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  おはようございます。
土曜日の朝、皆様は如何お過ごしでしょうか。
まぁ、土日が休みというところも多いでしょうが、サービス業の皆様などは土日の方がより忙しいかもしれません。
私も今日は夜勤なので、朝は少しゆっくりですが明日の朝まで仕事です。
さて、ここでは政治がらみのお話をしないと決めているのですが、ここ最近の国会を見ていると正直、情けない。
昔から政争に明け暮れるといった構図はありましたが、今の野党は政権を倒すことだけに傾注して、その後がない。
テレビ他のマスコミも面白がって、そんなニュースばかりを流すし、国会女性議員が、「mee too」といって変な行動しているし・・・。
少なくとも、国会議員ってそんなに暇なんでしょうか?
国会審議に応じないとか・・・小学生の子供じゃあるまいし。

そんなことばかりして、ポピュリズムに迎合することが民主主義だと思い込んでいたら、ますます没落してしまう。
そんな気がするのです、全体の流れに中に芯がないから。
誰がどう言おうと、自分自身が決めた柱がないとダメと思うのです。
私は以前、これを人生のアンカーという表現をさせていただきました。

何時も意識しているのは、そうした人生のアンカーを打ち込んでから、そのアンカーから今度は空に向けて上昇する、高く高く上昇する。
そのようにして俯瞰することで見えてくるものを大事にしたいと常々思っているのです。

ビジネスを一緒に考えるときは、そのビジネスの意義、いわゆるアンカーを探して、そこから今度は俯瞰して考えてみる、ただ俯瞰するだけではなくて、そこには時間軸 (5年先はどうか、10年先はどうか・・・のような)
昨今は、時代の流れが速すぎて10年でスパンを考えても見えない場合があるので5年程度の場合が多いですが、ポピュリズムに流されず、絶対的な自分で決めたアンカーを元に考えることを習慣にしています。
意外と思われるかもしれませんが、こうした考え方を実践していくと、世の中の矛盾が見えてきますし、全く未知の問題にぶつかっても焦らず対処できるような気がします。
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「頭に来てもアホとは戦うな!」
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と言う本がちまたでは売れているらしい。・・・らしいというのはこうした世情に私自身が疎いため、たまたま本屋さんとか行った際に平積みなどしてあるとその情報を知る・・・みたいなところがありますので。

ただ、パラパラとめくって読んでみたのですが、正直この内容はたいしたことは書いていないと思うわけです。

ただ、それでもこうして商業ベースで本になってしまうことに不可思議さを感じるのですが、こうしたことで悩んでいる方が多いのかと改めて思った次第。

最近は、ネットの普及で今まで接することが出来なかったであろう遠方の人や、雲の上の存在と思っていた方と思わず繋がったりなんてこともあります。
また、ネット上のお付き合いと言うことで、ネット上の公衆道徳(いわゆるネチケット)を理解せずになんて人もいたりして。ため口で書き込みをされるなんてこともあります。

まぁ、それはそのままリアルな社会でもあるんですけどね。
最近の若い人の中には誰とでもため口であったり、時には見下したしゃべり方をする人たちも少なからずいます。

でもね、そんなときは人生の知恵というのでしょうか、「亀の甲より年の功」というじゃないですか、知恵があるんですよ。

イラッとくる言葉を投げられたり、SNSなどで誹謗中傷されたら、そこで反論したり、またそうしたリアルな怒りをSNSにぶつけるのじゃなくて、ワンクッションおいて、一言叫ぶんです。
「まぁ、いいか。人それぞれだし・・・。」

そう言ってから深呼吸の2回か3回でもすれば、そんなことどうでも良くなってくるんです。
少なくとも私の場合はね。
だって、そこで怒りに任せてSNSに書けばどうなるか。

同調してくれる人もあるでしょうが、それは記録に残りますよね。
結局、その投稿を見る度に同じ感情がよみがえってきて、マイナスの感情だけが何時までも心に残るんです。
そうなると、負の連鎖の繰り返しになってしまう。

だから、私は嫌なことがあったり、そうした書き込みをされたりしたときは・・・。

「まぁ、いいか。人それぞれだし・・・。」

と思うようにしています。
まぁ、それでもどうしても無理な場合は、SNSで有ればその人をブロックなんてこともありますけどね。
まぁ、基本殆どしないのですが、少なからずそうした方もおられますのでね。
こればかりは仕方が無いように思います。
でも、何でもかんでも「腹立つから」・・・と言うことで、負の連鎖を巻き込むよりも、「まぁ、いいか。人それぞれだし・・・。」

と言って、怒りのエネルギーを沈める方が余程良いんじゃないかな。
そんな気がするのです。

皆さんも、今日から始めてみませんか。

イラッと来たら、一言

「まぁ、いいか。人それぞれだし・・・。」

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私の変なセルフルール

 先日は、「ありがとう」のお話をさせていただきましたが、この言葉をなかなか言えない場合が多いような気がします。
何か気恥ずかしいという人も多いんでしょうね。

でも、無口で何も言わないよりも一言そうした言葉がある方がお互いに気持ちいいですよね。
それと、これはちょっと恥ずかしい?のですが、社員食堂やセルフサービスのお店などでは、食器を返却口迄持って行く場合が殆どだと思うのですが。
そこで、いつも「ごちそうさまでした」と言ってしまいます。
まぁ、人が多いところですると恥ずかしいと思われる方もいるのですが、私は「ごちそうさまでした」と声をかけています。

