ここから本文です

書庫日記

記事検索
検索

全236ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

弱い私

イメージ 1

私自身は、本当に弱い人間だと思っている。
人に対する批判に対して弱かったり、成功している人を見て素直に喜べなかったり・・・これを性格とかと言って片付けてしまえば簡単ですが、それでは何も解決しない。
言わば「臭いものに蓋」をしたようなもので、根本的な解決には至っていない訳ですから。

批判された場合は、素直に受け入れるように努力はしている・・・でも、そこでさらにダメ出しされたら・・・正直、凹んでしまいます。
批評している人は自分はこんなに知識があるんだと披露したいのだと思うのですが、もっと調べて正しいこと書いてください・・・なんて書かれると自分なりに資料を探して書いてきたことが全否定されてしまう事がちょっと悲しくなってしまうんですね。
まぁ、多分に本人はそうした意図はないと判るのですが、敢えて省略して書いている場合もあるので、その辺が間違っていると言われても困ってしまうんです・・・。

まぁ、私自身も鉄道ジャーナリスト等と名乗っていますが、偽物だと、・・・痛い鉄道ヲタクが妄言を吐いている言われても仕方ないと思っています。
ネットや本に記事を書いていないですから。
ただ、世間に認めてもらえるように、(偽)が取れるように、少しずつblogを更新しているわけです。

と言うわけで、愚痴なのか何か判らないまま書いてしまいました、こんな弱い私ですが今後も見守っていただければ嬉しいです。

この記事に

長らく書かないと書けなくなるものですね。
逆に、毎日少しずつでも書いていると、書けるようになってくるような気がします。
現在このblogは殆ど休み状態になっていますが、以前は毎日書くことが出来ました。
それは、頭がこうした文章を書くのに適切に取捨選択してくれていたのだと思うのです。
情報を適切に振り分けて、必要な情報だけを脳が勝手に集めてくるんでしょうね。
逆も然り、自分に取って挙見ない内容や、嫌いな内容であれば意識的に排除してしまうような気がします。
結果的にそれが良いのか悪いのか・・・
精神衛生上は、自分の意にそぐわないものは見ないようにするのが一番良いのでしょうがそうなると、今度は独りよがりになってしまって、自分の都合の良い情報しか聞き入れなくなって結果的に視野も思考も狭めてしまうような気がします。

この記事に

久々に更新させていただきます、本日も少しだけ思うことを書き綴ってみたいと思います。
本日も、郵政局の頃の思い出話などを少しだけ綴ってみたいと思います。

自分で、施策を考えて実行した楽しい想い出もある反面、今から考えればあり得ないなぁと言うことも多々ありました。

今でこそ、働き方改革とかいって、定時に退社することが奨励されるというか、年休消化も含めてきちんと取得できることが当たり前のような時代になってきましたが、私が郵政局で勤務していた頃は、残業もせずに帰ることは悪い・・・そんな風潮がありました。
当時は8:30出勤の場合は17:15で勤務終了、9:30出勤の場合は18:15ですが、定時になっても誰も帰ろうとしない。
郵政局に転用したときに一番面食らったのがその点でした。
誰も帰ろうと言わないから、帰りにくい。
それどころか、定刻を過ぎてからやおら仕事し出す人もいて・・・。
こちらとしては、早く帰りたいと思うのですが、帰れないわけです。
雑用をいろいろ押しつけられるのでした。
自分なりに、仕事を見ていると、無駄な仕事が多いなぁと感じたものでした。
そんな中で、少しでも早く仕事が追われるようにと最初に覚えたのがパソコンでした。
中等部でワード機能は少しだけ習ったのですが、いきなり始めたのがデータベースでした。
右も左も判らないまま、右往左往しながら、それこそ試行錯誤して覚えていったものです。
そうして覚えていった理由は、少しでも早く帰れるようにしたいからでした。
無駄な仕事を減らして、早く帰りたい。
ただそれだけでした、例えば、郵便局向けの書類の場合、郵便局名や数字を手書きして読み合わせしていたのですが、それを帳票印刷にしようとしたり、当時郵便局の職員を集めて新しい端末機の研修を行っていたのですが、その出席者名簿も手書きだったので、パソコンで出力できるようにしたり・・・自分なりに働き方改革したのですけれど、そうしたことは結局否定される事になりました。
当時、直属の係長から、早く帰ると暇だと思われて定員が減らされるので残って欲しいと言われて。
正直唖然としたものでした、当時は和歌山から通っていましたので、少しでも早く帰りたいというのも本音でしたし、幾多郵政局は仕事が遅くなると聞いてはいたものの、無駄な仕事で遅くなるのはご免だと言う意識もありました。
結局、貯金部では私自身が使い物にならないという烙印を押されて、資材部に異動することとなったのでした。
正直、事業部から資材部は左遷なのですが、私の場合水が合っていたようで、ここで一気に花開いたのでした。
続く
イメージ 1



この記事に

  おはようございます、交代制の仕事をしていますと曜日の感覚が判らなくなってくるときがあり、自分が休みの日は土日・・・そう思ってしまいます。苦笑

こうして、blog等を書いてみるのですが、考えてみるとインターネットの商用利用というのは改めて20世紀の産業革命だったのかなと思ってしまいます。

インターネットの基礎となったのは、アーパネット画素の母体となったと言われていますが、こうした構想が発表されたのが、1966年頃だったでしょうか。
実は、その頃新聞に小さく記事が出ていたのです。
いつ頃の記事だったのかは知りませんが、たまたま家の押し入れだかに敷いてあった古新聞にそんな記事が書かれているのを小学校の頃に見つけて、なんか凄いことが実験されているんだなぁ・・・と言うことを感じた記憶が今でも鮮明によみがえります。

商用利用開始から既に20年以上、すっかり社会のインフラになってしまった感があるインターネットの世界、時代も変わりました。
最近では、AIや量子コンピュータと呼ばれる技術、特にAIの進展で現在の多くの仕事はAIにとて変わられて大量失業になるのでは無いかと言われていますが、果たしてそうでしょうか?

