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philosのブログ(Blog2735から移行しました)
情報社会、哲学、日々の雑感など。吉田寛Hiroshi Yoshida (静岡大学Shizuoka University)が執筆。

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【哲学2017】第九回 「<私>と時間」 (『蟲師』「露を吸う群れ」より)

第8回-  <私>とは何か

先週、「暁の蛇」から記憶=私というアイデアを検討しました。<私>の同一性をめぐる「沖つ宮」の分析に進む前に、記憶と時間そして<私>をめぐって寄り道していきましょう。

「時間の流れない世界」について考えたことがありますか。ダリには「記憶の固執」等作品があります。ドラえもんの「タンマウォッチ」を思い出した人もあるかもしれません。


「露を吸う群れ」については、昨年、一昨年と、「時間論」の文脈で扱いました。
【哲学2015】 日本の思想 5 時間論 『蟲師』「露を吸う群」
https://blogs.yahoo.co.jp/blog2735/56800985.html
【哲学2016】 第六回 『蟲師』「露を吸う群」 と時間論
https://blogs.yahoo.co.jp/blog2735/57312434.html

「時間」は、存在しているのだろうか。それは、流れているのだろうか。私たちが時間を速い、遅いと感じるのはなぜだろうか。主観的な時間があるのだろうか。「時間論」ではこうした問いを検討しました。

今日は記憶をほとんど失ってしまう「暁の蛇」のお母さんの存在について考えましょう。彼女は、記憶を失うことによって、自分とどう向き合い、世界とどう向き合うことになったのか。なぜ、記憶をすっかり失ってしまったラストシーンでは幸福そうな「生」を送っていたのか。それを彼女の息子やギンコはどう受け止めていたのか。そして、それは我々自身の「生」をどう照らしかえすのか。

記憶=<私>だとすると、記憶を失うと、われわれは<私>を失うことになる。自意識を失って、動物のように事物の一つとして生きるということだろうか。
記憶=<私>とは言えなくとも、記憶が我々の意識に時間を生み、その時間の意識こそが<私>の意識を生むということも考えられる。記憶によって、時の流れを相対化することではじめて時の流れを感じることができ、自分自身をそのような流れとして意識する。

記憶されている世界が「過去」だとすると、「過去」は時間の流れの外部にある。時間の流れの外部で、時計は停止し、ダリの描くような世界がそこに存在するのだろうか。そして、その世界の責任者はそう記憶している<私>ということになるのだろうか。

参考:
藤子・F・不二雄 「時間よ動け〜っ!!」(てんとう虫コミックス『ドラえもん』第24巻)小学館、1982
村上春樹『羊をめぐる冒険』(1982)『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』(1985)『ねじまき鳥クロニクル』(1994)新潮・講談社文庫
その他の文献は、2015年、2016年の授業資料を参照してください。

村上春樹の一連の作品は、過去の世界に対する<私>の責任と、現在の世界に対する<私>の責任の関連性をテーマの一つにしているように読める。これは、今回の授業で扱った世界の「存在」に関わるテーマである。

ともあれ、記憶された過去は停止し、我々の生を照らし続ける。我々の将来は、われわれの予期の中で記憶のように長々とわれわれを待ち構えている。そして、人間はこうした長々と過去から未来に伸びる時間を生きている。現在はその間の微分的な一瞬にすぎず、その時間の中に存在するとも言い難いスライスでしかない。だが、「現在」だけが、われわれの意識の外部で生き生きと生きていて、われわれを実在につなぐ場所である。現在がなければ、過去も未来もないはずだ。

「露を吸う群れ」は、記憶と時間をほとんど失い生き生きとした実在を生きる生と、<私>が記憶を含めて責任をもたなければならない長々と伸びる時間を生きる人間意識の生の対比として見ることができるだろう。物語の一人ひとりは、どちらの時間を生きるかの選択を迫られ、視聴者もまた、その選択にからめとられる。
実際にこうした「生」の二つの様態は区別されるのか、区別されるとしたら、物語の提示するようにわれわれはどちらかを選ばねばならないのか、その場合、どちらを選ぶことがそれぞれ何を意味するのか、自分だったらどちらを選ぶだろうか、それはなぜだろうか。こうした問いを考えてみたい。

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    吉田先生、

    ココロは快・不快の体験をもとにした個々の学習によって形成されるものだと思うんです。
    だから、ヒトだけじゃなくて猫だって金魚だってヤドカリだってココロを持っていて、生き物の行動はそれに基づいて発現する(心は存在する)と私は思います。

