経済の時代から心の時代を開く

経済の時代(お金第一主義の時代)は行き詰りかけている。次の時代は?

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不況について

 
目次  http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
 

                       「宗教 不況について」


 景気は底打ち気味だと言われている。しかし、日本の多くの専門家はV字やU字回復はしないと見ている。私もそう思う。が、海外にはV字やU字回復をすると言っている人が多数いるらしい。

 今までアメリカ人は借金を重ね、借金したお金を自由に使う、経済が上昇してその借金が目減りする。株価が上がり続け収入は増え続ける。持ち家の価格が上がり続け購入価格よりはるかに高く売れる。借金をしながら高い価格の製品を買い続ける。他国がアメリカに投資しアメリカの全ての価値は上がっていく。のような幻想が成り立ってアメリカはやって来れた。これは誰もが認めている。しかし、同じ幻想が今後も続くか、一度幻想に破れた人がまた同じ幻想を持つか。きっと持たないであろうと多くの人が言っているし、私もそう思う。言い換えるとアメリカの景気はサブプライムの前ほど上がらない。

 アメリカは少数のお金持ちが儲かるとそのおこぼれで多数の貧乏人も儲かるという考えらしい。なんと民主国家の封建主義的考えか。大きな身勝手な幻想だ。お金持ちにとって都合の良かった幻想的スパイラル景気は二度と起こらないであろう。サブプライムのような虚構で満たされた景気は二度と起こらないであろう。アメリカ人は新しい幻想的景気を期待することこそ幻想だと徐々に身にしみてくるであろう。

 そうするとどうなるか。新興国と言っても今は新興国ではないが中国やインドの中流に至ろうとする人の消費が大きな対象になるであろう。そうなると高価なものは売れない。低価格のものしか売れない。そういう人たちを主たる相手としなければならないだろう。

 富裕層向けの高価な高付加価値製品もある程度売れるであろうが、景気のけん引役にはなれないであろう。景気は今まで通りには伸びない。日本の失われた10年の低迷景気の時代が世界に広がるであろう。


 ならばどうすればよいか。話は飛んでしまいますが。


 お金を飽くなく求めることは間違っていたのだ。いつからお金を飽くなく求めかけたか。キリスト教、仏教が始まる前からそうであった。キリストや釈迦はそれをたしなめた。ということは、人類の叡智が始まる以前から今日まで人類はずっとお金を飽くなく求めてきた。

 お金が儲かると何ができるか。暮らしが向上する。広い豪華な家に住み、ご馳走を食べ、高価なものを身に付け、人からうらやまれる。株で儲ける、投資で儲ける、お金を限りなく求める。それが高じてお金は人や世界を支配できると思うに至る。人類はこんなことを2000年以上目指していたのだ。こんなことを2000年以上したかったのだ。例え人と喧嘩しても、一国を侵略してもこんなことを2000年以上したかったのだ。

 お金を儲けようとして「努力すること」は否定しないが、結果として人を極端に超えなくても並みでいいのではないの。並みを求めていれば人を騙したりするような過激な行動をしなくて良いのではないの。なぜ、こう考えなかったのか、それより生活が苦しかったのか、生きていくのが大変だったのか。多分そうであったのであろう。

 並みにみえる生活をして、さらにその一次元上を目指そうではないか。更なる次の目標を求めようではないか。2000年以上目がくらんできたお金儲けからそろそろ目覚めても良いのではないか。動物的欲望から目覚めても良いのではないか。

 次の目標は「自らの成長」である。今、そう思えない人は「自らの成長」が重要だと気に留めることが肝要だと思います。

                                        2009/7/21
                                        ブラックホール
 
 

エネルギーについて

 
目次  http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
 

                        「社会 エネルギーについて」


 今、人類にとって環境問題と食料問題とエネルギー問題は放っておくことができないと思います。エネルギーについて考えて見たいと思います。エネルギーは電力とガスと直接使用する石油(灯油等)と車の動力源だと思います。その中でもっとも大きな問題は電力だと思います。今注目されている電気自動車はもちろん電気を発電しないと動きません。電力については専門家がいろいろ研究されているでしょうが、素人として考えてみたいと思います。

