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安倍ベイビーズ、また失言(暴言)!
自民・武藤(貴也)議員に批判の声
「戦争行きたくない」を「利己的」と非難
「日本国憲法の国民主権、
基本的人権の尊重、
平和主義の原則について、
この三つとも日本精神を破壊するもの」
201584()しんぶん赤旗

 磯崎議員の、法的安定性に関する暴言についての議論が続いている中、今度はまたもや安倍親衛隊とも言われる「文化・芸術懇話会」のメンバーから、日本国憲法の三原則を真っ向から批判する暴言が飛び出しました。小泉チルドレン以降の、党内教育の不十分さが露呈したものと指摘されていますが、結局、安倍総理の本音の代弁であり、身から出た錆とも言えそうです。

戦時中のなぎなた訓練
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【本文記事】

 自民党の武藤貴也衆院議員(36)がインターネットの短文投稿サイト・ツイッターで、戦争法案に反対する「SEALDs」(シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)について、「自分中心、極端な利己的考え」と非難していることに批判の声が高まっています。
 
武藤氏は7月30日付で「彼ら彼女らの主張は『だって戦争に行きたくないじゃん』という自分中心、極端な利己的考えに基づく。利己的個人主義がここまで蔓延(まんえん)したのは戦後教育のせいだろうと思うが、非常に残念だ」と投稿。「戦争したくないなら中国大使館前や朝鮮総連前で反戦の訴えをすべきだ」と主張しました。

 「民主主義を否定している」など批判の高まりに対し同氏は2日付のフェイスブックで「世界中が助け合って平和を構築しようと努力している中に参加することは、もはや日本に課せられた義務であり、正義の要請だ」と開き直っています。
 
 武藤氏は、「マスコミを懲らしめる」など言論弾圧暴言を発した自民党若手議員の勉強会(文化芸術懇話会)のメンバー。2012年7月23日付ブログで、日本国憲法の国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の原則について、「この三つとも日本精神を破壊するものであり、大きな問題をはらんだ思想だ」と述べ、日本国憲法を敵視しています。
政権寄りNHKに疑問・批判
広がる視聴者運動
新たに埼玉・愛知で「会」
81日に行われた、NHK包囲行動
2015731()しんぶん赤旗

(写真)盛況のさいたまの会結成集会=17日、さいたま市

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   NHKの政権寄り報道に疑問や批判が集まるなか、新たな視聴者運動が各地で動きだしています。今月17日にはさいたま市で「NHK問題を考える会・さいたま」が、26日には名古屋市で「NHKを考える東海の会」が発足。いずれも座席が足りなくなるほどの参加者で、怒りあふれる発言が目立ちました。 (和田肇)
 
   約70人が集まったさいたま市。主催者は「独裁的な国会運営の安倍政権に、NHKは取り込まれたような報道だ。放送法にのっとった報道をさせよう」と力を込めます。

 元NHKプロデューサーの永田浩三さんが講演。参加者からは「政府報道の垂れ流しだ」といった怒りや、「北風の中にいるNHK内の良心的な人に、応援の声を届けよう」など熱心な声が相次ぎました。

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国策放送ノー

 事務局長の山中静夫さんは「公共放送NHKを国策放送にさせてはいけません。安保法制反対のデモや集会などに出向いて、会への参加を呼び掛けてきました」と語りました。

 東海の会には約90人が参加。代表に選ばれた池住義憲・元立教大学教授は、民主主義のためにはメディアが有権者に正確な情報を与えなければならないと指摘。「NHKがどういう放送をすべきか、東海の会でもよくウオッチし、考えていこう」と訴えました。

 講演は元NHK社会部記者で名古屋放送局副局長も務めた大木圭之介さん。参加者からはNHKの戦争報道への疑問や受信料への不満が出ました。

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 大木さんは、各地の「会」が地元のNHK地方局へ働き掛け「地方局が自分たちに近いメディアになるよう考えてみたらどうか」と助言しました。

