琵琶の自叙伝

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『聞きそびれた玉音放送』
琵琶の自叙伝(再掲)
 
この記事は、2010年の8月15日投稿した記事を手直しして再掲したものです。
 
70年前の8月14日の夕刻
 
 夏休みもなく、連日腰まで泥水につかり、山の岩肌にツルハシをふるい、空腹に目もくらみそうになりながら、琵琶湖の周辺、彦根市郊外の、入江内湖、松原内湖の干拓作業に駆り出されていた、滋賀県立彦根中学校の4年生(今の高1)、5年生(今の高2)と、すでに3月に卒業したけれど、そのまま、元の中学に残留させられていた生徒全員が、作業終了後、弁天さんの祭られている山影に集められました。
 
 近くの米原には、米兵、オーストラリア兵などの捕虜収容所があり、同じく、近くの作業現場の干拓作業に従事しており、朝夕行き交う際に、わざと泥を浴びせる友人もいました。
 
★さて、生徒全員が、山影に集まると、学校長は、おもむろに訓示を始めました。
「明日より4日間、お盆休みを与える。日本古来の風習に従って、先祖の墓参りをしてくるように。
 
連日敵機B29の編隊が琵琶湖上空に飛来し、その後大阪、金沢などに進路を変え、各地を爆撃しているが、案ずる事はない!
 
恐れ多くも
 
(ここで校長以下教師、生徒全員が、“気をつけ”の姿勢を取る)
天皇陛下の、極くお傍に仕える4人の軍事参謀の一人から聞いた事であるが、アメリカの軍艦は、あらかた沈められて、あと4隻しか残っていない。
 
 それに引き換え我が方は、本土決戦に備え、瀬戸内海その他各地に軍艦、飛行機を隠してある。
 
敵をひきつけ、肉を切らして骨を切る作戦である。
 
日本は必ず勝つ!
 
さらに、いざとなれば、神風が吹く!
ただし、これは、極秘情報であるから、父母にも漏らしてはいけない」と!
 
★我々は、武者震いをして帰宅し、こんな素晴らしい情報を母親に隠しておけるわけがない!
 
 大根の葉っぱと、オオバコその他の道端の草に、糠をまぜて、少しでも腹もちのする夕飯の支度に余念のない、母親に耳うちをする。
 
 しばらくすると、こんな素晴らしいニュースを、父親に知らせないわけにはゆかない!
 
 これまた、オオバコの葉を乾かして作った煙草モドキを吸っている父親に耳打ちをする。
 
両親は両となりに伝え、
 
かくて一夜のうちに
 
全県下に、人心の混乱を抑えるデマが行き届く!
 
明けて15日
 
 校長の云いつけ通り、2歳年下の従弟とともに、多賀町の母の実家の墓参りに!
 
 ところが、祖母は、「折角来てくれたが砂糖もなく、牡丹餅も作ってやれない!」
それどころか、「これまで大きな空襲を受けてこなかった彦根の街が近く、空襲を受けることは間違いない!
 
 ということで、家財道具を田舎に持ち出す疎開の日だ。
 親戚が男手がなくて困っているだろうから手伝いに行ってやってくれないか」と。
 
★「分かった」と彦根の街に、リヤカー引っ張って入ってゆくと、どの家も荷物を荷車などに積み、更に屋根瓦まで、手渡しではがして積み込んでいる。
愈々彦根の街も終わりかと語り合いながら、街の中心部にある親戚の家についたのは、
 
正午過ぎか?
 
 つくと早々、「折角来てくれたけれど荷物は積み終わった、道の混まないうちに出かけるので、すまないがお茶もあげられない」と。
 
 「いいよ、いいよ、気にしない、気にしない」と、腰も下ろさずトンボ返り!
 
 すると不思議な事に、人々は、黙々と、一旦はがした瓦を、屋根にもどしているではないか!
 
