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The KLF - What Time Is Love

The KLF - What Time Is Love

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皆様真夜中に今晩は
連休明けでちょっと疲れが溜まっています

ちょっと元気になる様なクラブ系を聞いてました
かえって眠れなくなちゃうな(笑)




The KLF - What Time Is Love (7'') (1990) - YouTube


解説長いです(笑)
The KLF
The KLFKopyright Liberation Front ザ・ケイエルエフ、直訳名:著作権開放戦線)は、イギリスのビル・ドラモンドとジミー・コーティの2人からなるハウスユニット

概要
アルバム『Chill Out』において「チルアウト」というジャンルを産み出し、また、次のアルバム『The White Room』から、「スタジアム・ハウス三部作(The Stadium House Trilogy)」と呼ばれるシングル3枚(「What Time is Love?」、「3 A.M. Eternal」、「Last Train to Trancentral」)をリリースし、ハウスシーンに大きな衝撃を残す。その反面、「著作権開放戦線」の名の通りに、無許可で他人の楽曲をサンプリングしてトラックを制作するなど、何度も問題を起こす人騒がせなグループでもあった。また、シンセサイザーを人差し指1本で弾くなど、演奏技術と楽曲レベルのギャップも驚きの対象となった。

歴史
The JAMs
ビッグ・イン・ジャパンのメンバーであったビルと、ブリリアント、ゾディアック・マインドワープ&ラヴ・リアクションのメンバーであったジミーが1987年ロンドンでヒップ・ホップ・プロジェクトThe JAMs(正式名称はThe Justified Ancients Of Mu Mu)を結成する。(このユニットではビルは「King Boy D」、ジミーは「Rockman Rock」と名乗っていた)同年にデビューシングル「All You Need Is Love」をリリース。この曲は、エイズの公共広告やビートルズ(「All You Need Is Love」)、サマンサ・フォックス(「Touch Me」)などを無許可でサンプリングしている。
その後、ファーストアルバム『1987(What the Fuck Is Going On?)』を出す。このアルバムの収録曲もそのほとんどが無許可でサンプリングされたものばかりであり、特に収録曲「The Queen and I」はサンプリングやカヴァーなどを許可しないことで知られるアバの「ダンシングクイーン」を無許可でサンプリングしていた。そのためアバのメンバーからクレームがつき、著作権保護団体MCPSから製造・販売中止の勧告を受け、アルバムの回収もしくは処分とマスターテープなどの引き渡しが言い渡される。そのため直接交渉しようとジミーの愛車(JAMsモービル、後述)でスウェーデンへアバに会いに行ったが会うことは出来ず、街にいた娼婦たちにアルバムをプレゼントしたり記念撮影したりした後、アバの事務所ポラー・ミュージックの前で「The Queen and I」を大音量で流す。その後、JAMsモービルに多く積まれていたレコード『1987』を途中で突っ込んだ畑で500枚ぐらい燃やしていると、それに気付いた農家が銃を発砲したため彼らはそのまま逃げた。さらにその後、帰りのフェリーから250枚以上のレコードを投げ捨てた。
その後"1987"の著作権に引っかかる部分を無音処理した『1987 (The JAMS 45 Edits)』を出す。しかし、処理された部分が多いためほとんど音がしないアルバムとなっている。
翌年リリースされたセカンドアルバム『Who Killed The JAMs』のジャケットには、このアルバムを燃やしている所の写真が使われている。

The Timelords
1988年The Timelords名義でシングル「Doctorin'the Tardis」をリリース、全英チャート1位を記録する(このユニットではビルは「Time Boy」、ジミーは「Load Rock」と名乗っていた)。この曲ではテクノミュージックへ方向転換しているが、ここでもBBCのテレビ番組「ドクター・フー」の音源を無許可でサンプリングしていたため後に法的措置を取られる。またゲイリー・グリッターの曲も無許可サンプリングしていたため、後にゲイリー本人が参加した「Gary in the Tardis」を追加リリースする。この2枚のシングル以外、The Timelords名義でのリリースはない。
その後、翌年1989年に著書「"The Manual (How to Have a Number One the Easy Way)"」(訳「ザ・マニュアル(いかにして楽にナンバーワンをだすか?)」)を出す。

