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前世とは・・・
人には、いくつもの前世(過去世)があります。
現世に生まれ変わってくる前の世界の記憶は、魂の奥深くに刻まれていて
それは、普段の意識の元では、表面化してくることがないため、『魂の記憶』でしかありません。
しかし、前世の記憶は、良かったことも悪かったことも、嬉しかったことも悲しかったことも、
全て魂に記録されているといいます。
現世では、自分自身に起因しないと思えることなのに、「どうして私だけが?」と感じてしまう不条理が必ずあります。
それはあなたにとって大きな問題となって進もうとする未来への道に立ちふさがることもあり得るでしょう。
試行錯誤を繰り返しながらも、自力で解決できるに越したことはありませんが、どんなに頑張ってみても、
足掻いてみても、解決できない場合、その問題の根本には、前世からの記憶が関係していることが、
じつは、多々あることなのです。
人生は一度きり。
それは、その肉体には使用期限があるため、1つの体で永遠に生きることが出来ないからです。
その一度きりの人生の中で、魂が背負う記憶をあなた自身がどう昇華させてゆくのか。
現世において、より良い未来、幸せな未来へと進んでいくためには、あなた自身が解決していかなければいけない
命題となるものが必ずあると言われています。 それが、魂が背負う “業” だとも言えるでしょう。
“業” とは、梵語でいう“カルマ(karma)”を意味します。
これは、人間の体や命が終わっても、魂はけして滅びることがなく、輪廻転生を繰り返して、また新しい世界に
必ず生まれ変わり続ける。 永遠の真理の中で刻み込まれる 『行いの記憶』 だと言われています。
魂に刻み込まれていく『行い』は、 “三業”と呼ばれていて、
身業(身体(しんたい)にかかわる行為)、 口業…言語(げんご)にかかわる行為、 意業…意志にかかわる行為、
に分けられています。
これらを合わせて、『身口意(しんくい)』といい、この三つの行為の中に人間のすべての業が含まれていると考えられています。
そして、現世で生きるということは、この “業” を解消して昇華させて、より良い、素晴らしい未来へと、
そしてその先に続いていく来世と魂の向上と浄化を目指すためのほんの1つの通過点であると言えるのです。
これらは、世界のいたる所で、同様の思想を生みだし、宗教的概念となっていきました。
『因果応報』という言葉がありますが、「自分自身の行動は、必ず自分自身に結果として還ってくる」という意味。
大きく捉えると、「現世の問題は、前世に起因する」と、昔の人々が考えてきたことも納得が出来る話だと言うことが
出来るのではないでしょうか。
聖書にも記されています。
聖書に書かれている一節
新訳聖書ヨハネによる福音書9章、2節にこういった記述があります。
「先生。彼が盲人に生まれついたのは、だれが罪を犯したのでしょうか? この人ですか? その両親ですか?」
これは今から2000年も前の話になります。イエス・キリストが各地をまわっていた際に出会った、生まれつきの盲人を見てイエスの弟子が質問した話です。
その真偽、考え方や質問が正しい誤っているは別として興味深いのは、2000年も前からすでに「前世があった」とする考え方があり、その人の前世に何らかの出来事や事件があって、それが現世において、何らかのハンデを背負って生まれてきたのではないか? と考える人達がいた証明となる文章です。
業(ごう、といった表現も用いられますが、何らかの業を「過去世(前世)に背負っているからこういった状況に本人が陥っているのではないか? と考える人々がいたことになりますね。
前世について書き始める前にこういった話を例にとるのは、皆さんにはそういった考え方が何千年も昔からあちこちで論議されてきたことだ、という認識を持って欲しいからです。
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