 中4と、中2の二人の頭で考えた!
 
 「ああ、分かった、一旦運び出そうとしたが、重すぎるのであきらめたのだ」と。
 
 
★「でも、待てよ、もしそうなら、人手のありそうな家は運び出してもいいではないか?」
 
「全部の家が、瓦を元にもどしているのはどういうことだ!」
 
今一度、聞いて見ようと、町はずれの農家のおじさんに聞いてみると、
 
『戦争は終わったらしい』と。
 
『どうやら、日本は戦争に負けたらしい』と。
 
 そんな筈はない、「日本は必ず勝つ」と、昨日校長先生から聞いたばかりだ!
かと言って、日本が勝ったとも思われない!
 
 いくら、洗脳されているとは言え、連日爆撃を受けながら、手も足もでない日本が、今日、明日のうちに勝てるとは思えない!
 
★「分かった、あのおじさんは、アメリカのスパイだ!日本の国民を惑わすデマを流しているのだ」
 
「二人では、かなわないので、あとで友達をつれてやっつけにこよう」と。
 
そこで、私の記憶はプッツリと切れる。
 
 どこを、どうして、祖母の家に帰り、そこから再び実家に帰ったのか?
 瓦の手渡しの風景は、しっかり脳裏に焼き付いているのに、・・・。
 
 記憶の蘇るのは、8月も数日を残すところからだ!
 
《85歳になった今も、あの瓦の手渡し風景は、鮮明に、脳裡に残っています。》
今日は、太平洋戦争、開戦74周年記念日
孫や、子に伝える、その日の思い出
 
(琵琶の自叙伝1)
 
 これは4年前の2009年12月8日に投稿した記事の再掲です。

1941(昭和16)年、12月8日、朝、起きると、父親が、神だなの隣においてあるラジオから流れてくる声に耳を傾けていました。
 
●第一回の大本営発表は、1941昭和16年)12月86時に行われたものであり、内容は開戦の第一報で、午前7時にNHKラジオより報道された。以下はチャイム[3]の後にアナウンサーが読み上げたその発表文である[4]
 
「臨時ニュースを申し上げます。臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部128日午前6時発表、帝国陸海軍は、今8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」と。

 当時、小学校6年生であった私は、何度も繰り返されるこの言葉が、耳に残っていることと、父や母が、なんとなく興奮していたこと以外に記憶にありません。

 ただ、当時17歳だったという野依一郎氏(84歳)は、「聞いていた父が『えらいことになった!』と暗い顔でつぶやきました」と伝えています。(2008年128日しんぶん赤旗12面「読者の声」欄)

 1929(昭和4)年の米国発金融恐慌から始まった世界恐慌、1931(昭和6)年918日の柳条湖事件から始まったいわゆる満州事変、さらに1937(昭和12)年77日に起きた盧溝橋(ろこうきょう)事件に続く、中国全土への侵入と、戦争に次ぐ、戦争の時代のただ中にいた日本の国民にとっても、それは、「えらいことになった」と言うのが実感でしたが、それを口に出して言える時代ではありませんでした。

 口にだせば、憲兵・警察に捕まる時代でしたから・・・。

 朝食を済ませた私は、いつものように、集落の出口のところに集まり、最上級生の高等科2年生(現在の中学2年生にあたる)の指導のもとに、隊列をくんで、徒歩で約30分かかる学校にむけて出発しました。
 学校までの途中、また、学校についてからの記憶もそれほどありませんが、「鬼畜(きちく)米英をやっつけろ」と口ぐちに叫んでいたのが、記憶に残っています。

 そうです、アメリカ人や、イギリス人は、鬼、畜生で、人間ではないと教えられていたのです。
 私たち、子供の頭のなかには、アメリカ人、イギリス人は、鬼が島の鬼退治の絵本にでてくる青鬼、赤鬼が、イメージとしてしっかり植えつけられていたのです。

