|
2012年、国民平和大行進、スタート
放射線被害を無くそう、
無くせ、核兵器 !!
無くせ、原発 !!
|
核兵器廃絶
[ リスト | 詳細 ]
|
私のところでは、広島、長崎のそれぞれの原爆投下の時刻に合わせて、寺院・教会の点鐘運動が続けられていますが、いわっぷさんのところでは、下記の取り組みが行われているとのことを知り、全国、全世界で、この種の取り組みの広がることを願って、転載をお願いし、快諾をえて転載させていただきました。
転載元 いわっぷさん
平和の鐘つき
高梁 9 条の会が 9月9日9時9分から「平和の鐘つき」
憲法9条を守り生かす決意こめ 12寺院で
高梁9条の会(代表世話人・尾島英之氏ら4人)は、憲法9条の「9」にちなみ、9日午前9時9分から、「憲法9条を守り生かそう」の決意をこめて、市内12寺院(寺院名は下記)でいっせいに「平和の鐘をつき」を行いました。「平和の鐘つき」は昨年に続き2回目。
映画・寅さんのロケ地で縁の薬師院(上谷町)、小堀遠州作庭の名園がある頼久寺(頼久寺町)などに、会員・市民ら(住職・檀家の人も含む)合わせて71人が参加し、約30秒おきに「ゴーン」と9つの鐘をつきあいました。
(写真)
各寺院では多くの住職から「9条を守るための平和の鐘つきは有意義なこと。協力するので毎年継続してほしい」「命や鐘がなくなるような戦争は2度とさせてはなりません」などと語られたほか、「会の活動に使ってほしい」と募金を寄せられた寺院もありました。
また、参加した市民の中には「杖がないと歩けないけど『平和の鐘つき』には参加したかったので」(70代女性)、「全国のお寺で一斉に鐘つきをすればもっと大きな運動になるのでは」(60代男性)などの感想が寄せられました。
さらに会員からも「鐘つきのお知らせ・参加案内のチラシを事前に各戸へ配っていたら『ご苦労さん、活動に使って』と募金をしてもらって元気が出た」などの経験が紹介されていました。
会では、来年以降も徐々に賛同・協力してもらう寺院をふやしながら「平和の鐘つき」が市内全体に定着・継続していくよう取り組むことにしています。
【平和の鐘つきにご協力していただいた寺院と参加者数】
正 善 寺 寿 覚 院
道 源 寺
薬 師 院 頼 久 寺 観 泉 寺 深 耕 寺 重 源 寺 真 光 寺 寶 妙 寺 臍 帯 寺 増 福 寺 (参加人数計 71人) (会の通信より)
|
|
【重要】原発周辺、長期間住めない
政府は4月、原発20キロ圏内を原則として立ち入りを禁じる警戒区域に設定。来年1月中旬までに原子炉が安定的に停止する「冷温停止状態」を達成し、警戒区域を解除する方針を示してきた。
しかし、文部科学省が原発20キロ圏内の警戒区域内で事故発生後の1年間で浴びる放射線の積算量を推計したところ、大熊、双葉両町を中心とする35地点で、計画的避難区域などの指定の目安となる年間20ミリシーベルトを大きく超えた。
原発から西南西に3キロ離れた大熊町小入野では508.1ミリシーベルト、大熊町夫沢でも393.7ミリシーベルトと、高い推計値を示した。
福島第1原発の周辺地域を巡っては、菅首相が4月、松本健一内閣参与と会談した際に、『当面住めないだろう。10年住めないのか、20年住めないのか』と発言したとされ、直後に松本参与が「私の発言だった」と訂正した経緯がある。
●4月の発言は菅首相だと言うことが明確になった。それ程、危険であることを認識しながら「放置」していた罪は極めて重いと言わざるを得ません。(文部科学省の発表は既に投稿済みですー下記)
★【重要・再掲/警戒区域】年積算最高「508ミリシーベルト」と文部科学省推計
文部科学省は19日、東京電力福島第1原子力発電所事故の警戒区域のうち8市町村の50地点について、事故発生から1年間の積算放射線量の推計値を初めて公開した。
最高は原発の西南西3キロの大熊町小入野の508.1ミリシーベルトで、一般人の年間許容線量の500年分に相当。
また、35地点で20ミリシーベルトを超えた。
|
|
転載元: 原発情報
731部隊を隠蔽する目的の取引!NHKスペシャル 封印された原爆報告書
10年8月6日放送されたNHKスペシャル
原爆投下直後から行った調査データを、敗戦後すぐにアメリカに渡したのは、731部隊を隠蔽する目的の取引だったという証言。
戦後被ばく者に対して、生存者に対してはアドレナリンテストなど治療とは関係がない人体実験を行い、死亡者は解剖され、調査結果をアメリカに引き渡していた。
オノダマサエさん(当時11歳)の遺体が調査されたエピソードや入市被曝に関するエピソードは私たちの胸に悲しみと共に深く刻み込まれる。
NHKスペシャル 封印された原爆報告書 2010年8月6日放送