    そもそも快・不快には共通の基準がなく、あくまで個々の主観によって判断されるものなので、他者によって否定されれば「いや、そんなことはない!」と言いたくなります。
    この、主観を肯定するものが<私>なのではないかと思います。

    [ 黒地に白靴下 ]

    2017/6/9(金) 午前 9:48

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    ありがとうございます。

    経験から心が形成されるというのは、説得力のある立場だと思います。ただし、経験「だけ」から心が形成される(経験論)のか、人間にはあらかじめ心の原型のようなもの、枠のようなものが備わっていて、そこに肉付けされていく(生得説)のかは、立場が分かれるようです。

    快/不快はおそらく重要な経験ですが、これもまた、生得的に備わった力によるものなのか、家庭や社会で学んではじめて身につく経験の枠組みによるものなのか、あるいはそのミックスなのか、難しいところです。

    しかし、素朴な実感として、私自身も、体験が心を形づくるということはとても大切なことのように思います。とくに、情報社会においては、ネットやヴァーチャル技術によって、「体験」抜きの知識や判断が増えてきているようにも感じられるので、「体験」「心」について、掘り下げて考えることがより必要になってきているのではないでしょうか。

    [ philos ]

    2017/6/20(火) 午後 0:23

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    “バーチャルリアリティのリアリティはなぜバーチャルなのか”
    面白いですね。

    この木の枝は何人ぶら下がったら折れるのか、etc..あれは先生の実体験なのでしょうか?
    凍った水たまりに勢いつけて走る吉田少年の姿を想像しましたよ。


    ちなみに私は「折れないギリギリのとこまで」木登りしてました。
    落ちそうになったことありました(汗)

    [ 好奇心を毛皮に包んだ生き物 ]

    2017/11/26(日) 午前 0:15

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    木登り、されてたのですね。ここで「私も実際に…」とは言えないですが、子どもってそういうことをするものですよね。
    子どもを見ていると、つまらないただの山みちでも、こどもは新しい遊び、新しい「試し」をつねに考えだす存在だと思います。
    そういう「遊び」がない建築や町並みはさびしいですが、設計者があざとく誘導しようとしていると感じることもあります。
    子どもたちが自然に、ある程度安心して木登りできて、大人たちもうまく見守ることのできる町があったらいいですね。

    [ philos ]

    2017/12/11(月) 午前 10:00

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    息子が昨日「大学の図書館で面白そうな本を借りてきた」と見せてくれた本の中に平野啓一郎“私とは何か 「個人」から「分人」へ”がありました。

    机の上に置いてあったので、どれどれ私も・・と思い読み始めたら面白くてするっと読み終えてしまいました。

    この本で述べられていたことは「分人思想」のみならず多様性についてや「なぜ人を殺してはいけないのか」、「恋愛」を恋(一時的、激しく強い感情→継続性はない)と愛(継続性が重視される→より一層相手を愛する、相手に感謝する)との二つに分ける、などの説明も大筋で納得のいく内容でしたので、何だか平野氏に“模範解答”をもらったような気分にさせられました。


    そう、とても納得できるんです。でも、まったく同じではありません。
    疑問がとけてスッキリしたはずなのに、脳みそが止まりません。
    「これにて一件落着」にはなりません。

    [ フィラリアやだ ]

    2018/11/27(火) 午後 5:56

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    ♪永遠なのか 本当か 時の流れは続くのか
    いつまで経っても変わらない そんなもの あるだろうか (情熱のバラ by甲本ヒロト)


    鉱物ですね。

    大地は絶えず動いていますが、石ころになって地表面に出てきたらその性質を変えることはないでしょう。
    不純物のない宝石よりも流紋岩や変成岩のほうが生成されたときの記憶を物語っているようで興味深いです。



    暇だったので、高速道路でもらえる“サービスエリアガイド”裏面の広域地図を見ながら緑の蛍光ペンで「2000m超の山は◎、1500m超は〇、山と峠に✔、尾根を線で結んで・・」とやっていたらだんだん濃淡ができて立体的になりました。
    で、仕上げに糸魚川と天竜川を青ペンで塗ったらおぉ!中央構造線。