 野球も、これはアメリカから渡ってきたスポーツだからと、すでに、アメリカとの戦争の始まる2年前の、小学校4年生から、全面禁止になりました。
 野球は、私たち当時の子供の中でも、大変人気のあるスポーツでしたが、担任の先生が、今日が、野球のできる最後の日だからとやらせてくれた時、運動神経の発達した方ではなかった私が、珍しく1塁ベースを踏んだ日のことを、今も覚えています。

 翌年の3月の旧制中学の入学試験は、机の上に大きな太平洋の地図があり、ハワイはじめあちらこちらに日の丸の旗が書き込まれています。
 それは、日本軍が、開戦当初、戦果をあげた所の地図で、それぞれのところで、アメリカの軍艦を何隻沈めたかなど答える問題でした。
 当時、軍国少年だった私は、得々とそれに答え合格しました。

 しかし、合格したあと、まともに勉強したのは、1年生の間だけ。2年生からは、すでに農家への、勤労動員が始まり、3年生からは、琵琶湖周辺の沼地を干し上げて水田にする、いわゆる琵琶湖干拓作業にかりだされ、連日、山を削り、沼地に腰までつかる重労働で、学校に登校したのは、大雨か、大雪の日だけで、1年に20日もあったでしょうか。

 それが、敗戦の前日、中学4年生(当時の旧制中学は5年生までありました)の814日まで続いたのです。

 この続きは、また、後日。時折、触れて行きたいと思います。
 中学生、高校生のブロガーの皆さん。皆さんのおじいちゃん、おばあちゃんは、こんな苦労をしてきたのだと、読み取ってください。

 学生や、青年、お父さん、お母さん、壮年の皆さんは、あの一連の戦争は、正しかったのだ、いや間違いだったのだと、様々な議論がなされていますが、当時を生き抜いてきた人間の生きざまから、真実を受け止めてください。

 私と、ほぼ同年配か、数年、年下の皆さん、どうか、私とともに、当時の記憶を呼び起こし、後世に伝えるべきは伝えましょう。

 1929年に匹敵する、もしくは、それを上回る金融恐慌の波が、世界を駆け巡っています。
 このあと、本格的な、世界大恐慌に発展するのか、暗い谷間の時代が再現するのか・・・。

 そうさせないための努力を、我々の残存能力で可能な限りつづけましょう!

 子や、孫や、ひ孫のために、人類の進歩のために!!!
『聞きそびれた玉音放送―琵琶の自叙伝―その2』
終戦記念日
2013年8月15日再録
 
【本文】
 
敗戦の前日まで
 
 
   65年前の8月14日の夕刻、夏休みもなく、連日腰まで泥水につかり、山の岩肌にツルハシをふるい、空腹に目もくらみそうになりながら、琵琶湖の周辺、彦根市郊外の、入江内湖、松原内湖の干拓作業に駆り出されていた、滋賀県立彦根中学校の4年生(今の高1)、5年生(今の高2)と、すでに3月に卒業したけれど、そのまま、元の中学に残留させられていた生徒全員が、作業終了後、弁天さんの祭られている山影に集められました。
 
  近くの米原には、米兵、オーストラリア兵などの捕虜収容所があり、同じく、近くの作業現場の干拓作業に従事しており、朝夕行き交う際に、わざと泥を浴びせる友人もいました。
 
 
日本は必ず勝つー学校長訓示
 
 
   さて、生徒全員が、山影に集まると、学校長は、おもむろに訓示を始めました。
「明日より4日間、お盆休みを与える。日本古来の風習に従って、先祖の墓参りをしてくるように。
 
  連日敵機B29の編隊が琵琶湖上空に飛来し、その後大阪、金沢などに進路を変え、各地を爆撃しているが、案ずる事はない!
恐れ多くも(ここで校長以下教師、生徒全員が、“気をつけ”の姿勢を取る)
 
  天皇陛下の、極くお傍に仕える4人の軍事参謀の一人から聞いた事であるが、アメリカの軍艦は、あらかた沈められて、あと4隻しか残っていない。
 
  それに引き換え我が方は、本土決戦に備え、瀬戸内海その他各地に軍艦、飛行機を隠してある。
 
  敵をひきつけ、肉を切らして骨を切る作戦である。
  日本は必ず勝つ!さらに、いざとなれば、神風が吹く!
  ただし、これは、極秘情報であるから、父母にも漏らしてはいけない」と!
 
