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目次 http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39019598.html
「社会 お金に対する幻想1」
中の下の程度の生活を求めることは現実的に必要かつ重要なことである。しかしそれ以上のお金を求めることは幻想を求めることである。決して現実を求めているわけではない。
お金を儲けて、人並みの暮らしをしたい(楽な(中程度の)暮らしをしたい)、贅沢な暮らしをしたい、ステータスを得たい、信頼を得たい、名誉を得たい、人を使いたい、人の心を買いたい。これらがお金儲けをしたい理由である。
人並みの暮らしをしたい。普通程度の服を着たい、時にはおいしいものを腹いっぱい食べたい、自分の家を持ちたい、海外旅行も一度はしてみたい。よく判る。当然とも思える。
贅沢な暮らしをしたい。ちょっと古いかもしれないが六本木ヒルズに住みたい、高級外車に乗りたい、名士会に所属したい。これを遣り出せばきりがない永遠のループである。やり遂げず途中で止めることもできる。しかし、やりだした人は深みにはまりなかなか脱出できないのも事実である。
ステータスを示したい。社会の上位にいることを示す。上位にいることを示したい。新幹線はグリーン車に載る。今は普通座席といえど開業当時のグリーン車の乗り心地よりまだ乗り心地が良いと思われる。しかし、静かにゆったりと乗りたい、下層と思われる人から離れて載りたい、差をつけたい。これをやりだすときりがない。きりがない虚栄である。JRも少しでも儲けたい。お金で示す虚栄とお金儲けのため虚栄である。またこのようにしてしかステータスを示すことができないことも情けない。グリーン車は普通車に比べ無駄が多い。
信頼。お金持ちは確かに信頼できる面もある。努力の結果儲けたお金であることが多く、その努力をたたえたい。お金のない人は信用されにくい、また良くないことげすいことに巻き込まれることも多い。お金がなくても信頼できる人は多い、しかし一目で信頼できるかわかりづらい。しかし、一目での信頼は裏切られることも多い。
信頼できるかどうかはお金ではなく、絶対的に人柄である。お金持ちはお金持ちしか信頼しないという面もある。社会一般の目標がお金ではなく別のものになれば、それを得られれば信頼できるということになる。
つづく
2008/10/17
ブラックホール
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