声を届けよう

 籾井(もみい)勝人会長が誕生した昨年1月以来、「NHKを考える会」が新しく北は秋田から南は屋久島(鹿児島)まで、11カ所で誕生しました。25年前に発足した「放送を語る会」や、ETV番組改変事件(2001年)をきっかけにできた「NHK問題京都連絡会」(05年)などを含め、20近い視聴者団体が活動しています。いずれも「視聴者の声を放送局に届けよう。よい番組に激励を。問題点は抗議を」が方針の一つ。元NHK職員も積極的にかかわるようになっています。

 
   京都連絡会の長谷川長昭事務局長は「視聴者運動は、欧米では当然でしたが日本では欠けていました。メディアを支配する安倍政権の危機的状況の中で、機運が盛り上がっています」。さらに「権力を監視するのはメディアですが、メディアが責任を果たしているかを監視するのは視聴者の役割です」と強調しました。
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【スピーチ全文掲載】「デモに参加すると就職に不利になると脅してくる人がいますが、僕たちがやってることは間違っていないし、否定されるべきではない」SEALDs KANSAI 津田研人さん
 
 
「政治の主体は私たち一般市民であって、安倍首相ではない。だから、多くの市民の反対の声を無視してあなたが取り戻そうとしているものは、私たちが望んでるものではないんです」
 SEALDsが主催する、戦争立法反対の金曜行動は2015年7月31日で第9回を迎えた。この日、関西から駆けつけたSEALDs KANSAIの津田研人さんが国会前でスピーチし、安倍総理の掲げる「日本を、取り戻す」というスローガンの正体は、市民から権利を奪うことだと批判。「民主主義の力で安倍政権から日本を取り戻そう」と訴えた。
 また、津田さんは学生デモが注目を浴びる中での批判についても触れ、こう付け加えた。
 「デモに参加すると就職できないとか、不利になるとか、そういうことを言って脅してくる人がいます。でも、少なくとも僕たちがやってることは間違っていないし、否定されるべきではないことだと思います。僕たちの活動をちゃんと見てください。知ってください。何も知らないのに、デモは危険というステレオタイプで見るのは、もう止めにしませんか」
 以下、スピーチの動画と、全文書き起こしを掲載する。(ぎぎまき)
 
【津田研人さんのスピーチ動画(6分14秒)】
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津田研人さんスピーチ書き起こし

 「神戸大学大学院の津田研人です。今日は関西から来ました。
 いつもはSEALDs KANSAIの方でデモをやったり、街宣に参加しています。よろしくお願いします。
 今、僕は怒ってます。安保法制をめぐり、安倍政権とそれに関わる人たちがやってること、やってきたことに対して、僕は本当に今、怒ってます。
 僕は小学生の時に沖縄戦のことを勉強したことで、戦争と平和に感心を持つようになりました。何で戦争は起きてしまうのだろう。どうしたら平和になるのか。そういうことを考えながら、今まで勉強を続けてきました。
 小学生の時に聞いた言葉が今でも記憶に残っています。
 それは『戦争は人間を人間でなくする』という言葉です。この言葉、僕はとても重い言葉だと思います。戦争では人間が人間を殺します。肌の色の違い、言語や宗教、民族、そういった些細な違いだけで、生物的には同じ人間がお互いを憎み、殺し合います。
 どんなに酷いことも平気で出来てしまいます。そこには負の感情しか存在しません。しかし、その死体は紛れも無く、私たち人間であって、戦争を始めることも、人を殺すことも、全て人間の手によって行われてきました。
 戦後に生まれてきた私たちは、まず、その事実を受け止めなければなりません。
 だからこそ、今、私たちがしなければいけないことは、二度と戦争が起きないために、平和を自分たちの手で守っていくことです。
 人間は一人ひとり、幸せになる権利を持っています。
 そして、それは、お互いがお互いを尊重することでもあります。それが、本来の人間の姿だと思います。
 しかし、戦争は、普通の人が普通に人を殺し、命を奪うことを当たり前にさせてしまいます。これがどんなに恐ろしいことか、戦争を知らない僕たちも想像することができます。だから、絶対に二度と戦争を起こしてはいけない。これが、多くの人の命を奪った過去の戦争から日本が学んだことであるはずです。
 日本が曲がりなりにも維持してきた平和主義は、そのような過去の戦争への痛烈な反省をもとに、人間自身が自らの手で作り上げてきた歴史の遺産に他なりません。
 それにも関わらず、今、安倍首相は、再び日本を戦争できる国にしようとしています。
 安倍首相は自衛隊が海外で戦争できるようになることで、日本が普通の国に、日本が国際社会で一人前になれると考えています。でも、普通って何でしょうか。一人前って何なんでしょうか。他の国もやっているから日本もやらなければならない、そういうことでしょうか。
 でも、ここで確認しておきたいことは、他の国がやっていることは正しいことではなく、間違っていることだということです。
 戦争では絶対に人が死にます。一人でも、人の命が奪われます。これは、どんな理由があっても絶対に肯定することはできません。ましてや集団的自衛権の名のもとに行われた戦争はすべて、自衛のための戦争なんかではなく、恣意的な目的の為に行われた違法な戦争でした。
 
