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昨日飛び込んできた訃報
Facebookで知り合った友人が、天に召された。
実は、以前にも同じようなことが有り、名古屋で会食したのが最初で最後になってしまったことをふっと思い出してしまった。

その方も、57歳で夭逝された、丁度九州で仕事をしているときであり、メッセンジャーで友人だという方から連絡を受けて知った次第、今回も・・・一つ違いの59歳という若さで夭逝されてしまった。

こうして思いを馳せるとき、自分たちが生きていることは奇跡の連続であると改めて思うのです。

朝目が覚める、朝ご飯を食べることが出来る、昼ご飯を食べることが出来る、そしてネットを見たりして、政治に文句を言える、ちょっとした不平不満をSNSで書いて憂さ晴らしが出来る・・・考えてみれば、これ全て奇跡の連続だと思いませんか。

まず、元気に働けることに感謝、ご飯を食べることは出来ることに感謝、今の政治に文句を言う、ちょっとした不平不満をSNSで書いて憂さ晴らしできる・・・。

これが当たり前と思うから、愚痴もでるわけで、むしろこれは奇跡なんだから、「ありがたい」と思えばどうでしょうか。

ありがたい、漢字で書くと「有難い」有ることが難しいと書くわけで、他の方も書かれていますが、有る【存在する】事が難しい、それがあたりめのようにできること、そう考えれば、まず「生きていることが、有難い」、「健康であることが、有難い」そんな風に考えてしまうんです。

いかがでしょうか。
私自身もそうですが、時には苦言を呈したりした書き込みをする場合も有ります。
だからこそ、余計に思うのです。

こうして、書き込みを出来ることすらありがたい。

自分自身の体に、感謝しよう、そして、生かされていることに感謝して、少しでも世の中の役に立てる人になろうと。
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