The KLF
1988年にリリースされたシングル「Burn the Bastards/Burn the Beat」からThe KLF名義で活動を始める。
1988年に「What Time is Love?」、1989年に「3 A.M. Eternal」「Last Train to Trancentral」を出す。いずれも「Pure Trance Original」(基本はインストゥルメンタルで一部コーラスが加えられている)としてリリースされており、のちにリミックスされ(後述)代表曲となる。
1989年、The KLFのファーストアルバム兼The JAMs、The Timelordsのベストアルバム『Shag Times』をリリース。続いて映画『The White Room』(未完成)とそのサウンドトラック『The White Room』のアルバムを出す。その後、シングル「Kylie Said To Jason」を発表。ペット・ショップ・ボーイズ風に作ったこの曲は、カイリー・ミノーグジェイソン・ドノヴァンがデュエットでヒット曲「Especially For You」を出していたり、昼ドラに出ていたりしたことをモチーフに、この映画の制作費を稼ぐためにリリースしたが、全英チャート100位以内に入らず(最高位102位)、大きなヒットにはならなかった。またこの年、NEONの「No Limits」など「What Time is Love?」をカバーした曲が多数あることを知った彼らはこの曲を再リリースするとともに、この曲のカバーを集めた『The "What Time is Love" Story』をリリースする。
1990年にシングル「Last Train to Trancentral (Pure Trance 5)」を2000枚限定で出し、さらに初のアンビエントアルバム『Chill Out』を出す。他にもこのアルバムから「Madrugada Eterna」のクラブ・リミックスや「What Time is Love?」の新リミックス、またジュラ島で撮影された何も起こらないビデオ『Waiting』などもリリースしている。
翌年1991年には映画『The White Room』のサウンドトラックであったアルバム『The White Room』をアレンジし、再リリース。Pure Tranceヴァージョンをリミックスした「スタジアム・ハウス三部作」と呼ばれる「What Time is Love?(Live At Trancentral)」「3 A.M. Eternal(Live At The S.S.L.)」「Last Train to Trancentral(Live From The Lost Continent)」等を収録(但し、「Last Train to Trancentral」はアメリカ版と日本版以外は別のバージョンを収録)。この内シングル化された「What Time is Love? (Live at Trancentral)」は全英チャート5位、「3 A.M. Eternal (Live at S.S.L.)」は全英1位、全米5位、「Last Train to Trancentral (Live from the Lost Contient)」は全英2位のヒットとなった。なおこの「スタジアム・ハウス三部作」はそのサブタイトルや聞こえてくる歓声からライヴ・レコーディングされたような感を受けるが、実際にはスタジオだけで制作された架空のライヴ・ヴァージョンであり、聞こえてくる歓声はU2のアルバム『Rattle And Hum(魂の叫び)』などのアルバムからサンプリングされたものである。
そしてこの年の10月、その1年前に「King of Low Frequency」名義でリリースされていたシングル「It's Grim Up North」をThe Jams名義で再度リリース、The Jams名義では最大のヒットとなる。続いて、アメリカのカントリーミュージック歌手タミー・ウィネット(ビル自身が大ファンだったらしい)をフィーチャリングしたシングル「Justified and Ancient」をリリース。『The White Room』に収録していたものをアレンジしたこの曲は全英チャート2位のヒットを記録。そして、「What Time is Love?」をハードロックにアレンジし、元ディープ・パープルグレン・ヒューズをフィーチャリングした「America:What Time is Love?」をリリースし、全英4位を記録。しかし、タイトル通りアメリカ向けに作ったこの曲は、全米チャート57位と不発であった。だが、1992年に日本で深夜に放送されていた音楽番組『BEAT UK』(フジテレビ)では、シングルチャートでNo.1を獲得した。
1992年にイギリスのブリッツ・アワーズで、受賞後のパーティで演奏中にビルが客席に向かって空砲を撃ち、さらに催されたホテルの外に「私はあなたのために死にました、どうぞ召し上がれ」と書いた紙を貼り付けた羊の死体を放置し、会場を去る。その言葉通り同年5月13日、音楽雑誌NMEへ引退広告を掲載してKLFは解散し、The Jams、The Timelords名義のものも含め全てのレコードを廃盤とした。

