経済の時代から心の時代を開く

経済の時代(お金第一主義の時代)は行き詰りかけている。次の時代は?

心の時代を開く

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目次   http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39024171.html


                       「新しい社会 甘さの感覚3」


 前回の続き
 偏見かもしれないが中国の儒教信奉に問題があるのではないか。中国の騙し偏重は儒教信奉から来ていないかと思う。

 孔子、孟子は正しいこと、良いことを教えているのだと思う。が、孔子、孟子は人間である。「彼らは人間で、誰でもがそこに行きつける範囲にある。」というのは果たして信奉対象としてよいことであろうか。孔子、孟子の考えに人は行き着ける、考えれば同じことができる。人間は最高点に達することができる。これが聖人でない普通の人におよんで、上に行ければよい、が昂じて、例え騙してでも人より上に行こう。となると結論できないであろうか。

 10年ほど前、香港に旅行に行ってブレザーと指輪を買った。ブレザーは家に着いて見ると違う安ものが入っていた。指輪はこれが良いと思ってこれをくださいというと、店員はそれを指に嵌め、いろいろ言って離しそうにない。しばらくすると紳士に見える社長と言われる人がやってきて、親切そうに、もの静かに説明を始めた。その物腰に感じ別のものを買った。日本で見てもらうと騙されていた。

 日本ではこんなひどいことは起こらない。現在の中国の偽物騒動などを見て、凡人には人の存在とかけ離れた絶対的に近い存在が必要ではないか。言い換えれば信じることのできる絶対的な神または仏が必要ではないかと思われる。

 このような中国人に対し、厳しい人間だと友達は言う。しかし、私は中国人は甘い、絶対的なことに対して甘い、人に厳しく、自分に甘いと思う。

 これも偏見かもしれないが、「アメリカ人は現実を処理することばかり考えている。」、「罪を犯せば懺悔すると良い。」としか考えない。現実の次は宗教である。その中間の自分を責めるという考え、心の考えに欠けていないか。宗教に行き着くまでの段階として心の段階があるのではないか。アメリカ人は心の段階が飛ばしていないかと思う。

                                        2008/1/24
                                        ブラックホール

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                      「新しい社会 甘さの感覚2」


 前回のつづき
 子供にも厳しくすることが必要なときがある。
 娘が高校1、2年生のとき娘の友達が○○連合という暴走族の子と付き合っていたらしい。○○連合のなんとかから家に電話がかかってきて、娘を出せという。私は出せないと断った。そうすると家に行くから家の場所を言えと言ってきた。私は家を教えた。来たら殴られるであろうと思い、門の前に立っていた。しばらくすると家の前の路地を単車が2台通った。その後も待っていたが、誰も通らない。なにも起こらなかった。さっきの2台がそうかと思った。私は少し大きめの身体なので何もなく終わったのかなと思った。

 後で娘に聞くと「そんな人は知らない。友達が暴走族の子と付き合っている。」と言う。このとき、私は娘の話を聞いただけだった。

 しかし、娘が大学2、3年の頃帰りが遅いことが続いた。夜の12時前後に帰る日が多くなり、私は厳しくすることに決めた。遅くなるたびに帰るまで待って、厳しく叱った。玄関に座りじっと帰りを待った。ときには平手打ちを喰らわしたこともあった。言い合いになったこともあった。その後おさまり、おかげで娘は無事に一昨年結婚した。

 責めても意味の無いとき、責めないといけないときをよく見極めて責めるべきだと思う。それもただ単に厳しくするだけでなく、子供のことを本当に考えてそうするべきだと思う。人に厳しくするときは相手のことを思い、やさしい気持ちをもって厳しくすることが重要だと思う。そうでないと上手く行かないのかもしれない。
つづく

                                        2008/1/21
                                        ブラックホール

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                       「新しい社会 甘さの感覚1」


 自分に厳しく、人に甘い。人に厳しく自分に甘い。どちらが本当に厳しいか。もちろん自分に厳しく、人に甘いほうが厳しいと私は思う。また、そうなりたいと思う。あの人は厳しい人だと思うのはどちらか、友達に聞いてみた。たいていの人は人に厳しい人を厳しいと思っているようである。会社勤めのときに何か合わないとよく思ったが、残念ながらその人たちは自分に甘く、人に厳しかったようだ。

 「自分に厳しく、人にも厳しい。」または、「自分に甘く、人に甘い。」ということは普通起こらない。この厳しい社会で自分に甘ければ、人に責任を転嫁せざるを得ず人に厳しくなってしまう。今は自分または誰かに責任を転嫁しないと済ませられない社会である。自分に厳しければ、人の立たされている状況に同感でき、理解でき、人にやさしくかつ甘くなる。

 私は上司は自分より全ての面で優れていると思い、ときには苦言を呈したがたいていの場合受け止めてもらえなかった。お前は自分に甘く、人に厳しいと指摘されているようであった。人に厳しく、自分に甘くはなりたくなかったのだが、そう思われたのかもしれない。

