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大震災3・11から 6年 < 収容先のホームから急いで帰った理由 >  >

その 3     楽しい事が一つ一つありました。
       * つよしさんと私は、家では離床していました。(私は午前午後の2回は休息していました)           * 慣れてきた頃、職員の方の面倒を考えて、食堂で皆さんと食事をしました。数人の人は
        笑ったり話したりしますが、多くの人が無表情で目が冷たいように感じました。
             急に、私たちが ドヤドヤ っと、入って来たからかな
              そう思い、静に過ごしました。
        「水道が出ました」 み報告に、みんなで一緒に歓びました。
          つよしさんと私も喜びあいました。
        そして、みんなで一緒に手をたたいて喜んだのは  電灯が灯った時 瞬間でした  

それから数日して、入浴が出来ることになりました。
もちろんのこと、ホームの方々が先でした。
                       
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数日して私たちの入浴が案内されました  10時から
        懸命になりました。
             * 寒さと羞恥で毛布を掛けて下さいと願っても、  「もうすぐ、もうすぐ」 不具合を直しているスタ
       ッの側で、若い男性ヘルパーが笑っていました。
そこへ看護師が 「あら、まだなの
           「あら、まだなの」    5分置きに確認に来たでしょうか。
                 
               私たちは、30分以上 ( 羞恥と寒さで ) 丸裸だったことになる。
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       私が怒りを感じたのは 3人 の看護師の無神経だった。
寒さと羞恥で、両腕を組んでいた丸裸を見て、掛けて上げたいと思わない <心> 心
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あとは記憶にない。     主治医からの
                 ケアマネに  
                 ケアマネから 
つよしさんと私は、     帰る         おしまい

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