2K
1997年2K名義で「Fuck the Millennium」をリリースした。元々この再結成は「What Time is Love?」をフェアリー・ウィリアムズ・ブラス・バンドがカバーしたことに端を発しており、この楽曲はリヴァプールでの造船夫がイギリス政府が推進する政策「ミレニアムドーム計画」の煽りで不当な扱いを受けていることに対する抗議の曲である。同年9月17日、彼らはバービカン・ホールで全23分間の復活ライブを行い、同日音声のみがインターネットでも配信された。
2006年にジミー・コーティが、ジ・オーブアレックス・パターソンらとユニット"Transit Kings"を組み、アルバムをリリース。

ディスコグラフィー

en:The KLF discography(英語版)も参照
  • 1987: What The Fuck is Going on? - 1987年
  • Who Killed The JAMs? - 1988年
  • Shag Times - 1989年
  • The "What Time is Love" Story - 1989年
  • Chill Out - 1990年
  • The White Room - 1991年
  • Waiting For The Rights of Mu - 1997年

日本国内でのディスコグラフィー
全て東芝EMI(現・EMIミュージック・ジャパン)からのリリースで、現在は廃盤になっている。
  • アルバム
『ホワイト・ルーム』(The White Room) - 1991年
『MU』(MU) - 1991年、ミニ・アルバム
『ザ・KLF作品集Ⅰ』(This Is What The KLF Is About Ⅰ) - 1992年、シングル3枚組+ブックレット
『ザ・KLF作品集Ⅱ』(This Is What The KLF Is About Ⅱ) - 1992年、シングル3枚組+ブックレット
  • シングル
「3AMイターナル」(3 A.M. Eternal) - 1991年、12cmCDシングル
「愛って何時?」(What Time is Love?) - 1991年、7cmCDシングル、カップリングに「アメリカよ、愛って何時?(America:What Time is Love?)」を収録
「正しい古代人」(Justified and Ancient) - 1991年、7cmCDシングル、タミー・ウィネットのヴァージョンは収録されていない

問題行為
  • 自分たちのレコードをプロモーションするために、広告掲示板や公共ビルなどに巨大な落書きをしてトラブルを起こしている
  • 他人の曲を無許可でサンプリングする
    • アバの曲を無許可でサンプリングした際、そのことをアバ側に説明しようとしたが会うことができず、アバの事務所前において夜中に大音量で音楽を流す
  • ビデオ撮影のためにミステリーサークルをつくろうと、とうもろこし畑に無断侵入しているのを発見される(その後のBBCのニュースで報道される)
  • 宿泊したホテルに羊の死体を置いていく
  • クリスマス当日に、イギリスの音楽番組トップ・オブ・ザ・ポップスでの女王陛下スピーチ後の放送で「3 A.M. Eternal」の演奏を依頼され、クリスマスヴァージョンを作ることになったが、スラッシュ・メタルバンドエクストリーム・ノイズ・テラーとのデュエットを完成し、TOTP側にその演奏を聞かせたところ、出演を拒否される(なお前述したブリッツ・アワーズではそのヴァージョンを演奏した。またシングルが通信のみで限定発売された)。
などにより、悪名高きグループとして知られている

その他
  • ジミー・コーティの愛車は米フォード社旧型ギャラクシーのパトカーを改造したものであり、JAMsモービルと呼ばれる。ジャケットやプロモーションビデオによく登場する。前述のThe Timelordsのシングル「Doctorin' the Tardis」ではこのJAMsモービルがヴォーカルを務めたとして、まるで車がしゃべっているようかの仕掛けも成された。
    • 余談だが、前述のアバに会うためにスウェーデンに行った際、JAMsモービルで保護動物の大鹿を轢き殺してしまったことがある。
  • ライヴでは観客に偽物のマシンガンを発砲したり、ターンテーブルを投げたりしている(特に後者では、ライヴを行ったアムステルダムのクラブに出入り処分を受けている)。
  • 代表曲のタイトルにもなっている「Trancentral」とは、彼らが当初使用していた「Pure Trance」から発展した造語とも、「トランシルヴァニア(Transylvania)」のミススペルとも言われている。彼らは他にもアルバム『Chill Out』に収録された楽曲を「アンビエント・ハウス」と名付けたり、アナーキーを合わせた「Zenarchy」という言葉(彼ら曰く「修行なしの禅みたいなもの」の意)をインタビューで使ったりするなど、数々の造語を作っている。
  • 1991年6月、世界のプレスやメディア関係者に「失われたムー大陸への旅」なる招待状を送りつけ、ジュラ島へ招待したが、その目的は前述の映画『The White Room』のワンシーンを撮影するためであり、参加費や交通費は一切負担しないどころか参加者たちにその映画のエキストラまでさせた。もちろん現地に着くまでその告知は一切無かった。なおこの映画では魔王ルシファーに仕える4人の侍女役に若い日本人女性を起用したり、BGMに雅楽越天楽」を使用したりしていた。またこのときに行われたパーティの模様が収められた「The Rites Of Mu(訳「ムーの祭典」)」という短編映画も制作され、後にMTVでも放送された。
  • アメリカ向けに制作された「America:What Time is Love?」は1992年にリリースされているが、これは1492年コロンブスのアメリカ大陸発見よりも500年早い992年に、The Justified Ancients Of Mu Mu(ここでは海に沈んだムー大陸を再発見するために航海に出た古代人の意)がアメリカ大陸を発見したというコンセプトが元になっており、彼らはその1000年祭を祝うために「What Time is Love?」をリモデルした曲だと言っている。
  • 日本のテレビ番組「タモリ倶楽部」のコーナー「空耳アワー」でアルバム『The White Room』収録の「Build A Fire」が紹介されたことがある。ネタは原詞の"Should I Care"が「白木屋」に聞こえるものであり、景品としてTシャツが出た。[1]
著書
外部リンク