今から半世紀ほど前、1968年頃の仕事の仕方はどうだったのでしょうか。
コンピュータは存在し、電子計算機と呼ばれていましたが、その計算能力は低く、電卓が普及し始めてそろばんに代わって事務処理は電卓で行う、そんな時代に代わりつつありました。
工場等での作業は危険も多く、労災事故で命を落とすなんてことも多々ありました。
特に鉄道職場では、構内係(貨車の入換等をする人たちの蝕車事故が後を絶たず、毎年数名の人がケガをしたり亡くなったりしていました。
製鉄所も然りで、時々溶鉱炉に人が落ちた・・・なんて話もありました。
現在のように、保護具と呼ばれる安全装置が十分ではなく、高所作業などでも命綱を持たずに仕事をする人も多かったのです。
翻って現在はどうでしょうか。

危険な作業はロボットで行えるようにしたり遠隔で制御出来るようになり、貨物輸送もヤード系輸送は無くなり、危険箇所での作業はロボットで補う等されています。
AIの進展はそうしたことの拡充と言えますし、自律型ロボットの動きにより、今までの熟練工と言われた人たちの仕事は減るかもしれませんが、より少数精鋭の人たちを時間をかけて養成していけば良いし、人はより高度な仕事に就けば良いと言うことになってくると思うのです。

鉄道の開通で、人力車の車夫は仕事を失いましたが、タクシーやバスドライバーとして、より大量の人をより楽な方法で輸送できる仕事に就けば良いわけですし。
物流も昔は人力で積み卸しをしていましたが、フォークリフトでパレットごと、コンテナごとに輸送することで飛躍的に物流に関する速度は速くなったわけです。

ですから、AIの進展でコンビニのバイトが無くなるとかと言った心配しなくとも、それ以上に新しい仕事はそれこそ発生するであろうし、そうして文化は更に発展していくのではないでしょうか。

いたずらに、仕事が無くなるとか言って悲観することはなく、むしろ過去の歴史を振り返ってみて、変革の時代に人はどのような動きをしたのか・・・そんなことを考えてみることが大事なのでは無いでしょうか。

個人的には、1970年代の世相などを自ら分析してみると今後の展開が読めるような・・・そんな気がします。
イメージ 1

この記事に

 久々に書いてみようと思います。
ここ数日、本当に忙しく動き回っておりました。
休みの日も、色々な打ち合わせがあったりして、12月29日から殆ど休みが無かったこともあり、なんか1年の半分ぐらい働いたような気がします。苦笑
まぁ、それは冗談ですが・・・人間忙しいくらいがちょうど良いのかもしれません。

暇を持て余すと碌な事を考えませんから。
ということで、本当に今月は1月17日には東京へ0泊2日に新幹線&バス旅行を敢行したり、カウントダウンワークだったり。苦笑
でも、こうして振り返ってみると、本当に自分自身が成長したなぁと改めて思うんです。
10年ほど前と比べれば本当に比べものにならない程多くの方と知り合ったし、そうした人間関係を大事にしてきたと思います。

まぁ、そうした中には整理させていただいた方も多いのも事実です。
光があるところに陰が出来るのと同じく、ファンも増えればアンチも増える。
一緒に高みに登ろうと手を差し伸べてくれる人がいれば、その逆に足を引っ張る人も出てくる訳です。
今まで友達として付き合ってきたり、お世話になっていても時にはそうした足を引っ張る人などの場合はやはり、自分としては切り離さざるを得ないと思うときがあります。
そうした意味では、高校生の頃に交流があった人たちとは殆ど疎遠になってしまいました。
それが良いのか悪いのかは別として、自分の成長のエンジンに必要か否か、必要で無いもしくは足を引っ張る人の場合はいくら以前はお付き合いがあっても時にはそうした人と徐々に距離を置かざるを得ないときがあるのかなぁと思うときがあります。

実は、10年来のお付き合いのある方と久々にお話をしたのですが、後数年で退職なので今は適当に仕事しています・・・なんてことを電話で話されていて。
正直、これはこれはと思って。
またお会いしましょうと言ったものの、会おうという気が起こらないんですね。
何でかなぁと思ってよく考えてみたら、結局、マイナスのパワーと言うか、気が出ている人なので自身が無意識のうちに避けているのかなぁと思ってしまったんです。

一緒にいてエネルギーが増幅する人と一緒にいれば自分も気力が充実してくる反面、そうで無い人と一緒にいると全くその逆を感じてしまうのでした。

そんな訳で、改めて思ったことは商品の棚卸しならぬ、友達の棚卸も時には必要なのかなと改めて思ってしまいます。
「今までありがとう、でも、今の自分とは方向性が異なるから・・・ 」
「また、機会があれば出会えるよね 」
という形で切り離していくことも大事なのでは無いかと思うのです。
イメージ 1

この記事に

全236ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

本文はここまでですこのページの先頭へ
みんなの更新記事