2010年 世界フィギュア選手権 フリー・スケーティング < 女子 > 『 テレビ観戦後記 』 として、3部構成でまとめていきたいと思っております。第1部 各選手のインタビュー記事のご紹介!+ 僕の能書き→ この記事です! → 2010年世界フィギュア選手権<女子>主要選手動画と観戦後記(その1) (4月2日追加) 2010世界フィギュア選手権<女子FS> インタビュー記事のご紹介!( その1 ) ( 浅田、キム、レピスト、安藤、長洲、鈴木 )( 時事ドットコムより ) まずは、各選手のインタビューの内容を振返ってみたいと思いますウ!<< 優勝 浅田真央選手 >> 現地トリノ時事通信の報道なので、質問はドライにストレートな内容が行われた模様です。優勝の実感は。 『 今回はSP、フリーともパーフェクトな演技をすることを目標にし、それがほぼできたの が一番うれしい。その後に金メダルがついてきて、またうれしくなりました。 』 フリーの演技は。 『 全部出し切れた。全然悔いはないです。五輪よりいい演技ができたと思う。(フリー曲の) 「鐘」も最後に自分のものにできた。 』 苦しんだ序盤から巻き返せた要因は。 『 シーズン最初はトリプルアクセルが跳べる時もあれば、跳べない時もあったが、最後の方 の試合で安定したジャンプができるようになった。ずっとトライしてきたのがよかったと 思う。 』 五輪で負けた雪辱の思いはあったか。 『 五輪は終わったので、悔しい気持ちを晴らすのはもう遅いし、五輪でしか晴らせない。で もジャンプに関しては、(五輪で)跳べなかったものを跳びたいと思った。それができて よかった。 』 金妍児はどんな存在か。 『 ジュニア時代から一緒に試合に出ていて、自分も頑張らないといけないと思うことで、こ こまで成長できた。これからも頑張らないといけない。↓ ニュース元ネタ ↓ 「五輪よりいい演技できた」=浅田真央が優勝に喜び−世界フィギュア・一問一答 (3月28日) << 2位 キム・ヨナ選手 >> 色々物議はあるかと思う。しかし、僕の見方は、今シーズン最後まで良く頑張ってくれたと思うそれまでほとんどアメリカとロシアの独断場だった世界選手権。2006年荒川さんの金メダル以降、それが一変して女子フィギュアをアジア勢が上位を占めた。世界規模で女子フィギュアを盛り上がらせたのは、浅田選手だけでなく、キム・ヨナ選手の存在によるところが大きいと思う。韓国の女子フィギュアは、キム・ヨナ選手が大きく躍進させた。キム・ヨナ選手のシニア転向以後、キム・ヨナ選手がずっと世界選手権出場2枠を維持してきたのだ。しかし今回、おそらく周囲の環境が欠場という選択を許さなかったのだろう。本当に最後まで良く頑張ってくれたと僕は思う。フリー当日朝の練習でも、コンビネーションジャンプを決めた後の何でもない場面で尻もちを つくと、首をひねっていた。やはり本来の状態ではなかった。今大会の金妍児には、五輪女王 の最高の輝きは見ることができなかった。 SPでは左足にけいれんのような症状を感じ、スピンが抜け、スパイラルでバランスを崩した。 『 この大会で戦うのが、怖かった 』。 圧倒的な演技で魅了した五輪を終え、心身をベストの状態に保つのは難しかったのだろう。フ リーは冒頭の3回転−3回転の連続ジャンプを決めた。しかし余力がなくなるように3回転サ ルコーで転倒し、ダブルアクセル(2回転半ジャンプ)は回転不足に。それでも表現力で稼ぎ、 合計得点も190点を超えて2位に入った。 『 五輪で目標を果たし、ここは楽しもうと思ったけど大変だった。でも満足している。今 はシーズンが終わり、ほっとしている 』。 19歳は今季限りの引退もうわさされる。帰国後の決断に、注目が集まる。↓ ニュース元ネタ ↓ 五輪女王の金、最高の輝きならず=世界フィギュア (3月28日) フィギュアスケート女子のバンクーバー五輪金メダリスト、金妍児(19)=韓国=は27日、 当地で開催された世界選手権後の記者会見で、注目される今後の去就について、 『 長いシーズンが終わったばかり。帰国して、休みを取り、家族とも過ごしたい。(その 後のことは)それから決める 』 と明言を避けた。今季限りで現役を退き、プロに転向する可能性も取りざたされている。 金妍児は連覇を狙った世界選手権は五輪銀メダルの浅田真央(中京大)に敗れ、2位に終わっ た。今月末にも韓国に戻り、4月中旬に国内で行われるアイス・ショー出演を予定しているが、 以降は未定となっている。 世界選手権はショートプログラム(SP)、フリーともミスが多く、本来の演技に遠かった。 『 一番の目標だった五輪で金メダルを獲得し、もう欲しいものがなくなった。(世界選 手権は)精神的にも肉体的にもきつかったが、最終的には銀メダルで満足している 』 と振り返った。また浅田については、 『 ジュニア時代からの大きなライバルで、今もその関係が続いている 』 と話した。↓ ニュース元ネタ ↓ 注目の去就明言せず=浅田は「大きなライバル」−金妍児・世界フィギュア (3月28日) << 3位 ラウラ・レピスト選手 >> 『 最初に、一番難しいジャンプを決めることができたのに、その後もっと簡単なものを失敗し たのは残念。でも銅メダルを取れたのはとても幸せ。アジアの女の子は強いけど、欧州の選 手も近づいていけると思う。』 << 4位 安藤美姫選手 >> 僕は、この報道を見て、荒川さんが安藤選手と対面でインタビューしていた番組を思い出した。トリノ・オリンピックで安藤選手は自身15位だったにも関わらず、荒川さんが金メダルに輝いた時、自分の事のように喜んだと言う。荒川さんの事を『シーちゃん、シーちゃん』と呼び、姉妹のように慕う間柄。そしてこの番組でトリノ15位に終わった事が、再びオリンピックに望むまでの4年間、『 トラウマ 』になっていた事を告白する。姉のような荒川さんの前で、番組本番中ながら号泣して語った。この世界選手権の会場は、4年前にトリノ・オリンピックが開催されたリンクなのだ。街並みも会場内も4年間と同じなのだ。4年前の『 トラウマ 』が蘇っていたに違いないと思う。しかし、安藤選手はこの世界選手権でようやくこの『 トラウマ 』から自身の力で乗り切れたのだと思う。4年という歳月は安藤選手自身確実に成長してきた。ということを実感できたに違い無い。そのことが安藤選手自身にとって一番の勝利だったのだと僕は思う。4年前の五輪で失意の結果に甘んじたトリノで、会心の演技を見せた。SP11位で迎えた 安藤のフリー。後半の3連続ジャンプの最後の一つが回転不足になった以外はほぼノーミス。 『 練習通りに滑れば大丈夫だと思った。気持ち良く滑れた 』と笑顔がはじけた。 4年前の五輪では4回転ジャンプに挑んで失敗。心身ともにぼろぼろになった。だが、今回 訪れると、会場スタッフの一人が写真を持って、覚えていてくれたという。 『 あの演技で覚えていてくれるなら、もっといい演技で覚えてもらおう 』。 その気持ちを、『 クレオパトラ 』に込め、フリー3位で総合4位まで浮上した。 『 自分はメンタル的に弱さがあったので、区切りを付けたかった。前向きになれた 』。 成長の糧になったリンクは、再び力を与えてくれた。↓ ニュース元ネタ ↓ 安藤、失意のトリノで好演技=世界フィギュア (3月28日) に続く
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