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「人 自己愛」 昨年末から,サチコさん(http://blogs.yahoo.co.jp/syoujitosachiko/58410433.html)が自己愛について長い間論じておられました。私はそれまで自己愛は不要だと思っていましたが、ある自己愛は必要だと思うように少し変わりました。 自己愛は良い点もあるが悪い点も大きい。自己を愛するがゆえに目がくらみ正しく見ることができない。見ても自分の色がついてしまう。利己主義にも発展しかねない。 自己愛は捉われにも結びつく。自分の考えを押し通そう。自分の価値観を押し通そうとしてしまう。時には自分から離れて見ることができなくなってしまう。自己愛はそれほど見方の狭いかたくなさを生んでしまうことも大いにあり得る。言い換えると中庸というものから大きく離れてしまう。中庸を求めるためではないが中庸でなければ正しく判断できないことも多いのではなかろうか。 自己愛は自己の発展性をも阻害してしまう。心が自己に捉われてしまうと、自己の伸びていく方向が限定され広がりが絞られる。また、方向を間違ってしまうこともある。 自己愛は欲の元でもある。自己愛がなければ極度に膨張した欲も生まれないのではないだろうか。例えば今日の金銭欲のような。 自己愛は欲を膨れさせているのではないか。過ぎたる自己愛は問題である。 自己愛と外面欲と外面的積極性が重なると利己主義になる。男性にはこのタイプが多い。普通、女性は外面的積極性は比較的少なく、利己主義というより自己愛があらわになっている。女性の自己愛を減らせば、男性の利己主義を減らせば人は輝くのではないだろうか。自己愛を減らすこと、利己主義を減らすことは非常に重要である。と私は思う。 自己を愛せないものは他者を愛することはできない。この点で自己愛はなくてはならないものでもある。 清廉な自己愛は必要かつ欠くことができないものであろう。見返りを求めない愛と同様、自己を利そうとしない自己愛は非常に大事であろう。この種の自己愛を持てば自分をも含めて全てを大事にすることができる。この種の自己愛を持つことで他者とのかかわりもうまく行くと思う。なければ通り魔事件やいじめにもつながりかねない。清廉な自己愛は欠くことのできない重要な資質であろう。 2009/6/16
ブラックホール |

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