

●国家のための五輪ではなく、個人の五輪を。国旗は揚げない。 (竹川大介)

●球技などはEU対アジアなどがあってもいい。 (山田昌弘)

●世界の30人に一人は移民である今日、国を枠組みにした競技自体が時代遅れ。 (陳天璽)

●競泳は全裸で、まずそこらへんから考え直そう。 (北村想)

●巨額な放料権料と広告料を途上国のインフラにまわせ。 (オノデラユキ)

●一都市集中ではなく水泳はシカゴ、陸上はマドリッド、体操はリオデジャネイロというように、分散して行なう。(柏木博)

●記録や勝敗にこだわるのは「世界選手権」にまかせ、貧困・環境・災害などテーマを決めてチャリティー大会とする。 (黒岩比佐子)

●金持ち国の大都市でしか開けない今のオリンピックは腐りきっている。未開催国でやるべきだ。(黒沢清)

●(国への)帰属意識を刺激するスポーツは大嫌いである。自分がやるわけでもないのに、選手と同一の帰属意識をもって、一喜一憂する人の気持ちがまったくわからない。やりたきゃ勝手にやれ、である。 (呉智英)

●国家と国家がまるで戦争の代替のようにメダル争いをするのは、スポーツの自由さと伸びやかさを失わせている。はたして、オリンピックに国旗や国歌が必要なのか? (船曳建夫)

                        ー  了  −

追記:16日、評価調査後の記者会見で、イギリスのマレイ記者が「韓国で行なった残虐行為を、日本が否定しているため、東京は開催都市には選ばれないだろうと、韓国のマスコミが報じているが」と質問した。石原知事は「西欧諸国の植民地支配より、日本の方が優しくて公平だったと、朴大統領から聞いた」と、いつものように他人の言葉として、史実を矮小正当化した。
 

転載元転載元: キープ・レフト

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【写真】雪の中でグループ体験学習に取り組む彦根東の選手たち

センバツ:21世紀枠は利府、彦根東、大分上野丘に
【毎日新聞電子版】2009年1月23日 15時00分

 第81回選抜高校野球大会(毎日新聞社、日本高校野球連盟主催)の選考委員会が23日、大阪市北区の毎日新聞大阪本社であった。

 「21世紀枠」には、利府(宮城)、彦根東(滋賀)、大分上野丘(大分)の3校が選出された。


センバツ21世紀枠:/6 彦根東(近畿・滋賀) 座禅、グループ体験学習

 ◇目標達成へ心つなぐ


 新チームがスタートした昨年7月以降、56もの練習試合をこなした。岐阜・大垣日大を皮切りに沖縄・八重山商工、愛知・愛工大名電、大阪・PL学園、静岡・常葉菊川など。

対戦相手には、甲子園の強豪が並ぶ。「野球で人生を切り開く意欲を持った有力校の選手たちと、きっちり本物の勝負ができる力と気持ちを培いたい」。
今井義尚監督(49)はその狙いを説明する。

 滋賀県彦根市、国宝の天守を持つ彦根城内にある学校は1799年創立の彦根藩藩校の流れをくみ、県屈指の進学実績を誇る。

高いレベルで学業との両立が求められるが、「学校生活の中で野球の占めるウエートが高くなっても、目標を達成するために培ったエネルギーは、学業や進路選択などでも必ず力になる。
本気で取り組む意義を、生徒も保護者、教職員もよく理解してくれているのが強み」と今井監督は言う。

 この10年間で選手権滋賀大会8強以上に5回進出し、秋季近畿大会には4回出場した。
昨秋は、制球に安定感のある右腕・金子周作(2年)を柱に、滋賀大会決勝で近江に延長十回、2−3と食い下がり、近畿大会1回戦の兵庫・東洋大姫路戦は4−6と健闘した。
「文武両道」は既に定評となり、21世紀枠の近畿候補校への選出は01年度に続いて2回目、県推薦を受けるのは4回目となった。

 昨年末の3日間は、市内の寺で座禅を組んだり、県の施設を利用してグループ体験学習を行って締めくくった。
練習、試合それに勉強と多忙な中で、「心」に重点を置いた時間を過ごすことを通してチーム内の相互理解を深める基盤を作ろうという恒例行事だ。