 ベトナム戦争だって、アフガニスタン戦争だって、イラク戦争だって、自衛の名のもとに多くの人の命が奪われました。他の国もやってるから自分もやる、そんな馬鹿な考え方がありますか。
 間違っていることは間違っているんです。他の国がやっているからと思考停止するのではなく、間違っていることに対しては、断固として間違っていると、主張していく勇気が、本当に平和を作っていく上で必要とされていることではないのでしょうか。
 僕はそう思います。
 安倍首相は今、『美しい国、日本を取り戻す』というスローガンのもとに政治をやっています。でも、誰から日本を取り戻すんですか?何を取り戻すんですか?僕は全然分からないです。
 政治の主体は私たち一般市民であって、安倍首相ではないんです。だから、多くの市民の反対の声を無視して、あなたが取り戻そうとしているものは、私たちが望んでいるものではないんです。
 
 あなたは今、私たち市民から権利を奪おうとしているのです。それが『日本を、取り戻す』というスローガンの正体です。
 憲法を守らない、言論弾圧をする、野次を飛ばす。そして何より、僕たち市民の声を聞こうとしないあなたの行動は美しいのですか?
 そんなもの僕は望んでません。
 今、必要なのは、僕たち市民が民主主義の力で、安倍政権から日本を取り戻すことです。
 
 最後にひとつ言いたいことがあります。デモに参加すると就職できないとか、不利になるとか、そういうことを言って脅してくる人がいます。でも、少なくとも僕たちがやってることは間違っていないし、否定されるべきではないことだと思います。
 僕たちの活動をちゃんと見てください。知ってください。何も知らないのに、デモは危険というステレオタイプで見るのは、もうやめにしませんか。
 
 僕は安保法制を廃案にするために、そして安倍政権をやめさせるために、これからも自分の意思を表明していきます。
 2015年7月31日、私は安保法制に反対します」

転載元転載元: 幸せの青い鳥

憲法で33年飯を食って来たが、今日、初めて
何が憲法かが分かった。これなんですよ!
水島朝穂教授がSEALDs集会で熱弁
 〜ベルリンの壁崩壊直前のドイツと国会前が今、重なる


 ベルリンの壁を崩壊に導いた100万人の市民も、最初は、弾圧を恐れたわずか1000人の市民の集まりに過ぎなかった――。

 1989年、ベルリンの壁崩壊を東ベルリンでむかえた早稲田大学・水島朝穂教授(憲法学)。2015年7月31日、初めてSEALDs主催のデモに駆けつけた水島氏は、SEALDsの「民主主義って何だ」「これだ」のコールを聞き、東ドイツの民主化を求めた26年前の東ドイツの市民の姿を思い出したという。

 水島氏はベルリンの壁が崩壊するに至った市民運動の変革を語り、「今、新しい民主主義が国会前で始まっている」とスピーチ。その上で「憲法やって33年、飯を食って来たが、今日、初めて憲法って何だって分かった。これなんですよ」と感動をあらわした。