 
一夜にして、デマを全土に!
 
 
   我々は、武者震いをして帰宅し、こんな素晴らしい情報を母親に隠しておけるわけがない!
 
大根の葉っぱと、オオバコその他の道端の草に、糠をまぜて、少しでも腹もちのする夕飯の支度に余念のない、母親に耳うちをする。
 
しばらくすると、こんな素晴らしいニュースを、父親に知らせないわけにはゆかない!
 
これまた、オオバコの葉を乾かして作った煙草モドキを吸っている父親に耳打ちをする。
 
両親は両となりに伝え、かくて一夜のうちに全県下に、人心の混乱を抑えるデマが行き届く!
 
 
明けて15日、校長の云いつけ通り、母の実家の墓参りに!
 
 
  2歳年下の従弟とともに、多賀町の母の実家の墓参りに!
 
ところが、祖母は、「折角来てくれたが砂糖もなく、牡丹餅も作ってやれない!」
それどころか、「これまで大きな空襲を受けてこなかった彦根の街が近く、空襲を受けることは間違いない!
 
ということで、家財道具を田舎に持ち出す疎開の日だ。
親戚が男手がなくて困っているだろうから手伝いに行ってやってくれないか」と。
 
 
いよいよ、彦根の町も終わりか?
 
 
  「分かった」と彦根の街に、リヤカー引っ張って入ってゆくと、どの家も荷物を荷車などに積み、更に屋根瓦まで、手渡しではがして積み込んでいる。
愈々彦根の街も終わりかと語り合いながら、街の中心部にある親戚の家についたのは、正午過ぎか?
 
つくと早々、「折角来てくれたけれど荷物は積み終わった、道の混まないうちに出かけるので、すまないがお茶もあげられない」と。
 
「いいよ、いいよ、気にしない、気にしない」と、腰も下ろさずトンボ返り!
 
すると不思議な事に、人々は、黙々と、一旦はがした瓦を、屋根にもどしているではないか!
 
中4と、中2の二人の頭で考えた!
 
「ああ、分かった、一旦運び出そうとしたが、重すぎるのであきらめたのだ」と。
 
 
でも、待てよ!
 
 
  「でも、待てよ、もしそうなら、人手のありそうな家は運び出してもいいではないか?」
 
「全部の家が、瓦を元にもどしているのはどういうことだ!」
 
今一度、聞いて見ようと、町はずれの農家のおじさんに聞いてみると、
 
『戦争は終わったらしい』と。
『どうやら、日本は戦争に負けたらしい』と。
 
そんな筈はない、「日本は必ず勝つ」と、昨日校長先生から聞いたばかりだ!
かと言って、日本が勝ったとも思われない!
 
いくら、洗脳されているとは言え、連日爆撃を受けながら、手も足もでない日本が、今日、明日のうちに勝てるとは思えない!
 
「分かった、あのおじさんは、アメリカのスパイだ!」
 
日本の国民を惑わすデマを流しているのだ」
 
「二人では、かなわないので、あとで友達をつれてやっつけにこよう」と。
 
そこで、私の記憶はプッツリと切れる。
 
どこを、どうして、祖母の家に帰り、そこから再び実家に帰ったのか?
 