 主将の新谷直弘(2年)は「練習でも試合でも皆が共通認識を持って臨まなくてはと再確認した」と話す。
21世紀枠候補校選出は、「先輩や学校自体も含めて評価された」という新谷。
「大切なのは、僕らがどういう意識で野球をして、どう成長するかだ」という決意で、新しい年に踏み出した。【藤倉聡子】

●●●琵琶の独り言

投稿する記事を物色していたら、突然、この記事が目にとまりました。
 ついそのまま、記事にお借りしました。彦根東高校の前身、旧制彦根中学校は私の母校です。
 中学入学の前年の12月8日、太平洋戦争がはじまり、入学試験は、太平洋の地図に、ハワイ、マレー沖などに日の丸の旗が書いてあり、そこで日本軍が、何隻英米などの軍艦を沈めたかを答えるものでした。
 中学3年からは、大雨か、大雪の日以外は、琵琶湖の近くの沼(入り江内湖)の干拓作業でした。(詳しくは【書庫】「琵琶の自叙伝」をご覧ください)。

 中学4年の8月15日戦争が終わり、9月から授業が再開されました。

 野球も復活しましたが、野球ボールも貴重品で、彦根城の見えるグランドで、野球部の練習中、ボールが草むらに隠れると、全校生徒で探し回って、練習を支えました。

 中学5年の時の県大会で、惜しくも決勝戦で敗れました。

 因みに田原総一郎氏や、故人の上田哲氏は、私の数期後輩のようです。

●やけどで不自由な右手 練習を人の3倍4倍と・・・
●「母を楽に」とプロ野球へ

3085本――。イチロー選手が今季、あと2本と迫り、改めて脚光を浴びた通算安打の日本記録です。この金字塔を打ち立てた張本勲さんはいま、野球解説のかたわら、被爆体験を伝えることを自身のライフワークとしています。

その胸の内を語って

 以前、私は自分の被爆体験をだれにも話したことはなかったんですよ。

●若者の話に

 でも、「これはいかん」と思うことがありまして。三年ほど前、テレビで若者が「戦争なんて僕らに関係ない」と話すのを聞いて、ぞっとしましてね。戦争でどれだけの人が苦しみ、犠牲になったか。経験を語って、若者にもわかってもらうことが必要じゃないかと。

 一九四五年八月六日、あの日はいまだに忘れられません。五歳の私が玄関を出た瞬間、ピカッと光っ
て、ドーンときた。

 家は広島市の爆心地から二キロほどのところでしたが、幸い比治山という八十メートルほどの小山が壁になり、熱線を遮ってくれました。

 でも、避難したブドウ畑は地獄絵そのものでした。やけどを負った人が転がり、うめき声がする。絶叫が聞こえたかと思うと気がふれたように走り回って、近くの川に入っていって死んでいく人もいました。

 六歳上の姉は勤労奉仕先で被爆して、タンカで運ばれてきたときには全身ケロイドでした。
 優しくて背が高くて色も白い。「勲ちゃんはええのう。きれいなお姉さんがおって」とよくいわれ、自慢でもありましたよ。

●ブドウ食べ

 それがあんな姿になってしまった。かすれた声で「のどが渇いた」というので、急いでブドウをとって口の中に入れてあげました。すると「勲ちゃんありがとう」といってくれてね・・・。

 母は、姉のそばで一晩中泣いていました。自らを責めるように、自分の胸をたたきながら。
 翌日、姉は息を引き取りました。

 大切な姉を原爆に取られた・・・。この痛恨の思いは、いまだに消えないのですよ。

 張本さんの右手は小指がなく、中指は半分、薬指も三分の一ほどしかありません。親指と人さし指は、内側に曲ったままです。四歳で負った火傷(やけど)が原因です。その不自由な手を克服し、前人未到の記録を打ち立てました。

●「もちつき」

 火傷は、たき火をして芋が焼けるのを待っていたときですよ。後ろから三輪トラックがバックしてきて飛ばされました。右手から火の中に落ちて、真っ黒になってね。まるで魚が焼け焦げたように。

 母が半狂乱のように泣き叫んで、病院に連れていってくれましたが、だめでした。

 私の両親は、一九四〇年、韓国から広島に移り住みました。
 長屋の生活は貧しくて。六畳一間のトタン屋根でした。私がプロ野球の選手を目指したのは、苦労している母を二階建ての家に住まわせてあげたい、自分も腹いっぱいおいしいものを食べたい。そんな思いからでね。