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おはようございます

連休は写真を撮りに出かけました

でも体調がイマイチだったので

短時間で帰ってきたよ(〃▽〃)

今日はもう大丈夫

復活です♪

2015/7/21(火) 午前 5:45 カノン

> カノンさん
こんばんは
今日も暑かったですね
写真撮りにいったんですか?
暑くなかったですか?
あまり長い間外に出ていると熱中症になるので
気をつけて下さい

2015/7/21(火) 午後 9:17 大室寅之祐

こんばんは?
おはようございます?

海猫はもう職場なのですが…
思わずコメントを書いています…

先の記事の曲より海猫的にはこちらの
The KLF - What Time Is Love の方がコメントし易いですね|ω・`)

こちらの曲はハウスミュージックに分類されますが…
一般的?には90年代にDISCOで遊ばれていた方々にはジュリテク=ジュリアナ・テクノミュージックと呼ばれていた曲ですね〜…

この時代(90年辺り)ぐらいからDISCOに遊びに来る客層は変わり始め…
女性達の姿は徐々に露出が多くなりDISCOはストリップ劇場みたいに変貌を遂げていきました…
当時、海猫が居た箱でもこの手の曲がフロアに流れると露出の多い女性客が我先にとお立ち台の争奪戦を繰り広げていましたね…

…そんな時代から20数年後の今、この曲で踊っていた方々は今頃何をしているのでしょうかね?
海猫ですか?
仕事!仕事σ(´•ω•`)!(苦笑)

2015/7/23(木) 午前 3:34 [ 海猫☆彡 ]

> 海猫☆彡さん
職場からのコメント恐縮です
お忙しい時間帯にも関わらずご訪問&コメントして
頂き、ありがとう御座います
この曲も大ヒットした曲ですね
僕の感覚からすると、この91年の曲でもあたらし目
に感じます(笑)
82年のデビューですので(笑)
この曲はまさにジュリテクですね
荒木師匠とか扇子とかを思い出します
この時代に踊っていた女の子達は一体どこに?
いるんでしょうね〜
露出していたのを僕も観てましたよ
もう眺めるしか無い(笑)という感じでした
ブラザーが集まる様なお店ばかり足繁く通っていま
したが94年頃オープンしたヴェルファーレにも何度
か行きました。小室さんとかが全盛じだいですね。
お立ち台って結構争奪戦だったと(笑)思います
僕は脚立に立ってますよ(爆)
この辺りの曲も(クラブ系も)割りと好きです)

2015/7/23(木) 午前 5:56 大室寅之祐

こんばんは!

大室さんは82年デビューですか?
ぢゃあ海猫の方がDISCOデビューは先輩ですねσ(o・∀・o)!(笑)

海猫は75〜79年(5歳〜9歳)には例の身内のDISCOでデビューしていましたから?
…でも、どんな曲が選曲され流れていたのかは記憶にありませんが…⊂⌒~⊃。Д。)⊃…。(全くどんな先輩だよ!)
自分でお金を払ってDISCOデビューは86年(16歳)の渋谷公園通りLA.SCALAでした!
そこからはどんな曲が選曲され流れていたのかは鮮明に記憶にありますよ!

