写真の説明は後にします。
私の母は3度結婚しています。
*戸籍上の結婚はしていない。
*すべて事実婚
*本人が望んだことではない

*時代と環境で。最後は、母の意志が優先する。2度3度は書いてあります。
初婚に 〔不思議な “ 縁 ” 〕 を感じて書いて置きたいと想いました。
およそ90年まえのことです

◎ こりん伯母様の長女は、みよ子さん(登利恵)になっていましたが、実は上に、光子と言う娘がいました。
仙台師範学校中途で亡くなっている。
( 現在の仙台向山高校 … その前は国立電波高校 … その前が仙台師範学校
… 東北大学教育学部に師範が併合 ・電波高校が他に移ってます )
墓碑に師範光子と刻んである。あった。 … 津波がさらった。
*光子は盲腸になる ( 虫垂炎 )。母は医師に、手遅れで助からないと告げられる。
/「叔母さん!内に帰りたい」/
*母は光子の希望を叶える為、馬車を用意して、女中と 3人急いだと言う。
* 2点間の最短距離は名取川河口に沿った、田畑に農家が点在する四郎丸街道。
( 今は、中田に続く仙台のベットタウン )
*夜にかかると馬車の提灯だけが頼り、姪が弱々しく
/「叔母さん!水が飲みたい」/
*母は光子の望みを叶えてやりたいと思い、明かりの家をさがしたが、農家の夜は早く、
どこも真っ暗闇 !
遠くに小さい 灯り が見えて馬車は急いだ
◎ 馬車を止めて、母は灯りの方に走った。掟口から母屋までの長いこと

地主と察した。
鳴いて飛びかかった犬を蹴飛ばし、灯りの戸を叩いて開けたら、書生風の青年が読書していた。
驚く青年に事情を話した。
*青年は深い井戸のより深くから汲み上げたそのままの釣瓶を
馬車まで持って、柄杓から光子は美味しいと泣き、女中、車夫、
母が飲み、お礼と、
*この家の名前と、母の父の名前を告げて家路に着いた。
●その夜、待っていた家族とみんなに看取られて亡くなった。
その後、光子の両親と爺が、お水を戴いたご親切のお礼に、参上したかどうか、私は聞いていない。
◎ 四郎丸の青年の家から母に、正式に仲人があって結婚に至る。
*青年は次男で … 結婚後、建築の勉強にアメリカに留学する。
*親は宮大工、夫は西洋建築家?
* 同行を勧められたが 8年間待つことを選ぶ。短い新婚生活、横浜でテープを切って見送ったと言う。
★ 帰国後病気で亡くなる。母の話しから推察すると 『 バセドー氏病 』 かな?
● ( 子なきは去る )
………………………………………ここから下は2度目の結婚に入る
母が好きで好きで苦しんだ人は兄の
父だったと想う。
成長した私に、「 坊やを寝かしつけている時間に靴音が聞こえるの、きっと夫が、私と息子に逢いに来てくれたんだ
」
「耳を澄まして待つの
靴音が遠ざかると、…何度泣いて枕を濡らしたことか
」
★その後、母は心労で結核に … 両親が看病
*兄はこりん伯母様の家族と暮らす。
兄の父が死ぬとき、
「会って謝りだい」と連絡があった。
★「ヤガマス

今更遅い

」
*兄はこりん伯母様と父に逢いに行く。
◎ 憎しみが大きい程、愛が深かったのね

写真
1枚目 … もう直ぐ夫の帰国を待っている時か、“子なきは去る”婚家を出た時期か、聞いていない。明るい顔ではない。
2枚目 …百歳
3枚目 …102歳
オマケ付き
4枚目 …百歳の母と退院したオリーブと。
オリーブ