瓦の手渡しの風景は、しっかり脳裏に焼き付いているのに、・・・。
 
記憶の蘇るのは、8月も数日を残すところからだ!
今日は、太平洋戦争、開戦70周年記念日
孫や、子に伝える、その日の思い出
 
(琵琶の自叙伝1)
 
 これは2年前の2009年12月8日に投稿した記事の再掲です。

1941(昭和16)年、12月8日、朝、起きると、父親が、神だなの隣においてあるラジオから流れてくる声に耳を傾けていました。

 「臨時ニュースを申し上げます。大本営陸海軍部128日午前6時発表、帝国陸海軍は、今8日未明、西太平洋においてアメリカ、イギリス軍と戦闘状態に入れり」と。

 当時、小学校6年生であった私は、何度も繰り返されるこの言葉が、耳に残っていることと、父や母が、なんとなく興奮していたこと以外に記憶にありません。

 ただ、当時17歳だったという野依一郎氏(84歳)は、「聞いていた父が『えらいことになった!』と暗い顔でつぶやきました」と伝えています。(2008年128日しんぶん赤旗12面「読者の声」欄)

 1929(昭和4)年の米国発金融恐慌から始まった世界恐慌、1931(昭和6)年918日の柳条湖事件から始まったいわゆる満州事変、さらに1937(昭和12)年77日に起きた盧溝橋(ろこうきょう)事件に続く、中国全土への侵入と、戦争に次ぐ、戦争の時代のただ中にいた日本の国民にとっても、それは、「えらいことになった」と言うのが実感でしたが、それを口に出して言える時代ではありませんでした。

 口にだせば、憲兵・警察に捕まる時代でしたから・・・。

 朝食を済ませた私は、いつものように、集落の出口のところに集まり、最上級生の高等科2年生(現在の中学2年生にあたる)の指導のもとに、隊列をくんで、徒歩で約30分かかる学校にむけて出発しました。
 学校までの途中、また、学校についてからの記憶もそれほどありませんが、「鬼畜(きちく)米英をやっつけろ」と口ぐちに叫んでいたのが、記憶に残っています。

 そうです、アメリカ人や、イギリス人は、鬼、畜生で、人間ではないと教えられていたのです。
 私たち、子供の頭のなかには、アメリカ人、イギリス人は、鬼が島の鬼退治の絵本にでてくる青鬼、赤鬼が、イメージとしてしっかり植えつけられていたのです。

 野球も、これはアメリカから渡ってきたスポーツだからと、すでに、アメリカとの戦争の始まる2年前の、小学校4年生から、全面禁止になりました。
 野球は、私たち当時の子供の中でも、大変人気のあるスポーツでしたが、担任の先生が、今日が、野球のできる最後の日だからとやらせてくれた時、運動神経の発達した方ではなかった私が、珍しく1塁ベースを踏んだ日のことを、今も覚えています。

 翌年の3月の旧制中学の入学試験は、机の上に大きな太平洋の地図があり、ハワイはじめあちらこちらに日の丸の旗が書き込まれています。
 それは、日本軍が、開戦当初、戦果をあげた所の地図で、それぞれのところで、アメリカの軍艦を何隻沈めたかなど答える問題でした。
 当時、軍国少年だった私は、得々とそれに答え合格しました。

 しかし、合格したあと、まともに勉強したのは、1年生の間だけ。2年生からは、すでに農家への、勤労動員が始まり、3年生からは、琵琶湖周辺の沼地を干し上げて水田にする、いわゆる琵琶湖干拓作業にかりだされ、連日、山を削り、沼地に腰までつかる重労働で、学校に登校したのは、大雨か、大雪の日だけで、1年に20日もあったでしょうか。

 それが、敗戦の前日、中学4年生(当時の旧制中学は5年生までありました)の814日まで続いたのです。

 この続きは、また、後日。時折、触れて行きたいと思います。
 中学生、高校生のブロガーの皆さん。皆さんのおじいちゃん、おばあちゃんは、こんな苦労をしてきたのだと、読み取ってください。