思うに、これは警察学校時代の癖がそのまま残っているのかなぁと思っています。
警察学校当時の食堂は、食事後は食器を簡単ですがたわしで洗って、その後水槽に入れるようになっていたのですが、必ず食べた後に「ごちそうさまでした」と大きな声で言うようになっていました。
まぁ、その頃の癖と言いますか習慣が今でも、そうしたセルフサービスの食堂などで行ってしまうんでしょうね。
若い頃の刷り込み恐るべしです。     苦笑

まぁ、笑ってやってくださいね。
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でも、考えてみたら食事を作っていただいた人の感謝を込めるという意味では決して悪いことではないので、今でもセルフサービスのお店などでは食べ終わって食事を食器返却口に持って行くときは「ごちそうさまでした」と声を必ずかけています。

こんな私の癖は変でしょうか?
変ですよね、でも、これは自分に課したセルフルールなので今後も続けていきたいと思っています。
だから、心の中で笑っていただいて結構ですけど、そんな人もいるんだなぁと言うことだけは知っておいてくださいね。

この記事に

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おはようございます、また更新が遅れ気味になってしまいました。

私が何時も意識していると言うか、殆ど無意識になりつつありますが・・・。

常に口にする言葉が、「ありがとう」と言う言葉です。

「ありがとう」

この言葉は個人的には「ミラクルワード」だと思っています。
全ての人を幸せに出来る言葉だと思っています。

全ての人に「ありがとう」

コンビニで買い物をしたら店員さんに「ありがとうございます。」

郵便物や宅配便を届けてくれる配達員の方に「ありがとうございます。」

私の部屋はエレベータがない最上階【五階】ですので、不在の場合本当に申し訳ないわけです。

ですから配達していただいた場合は、「ありがとうございます。気をつけて配達ください」
そんな風に何時も申し上げています。

自分たちが、こうして生活できるときに誰かの助けを受けているわけです。
だから、自分が施しをうけることに対して、感謝の言葉を返すのは当たり前ではないでしょうか。

私自身は、別に日に何回「ありがとう」問い言う言葉を発しようという風に考えていませんし、「ありがとう」と言う言葉を掛ければ自分が幸せになれるとか・・・そんな風に考えているわけでもありません。

ただ、自分が生きていること、そして、生活が出来ると、全てのことは奇跡の連続であると考えればそれに対して感謝する。
それが、「ありがとう」だと思うんです。

まぁ、状況によっては言いにくい場合もあるでしょう、そんなときは声に出さずに、「軽く会釈する」これだけでも良いと思うんです、そうして感謝の気持ちを伝えることから始めるだけでも良いのではないでしょうか。

これを実践しても、お金持ちになれるわけではないかもしれません。
でも、一つだけ言えることがあります、それは、「自分自身の立ち居振る舞いに変化が現れる」ということです。
結果的には、個々人の品位の向上に繋がるのではないでしょうか。

私は、更に自身を高めたいからこれからも、「ありがとう」の言葉を発していきたいと思います。





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意識して毎日書きますと言いながら、またまた何日か延ばしてしまいました。
ということで、今日も少しだけ思うことを書き連ねてみたいと思います。

余り肩肘張らずに、日記的なお話をさせていただく方が続けやすいので、しばらくはそのようにさせてください。

4月1日大阪では、大阪市交通局が民営化されて大阪メトロ(大阪市高速電気軌道株式会社)似組織替えしました・・・が、車両のマークの張り替えなどは遅々として進んでいません。
国鉄からJRになったときは、地方のローカル線車両を除いて翌4月1日には殆どの列車にはJRマークが貼付され、機関車も客車も、電車もJRマークが翌日には貼られていることと比べると、亀の歩みのように見えてしまいます。
制服も一新され、大阪市交通局時代は丸い帽子でホテルマンのようなドゴール帽から、警察官に似た紺の官帽タイプに変更されており、大阪市営地下鉄時代よりも厳つい雰囲気になったような感じがします。苦笑

それと、興味深かったのは、帽子の社章、多くの場合こうした帽子には社章を付ける場合が多いのですが、これが大阪市交通局時代のものをそのまま流用していますのでよりそう感じるのかもしれません。

JRも、JR東海が国鉄時代の「桐と動輪」のデザインをそのまま流用というか、昭和30年代の国鉄全盛期時代の金モールを採用しているのと同じように、大阪市高速電気軌道は名称こそ株式会社ですが、組織としては大阪市交通局が名前が変わっただけと主張しているのかなと勝手に思っています。

まぁ、再び公営化するのは難しいかもしれませんが、長年親しまれた大阪市営地下鉄の伝統を引き継いで言って欲しいものだなぁと改めて思った次第。

これを見ていると、改革の実績が欲しい維新にたいして、組織温存を図るための交通局、名を取った維新、実を取った交通局。
そんなイメージを感じてしまうのは私だけでしょうか。
今後も、大阪市高速電気軌道が市民に愛される鉄道で有って欲しいと思う今日この頃です。
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