やはりDISCOが楽しいと呼べた時代に流れていた曲は90年代に入るか入らないか?ぐらい迄でしょうか?(もう海猫は箱側の人間でしたが)90年以降は曲のBPM(拍数)が上がりどれもこれも似た様な曲ばかり…(´•ω•`)

そしてDISCOがストリップ劇場化していくのを目の当たりにして…(始めは見ていて楽しかったですが…その内にうんざりとしながら日々、営業していました…)

500文字制限によりもう一枠下さい…

2015/7/23(木) 午後 9:54 [ 海猫☆彡 ]

そして大室さんの話からまさかのヴェルファーレが出るとは…
実は?ヴェルファーレ初代店長は海猫が浜松MAHARAJA(名古屋MAHARAJA GROUP)時代にお世話になった部長さんが初代OPEN時の店長でした!

ヴェルファーレは母体はMAHARAJA GROUP(NOVA21☆GROUP)ではありませんが(資本はavex)OPEN時にはMAHARAJA各店から移った人間が数多く居ました…

そして海猫は浜松MAHARAJAが閉店と共に上京し東京MAHARAJA GROUP管轄の千葉県浦安市のディズニーランドそばにある東急ホテル地下1FのEDEN ROCと言うDISCOに配属されました!

で先の部長さんがヴェルファーレOPEN前にオープニングスタッフを何人か連れて海猫の居るEDEN ROC営業中に会いに来てくれました!
それから数日後、部長さんから連絡が来てまだヴェルファーレOPEN前の箱に元名古屋MAHARAJA GROUPの人間で現EDEN ROCのスタッフ何人かを案内してくれて中を見させて頂いた思い出があります…|ω・`)ノ

2015/7/23(木) 午後 10:18 [ 海猫☆彡 ]

> 海猫☆彡さん
こんばんは
LA.SCALA、ですね
はい、存知あげてますよ
開店する前に新宿のゼノンの店長さんに今度渋谷に
新しい店をだすので、行ってみてくださいといわれ
それまで渋谷はスターウッズやキャンキャンばかり
に行っていたので、さてどんな感じの店かいなあ?
という事で行き始めていました。
渋谷にはいろんなお店がありましたが、最初の頃は
本当に混んでましたよね〜
新宿のゼノンからもお客さんが流れていましたね
その後は六本木にあるロアビルにある店なんかにも
またまた流れていました。
公園通りを上がったNHK辺りでいつも路駐していた
ので、帰りに車があるかどうか気になってました

2015/7/24(金) 午前 0:44 大室寅之祐

大室さんの話からまさかのヴェルファーレ・・・
ですよね〜
僕はこの頃になると既におっさんになっていたので
いろんなお店に行くようになっていました
友人もクラブ系のお店がすきでしたので・・・
ここは最初フロアにたった時照明がとても綺麗だなあ
と思いましたし、迷路のようにも感じましたね〜
駅からスクエア方面にしか行っていなかったので高速
を挟んだ防衛庁側はよく知らなかったんです
なので最初は迷いながら店を捜した記憶があります
ウイナーズさん(レコード屋さん)位ですね
向こう側で行っていたお店は・・・
ドレスコードがあったのか記憶が曖昧ですがいつも
わりとスーツかなんかで行ってたかなと感じですね
スーテージも驚きましたけど、モニターも大きくて
当時としてはお金がかかったお店だったと思います
東急ホテル地下1FのEDEN ROC、ですか?
僕はそちらには行った事が無いんです
きっとお洒落なお店だったんでしょうね
つい、お話してしまいました(笑)

2015/7/24(金) 午前 0:58 大室寅之祐

> 海猫☆彡さん
EDEN ROCで検索したら・・・
此方の方が在籍されていたみたいです
iflyer KONISHI - DJ
http://iflyer.tv/ja/kny/about/

2015/7/24(金) 午前 1:05 大室寅之祐

大室さん!

DJ KONISHI さんとは面識はありませんが…
この方の名前だけは知っています!

大阪から始まったMAHARAJAが都内、麻布十番にMAHARAJAがOPENし、姉妹店のKing&QueenやROYALTONにEDEN ROCがOPENし始めた頃の初期の東京MAHARAJA DJs' のREMIX TEAM M.I.Dの1人で大御所の方ですよ!

海猫なんか足元にも及びません…σ(´•ω•`)

2015/7/24(金) 午後 7:25 [ 海猫☆彡 ]


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