 しかし、自分に厳しく、人に甘い人も子供や人を育てようとした場合、相手に厳しくする。そのようなときのみ人に厳しくする。これは社会にとって必要なことである。ただし、本当に相手のことをおもいやり、本当のやさしさを発揮することが要求される。

 自画自賛であるが、会社時代私の部署に長期に応援に来ていた若い女子社員がいた。彼女を育てようと思った。彼女は技能的にも劣り、仕事をする心構えもできていなかった。少し親しく話ができるようになってから、仕事を厳しく教えた。技術的にも、精神面でも厳しい要求をした。彼女は泣き出した。それでも厳しさを続けた。毎日毎日私が指導すると泣いた。

 本来の部署の女子社員二人が、「どうして彼女ばかりに厳しくするの。ほかにもっと厳しくしないといけない人がいるでしょう。」と私に訴えに来た。「しっかりさせるためだ。」とだけ答え、厳しさを続けた。3ケ月くらいであったと思うが彼女は仕事ができるようになり、私に打ち溶けるようになってきた。しっかりと業務をこなせるようにもなった。泣くこともなくなった。応援は一年くらいで終わり彼女は元の部署に帰って行った。彼女は仕事の素養ができ、本来の部署でも快活に仕事をこなせるように変わっていた。訴えてきた女子社員はもちろん判ってくれた。

 もちろん彼女を育てようとする気持ちがなければ上手く行っていなかったと思う。
 つづく

                                        2008/1/17
                                        ブラックホール

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                        「生かす 精神的成長状態」


 精神的成長状態とは、やさしさ、強さ、あたかかさ、深さ、素直さ、ありがたさを感じる心と私は思います。これを見ると仏の心と言われているもののように思います。多くの人は年老いてここに辿り着くように思われます。私の年頃ではお金儲けに走っている人はまだお金儲けに走っているようです。昔、暴力を振るっていた人は今はやさしくなり冗談を言い合って話し合うことができるようになっています。しかし、ここまで来て精神的成長(心と魂の成長)に至ってももう遅い。このような社会は大昔の社会となんら変わらないと思います。

 精神的成長状態(やさしさ等)を得ようとし生きることは抽象的で難しい。自転車に乗るよう前に向かって転ばず目標を持ち、進むことにより精神的成長状態は得られるのではないでしょうか。「石は川原を転がりながら丸くなっていく。」と小学校時代教えられましたが、石と同じでは自然作用と同じです。精神的成長状態を目指し(心と魂の成長を目標とし)向上心を持ち、生活することでよりやさしく、より強く、より丸く、より早く成長できると思います。これでやっと石を超えることができるのかもしれません。

 精神的成長状態(やさしさ等)を得るもっとも日常的で容易な手法は、「心と魂の成長」がより最終目標に近い目標であることを認識しながら、仕事、お金儲け、育児、悩みとの直面、スポーツによる鍛錬をすることでしょう。心と魂の成長を目標にしなくても精神的成長状態は得られるが、時間がかかり、その状態に至ったときにはすでにもう活力はほとんど衰えている。石と同じにならないことである。

 精神的成長状態が得られてもっとも効果が発揮されるのは、それぞれの人が成長して私欲にとらわれない議論をし、新しい社会を生み出していくことと思います。このように議論できると社会、人ともにより一段成長できるでしょう。現在の社会問題は全て解決すると思います。

                                        2008/1/14
                                        ブラックホール

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                       「新しい社会 最大多数の最大幸福」


 「最大多数の最大幸福」はご存知ですが、ベンサムが19世紀初頭に唱えた思想で、現在も100%に近い多数の支持を得ています。ベンサムの思想に詳しいわけではありませんが、19世紀初頭といえば少数の貴族、権力者が支配していた時代です。その時代に民衆の幸せを願ったこの思想はいうまでもなく高貴な思想であったと思います。

 アメリカの台頭とともに民衆の意見が重要視されるようになってきました。日本でも高度成長時代以降、民衆の意見が通り始め、経済的にもある程度満たされ、今までにない最大多数の最大幸福は実現しています。「最大多数の最大幸福の基本的構想は既に達成された。」と言っても良いと思われます。

 少数の権力者が支配する時代に民衆を救おうとして考えられた高貴な思想は今では「最大多数の最大欲望の実現」に変わってしまった。「最大多数の最大幸福」は、もちろん私も十把一からげですが、十把一からげの大半が最大欲望を満たそうとする考えの基盤になってしまっている。“力を得始めた十把一からげ”の大半が私欲だけに走って世の中治まるはずがない。

 最近はネットカフェ住人なども生まれ、格差拡大の解消が叫ばれている。十把一からげの中の弱者をどのような機構で富を配分し救うかではなく、もっと基本的な新しい考えが必要である。NPO頼り的な考えでは格差の解消はおぼつかない。「最大多数の最大幸福」を包含した新しい思想が必要になってきている。

                                        2008/1/10
                                        ブラックホール


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