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今こそ憲法を全国民の暮らしの隅々まで活かす、 国民大運動を! 日本国憲法の前文および103条にわたる全条項を、全日本国民の暮らしの隅々まで活かす、ネットワーク(略称『憲活NW』)の結成を呼びかけます。 間もなく、憲法施行70周年を迎えます。 敗戦時16歳で旧制彦根中学4年生(今の高校1年生)だった私達は、敗戦の前日まで、琵琶湖周辺の沼を水田に変える干拓作業に全学年が従事していました。 小学校3年生で教育勅語、5年生で歴代天皇の名前、中学1年で軍人勅諭を暗記させらられた私たちは、恐らく20歳前後で戦死するものと覚悟を決めていました。 昭和20(1945)年8月14日、作業を終えた私達は山陰に集められ校長から訓辞がありました。 『連日敵の飛行機B29が日本にやってきて爆撃されているが、日本は必ず勝つ。戦時中ではあるが、明日より4日間お盆休みを与える。みんな安心してお墓詣りをしてくるように』と! その翌日の8月15日正午のいわゆる天皇の玉音放送で戦争は終わりを告げられます。 9月に入って学校が再開されても、価値観の大転換に戸惑い、9月半ばより登校拒否に陥りました。翌年4月ようやく父の説得に応じ、1年落第して再び4年生に復学しました。 その年の11月3日、新憲法が公布され、民主主義と言う考え方に衝撃を受けました。 さらに、翌年5月3日、新憲法が施行され、その新鮮な魅力に取りつかれ貪るように吸収しました。 しかし、残念ながら当時の私たちに取って、新憲法は押しつけられたものではなくても、自ら勝ち取ったものではなく、いわば与えられたものでした。 最近フエイスブックで次のような記事を目にしました。 森友問題で盛り上がった最後に、一人が次のようにつぶやきました。 『ところで、安倍総理はいつやめるんだろうな』と。 70年にわたる護憲運動も、与えられた民主主義を取り返されないための運動でした。ここに日本の護憲運動の弱点があります。 今こそ私達は、「憲法を読み、理解し、護る立場」から、大きく一歩を踏み出し、今でも世界で最も先進的な憲法であると言われる日本国憲法の「前文と103条の全条項を全国民の暮らしの隅々まで活かす」攻勢的な運動に取り組まねばなりません。 |

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