 電力は発電所で発電する集中型(現行の発電、風力発電、地熱発電等)と各事業所や家庭で発電する分散型(燃料電池、太陽光発電、一部の風力発電等)があります。集中型はタービンを回す蒸気を、より高温にするほうが効率が良い。が、高温にしたとき排出される熱のたいていは排熱として捨てられる。また、発電所で発電するので電気を伝送しないといけない。常温超電導物質はまだ発明されていないので電線の抵抗によるロスが無視できない。(5%程度あるらしい)

 ところが分散型の場合たとえ発熱したとしても熱を給湯器に蓄え給湯できる。無駄な排熱は相当下がる。もちろん太陽光発電は発熱すらない。電気を伝送することも不要で伝送ロスもない。

 こう考えると集中型の発電より分散型の発電のほうが優れているのではないかと思われる。従来も事業所などで発電所と同じような装置で発電していたところもあったようですが、効率は発電所より良かったでしょうが、大差なかったのではないかと思われる。

 今、燃料電池はガスまたは石油(灯油?)をエネルギー源として発電し、排熱を給湯器に蓄熱するらしい。効率は火力発電の2倍以上あるらしい。したがってCO2は発生するが発電所の1/2以下である。私は燃料電池に魅力を感じる。将来、技術力が上がり水から水素を安価に大量にかつCO2の発生を極力減らし造ることができれば申し分ない。そうなれば燃料電池の勝ちは見えている。

 私は家計に余裕があれば、家の電力を燃料電池と太陽光発電と今のインフラの発電所からの電力(20%以下に抑えたい)で賄いたいと思う。この方向に世の中が進んでくれればなあと思う。

                                        2009/7/14
                                        ブラックホール
 
 

魂の不滅性

 
目次  http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
 

                        「宗教 魂の不滅性」


 魂はちょっと修行しに、試練を受けに体を持ってやってきている。それがこの世すなわち四次元の世界だ。

 生まれて一歳を過ぎると、痛さに強い子、母親と離れていても割りと平気な子などその子の性情が現れる。親に似ているとか、祖父母に似ているとかいろいろ言う。四次元世界になれすぎた大人には赤ん坊の違いすなわち魂の違いが判りにくくなっているのかもしれない。

 人は苦労に直面する。お金を使うより儲けるほうがどれだけ大変か。しかし、儲けなければ生きていけない。人にぶち当たるより仲良くするほうがどれだけ大変か。しかし、仲良くしたい。こうして人は成長する。魂は成長する。

 人は死ぬ前になれば丸くなると言う。魂が成長したのだ。生きてきた苦労による効果が現れてきたのだ。死ぬとき全てを捨てていくのではない。四次元の世界を捨てるのだ。もともと四次元の世界のものは始めから何もなかったのだろう。しかし、生きてきて成長したものは確かにある。

 魂の世界は不滅と言うより、魂の世界が根底の世界で人生よりはるかに長く続いていると考えたほうが適切かもしれない。生まれる前に全てを忘れ去ると言うより、もともと四次元の世界とは縁がなかったのではないか。現世(四次元の世界)はほんの一瞬の出来事ではないか。

 と思うこともできる。

                                        2009/7/7
                                        ブラックホール
 
 

 
目次  http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
 

                         「宗教 魂」


 魂の存在を認めたほうが、人を内面からでも外面からでも理解しやすいのではないか。

 人は努力する。スポーツで自らの記録を破ろうとする。生活で困難を乗り越えて自らの目標を達成しようとする。

 スポーツで自らの記録を破ろうとする。しかし、いくら努力しても破れない。くじけそうになる。しかし必死で乗り超えようとする。例え記録を超えられなくても自らの強さは以前に増して強くなる。これがスポーツの効用だろう。

 社会で会社で今までに何度も失敗した。それを覚えている。次回は別の対処をしよう。今までの経験を解析して、別の対処法を考え、別の対処をする。これは確かに頭の解析による結果であろう。

 しかし、別の対処をしても成功するとは限らない。このときどう粘るか。どのようにして粘るか。正しいと思ったことを押し通すより手はない。そこで正しいと思ったことを押し通す。以前は実行できなかったことを粘りで実行しようとする。これはどういう力なのか。魂の強さである。今までの対処で身につけた魂の強さであると私は結論する。