 学生や、青年、お父さん、お母さん、壮年の皆さんは、あの一連の戦争は、正しかったのだ、いや間違いだったのだと、様々な議論がなされていますが、当時を生き抜いてきた人間の生きざまから、真実を受け止めてください。

 私と、ほぼ同年配か、数年、年下の皆さん、どうか、私とともに、当時の記憶を呼び起こし、後世に伝えるべきは伝えましょう。

 1929年に匹敵する、もしくは、それを上回る金融恐慌の波が、世界を駆け巡っています。
 このあと、本格的な、世界大恐慌に発展するのか、暗い谷間の時代が再現するのか・・・。

 そうさせないための努力を、我々の残存能力で可能な限りつづけましょう!

 子や、孫や、ひ孫のために、人類の進歩のために!!!

【連動記事・・・終戦記念日】《転載歓迎》
『聞きそびれた玉音放送―琵琶の自叙伝―その2』
 
この記事は、下記に紹介する人たちと連動で記事を書いています。
総合タイトルは、同じですが、内容は、それぞれ個々で違います。出来ましたら、下記に紹介した人のブログにも見にって頂き、気に入ったものがあれば、
ご自分のブログに転載していただければ幸いです。
それで、次回、連動記事を書く際には、ご参加くだされば望外の幸せです。。。
【本文】
 
65年前の8月14日の夕刻、夏休みもなく、連日腰まで泥水につかり、山の岩肌にツルハシをふるい、空腹に目もくらみそうになりながら、琵琶湖の周辺、彦根市郊外の、入江内湖、松原内湖の干拓作業に駆り出されていた、滋賀県立彦根中学校の4年生(今の高1)、5年生(今の高2)と、すでに3月に卒業したけれど、そのまま、元の中学に残留させられていた生徒全員が、作業終了後、弁天さんの祭られている山影に集められました。
 
近くの米原には、米兵、オーストラリア兵などの捕虜収容所があり、同じく、近くの作業現場の干拓作業に従事しており、朝夕行き交う際に、わざと泥を浴びせる友人もいました。
 
★さて、生徒全員が、山影に集まると、学校長は、おもむろに訓示を始めました。
「明日より4日間、お盆休みを与える。日本古来の風習に従って、先祖の墓参りをしてくるように。
 
連日敵機B29の編隊が琵琶湖上空に飛来し、その後大阪、金沢などに進路を変え、各地を爆撃しているが、案ずる事はない!
恐れ多くも(ここで校長以下教師、生徒全員が、“気をつけ”の姿勢を取る)
天皇陛下の、極くお傍に仕える4人の軍事参謀の一人から聞いた事であるが、アメリカの軍艦は、あらかた沈められて、あと4隻しか残っていない。
 
それに引き換え我が方は、本土決戦に備え、瀬戸内海その他各地に軍艦、飛行機を隠してある。
 
敵をひきつけ、肉を切らして骨を切る作戦である。
日本は必ず勝つ!さらに、いざとなれば、神風が吹く!
ただし、これは、極秘情報であるから、父母にも漏らしてはいけない」と!
 
★我々は、武者震いをして帰宅し、こんな素晴らしい情報を母親に隠しておけるわけがない!
 
大根の葉っぱと、オオバコその他の道端の草に、糠をまぜて、少しでも腹もちのする夕飯の支度に余念のない、母親に耳うちをする。
 
しばらくすると、こんな素晴らしいニュースを、父親に知らせないわけにはゆかない!
 
これまた、オオバコの葉を乾かして作った煙草モドキを吸っている父親に耳打ちをする。
 
両親は両となりに伝え、かくて一夜のうちに全県下に、人心の混乱を抑えるデマが行き届く!
 
明けて15日、校長の云いつけ通り、2歳年下の従弟とともに、多賀町の母の実家の墓参りに!
 