 「8割の国民が納得していない政権は、退陣願いましょう」
以下、スピーチの動画と、全文書き起こしを掲載する。(原佑介)

【水島朝穂教授スピーチ動画(4分36秒)】

水島朝穂教授スピーチ書き起こし

水島朝穂教授「早稲田大学の水島です。今、全国憲法研究会の代表をしています。

 さっきから『憲法を守れ、守れ』と言われていると…我々はそれで飯を食っております。飯を食っている人間がここに来ないのは、やっぱりヤバイ、ということで学者の会呼びかけ人ですけど、今日、初めて来まして、感動しました。

 何に感動したかというと、ずーっと砂防会館からデモをやってきた時、今コールしていた彼が(SEALDs奥田愛基さん)が、『民主主義って何だ』って言ったんです。そしたら、その後(みんなが)『これだ』って言ったんですよ。

 それを見た瞬間(思い出したのは)、私は24年前、東ベルリンに住んでいて、壁が崩れるときの一年半前に行きました。あの時、壁を崩した市民勢力が最初、89年の9月4日に、ライプツィヒで権利を求めてデモをやったんです。

 でも、みんな怖くて来なかった。でも1000人が集まった。

 『就職に響くぞ』『大学退学だぞ』…いろいろと秘密警察が脅したんですよ。

『じゃあ、月曜日にもう一回集まろう』『ダメだよ、会社クビになるわ』…でもみんな行った。そしたら5000人になってた。

 そして10月2日、2万人になった。10月9日、7万人になった――。

 それを見たベルリンの人たちが『俺たちもやろうじゃないか』と言ったんです。89年の11月4日の土曜日に、アレクサンダー広場という、私が住んでいた目の前にある広場に集まろうと。呼びかけたのは俳優とアーティストと作家です。『おもしろそうだ』ってみんな思った。

 もう一つあるんです。警察にちゃんと許可をもらった。東ドイツはデモをしてはいけないんですよ。でも芸術家の集会だから警察が簡単にハンコを押しちゃった。
 さぁ集まった。100万人が集まった!

 そして弾圧された政治指導者が立ち上がって、『We are the People』って言ったんですよ。俺たちが人民だ、と。この東ドイツの体制は人民民主主義。『ドイツ民主共和国』なんて嘘っぱちじゃないか、俺たちは壁の向こうに行けないじゃないか、行かせてくれ! と叫んだんですよ。

 そしてその11月4日の大デモンストレーションの後、5日後にベルリンの壁が崩れたんです。これはどういうことを意味していますか?

 最初はベルリンの壁は崩れてなかったんです。一番最初は、小さな小さなデモから始まった。でも『定期的に月曜日に集まろうね』と、どんどん膨らんで、ついに100万人になったんですよ。

 私はそこに住んでいて、上から見て、そこには100万人も入れません。『“100万人”は嘘ですよ』と新聞は書いた。当たり前だよ。せいぜい10万人くらいですよ。でも違うんですよ。そこに向かって電車に乗り、車で、徒歩で一杯集まってきた人、ひっくるめて100万人なんです。

 だから、ここにいるのが2万だとか3万だとか、砂防会館に4000だとか、明日の夕刊フジや産経新聞が書くんですよ。でも、その向こうに1000万、2000万の国民が見ているんです。だから8割の国民が納得していないじゃない。

 8割の国民が納得していない政権は、退陣願いましょうよ。

 今日の夜10時から、NHK第一放送、NHKジャーナルに出演してこのデモのことを話します。

 今、新しい民主主義が国会前で始まっている。それはなにか。今まで私が、45年前、高校生でここでデモをやった時、どっちかというと後ろからついていったデモだったんですけど、全然違うの。今日、先頭で、学生といわゆる学者が一緒に歩いたんですよ。

 そして、『民主主義って何だ』って彼らが問うたら、『これだ』と言ったんですよ。私、初めて、憲法やって33年、飯食って来ましたが、今日、初めて、憲法って何だって分かりました。

 これなんですよ。

 俺たちが人民なんです。だから、それに反対するあそこにいる政権には退陣を願いましょう。廃案しかない。廃案しかあり得ない。がんばりましょう」

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小林節教授とは違い、こちらは、本物の憲法学者だ。 by acalulia  


転載元転載元: acaluliaのブログ

速報、拡散!”
●*立憲主義の本質を政府に厳守させよう!

