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当ブログでは、東日本大震災で被災された方や復興を支援する方からのブログ投稿をご紹介しています。
今回は2011年12月19日にピックアップした投稿をご紹介します。
船を安全な場所に陸移動する作業。
予定が変更になり、昨日の午後にやりました。
同じ隣村の普代村・太田名部漁港内の陸です。
大型クレーンとトレーラーと作業員などを動員しての大掛かりな移動作業でした。 「がれき撤去」という一番目立つ活動はほぼどの地域での終息に向かいつつあります。ただ、これはボランティア活動が必要でなくなったということを意味するわけではありません。
避難所という被災者全員の姿が一望できる状態から仮設住宅に移ったという見えにくい状況に変わっただけで、課題が見えにくくなったということかと思います。 がれき片付けが早いスピードで進み、津波の痕跡が少しずつ無くなっていっても、残されたご遺族の方々の心の傷が癒えるには相当な時間が必要です。犠牲になられた方々のご冥福をお祈りするとともに、残された人達に早く穏やかな日々が戻ってくることを願ってやみません。
自分はは阪神淡路大震災の時、自分が被災地に何をしたか?
今思い返してみると少しの募金をしたくらいで他には何もしなかったと思います。
それが今自分自身が被災をして、全国の皆さんに心配や応援を頂いている。
情けないやら、申し訳ないやら・・・。 今日は大船渡市赤崎地区の仮設住宅にお手伝いに行ってきました。
ご婦人たちが集会所に集まって、クリスマスリースを作りました。
「きよしこのよる」を歌ったときは、涙ぐむ人もいました。
現実的には、厳しい仮設住宅での生活がまだ続きます。 私は更に海の方へと先に進みます。
すさまじい瓦礫の山が続きます。
これらの瓦礫は、ゴミとして出されたものではありません。
人々の日常生活の中にあったものが流され、やむなく集められたのです。 |
日記
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転載します。
2011/12/22(木) 午後 0:12
FacebookのYahoo!ブログから飛んできました。転載致します。
2011/12/22(木) 午後 1:18
なぜ?
一番上画像ないの???
2011/12/24(土) 午前 11:20
初めてブログを見させていただきました。
長崎の人間ですが、当初は何も出来ない自分に自己嫌悪になり、引きこもりになってしまってました。
今、やっとブログを見る事が出来ましたが、やっぱり自分の無力さに涙が出てしまいました。
まだまだ復興しきれていない状況、被災者の方々の気持ちを考えると、本当にやるせない…
私にも出来る事を…と、思っても何もできない…
被災者の方々は、とても前向きに頑張っていらっしゃる。
私が落ち込んでる場合ではないと、仕事に復活して、沢山のありがとうの言葉をもらっています。
まだまだ支援が必要だし、問題も山積みでしょうけど、諦めず前を向いて、上を向いていくしかないですね。
私も何も出来ない事を悔やんで泣いても、なんの手助けにも、心の支えにもならない。
共に未来に向かって、歩いていきましょう。
2011/12/27(火) 午前 1:31 [ さちりん ]
転載させて頂きます。
2011/12/28(水) 午前 9:54
このような記事は被災者であり、ボランティアに携わる私には大歓迎です。 ポチ☆
お気に入り登録しましたのでまた来ます。
転載させていただきます。
2011/12/29(木) 午後 4:08 [ moriizumi arao ]
いつもおりがとうございます。
出遅れましたが、ポチと転載させていただきます。
2012/1/6(金) 午後 7:53 [ 久留米大学国際協力サークルWorcal ]
もう九ヶ月でなくまだ九ヶ月です
まだ地震に怯えガソリン満タンにしないと怖い
2012/1/10(火) 午後 7:44 [ るりの ]
もう九ヶ月でなくまだ九ヶ月です
まだ地震に怯えガソリン満タンにしないと怖い
2012/1/10(火) 午後 7:46 [ るりの ]