    一昨年前に高校の地学で「夏休みに地層の写真を撮って来る」という課題が出され、帰省ついでに大鹿村のジオパークに行ったことを思い出しました。
    こういうスケールの大きな学問は年齢を重ねてからやると面白いのかもしれません。

    [ ブルーハーツ ]

    2019/3/9(土) 午後 3:40

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    「お前は娘ではない!この子らも孫ではない!お前の涙でもろともにおぼれ死んでしまえ!」
    この恐ろしい呪いが口を出るとともに、あたりのものはすべてさまを変え、岩になった。
    いま見える山々は、みなこうしてできたのじゃ。

    (ポーランド民話 “モルスキー湖”より)

    モルスキー将軍の美しい娘が、父の遠征中に言いつけを守れず他国に嫁いでしまったのです。
    故国を守れなかったその怒りが険しい山脈をつくり、娘の涙が“海の瞳”と呼ばれる湖になりました。


    民話も、口伝により保存された歴史のデータのうちのひとつです。


    ポーランドのシュレジエン地方はアルプスヒマラヤ造山帯の一部をなすタトラ山地の北側にありますが、鉱物資源が豊富であり、産業革命以前から“岩塩”の産地に隣接する町としてオーストリアやプロイセンなどのあいだで争奪戦が繰り広げられました。

    現在ではヴィエリチカ岩塩抗は世界遺産となり、タトラ山地はスロバキアの国立公園として環境保護が徹底されているとのことです。

    [ 地学×世界史 ]

    2019/3/13(水) 午後 6:28

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    チェコやスロバキア、ポーランドの国境線は今では山の尾根に添った自然な形に設けられていますが、9世紀ごろからここに暮らした西スラブ系の民族はたえず大国の支配を受けることとなりました。

    しかしそれでも民族の誇りを捨てることなくナショナリズムを発揮できたのは、文化を正しく継承するこうした民話(歴史データ)のおかげだったのだと思います。



    ところで、今の私たちが未来に誇りをもって伝えられるものって何でしょうか。

    [ 地学×世界史 ]

    2019/3/13(水) 午後 6:28

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    人々の体験に基づく記憶の集合体が歴史だとして、
    それを電子データ化してバーチャルに体験したところで同じ感情が生まれるとは限りません。


    生身の体、自然界にある物質、気象条件、こうしたものをすべて“ただのデータ”と無機質に電算処理して思い通りにコントロールできると勘違いし思いあがるやつは

    ショパンの“革命”をただの“ピアノの超絶技巧”ぐらいにしか思わないでしょう。
    1830年11月のポーランド反乱もテストで「〇ひとつ3点」、程度の価値でしかないでしょう。

    こういうくだらない連中が哲学(生き方について自分の頭で考えること)をないがしろにするから“命の価値”がカネよりも軽くなっていくのだと思います。

    隣国にアウシュビッツがふたたび生まれるのだと思います。

    [ 他山の石 ]

    2019/3/15(金) 午後 6:37

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    前述したポーランド民話“モルスキー湖”の最後のほうではこのように語られます。

    「娘ごは言いようのない悲しみの心で、いまはなんの値打ちもなくなった宝と宝石をここ(湖)に投げ入れた。その後拾い上げられたという話じゃが、その宝はだれにも幸せを持ってこなかった。

    山と水のほか何もなくなってしまうと、モルスキーさまの娘ごは自分もみずうみの一つに身を投じて、果ててしまわれた。」


    歴史から思想を学ぶのは大切だと思います。

    [ ただの石ころの価値 ]

    2019/3/15(金) 午後 6:38

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    少し前の“ネットニュース”のタイトルに
    「真面目な公務員が過労死で自殺した理由」
    などという滅茶苦茶なものがありました。

    馬鹿馬鹿しすぎてもちろん読む気にはなりませんでした。

    こんな国語力のない“現代ビジネス”記者には、人間の命の問題を扱う前に
    「不真面目なリーマンが二日酔いの頭痛で頭が痛い理由」
    についてひとりで沈思黙考してもらいたいものです。

    右か左か、しか考えないやつらも同様です。



    生きているあいだは何とでも言えます。
    しかし死んでから自分の考えを改め発言を訂正するなど不可能です。
    そんな当たり前のことがわからないほど愚かだから言いたい放題言うのです。

    これが、私が「奴らには命の重さ(価値)がわからない」と思う所以です。

    個々にとって時間とは即ち命だと思います。

    [ 失ったら戻せない ]

    2019/3/17(日) 午後 6:29

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