ところが、祖母は、「折角来てくれたが砂糖もなく、牡丹餅も作ってやれない!」
それどころか、「これまで大きな空襲を受けてこなかった彦根の街が近く、空襲を受けることは間違いない!
 
ということで、家財道具を田舎に持ち出す疎開の日だ。
親戚が男手がなくて困っているだろうから手伝いに行ってやってくれないか」と。
 
★「分かった」と彦根の街に、リヤカー引っ張って入ってゆくと、どの家も荷物を荷車などに積み、更に屋根瓦まで、手渡しではがして積み込んでいる。
愈々彦根の街も終わりかと語り合いながら、街の中心部にある親戚の家についたのは、正午過ぎか?
 
つくと早々、「折角来てくれたけれど荷物は積み終わった、道の混まないうちに出かけるので、すまないがお茶もあげられない」と。
 
「いいよ、いいよ、気にしない、気にしない」と、腰も下ろさずトンボ返り!
 
すると不思議な事に、人々は、黙々と、一旦はがした瓦を、屋根にもどしているではないか!
 
中4と、中2の二人の頭で考えた!
 
「ああ、分かった、一旦運び出そうとしたが、重すぎるのであきらめたのだ」と。
 
★「でも、待てよ、もしそうなら、人手のありそうな家は運び出してもいいではないか?」
 
「全部の家が、瓦を元にもどしているのはどういうことだ!」
 
今一度、聞いて見ようと、町はずれの農家のおじさんに聞いてみると、
 
『戦争は終わったらしい』と。
『どうやら、日本は戦争に負けたらしい』と。
 
そんな筈はない、「日本は必ず勝つ」と、昨日校長先生から聞いたばかりだ!
かと言って、日本が勝ったとも思われない!
 
いくら、洗脳されているとは言え、連日爆撃を受けながら、手も足もでない日本が、今日、明日のうちに勝てるとは思えない!
 
★「分かった、あのおじさんは、アメリカのスパイだ!日本の国民を惑わすデマを流しているのだ」
 
「二人では、かなわないので、あとで友達をつれてやっつけにこよう」と。
 
そこで、私の記憶はプッツリと切れる。
どこを、どうして、祖母の家に帰り、そこから再び実家に帰ったのか?
瓦の手渡しの風景は、しっかり脳裏に焼き付いているのに、・・・。
 
記憶の蘇るのは、8月も数日を残すところからだ!
続きは、次回9月5日投稿予定の、「琵琶の自叙伝・・・その3」・・・に!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本文終了・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
<ここに、これまでに把握できている、今回の参加者のブログを紹介をします。>
 
短足オジサン 短足オジサンの支離滅裂日記 http://blogs.yahoo.co.jp/honjyofag
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春風さん 春風の読書感想文 http://blogs.yahoo.co.jp/harukazeburogu 
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★よこ八さん『俺は、幸せになったらアカンのや』−ニューギニア未帰還兵展』(動画)http://blogs.yahoo.co.jp/sitosiyoko8/26471200.html
【准参加作品】―本人より、参加連絡はありませんが、事務局が、趣旨に合致すると判断して、勝手に紹介させていただいている記事です。
yfq**494さん
65年目の「終戦記念日」に、改めて「沖縄戦と米軍基地問題」について学び考えてみませんか?http://blogs.yahoo.co.jp/yfqsx494/50863386.html#5086336
 井上ひさしさんの志を受けついで―九条の会講演会〈日米安保の50年と憲法9条〉」のDVD、
 桂敬一(元東大教授・日本ジャーナリスト会議会員) いよいよ白熱化する安保・普天間問題めぐるたたかい
ありがとうございます。
今後、正規参加作品、准参加作品をふくめ、把握出来次第、追加発表致します。 
 
この記事をご覧下さった人は、どうか、紹介のブログに見に行ってださい。
そして、その中で気にいったものあれば、一声お掛け頂き、転載で記事をご自身のブログに公開してください。

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