◆憲法解釈変更の限界と「憲法が想定する人間像」〜岡田健一郎高知大学人文学部准教授による衆議院憲法審査会・高知地方公聴会での意見陳述

2015年6月15日 衆院憲法審査会 高知地方公聴会 岡田参考人(公募枠)

法学館憲法研究所 今週の一言 2015年7月27日
憲法解釈変更の限界と「憲法が想定する人間像」―安保法案の問題点を考える視点―
岡田健一郎さん(高知大学人文学部教員)
(抜粋引用開始)

1、憲法審査会が直面している問題
 今回、私がお話ししたいのは、昨年7月に政府が行った、集団的自衛権に関する憲法解釈の変更についてです。私には、この解釈変更が、日本の平和主義だけではなく、憲法改正問題や立憲主義、そして憲法審査会に対しても、深刻な影響を与えているように思われるからです。
 そこでまず取り上げたいのが、憲法解釈の変更と、憲法改正との違いです。
 実際に日本国憲法を見てみるとわかりますが、その条文は、その多くが抽象的な言葉遣いになっています。それは、憲法というものが、いわば「この国のかたち」を定めるものであることに由来します。すなわち――国や社会のかたちを、あらかじめ、全て細かく決めておくことは難しい。したがって、ある程度、かたちの大枠を抽象的に書いておく。そして、時代が変化しても、憲法の解釈を変えていくことによって、その度ごとに憲法改正の手続を踏まなくても、社会の変化に対して、ある程度、柔軟に対応していく――というわけです。したがって、一般論として、憲法解釈の変更はそれ自体、絶対に許されない、というわけではありません。
 しかしながら、ここには大事なルールがあります。それは、憲法解釈の変更には限界がある、ということです。条文から大きく逸脱した解釈は許されません。したがって「解釈の限界を越えて憲法の内容を変えたい場合には、憲法96条に従って憲法を改正せよ」というのが現行憲法のルールなのです。このことは、憲法99条で定められた憲法尊重擁護義務からも要請されると考えられます。
 先ほども述べた通り、憲法は人権や統治機構など、国家や社会の基本原理を定めたルールですが、その内容が政府の解釈変更によって頻繁に変わることになれば、人々は一体どのように行動すればよいのか、わからなくなってしまいます。これが、最近よくいわれる「法的安定性」の問題です。
 さらに憲法96条は、憲法改正のために、国会の議決に加え、国民投票も要求しています。したがって、日本において憲法を改正する決定権は、最終的には有権者にあると考えられます。本来なら憲法改正手続を踏むべき場面なのに、政府が憲法解釈の変更によってその場面を切り抜けようとする、いわゆる「解釈改憲」は、政府が有権者から憲法改正権を奪うことになってしまいます。
 しかも、今回の解釈変更は、数ある憲法の条文の中でも、平和主義という国家の基本原理というべき内容に関わるものでした。
(略)
 なるほど、確かに安全保障環境は変化しています。だから、私はそうは思いませんが、日本の平和のためには、集団的自衛権を行使できた方がよいのではないか、と考える方が少なからずいらっしゃるとしても、無理はありません。
 しかし、そうだとすれば、先ほども述べたように、解釈変更ではなく、憲法改正によって対応するのが筋といえます(ただし、集団的自衛権の行使を可能にするような改正は「憲法改正の限界」を越えるのではないか、という問題は別途検討する必要があります)。
 さて、ここまでの話は最近よく議論されていると思います。
 ですが、私がさらに危惧するのは、次のような問題です。すなわち、このような解釈変更が許されるのならば、もはや、どんな条文を、どんな内容に解釈変更することだって可能ではないか、ということです。
 例えば、従来の政府解釈は、徴兵制が、苦役を禁じる憲法18条などに反するため許されない、としてきました。しかし、集団的自衛権に関する解釈変更が許されるのならば、「日本の安全保障環境の変化などを踏まえると、必要最小限度の徴兵制は憲法に反しない」などと政府解釈を変更し、徴兵制を導入することも可能ではないでしょうか。「まさか、そんなことはありえない」と思われるかもしれません。しかし、政府は昨年7月、国家の基本原理の解釈を、憲法の改正手続をとることなく変えたのです。そうだとすれば、徴兵制に関する解釈変更がどうして不可能だと断言できるでしょうか?