アメリカ国立公文書館のGHQ機密資料の中に、181冊、1万ページに及ぶ原爆被害の調査報告書が眠っている。子供たちが学校のどこで、どのように亡くなったのか詳しく調べたもの。200人を超す被爆者を解剖し、放射線による影響を分析したもの…。いずれも原爆被害の実態を生々しく伝える内容だ。報告書をまとめたのは、総勢1300人に上る日本の調査団。国を代表する医師や科学者らが参加した。調査は、終戦直後から2年にわたって行われたが、その結果はすべて、原爆の“効果”を知りたがっていたアメリカへと渡されていたのだ。 なぜ貴重な資料が、被爆者のために活かされることなく、長年、封印されていたのか? 被爆から65年、NHKでは初めて181冊の報告書すべてを入手。調査にあたった関係者などへの取材から、その背後にある日米の知られざる思惑が浮かび上がってきた。 番組では報告書に埋もれていた原爆被害の実相に迫るとともに、戦後、日本がどのように被爆の現実と向き合ってきたのか検証する。 「ヒロシマの黒い太陽」に出てくるマンハッタン計画医療班報告の礎となったのが当該報告書であることは言うまでもない。』 以下
私は、被曝者がモルモットのように調べられただけで治療は受けず放置されていたということは知っていたが、それは米国が行ったものと今まで思っていた。
なんと、広島原爆投下2日目の8月8日には、陸軍省医務局が調査団を組織して、被爆者の調査を開始していた。それは、原爆を落としたアメリカが、原爆投下直後の被害の様子効果を最も知りたいだろうと考えたからであり、投下された国にしか投下直後の調査ができないから投下直後の調査をして米国に進呈し、戦争に負けたものとして少しでもいい心証を得るための外交カードとしたいという動機からだった。つまりは、国体護持のため、被曝者を利用したということになる。
米国にとって最も知りたいことは、「原爆がどれだけの範囲にいる人を殺すことが出来るか」ということだろうとも考えており、まとまった数でそれぞれ学校へ作業に出ていた18000人の子供たちを爆心地からの距離と殺傷力を表す「死亡率曲線」のサンプルにしていた。それがその後のアメリカ核戦略の基となり、このデータによって、モスクワ6発、スターリングラード5発、と必要な原爆数を算定したと聞いて、もう、何と言っていいのか、言葉を失ってしまった。
国民には「お国のために」と愛国心を強要し、戦争に是非もなく奉仕させた国が、ここまで、国民を利用し尽くすとは、被曝者だけでなく戦死者、戦災で焼け死んだ方々、すべての国民にとって戦う値打ちなどみじんもありはしない戦争だったと言えるのではないだろうか。国体とやらの無謀な戦争に国民は付きあわされ徹頭徹尾利用されつくされただけではないか。自国の子供たちを原爆で殺されて、子供たちの死亡を数え上げてグラフにして殺した国に進呈する。これが、「国体の護持」のための米国への命乞いだったが、これを納得できる国民が一人でもいるのだろうか。 この研究を引き継いだ日系アメリカ人から、「アメリカにとって極めて重要な軍事情報でした。まさに日本人の協力の“賜物”です」との絶賛をうける。「サクラのようにパッと散れ」と兵隊には死ぬことを美と洗脳した張本人が、国民をモルモットにして戦勝国に命乞いをする。日系アメリカ人が感謝して研究を引き継いだというのも、複雑な思いがする。
原爆が人体に与える影響も徹底的に調べていた。被爆者に少しでも役立つならと検体に応じた妹?の内臓はスライスされて、放射能の測定に使われただけのようだ。少しも被曝者に役立つことはなかった。戦争のためのデータとなっただけだった。
国は、入市被曝者を認めなかったが、報告書には入市被曝者についても記述があり、国は知らないはずがなかったということもわかった。 被曝者が調査されるだけで治療を受けることがなかったのは、治療や薬の影響を受けることなく自然に放置していて何日生き延びるかということも調査項目に入っていたのではないだろうか。 ま、こうして戦争を引き起こした国体は、原爆を落とされ亡くなったり苦しんだりしている人々を踏み台にして米国を喜ばせる調査報告をし、無事、戦後も存続し、今も、日本の中枢にいるということもわかる。
国体とは、一体何なのか、漠としているが、天皇制官僚制度全体を言うものらしい。これが、今も超法規的に国民の上に君臨している。この中心となる核が、一体どこにあって、どういう指令系統が働いているのか?今も、国体の邪魔となる政治家が冤罪で逮捕され、葬り去られていくという現実がある。この報告書を入念に調べ上げていくと国体の本体に迫ることができるかもしれない。
今では、処刑された東条英機他7人のA級戦犯も、実は国体の身代わりに捧げられたスケープゴートではないかという気がしてきた。なにせ、国体存続のためには、国体以外の国民は虫けら同然いかようにしても処理してよい存在だ。
