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目次 http://blogs.yahoo.co.jp/blackholen2007/39023973.html
「社会 新しい社会」
少し時間的にずれた話ですみません。
− その1 −
「低炭素社会」、「低金利社会」、「途上国の台頭」、「コンクリートから人へ」、「お金に捉われた人から、心に捉われた人へ」私の中ではこの状況や政策は全く納得が行くものである。(最後の「お金に・・・」は私が勝手に付け加えました。)
「低炭素社会」
人は環境や地球に良くない影響を与える力を持つようになってきた。これが良いことか悪いことかは別であるが大きな問題である。とりもなおさず環境や他の生物や微生物に配慮しなければ人類自体が存続できない時代になったということである。
個人の利益を追求するばかりではなく、他者への配慮がより重要になってきたとも言える。自己の欲を追求するだけでは見えない神の手はもう助けてくれない。他者への配慮が重要である。この状態下での生き方は?
人に絞ると、人口の増加が最大の問題である。遅くならないうちに手を打つべきである。
次は貧富の差を解消することが重要である。貧富の差をなくすと返って環境を荒らすという人も居られるが、自分が贅沢しながら飢えようとしている人を放っておくことは許せないというのが私の考えだ。貧国の生活水準を上げることが人道上とくに先進国の人にとって大事であると思う。
他の生物や微生物にとっては環境破壊をこれ以上進めないことが大事である。何でもかんでも自分の利になるようにと考えている強国の人の考えを改めるべきである。もちろん強国だけではない、他の国の人も同様の考えであれば改めるべきである。
今起こりつつある環境破壊は「人類は他の生物と自然と調和を保たなければいけないよ。」と神様が教えてくれているのだろう。「人は自らの欲を折り、周り全てと調和を図るようにならないといけないよ。」と教えてくれているのだ。
考えるべきときがきた。お金の奪い合いに夢中になっているときではない。
「低金利社会」
高金利社会は基本としてお金に利息がつく。金が金を生みいくらでも増える。儲けた人は麻薬のようにいくらでもお金が欲しくなる。他の人を見返らず、失ったものにも気がつかず。また、その立場になれなかった人はいくらでも生活苦に陥る。先代が生活苦に陥れば私も抜け出すのが非常に難しい。抜け出そうとばかり努力し失ったものにも気がつかない。
高金利社会とは労働よりお金のほうが大事だとする社会である。私は高金利社会より低金利社会のほうが優れていると思う。それより金利0の社会もしくはマイナス金利の社会のほうが優れているかもしれないと思う。マイナス金利とはお金を持っていれば目減りしていく社会である。
金利0またはマイナス金利になり、「金融より労働を重視」したいものである。
デフレスパイラルと言われているが、なぜそういう考え方まで一足飛びになるのか。物の供給が多く、人々の購買しようという意欲すなわち収入が少ないので物が売れず価格が下がっているのである。会社の儲けより下っ端の会社員の収入が少ないのである。この点を改善すべきである。収入が上層部に偏ってしまっているからデフレが起こっているのだ。これを改善せずしてデフレスパイラルを恐れるとは収入の多い社会の上層部の身勝手な言い分ではないか。
現在のデフレは労働者の賃金の低さを象徴しているのだ。何も直接デフレがスパイラル化することを示しているのではない。社会の上層部はよく考えてもらいたいものである。デフレの原因は格差である。
労働重視という観点から私は「低金利社会」を肯定する。
つづく
追記
私は原子力発電に反対します。ウランの採掘から発電時の制御、廃棄物の処理や廃棄物の管理、廃炉の処理まで人体に大きな影響を与える可能性は否めません。特に地震の多い我が国ではさらに危険です。もっと安全な手法でエネルギーを得るべきだと思います。CO2を発生しない地熱発電またはエネルギー効率のよい燃料電池などの普及に力を入れるべきだと思います。
原子力発電の問題点についてのご質問はkyomutekisonzairon(http://blogs.yahoo.co.jp/kyomutekisonzairon)さんにお聞きください。適切な回答が得られると思います。
2010/3/16
ブラックホール
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