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目次 http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39019598.html
「宗教 金融1」
金融危機が訪れたが、私は金融という考えは間違っていると思う。
金融は0をいくらでも増やしていく。万から億へ兆へ京へ。これは生きることの本質ではないであろう。ただただ欲を追いかけているだけであろう。少しでもよい暮らしをしたい、0を増やしたいと考えるだけで、生きる本質とはなんら関係ない。
生きるためにはそんなにお金は要らない。京や兆など不要である。しかし生きるためのお金が必要なことも確かだ。
断言する。利子を増やす金融は間違っていた、いる。してはいけないことであった。人間は弱い。欲が欲を生み、欲を増長させているだけである。
いつかは知らないが、利子が生まれた頃お金持ちはお金を増やしたかった。人は当時の貴族やお金持ちにあこがれていた。せめてお金だけでもと徐々に人は考えるようになっていった。そのときお金持ちを手本にしたのが間違いであった。これがアメリカンドリームで加速され世界に広まった、広まりつつある。
お金があれば金融の原理でどんどん増やせる。会社に投資すれば、会社を興せばどんどん儲かる。儲ければ儲けるほど儲けたくなる。欲に際限はない。これを地でやっている。今やお金儲けは信仰の対象にまでなりかけている。人としての基本まで忘れかけてきた。
本来どうあるべきか。欲を際限なく追求すべきか。欲の追求に人の存在価値はあるのか。私はこう考える。人は修行のために生まれてきた。自らの成長が目標である。仕事をしお金を儲けるとともに成長する、人との関係で悩み成長する、スポーツで挑戦し成長する。しかし、楽しみもある。楽しみで疲れを取り、次の成長へ、新しい試練に向かう。「楽しみのため、楽しみを追求するため、欲を広げる。」これは逆転の発想だ。金融に溺れ、お金を追求することは本来の人の道から外れている。
金融を生んだことが間違いである。お金に利子をつけたことが間違いである。
つづく
2008/11/10
ブラックホール
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