日本では、戦争についての総括はウヤムヤにされてきたのも納得できる。総括などできるはずがない。今は、ますます米国にへつらいながら、国民の財産を奪っては米国へ上納に励んでいる。彼らにとって大事なことは、国民には超然として支配を続けることであることらしい。そして、国民が彼らの決定に背くことは、現在も一切許されない。
国体の核がどこにあるかと頭をめぐらすと、陸軍省医務局を動かし調査団を組織することができるところとはどこかとか、敗戦後の天皇のダレスとの二元外交が浮かんでくる。 反戦な家づくりさんによると、「国体」とはズバリ天皇である。これにはハタとひざを打つ。戦前から戦後のしばらく昭和天皇の時はそうだったに違いない。しかし、今は、今生天皇が「国体」の「主体」とは考えにくい。天皇の近くに民主主義を潰し象徴官僚制度の安泰を図ろうとしている組織なり人がいるのではないかと思っている。
最後に、 8月6日に広島に原爆が落とされ、二日後、8日には、陸軍医務局が、調査団を組織して広島へ入り調査を開始している。この迅速さには違和感がある。調査団を組織するだけでも数日はかかるだろうし、移動にも1日はかかる。日本は、広島に原爆が落とされることを知っていて、調査団は組織されて準備万端整えられていて、落とされるのを待ち構えていたのではないかという疑惑も湧いてくる。
転載元: 原発情報
|
|
今日8月6日は言うまでもなく広島への原爆投下の日である。
実を言うと、この数年来、私は原爆の日にほとんど関心を持たなかった。ああ・・・また原爆の日が来たかと思う程度だった。しかし、今年は違う。全く違う。 原爆投下の日が重大に思えて仕方がないのだ。それは言うまでもなく、福島原発の大事故があったからである。3月11日を境にして、原子力に対する考え方、見方が大きく変わった。 恥ずかしい話だが、この数年来、私は日本が場合によっては「核保有国」になっても良いのでは・・・と考えていた面がある。これはNPT・核兵器不拡散条約が極めて不公正、不合理なものだからそう考えていた。 NPTほど酷い条約はない。核兵器の保有を米英仏露中の5カ国だけに認めるという極めて不平等、一方的な条約なのだ。ここでNPTについて詳しく論じる時間はないが、こんな酷い条約は認めない方が当然である。だから、核保有国になったインド、パキスタン、(北)朝鮮などはこの条約に加盟していない。当然だ。 しかし、福島原発の事故以降、私の考えは変わった。「原子力」そのものに疑問を持つようになった。核兵器だろうと原発だろうと、人類はこれを廃棄すべきものと考えるようになった。なぜか? 原子力そのものが“悪魔”だと思うようになったからである。つまり、人類を滅ぼす悪魔、人類の敵だと思うようになったのだ。
人類は、原子力を完全に制御する力を持っていない。これは福島原発事故の“後始末”を見ればすぐに分かるだろう。政府は楽観的な見通しを示しているが、果たしてそうだろうか。専門家の中にも色々な見方があるが、廃炉にするまでどのくらいの年月と費用がかかるのか。一説には、何十年とも何兆円とも言われている。 また、使用済み核燃料と放射性廃棄物の「完全処理」については、全く見通しが立っていない。要するに、人類は原子力を制御できないまま来ているのだ。 仮に将来、人類が原子力を制御できるようになったとしても、それまでには危険がいっぱい残っているのだ。いや、仮に制御できたとしても、危険は付きまとうだろう。原爆が悪魔の兵器なら、原発も悪魔のエネルギー手段なのである。 原水爆を「核抑止力」として捉える考え方がある。私も以前、そういう考えに傾いたことがある。戦争を未然に防ぐには、核抑止力が重要だという考えである。それも一理あると思った。
しかし、現実には核を持っていても使えないだろう。核兵器を使えば全てが終りである。核戦争をしようなどと本気で考えている輩はほとんどいない。核は「持っている」ことに政治的な意味があり、それを使うのは無理だ。 ここで政治論、戦略論をするつもりはないが、高性能のミサイルが発達し、軍事衛星などが進歩した今日、核基地を攻撃するのは簡単である。むしろ、核を持っている方が危険なのだ。もし核基地が攻撃されたら、その惨禍は言うまでもないだろう。 要するに、核は「持っている」ことだけに意味があり、実戦用ではない。いわば、現代の“張り子の虎”になってしまったのだ。 どうして、こんな戦略・戦術論になってしまったのだろう。もう止めよう。こんなことは議論し出したら切りがない。要は人類の敵である原爆、原発を廃棄することだ。悪魔の兵器、悪魔のエネルギー手段を永久に葬り去ることだ。それが人類の未来を明るくしてくれる。 唯一の被爆国である日本は、核兵器廃絶、原発廃棄の先頭に立たなければならない。(2011年8月6日)
|

- >
- Yahoo!サービス
- >
- Yahoo!ブログ
- >
- 練習用