 スポーツにしても会社での努力にしても、実行し続けるうちに魂に強さが備わってきたのだ。

 やさしさは個人差はあれ、もともと人に備わったものであろう。親にやさしくされ、やさしさは伸びていくのであろう。

 しかし、社会に出るとそうとばかり言っておれない。上司から攻められる。同僚は競争意識の塊のように見える。自分にとってきつい話ばかり聞かされる。徐々に自分に対しても人に対しても厳しくなっていく。人に対して厳しくなった人はやさしさを忘れていく。自分に対し厳しくなった人はやさしさを保ちながら自分に厳しくなれる人もいる。このような人が本当にやさしいのであろう。

 このやさしさはどこに蓄積されているか。頭ではないであろう。頭でやさしくしようとしても、厳しい現実に合えばもろく崩れてしまうであろう。心が優しくなったというより、魂の中でやさしさが堅固になったと考えた方が正しいのではないか

 学習で得たものや経験で得たものは頭に残るであろう。しかし、強さややさしさは頭に残る、心に残るというより、魂が強くなった、魂がやさしくなったと考えたほうが自然ではないか。

 そういう意味で、体、頭、心、魂の存在を認めたほうが自然ではないかと思う。私は「体および頭」と魂の連絡役が心ではないかと思う。体と頭が直面した事態により心が影響を受ける、それが魂に伝わる。この状態が続き魂は徐々に変化する。また、強い魂を持っていれば心が強くなり、ひいては体や頭も強く物事に対処できるようになる。

 人間本来の性情である強さ、素直さ、やさしさ、向上心、愛、平静さ、捉われのなさは魂に蓄積されたものである。それらにより心や頭が影響を受ける。逆に頭や心から魂は徐々に影響を受けると考えたほうが納得がいくのではないかと私は思います。

                                        2009/6/30
                                        ブラックホール
 
 

自己

 
目次  http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
 

                             「人 自己」


 心に映るもの全てが自己であるのであろう。

 心にないものは見えない。心に映らないものは自己にはないものである。したがって知る由もない。想像だにできない。あいつは悪い。自分の心にもその悪さはあるのだろう。あの人は優れている。自分にもその優れた点が芽生えつつあるのであろう。あいつはひねくれている。自分にも同じようなものがあるのであろう。

 他者も同じように人それぞれ自己を持っている。他者の自己など思い測る以外知る由もない。

 ある人は自分が完全に正しいと思っている。人の考えなど受け付けない。人の考えを聞いても自分なりに判断するだけで、それで満足している。そうではないのかもしれない。自分の考えられる範囲で一生懸命考えているのかもしれない。

 私の考えられる範囲で彼はこうするだろうと推定する。しかし、違った。全く逆の行動をした。次のとき、彼はこうするだろうと推定した。しかし、違った。まったく逆の行動をした。こういうこともたまにある。それが正しければ彼は天才か。それが良くなければ彼は一体何を考えているのかとなる。

 人により違いはあるが外面世界は感覚や感性に刺激を与える。人に訴える。一般的に外面が訴えるものは70%くらい誰に対しても同じであろう。花を見てきれいだと思う。しかし、いけばなの上手な人や芸術家はさらに深い感銘を受けるのであろう。確かにこの深さによって人の個性は変わる、人の深みは変わる。しかし、花はきれいだという思いは90%の人に共通だろう。

 人の行動を見て人は共感する。一部の人はより大きく共鳴するであろう。一部の人の共鳴は少ないであろう。これは人の個性である。

 外面を見てかなりの人は共通した感銘を受ける。

 法を見て人は当然だと思う。それを破る人もいる。が、破った人はたいてい悪いことをしたと思うのであろう。法以外にも道徳や倫理がある。たいていの人はこれらを守ることは正義だと思う。もちろん破る人もいる。「法や道徳や倫理や宗教が世で普通に通る」と言うことは、人々の間で内面に共通したものがあることを示している。

 電車でお母さんと娘さんが二人並んで腰を掛け笑いながら談笑している。見ていると間違いなく心がつながっている。これは極端な例だが、人は他者と話をするとき心がある程度つながっているのではないか。一言聞いただけで何も推察していないのに、その先が判るときがある。それは心がつながっているせいではないか。

 自己があり、他者があり、目に見えるものがある。
自己にない他者の個性があり、それは私にはわからない。他者にない自己の個性があり、それは他者にはわからない。自己にも他者にも共通している個性も多くある。また、自己と他者が直接的ともいえるほどつながることもある。

 世の中、外面だけでも、自らだけでも、心に映るものだけでもない。

                                        2009/6/23
                                        ブラックホール
 
 

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