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ほぼ、1年に1回の更新
VPNで、やっと自分のブログにつながった。
1年と2ヶ月ぶり。更新の仕方も忘れて戸惑った。
この1年間のニュースとしては、この2つ
2015年9月14日から1日1万歩を始めて、それが習慣になったこと。
1年後の結果:1日平均11,154歩、7.82km
今では、エレベータもエスカレータも、重い荷物を持っていない限り不要。
夫と、四国の柏島でスキューバ・ダイビングを体験したこと。
来年は、ライセンスを狙いたい。
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ブログを開設して10年。
開設当初は、更新できなくなる日が来るなんで思いも
寄らなかった。
ということは、また更新できる日が来るかも。
人生、何が起るか分らないから。
希望だけは捨てないよ。
(コメントを残していただいても、お返事できる可能性は低いです。
ごめんなさい。でも、いつの日か、、、)
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▼自言自説(一人言)
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ひさびさにブログ更新&外注仕事
実は、2012年5月17日、実弟が呼吸器不全で急死。
ショックで、ブログもずーっとお休みしてた。
でも、今日から再開。
気が付いてみると、今日は弟の月命日。
弟が死んで13日後、奥歯が3本折れた、同日、義妹も折れた。
二人同時なんて…不思議なこともあるもんだ。
実弟の死(義妹にとっては夫の死)のストレスからか。
7月20日、北京でインプラント手術を受けた。1月8日、全治療終了。
インプラントの歯は40年持つと言われた。
歯が持つ間は、弟の分も生きよう。
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昨日は、数年ぶりにイラスト&教材の仕事が入った。
冬休みでもあるし、ひさしぶりのイラストの仕事、楽しもう。
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短い秋@北京 国慶節@天津
北京の秋は短い。
既に、コートを着ている人を見かける。
私も黒のハーフコートを出した。
大陸の東岸は、春と秋が短い。
今日は10月1日。
中国は国慶節の連休に突入した。
私は天津に帰ってきた。
しかし、天津のジムは、10月1日〜3日、3日間もお休みするという。
このところ、一週間に4日〜5日のペースでスポーツをしてきた。
ジムが休みだと、調子が狂う。
しかも、国慶節だ、祝日にはいつものように家族・親戚が集まっての食事。
テーブルに乗り切れないほどの料理。
この上の料理に、さらにカニと、エビの塩焼きまで。
サラダ・ピザ・ゴマだれ豆腐・ブロッコリーの大蒜炒め・大根と高野豆腐の煮物は私が作った。
(ピザを箸で取ろうといているのが面白い?)
サケの冑焼きとエビの塩焼き・カニはオット。
あとは、お義兄さんとお義姉さんとお義母さんのお料理。
9月、がんばって3.2キロ減量したのに。
ご馳走+ジム休み
ダイエット・ライフが危機だぁ〜!!!!!(* ̄ー ̄)ノ∠※PAN! |
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一茶の句である。 昨日、うっかりうたたねをした。 扇風機の風を寒く感じて目が覚めたとき、この句が思い浮かんだ。 (ベランダで栽培している薄荷) 気がつくと、亡き母の誕生日の前日だった。 **************************** 母は、着道楽で趣味の多い人だった。 めちゃくちゃ子離れのできたヒトだった。 退職しても手帳を持っていてスケジュールを管理するほど忙しく暮らしていた。 「わたしは、でたきり老人なの」。 そんな冗談をいっていたが、羨ましいことに10歳以上、若く見えた。 母の死亡広告を新聞に出した。 死亡広告に書かれた年齢から、わたしの祖母が死んだのかと思って お悔やみの電話をかけてきたヒトが何人かいた。 (故郷、山梨の夜叉人峠から南アルプス) 就職して、初めての母の誕生日、自分が働いたお金でに母にスーツを送った。 三越デパートで、母の実年齢より15歳ほど若めのデザインのスーツを選び、配送してもらった。 電話がかかってきた。「こんな地味な柄!」 半分は、照れかしくだったのだと思うけど、実際 大学生だった私のワンピースをちゃっかり着てでかけたという「前科」を持っていた。 実際、私のピンクのニットのワンピースを上手に着こなしていた。 10年前、11月20日に母は交通事故で突然、逝った。 もう、誕生日が来ても何もプレゼントはできない。 「こんな地味な柄!」そういって叱られることもない。 わたしももうすぐ、あのころの母の年齢になる。
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北京で大火事があった。 私はそれを日本の弟からの電話で知った。 場所は、北京の東、第三番目の環状線のすぐそばだ。 原因は花火。 小正月祝いにCCTV(中国中央テレビ)が打ち上げた花火が ビルに引火したとのこと。 ビルに引火?いったいどんな材料で作られていたのかと 突っ込みの1つも入れたくなる。 ******************************************** 春節、つまり中国の新年に花火は欠かせない。 そこで、 「爆竹や花火がバンバ揚がる、このやんちゃな雰囲気が好き」 なんて書いたけど、 火災の原因になるなんて笑い事では済まされない。 まだ、入居者がなかったことだけが幸いした。 なくなった消防士の方のご冥福を祈るばかりだ。 ******************************************** さて、火事が起こっていたころ、私は一時帰国していた日本から もどって、現場のほど近くを高速バスに乗って天津に向かっていた。 その日は小正月。 年越しの瞬間ほどではないにしろ、 小正月を祝ってあちこちから揚がる花火を 「きれい〜」とぼんやり見ていた。 まさか、そのころ火事がおきているなどと露知らずに。 ******************************************** 火事といえば、わたしの東京の家もおととしの9月27日に火災で焼失した。 店子が火を出したのが原因だ。 公道不接地のため、新しい家を建てたくても建築許可がおりない。 家賃収入は途絶え、以後、私は中国で節約と貯蓄の生活を余儀なくされた。 年収50万というわずかな収入を 半分ドルでもらって、それを貯めて日本での支払いに当てている。 それが、ドル安で、さらに追い討ちをかけられている((泣)) 来学期はアルバイトをしなくてはならなくなりそうだ。 ******************************************** 北京の火事も他人事とは思われない。 胸が痛む。
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