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星野和之の『満更でもない』
星野和之のエッセイです。お仕事のご依頼、ご相談はbks_hoshino@yahoo.co.jpにメールください。

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さよなら夏の日

夏である。誰しもが浮かれたくなる夏である。
自室のベッドこそが天国 と謳うほどインドアな僕に、せめて夏くらいは外に出て夏を満喫したいと思わせるのが夏の魔力だ。


僕にとって夏と恋は無縁だ。
「私と競馬、どっちを取るか選んで」
そう言われて彼女と別れた夏から1年が経つ。

夏だから女子も開放的になる なんてのはツチノコの存在と同じくらい不確かなものだし、僕はこの夏が終わると30歳になる。そろそろ真剣に結婚を考えないといけないのである。
そんな事を言いながらダラダラと夏が終わっていって「来年こそは」なんて典型的なダメ人間になるのが毎年のパターンなのだが、今年の夏は一味違った。

先日東京に遊びに行った際、飲み会で知り合った女性に酒の勢いと夏の魔物の力を借りて「夏の新潟は楽しいから遊びにおいでよ」と誘ったところ、フットワークが軽くて旅が好きなその子は二つ返事で了承し1泊2日で新潟へ遊びに来ることになった。
彼女も友人もいない僕にとって唯一の夏の予定。ここで上手くいけばこの夏だけでなくこれからの夏をずっと一緒に過ごせるかもしれない。
僕は決心した。今年の夏はこの2日間に全てを賭ける と。


旅行当日。
ガソリンは満タン、戦隊ヒーローの必殺技のような名前をした1番高い洗車を施して車もピカピカ。もしもの時のサガミオリジナル(見栄を張ってLサイズ)も買って準備は万端。

改札から出てきた彼女は花柄のワンピースを着た夏のお嬢さんといった出で立ちで、新幹線の車内から撮った田園風景を嬉しそうに僕に見せながら
「今回の旅行すごく楽しみにしてたんだよ」
と言った。僕がくらくらしたのは夏の暑さのせいではなかった。

寿司を食べて、弥彦神社へ参り「今回のデートがうまくいきますように」と心の中で祈願した。神社の木陰道を歩きながら時折吹いてくる涼風を感じて彼女は背伸びをしながら
「気持ちいいね!癒されるな〜」
と都会から来たお嬢さんが新潟を好きになってくれた事が素直に嬉しかった。

夕食で蕎麦を食べた後は夜景を観に行った。普段飲まない酒を飲んだ彼女はホロ酔いになって昼とはまた違う表情をしていた。
そして彼女をホテルへ送る。

「また明日の昼に迎えに来るよ」

急いては事を仕損じる と言うように焦っても仕方ない。僕は颯爽と帰った。ここまでのエスコートは完璧だったと自負している。


翌日の昼、彼女をホテルへ迎えに行ってからラーメンを食べた。わざとらしく僕のサインが飾ってあるお店に行って、サインを見つけた彼女は「有名人だね!すごい!」と思った通りのリアクションをしてくれた。
その後デザートを食べて、笹川流れの絶景をドライブ。

そして最後に思い描いていたプランが、海辺に車を止めて夕日が沈む瞬間を2人で見てロマンチックな雰囲気にしたところで車を出し新潟市に戻りながら途中のホテルへ…
完璧だ。普段ムード作りや駆け引きを恥ずかしがる僕だがそうも言っていられない。
1泊2日の旅行のフィナーレを飾るのである。

海沿いに車が入れる場所がなく苦労したが、ようやく車が入れる細い道を見つけ、勢いよく入るとそこはすぐに砂浜だった。
目の前に広がる海、夕日が沈む最高のタイミング。彼女はうっとりとした顔で一言

「綺麗」

と言った。

沈む夕日と対照的に上がるテンション。
このムードを保ったまま出発だ。意気揚々と車を出そうとすると

「ギュルルルルルルーン!」

ん?

どうした?もう1度。

「ギュルルルルルルルルーン!」

タイヤから水木一郎の歌詞のような擬音がする。車は全く動かない。

車から降りて見ると砂浜でタイヤがハマっていた。

浜でハマるなんて笑えない親父ギャグだが、状況は思った以上に深刻だった。
僕がアクセル踏めば踏むほどタイヤは空回りして、気づけば溝はちょっとした落とし穴くらいの大きさになっていた。
これはやばい。インドア軟弱男子の僕はこの状況を打破できるだろうか?汗が冷や汗に変わってきた。

すると彼女が遠くに釣り人を見つけた。
「あのおじさんに助けてもらえないか聞いてくる!」
と走っていった。僕は1人で車とぶつかり稽古をしていたが全く微動だにしなかった。

ぶつかり稽古を続ける事15分。助けを求めに行った彼女がなかなか帰ってこない。
遠くから見ると彼女はなにやら釣り人と写真を撮っているようだった。

その後彼女が走ってきた。
「おじさんかと思ったらイケメンでビックリしちゃった!大っきい魚釣ってたから写真撮ってて遅くなっちゃったよ!ゴメンね!」

現れた釣り人は釣りとサーフィンが趣味の日焼けしたナイスガイで、本日過去最高の大きさの魚を釣ったそうで、巨大なスズキを2匹抱えながら僕の元へ駆けつけてくれた。

「ここにいるとハマっちゃった人からよく声かけられるんで慣れたもんですよ!」

ナイスガイは爽やかに言うとテキパキと作業を開始した。

「やっぱり慣れてる人は手際がいいですね!」

彼女のテンションが落ちておらず上がっている事に安心したが、上がっている理由には一抹の不安を感じざるを得なかった。


「はいエンジンふかして!違う!もっとゆっくり!それじゃあ出られないよ!」

僕は消えてしまいたいと思った。

ナイスガイの助けも虚しく車は動く気配がない。近くのガソリンスタンドに助けの電話をかけてもなしのつぶて。気付けば周りは暗闇。

僕は最終手段のJAFに電話して引き上げてもらう事にした。
そして彼女が東京へ戻る新幹線の時間が迫っていた。
JAFの到着まで45分。彼女の新幹線の出発まで1時間。
もう答えは出ていた。


彼女を乗せたナイスガイの車が浜を出る。
2人の乗った車を僕はドナドナのように見送った。

丹精込めて育てたポケモンを手放すような、いい感じに焼けた肉を他人に渡すようなそんな気持ちだった。

真夏の夜の潮風はとても冷たくて、真っ暗な浜で独りぼっちになった僕を冷静にさせた。

JAFの人が来て、事の成り行きを話すと
「まさに漁夫の利ですね」
と一言放ってあっという間に車を引き上げて去っていった。


帰りの車内で「やっぱり昨日夜景見た後だったかぁ」と呟いて僕は夏が終わった事を受け入れた。

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