 近所に柱を立てタイヤをくくりつけて、バットでたたいて打撃の練習をする。その音を聞いて、近所の人は「また勲ちゃんのもちつきが始まった」といっていたそうです。

 プロ(東映)に入ったとき、まずコーチに言われたのは「右手が弱いのは致命的だ」ということでした。バットを握るには中指、薬指、小指の三本がとくに重要です。これでバットを固定する。しかし、私にはそれが難しかったのです。

 特訓が始まりました。・・・(中略)・・・。

●川上さんが

右手のことはだれにもいいませんでした。・・・(中略)・・・。
 
ただ、元巨人の川上(哲治)さんには見せたことがありました。
 
そしたら「ウオー」とうなって、「いやー、そんな手で・・・」と言ったまま絶句し、涙ぐんでくれました。

 なにもかもわかってもらえた気がして、苦労が一気に吹き飛んだ思いでした。うれしかったな・・・。
私はこの手のおかげで、子どものころから練習を人の三倍、四倍やらないといけないと心に決めて生きてきました。・・・(中略)・・・。

●生きる希望

二年前、私はある新聞にこう書きました。

「八月六日と九日を暦から外してもらいたい」

 いまわしい記憶をよみがえせないためにという気持ちからです。そしたら、長崎の小学生の女の子から手紙をもらいました。

 「それは逆だと思います。広島と長崎を忘れないために、なくしてはいけないのでは」

 ハットしましてね。今年四月、長崎原爆資料館にいってみました。八月には広島平和記念資料館にもね。私はそれまでどちらにも行ったことがなかった。広島では近くまでいったけど、結局は入れなかった。怖くてね。でもその子に背中を押されて、やっと。

 核兵器を持つ国が、その力で自分の主張を通そうとするのは、やってはならないことです。しかも、核を持つ国が廃絶といっても説得力がない。だから日本は廃絶の先頭にたつべきです。

 人間の所業とは思えない核兵器の使用は、繰り返しちゃいかんのです。純粋無垢な子どもの命を奪う核兵器は、世の中から無くすべきなんですよ。

 【以上、2008年11月16日付 「しんぶん赤旗」1面、3面より引用】


●●【琵琶の独り言】

張本さんが、被爆者だと言うことは、以前聞いたことがありますが、こんな苦労された方だとは、はじめて知りました。
 
野球通算安打記録の裏には、こんな苦労が隠されていたのですね。

 しかも、両親は、韓国から移ってこられたとか。そのことには多くは触れておられませんが、言うに言われない苦労があったことと思われます。

 省略しましたが、本文には王貞治氏との交流についても触れておられます。

 この文章は、「道徳の時間」の教材にもなるような素晴らしい文章で、お父さん、お母さんにも紹介するに値すると思い引用させていただきました。

●なお、この機会に一言

 私の親しいブログ仲間の一人が、赤旗記事を紹介するブロガーは、赤旗から、お金をもらっているのだろうと書いていましたが、そこまで反共意識がしみ込んでいるのかと、悲しい気持ちです。

 私は新聞代をきちんと払い、年末には、千円程度の募金に応じていますが、逆にお金をもらったことなど一度もありません。

 オバマは、一口5ドル(約500円)の募金を訴え、クリントンや、マケインの倍近い募金を集め、日本の政党助成金にあたる政府支給の選挙資金を断ったそうですが、選挙は、主権者である、国民個々人の1票の積み重ねできめるべきものです。

 思想・政治信条の異なった個人の集合体である、企業や、労働組合や、宗教組織からの政治献金は民主主義の本旨に反します。

 ぜひ、日本の他の政党も、日本共産党に見習って、個人募金に依拠すれば、企業や、団体の言いなりにならず、今少しは、国民の目線に沿った政治が行われるようになるのではないでしょうか。

さて、私がここで少しお話しようと思うのは、オリンピックと平和についてです。もちろん私の一意見にすぎませんが、少しお付き合いください(意見があったらぜひ掲示板にどうぞ!)

 昨日ご飯を食べながら、NHKのオリンピックを振り返る番組をやっていました。様々な選手の活躍の様子を紹介していました。しかしそこはNHK。オリンピックという舞台で起きていたことを紹介して、その中で現在の世界状況を考えさせられる部分がいくつかありました。そしてそれが、私が今お話したいことのきっかけとなったものです。

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