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ウーン、成程! 「智恵」とは「心の眼」か。その「心」、即ち「心の予習」か。
中瀬上人は手に持っていた杖を静かに境内の縁側に置いた。
幸造は上人から紹介された宮本社長の「ハイテク化」から「パッケージ」等々
一気に喋りまくっていた。
幸造、お前は馬車馬の様に働けば働く程、「心」が不安になると。
「家庭教育」の本質を学んだお前にしては、「お金」では「安心立命」(脚注;80)は
得られないと・・・・・ そうじゃなぁ
日商60万も売っているコンビニ店でも訴訟問題が起きるご時勢じゃからのぉー。
しかしのぉ、「心」とは「見えない」から「心」と云うのじゃ。
上人様に言われなくっても・・・、私はどうすればいいのですか。
そうじゃのぉ。儂(わし)は僧侶、それでは宗教家の立場から「心」について述べよう。
ウーン・・・そうじゃ、先代の住職から儂(わし)が教わった事を幸造に伝えよう。
上人は、再び杖を持って地面になにやら書き始めた。 神
↑ 神道 ↑ キリスト教 ↑ 自然 ------------------------------------人間 仏教 ↓ 儒教 ↓ ↓ ↓ 人 間
「人間」はそれを「自然」か「神」の中に求めてきたのじゃ。
1. 神道は「人間」が「自然」の中に「神」を見い出した「自然信仰」じゃ。 詳細は35章で述べた通りじゃ。
現在でも「初詣・お宮参り・七・五・三」等日本人の生活にしっかり根づいておる。
2. 仏教は「人間」が「自然」の中に「人間」を見い出した「仏陀信仰」じゃ。 泥の上に咲く「蓮の花」に喩え、地獄の現世でも修行を積めば
「仏陀=覚醒=解脱」するとな。 それらを
咀嚼した「行く川の流れ」の様に「無常観」等は日本人の「心」に深く根づいておる。 3. 「儒教」は「人間」と「人間」との「ルール」、即ち「人の道」を説いた「宗教」より
「哲学」じゃな。 商売・経済界には
江戸時代の「心学」明治時代の「経営倫理」(35章参照)として根づいておる。。
4. 「キリスト教」は「人間」と「神」との「契約」じゃなぁ 「人間」と「人間」の契約ではない。「神」とであるから「契約」が生命(いのち)である。
これらの「宗教」には一生学んでも学べない程、深い哲理・経典はあるが、 問題は日本人(先人)が如何にこれらの「宗教」と対話・咀嚼して、日本人の「心」に
根づかせたかだと思う。
もう少し具体的に教えて下さい
幸造の「不安な心」を知る方法として、先人の「4つの視点」を借りて
アプロ−チ=解析する事である。
逆な見方をすれば、「心の不安」の突破口となる「言葉・キーワード」を発見する事。
更にそれを咀嚼して、「心の不安」の奥にある「安心立命」を発見する事じゃ。
そんな「禅問答」な事はよく分かりません。もっと具体的に教えて下さい。
幸造は働けば働く程、「お客様・従業員」の「心」又「美容院大学」の「カード」等が
「漠然とした不安」になっているのではないか。
もしそうならば「4つの視点」を借りて問題にアプロ−チしてみてはどうじゃ。
そうですね。神道・仏教・儒教・キリスト教の4つの視点か。4点!
