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今回から、新しい構想で…いえ、妄想で始めたいと思います。
どこに到達するやら、私も正直わかりませんが・・・。

早速始めたいと思います。

今回は、とある保線区の現場が舞台となります。
昭和40年代後半を想定しております。

蒸気機関車が動力近代化のあおりで終焉を迎え、非電化区間はディゼル機関車やディゼルカー(気動車)が走り、電化区間では電車が走り回る頃

夏場の冷房は急行電車でぼちぼち普及しだした頃のお話です。

冷房装置はここ数年で急行以上のグリーン車並びに特急電車には完備され、普通電車の一部もクーラーが設置され、徐々にではありますが国民生活全体のレベルが向上していく頃でした。

日本万国博覧会の成功は、新しい未来を感じさせる時代であるとともに、多くの公害問題を生み出していきました。

国鉄でも、実はある「こうがい問題」で悩んでいました。
食事中の方には申し訳ないですが・・・。

「黄害」と呼ばれた列車トイレの問題でした。
列車トイレ、いまでこそトイレにはタンクが付いていますが、当時は垂れ流しで、一部20系客車などでは粉砕式と呼ばれる方式で固形物を細かく粉砕して・・・まぁ結果的に飛び散ってしまうので問題は問題なんですけど。
と言う方式が試行されていましたが、決定打と言うべきものはありませんでした。

ということで、少し前置きが長くなりましたが、この物語始めさせていただこうと思います。

今回の主人公は、今年高校を卒業したばかりの日田次郎君、九州は大分の生まれだったのですが、親戚が天鉄局で勤めているので、その伝手で天王寺鉄道管理局の天王寺保線区に配置されたのでした。

天鉄局の受持ち範囲は、大阪環状線の弁天町まで(寺田町は大鉄局の管轄)、更には関西線は亀山まで・紀勢本線は天王寺から多気まで全線他に参宮線・名松線・草津線も手原(実際には草津の手前まで)まで受持ちでした、といっても天王寺保線区の守備範囲はそんなに広い訳ではありません。

工業高校を卒業して、親戚の伝手を頼って天鉄局に来たものの、彼にしてみれば鉄道が好きでこの道に入ったのではありませんでした。

地元で就職するよりも、国鉄に就職したら安泰だろうという親心からでした。
日田君は、名前からもわかるように次男坊であったのでいわば口減らしといった意味合いもあったかもしれません。

寮に住んでいても、運転士や駅員とはどうも話がかみ合いませんので、一人で過ごすことも多いのでした。

そんな彼ですが、唯一の趣味は読書
元々そんなに頭は悪くなかったのですが、家庭の事情もあって高校は就職に有利な工業高校を選択、その後国鉄に就職したのですが、土木を専攻していたこともあり保線区に配属されたのでした。

そんなところから、このお話は始まります。
日田君がどのような活躍をしていくのか…私も全体の構想がまだ固まっていません。
ただ、彼には出世していただきたいなぁと思っていますのでどうかよろしくお願いいたします。
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