(略)
 要するに、憲法改正を考える際には、私たちの政府が憲法を守るということを、私たちがどこまで信頼できるのか、がポイントになるわけです。「今ある憲法は守らないけど、改正後の憲法は守ります」というのは、いささか都合のよい話といわざるを得ません。
 そして、昨年の解釈変更を踏まえると、残念ながら、現在の政府に、そのような「信頼」を置くことは、私にはいささか難しいように思われます。そうだとすれば、そもそも現在の日本は憲法改正を議論する環境にない、といわざるを得ません。これは、「憲法改正原案、日本国憲法に係る改正の発議……等を審査する」ことを、その使命とする憲法審査会にとっても、深刻な問題ではないでしょうか。したがって、少なくとも、政府による昨年の解釈変更は撤回されるべきだ、と私は考えます。
2、憲法は、どのような「人間像」を想定しているのか?
 さて、ここまでの話をお聞きになって「憲法学者とは何と面倒臭いこと、あるいは融通の利かないことを言うのだろう」と思われるかもしれません。しかし、この「面倒臭さ」「融通の利かなさ」は、この日本国憲法が拠って立つとされる、いわゆる近代立憲主義の性格に由来します。すなわち、人々の基本的人権を守るために、国家権力を法で縛る、という考え方です。
 私は、この近代立憲主義は、一つの人間像を前提にしていると考えます。それが典型的に現れているのが、アメリカ憲法の制定時に活躍した政治家、ジェームズ・マディソンの「人間は天使ではない」という言葉です。人間は天使ではないからこそ政府を作るわけですが、残念ながら、その政府で働く人間たちもまた、天使ではありません。民主的に選ばれた、どんなに素晴らしい政治家も、天使ではない以上、時には間違えることもあるし、時にはわざと悪事をはたらくことがありえます。したがって、その暴走を防ぎ、人権を守るために、憲法で国家を拘束する必要があるのです。
 この、ある種の「人間に対する不信感」、言い換えれば、自分自身も含めた人間の弱さ、不完全さに対する、冷徹な認識は、トマス・ジェファーソンの「信頼は、どこでも専制の親である。自由な政府は信頼ではなく猜疑〔さいぎ〕にもとづいて建設される」という言葉、さらには、その80年後に、この土佐・高知の自由民権活動家、植木枝盛が述べた「世に良政府なし」という言葉にも見ることができると思われます。
(ある意味で植木の「敵」ともいえる伊藤博文でさえ、憲法をつくる目的は国家権力を制限して人々の権利を保護することだ、という近代立憲主義を一応理解していたことは注目すべきです)
 しかし恐らく、彼らはいたずらに悲観主義に陥っていたわけではありません。一方で、彼らは確かに、人々の力や民主主義に希望を見ていたように思われます。そしてその民主主義を可能にする仕組みこそが近代立憲主義だったわけです。
 だからこそ、権力を縛る法を権力が自ら緩めては困るのです。憲法学が憲法解釈の限界にこだわる理由はここにあります。
(略)
(引用終わり)

2015 06 15 衆議院憲法審査会「高知地方公聴会」 full バージョン
https://www.youtube.com/watch?v=PtVkIHatjXM



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速報、拡散

伊方原発3号機の原子炉設置変更許可等に係る知事記者発表7月23日

中村県知事は、すでに日本で原発の廃炉が14基確定していることすら知らないで交渉役を気取ってる

(付録)
『世界』 作詞作曲;ヒポポ田 
演奏:ヒポポフォークゲリラ 

転載元転載元: コスタリカ共和村 ◆テラスマイル・サナトリウム◆


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