マイナス10度以上。 でも、セントラル・ヒーティングなので部屋中が暖かくて東京にいたときより生活しやすい。 暖房で温まった身体には、ほほを引っ叩かれるような寒さも、かえって心地よい。
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★北京ってこんな感じ
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北京でも、天津でも、女性のバスのドライバーが少なくない。 こんなふうに大型バスを楽々と運転する女性ドライバーは本当にかっこいいなあ〜と思う。 私が北京で見かける好きなシーンだ。 以前、青年海外協力隊の情報誌『クロスロード』に天津の交通事情を取材して送稿したしたところ グラビア頁に載ったことがある。 その時、聞いた話によると、なんと40%前後のドライバーさんが女性だという。 さすがは中国と感心した。 東京に十数年住んでいた。 その間、女性のドライバーさんが運転するバスに乗ったのはたった1回だけだ。 それもそのはず、都バスで女性ドライバーさんは1%だけ。 当時でたった2人とのことだった。 北京、天津では、女性が運転するバスなんて日常の風景である。 今は、こんなふうに制服を着ているけれど、 以前はワンピース姿で運転している女性ドライバーさんもいた。 そんな姿をみていると、女性だって「イケルじゃん!」なんて思えて嬉しい。 まえから、ブログに載せたかったけど、なかなか写真が撮れなかった。 今日はちょうど北京南駅で望遠で撮れたので。 この女性ドライバーさんは、降りる直前、髪をとかしていた。 そんな仕草もステキだった。
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北京では柳の綿毛が舞っている。 中国人にはこれを公害のように嫌う人も少なくないけど 北京はいま、一番、綺麗な季節のなかにいる。 わたしはこの綿毛を「春の雪」と呼んでいる。 わたしは、このなごり雪のように舞う綿毛が好きだ。 私は96年7月14日に青年海外協力隊員として中国に来た。 その2日まえ、東京で飼っていた愛猫チビ助が急死した。 もう17歳だったので老衰ともいえたが、あまりに急な死だった。 獣医さんの診断では、「急性肺炎」。 そのとき、子どものころ、祖母が言った言葉を思い出した 「猫はね、自分を愛してくれた人の危険を察知して、身がわりになって死んでくれることがある」 協力隊員として中国に行く私のかわりに死んでくれたのかと思えて涙が止まらなかった。 火葬する気になれず、東京の家の狭い狭い庭の柿の木の根元に埋めた。 その家も柿の木も2年前の火事で燃えてしまった。 でも、私はチビのことを忘れない。 チビだけじゃない、桃太郎のことも、エイちゃんのことも、びーのことも、ブチャコのことも、 シロのことも、チヒロのことも、コトラのことも、デビのことも、ユキのことも… 柳の綿毛は、抜け落ちた猫の毛に似ている。 毎年、春には、みんなが会いにきてくれるような気がする。 きっと来年の同じ季節、柳の綿毛が舞う一番綺麗な季節、モンもまた、会いに来てくれる。
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25日の夜が旧暦(農歴)の大晦日。 26日が元旦。 日本の除夜の鐘は静かでいい反面、なんか辛気臭い。 その点、中国の新年の迎え方は豪快だ。 去年あった嫌なことも、今年の心配も、爆竹でにぎやかに ぶっとばしちゃえ、というこのヤンチャな雰囲気が嫌いじゃない。 まるで銃撃戦が始まったかのような爆音。 猫たちには受難の夜である。 |
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「老郷(ラオシャン)」とは同郷人という意味の中国語だ。 広い中国、異郷の地で同郷人に会えることは、本当に嬉しいことであるらしく、 中国人は特別の想いをこめて、同郷人を「老郷(らおしゃん)」と呼ぶ。 *・°☆.。.:*・°☆.☆.。.: .。.: 今回、県人会に参加してみて (津田さんの写真は、御本人の許可を得て解析度を落とさず、掲載) *・°☆.。.:*・°☆.☆.。.: .。.: ところで県人会といえば、とにかく方言で盛り上がる。 私は本音としては「標準語」という言い方がキライである。 なんか「標準語」と「方言」というと、「標準語」が上位で「方言」下位という語感から がぬぐいきれないからだ。 いつか方言から、標準語へ移行するのが自然な発展のような錯覚も生まれる気がする。 「公用語」という言い方のほうが、方言は方言として「真の第一言語(=母語)」として 「堂々と存続し続けていくのが当然」という感じがして好ましい気がする。 **************************** 山梨県は東京に近いせいか、言語全体が方言という感じではない。 全体は東京語に近く、そのなかのある特定の単語が、標準語とは全く違うという 形態をしている。 もし、標準語を青色で表すとしたら、関西弁は赤になるだろう。 山梨の方言は、青色に白い水玉がとんだような感じといえるかもしれない。 その白い水玉の部分から、代表的なものを3つご紹介。
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