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目次 http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39019598.html
「宗教 どうすれば人はよくなるか9」
― 心と魂の深さ ―
心が深いと感情的にも身体も静かに落ち着いていることができる。もちろんそうなるにはいろいろ見渡せる心の広さも必要であろう。静かに落ち着き広く見ることができるとやさしさも湧き出してくるのではないか。
年を取ってくると涙もろくなってくるという。これは心が深く、やさしくなれた証かもしれない。いろいろ経験して相手の心理がわかる、同感できる。若い人は年をとった人を見習わなくても、無視をしてはいけない。
心の深さがあると人の考えもよく判る。普通自分より考えの深い人、心の深い人の考えを全て把握することはできないかもしれない。心の深さが同程度以上になって始めてその人の考えを理解できるのではないだろうか。
また、心が深いと目先のことだけでなく、現実を深く見ることができるのではないか。
魂が深いとどうなるか。私には明確に判らない。魂と心は直結していると思うので、魂が深ければ心も深くなるのではないだろうか。
心と魂の深さもいただきたいものである。
2008/12/12
ブラックホール
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人それぞれ心も浅く深く小さく大きくいろいろ語られていますが、人間と言う動物は訳が分かり納得出来る事が一番幸せになるのではないかと思います。
どうすれば訳が分かるようになるのか、私はそれを工夫して納得するに至りました。
結局何も無かったと言う事か分かりました。
2008/12/15(月) 午前 0:22 [ - ]
心の深さはあらゆる事に、本当に感謝する事ができるようになる事でしょう。
若い人から自分もあの人の様な歳の取り方をしたいと、憧れを持って見られる生き方をする事でしょう。
憧れを持って見られる歳の取り方をしていれば、心ある若者は彼方を無視もしないで見習う事でしょう。
2008/12/15(月) 午前 9:47 [ iwa*ima*u*a1949 ]
ノロカメ二世さん。納得できるというのは訳がわかるときと心理的に納得できるときがあると思います。訳がわからずとも心理的に納得できることもありますよね。
結局何も無かったというのはノロカメ二世さんの見解かもしれませんが、ご自身のブログでも結構ですので皆がそれに納得できるよう説明していただきたいものです。
2008/12/15(月) 午後 6:00 [ 白鳥座X−1 ]
iwamimasudaさん。そうですよね。自分にっとって本当の生き方を続けられればきっとそうなるでしょうね。
武者小路実篤の「旅人は一筋の道を行く。」みたいなものですかね。この詩をもらって私は振られました。
2008/12/15(月) 午後 6:05 [ 白鳥座X−1 ]
書庫への書き込みが(1356)になっています。
納得してもらいたくていろいろ書いているのですが、全部読んで頂くのも無理かと思いますので、出来るだけ努力してみます。
私が伝えたい事は、自己確立です。
確立したら自らが納得できるようになると思います。
私も確立しなければ、毎日書き込む言葉を得る事が出来なかったと思います。
どうすれば確立できるかと言うと、私は宗教を信じ信心の道を求めて来た結果、確立に至りました。
教えを説くのは勉強すれば出来ますが、教えを悟るには実践が必要ですね。でも組織に依存しては個々の信仰の実践にならないと思います。自らが神との直接対決、自問自答の世界だとも言えそうです。
人に聞いても分からない。自らの心に聞けと言う事です。真に宗教を信じ実践しているかどうか、その心は自分が一番よく知っています。
2008/12/16(火) 午前 0:19 [ - ]
ノロカメ二世さん、よろしければ書庫の設定についてもう少し詳しく教えてもらえませんか。
そうですね、宗教の実践は非常に大事だと思います。それには宗教の教えは多すぎ、何を実践するか選択も難しいと思います。もう少し簡単にならないかと思います。
2008/12/16(火) 午前 9:33 [ 白鳥座X−1 ]
信仰は個々の自由な心にあるもので、宗教を個々の信仰に生かせばよい話です。ところが信仰は組織のモノになってしまっている部分があります。思想集団の信仰は個々のものではないでしょう。
ですから理屈に合わない信仰をしている事になりますす。
何も特別難しいものではない、自らの信仰を確立すればよい訳ですから。神様仏様ありがとうございますと感謝の気持ちを捧げれば済む話です。相手は人間や組織では無くて神様です。
書庫についてはブログにずらっと題名が乗っているでしょう。
一番上の無題をクリックすると、2005/9/21(水)午後9;49に書いたモノが出てまいります。そこから今まで書き込みが続いています。
その前にもニフティで大分長い間書き込んでいました。
ずうっと初めから自己確立一本で貫いています。
2008/12/16(火) 午後 9:39 [ - ]
ノロカメ二世さん。人が理屈に合わない信仰をしていてもほっとけばよいじゃないですか。自分のしなければならないことをやっていきましょう。
私のブログ開設(2007/05)後、毎日ではないですかときどきノロカメ二世さんのブログにお邪魔していました。また正月にそれ以前のブログを拝見いたします。
2008/12/17(水) 午前 10:23 [ 白鳥座X−1 ]
問題を感じなければほっとけばよいですが、宗教の教えから言って問題がある事事態が問題であり、問題があればその目的は適わないと言う事になります。
宗教の教えに基づいて平和活動、素晴らしきかな人間たちと言う事になればよいのですが、宗派間の対立、あるいは戦争に発展するような宗教問題をほっておくわけにはいきません。
しかし現実ではカメが一匹ギャーギャー騒いだところでどうにもならない訳でして、その点ブログでは思いを書き込む事が出来ますからブログで何が出来るか我が心を試しています。
2008/12/18(木) 午後 10:08 [ - ]
ノロカメ二世さん。私は今、宗教に問題があると直接感じません。しいて言えばテロの自爆行為くらいです。この程度なので私はほうっておけばよいと思います。
ノロカメ二世さんが問題を感じられるのなら仰っているようにブログでもその考えを伝えることはいいんじゃないですか。ノロカメ二世さんに対する「ほうっておけばよい」という前言を取り下げます。
2008/12/19(金) 午前 8:56 [ 白鳥座X−1 ]
創価学会の選挙活動に対して問題を感じないでしょうか。
幸福の科学では霊界の話を人間に説いて不信を招いていますが、問題を感じないでしょうか。思想的な宗教団体は人間社会に問題を投げかけています。その活動は精神性を優先していますから素晴らしい部分もありますが、物事の理屈で考えると、現実の世に生れ生きて死んで行く人間の人生観で言うならば、人間にとって現実の世で幸せに生きる事が一番の幸せだと思います。精神については信じるのは個人の自由ですが、社会共同体で生活するには、現実的な確かさが求められます。そう言う事で心についての話は現実的な確かさには欠けると思いますのでみんなが一致できるものでは無くて賛否両論対立になる事もありますから、あくまでも個人の問題として分けて考える必要を感じます。
2008/12/20(土) 午後 9:28 [ - ]
ノロカメ二世さん。私は人のしていることに問題を感じません。こうあればよいのにとは思いますが、それぞれ良いと思ってされているのですから。
私には人間にとって、精神についてと区分されることがまだよく理解できません。
2008/12/21(日) 午前 9:38 [ 白鳥座X−1 ]