人では「お客様」・「従業員」。それに「パッケージ」・「契約」ですかね。
されば、幸造の4点を、この4視点から考察して「心の予習」をしてみよう。
上人は先程の地面になにやら、付け加え始めた。 神
神道(お客様) ↑ キリスト教(ザー) ↑ 1.感謝の「心」 ↑ 1.契約 2.勉強になります ↑ 2.時代の「心」 自然 ----------------------------------------------- 人間 ↓ 仏教( パッケージ) ↓ 儒教 (従業員) ↓ 1.一木造り ↓ 1. 心・気・感情 2.創意工夫 ↓ 2. 美容院大学 人 間
1. 「神道」には「自然信仰」に基ずく森羅万象への「感謝の心」が基本じゃな。
幸造は「お客様第一」と云うが、されば、お客様に期待するものは
「ありがとう」ですかね。そう「感謝」の言葉ですね。
「勉強します」とは「価格を下げる事」じゃな。
価格を下げても「ありがとう」とは客は言わぬな、
されど「お客様」が、貴方のお店は「勉強になります」と感謝されるのはどうじゃ。
それは理想ですけれど、そうはいかないでしょう。
商売での「真の感謝」とは事象面の根っ子の「心」をお客が分った場合、
貴方のお店は勉強になるわ。 そう早速、真似をしたくなるわね。
それがお前の目指す「FC店」ではないのか。
逆にいえば「お客様」に「勉強になります」で初めて「FC店」が1人前ではないのか。
「勉強になります」を、トコトン考える事=「顧客への漠然とした不安」を取り除く事で
はないのか。 「おもてなしの心」とはなんじゃ、宿題じゃ。
2. 「仏教」は「自然信仰」から「仏陀信仰」に変化させた日本人の「「創意工夫」じゃ。 「パッケージ」の「不断の改善」の基いになると思うのじゃ
例えば、古来日本人は「くすのき=樟=楠」(樟脳じゃ)の「神木信仰」がある
その「神木」の「一木」から「仏像」を造り、民衆に「神=仏」を説いたのじゃ。
民衆はびっくりするわな。自分達の信じてた「神木」から「仏」がでてきたのだから。
「稲作」が日本の「経済社会」を飛躍的に向上させたごとく、この「仏教」は日本の
「知識社会」を一変させる事になる。
「稲作=経済」・「仏教=精神」の日本化は「創意工夫」の原点。
幸造は「パッケージ」を完成したと云っておるが、正に「仏作って魂入れず」
現場での「創意工夫」を、トコトン実践する事=パッケージの不安を取り除く事じゃ。
3. 「儒教」は「人間」と「人間」との「ルール」。 つまり此の世は「人間関係」で成り立っておる。
幸造は漠然とした「心の不安」を云うが、この「人間関係」を見直してはどうじゃ・・
複雑な「人間関係」から「気疲れ」や「感情の爆発」更に「心の不安定」が生じるの
ではないか。 つまりその「気」と「感情」・「心」をよく観察してみる事じゃ。
1. 「気」とは「氣」;米の上の湯気の事であり「現在」の「気疲れ」からの不安。
2. 「感情」とは 「氣」の「現在」に「過去」が加わった不安。
3. 「心」とは 「過去」・「現在」に「将来」が加わった不安。 これらの不安の解決・解消方法とは儂(わし)は下記の様に思う。 1. 「氣」は「気疲れ」。体調・体力の問題だから「休む事」で解消できる。
2. 「感情」は、「過去」に「囚われない心」・「解脱」の「修業」が必要である、 3. 「心」は「将来」への「安心立命」・「修行」が必要である。
「朝に道を知れば夕べに死すとも可なり」と孔子は教えておる。る。、
この「修業」・「修行」を通じた「安心立命」こそ人間の生涯の目標でもある。 即ち、お前の云う「美容院大学」の出番じゃ。
4. 「キリスト教」の「神」と「人間」との契約、それでは「人間」と「人間」との契約を 幸造はどの様に理解しておるかである。
幸造がFC契約を結ぶ際にその点を良く留意する必要があるのぉ
(30章;ドトールコヒー鳥羽博道会長)
即ち、日本人にとって「契約書」は後付。「信頼関係」が優先なのだ。
その証拠に明記すべき訴訟の際の「裁判所」を明記していないのぉ。
「裁判沙汰」そのものが「信頼関係」の崩壊と判断するからだ。
日本人にとって「契約精神」が根づくには時間を要する。
日本の宗教のサイクルは500年〜600年。その間大きな戦争・災害・困窮を
経て「新・宗教」が発展してきた。 「キリスト教」は明治からまだ100年余。
日本人が同化するのは2300年〜2400年頃か。
ただこのサイクルで学ぶべき事は「FC美容院」が時代の波に合わなければ
スッパリ止めることじゃ。
そろそろ結論としよう。 日本人は島国でかつ何の資源も持たず、ゆえ宗教にしても血の滲む思いで
咀嚼・克服、土着化させてきたのだ。
1000、2000のピースのグランドデザインがない事は当然じゃ。(47章参照)
しかしその1つ1つののピースに「魂しい」を入れる事が1000に繋がる。
それが今まで述べてきた事であり、今回の儂(わし)「心の予習」である。
幸造、世の中の仕事は人間がなす事。 ならば「賢者」(プロ)を求める事じゃ。
そしてまず、「実践」「実行」する事じゃ。 求めよ、さらば与えられん!
幸造よ! 立て! 行け! 進め! いばらの道を!
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