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木村屋総本店のあんドーナツ5個入


いつもご訪問ありがとう御座います
今回はあんぱんの写真をアップします

イオンモール甲府昭和で買った木村屋総本店のあんドーナツ5個入です
元々餡子もあんドーナツも好きなので、今まで3回位はこれを買って食べてます

ちょっと検索したら創業者の木村安兵衛(きむら・やすべい)の事やあんぱんが
発売される経緯を読んだりしていて少し脱線してました。

皆さんの中にも和菓子や餡子が好きな方がいると思いますが、このあんドーナツ
なかなか美味しかったですよ。




嬉しい5個入りです
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木村屋総本店というのはブランドですね・・・
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ふふふ・・・
パン生地もなかなかふわふわしています
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食べてみると、ケーキぽいパン生地で、流石木村屋総本店って思うパンです
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餡子もおいしいですね
このあんドーナツは癖になりそうです
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売り切れていたりするので、捜しても無い時はちょっとがっかりします
そういう時は作戦をカレーパンに変更しています

揚げパン系を好きな方っているでしょうか?



あんパンを初めて作った木村安兵衛
木村安兵衛きむら・やすべい常陸国河内郡田宮村(牛久市)
武士からの転職
木村安兵衛は、常陸国河内郡田宮村(牛久市)に生まれた武士でしたが明治維新によって失業に追い込まれてしまいます。そこで、安兵衛は、木村家本家の重義を頼って江戸に出ます。
当時、重義は東京府職業授産所長を勤めており、そこの事務職をすることとなります。授産所とは、明治維新により職を失った者に手に職を付けさせ生活の糧となるよう職業訓練をするところです。
そこで安兵衛は、“パン”というものを知りました。重義のすすめもあって、安兵衛はパンをつくることになったのです。
実際にパン屋としての仕事をしたのは、当時18歳の次男英三郎でした。明治維新によって起きた時代の変化を肌で感じ取った英三郎は新しいものをもとめて、横浜の外人居留地に出かけ外国人のつくったパンを見たり食べたりしていたので、パンについての一応の知識もあったのです。

パン屋開業
明治2(1869)年、安兵衛は妻ぶんのわずかな蓄えを元手に芝日陰町(現在の新橋駅あたり)にパン屋「文英堂」を開くこととなりました。店の名前は妻の名前である「ぶん」と文明の「文」と息子英三郎の「英」の字からとったものです。その後、店名は「木村屋」と改められました。
 苦労時代
英三郎は日夜パン作りに励みました。しかし、英三郎の思うようなパンはいっこうにできません。ようやく作ったパンも思うようには売れない。家族の新たな船出は、順風とは言い難い状況でした。しかも、数ヶ月後に起こった火事によって店を焼失してしまいます。

あんパン発明
しかし、これを転機に、一家は再起を図るため銀座尾張町に進出します。その際、横浜で働いていた武島勝蔵という職人を新たに雇い入れました。勝蔵は英三郎とも年が近く、腕も良かったのです。明治5年、新たな店を銀座に構えると文明開化の波とともに上昇機運に乗ることとなるのです。
パン作りの技術も上達し、柔らかいパンを作れるようになりましたが、当時の日本ではパンを食べる習慣がありませんでした。それならば、日本人が好きになるようなパンを作ろうと考え、安兵衛はいろいろな工夫を試みました。
そんなある日、パンの中にあんを入れてみてはどうかと思いつきます。それからは苦心の連続でした。ようやく出来上がったあん入りのパンはこれまでに作ったパンとは違った味がしました。安兵衛はそのあん入りのパンを『あんパン』と名付け売り出したのです。『あんパン』は売れに売れました。

あんパン献上
明治8年、「木村屋」の『あんパン』は、安平衛の知り合いで、明治天皇の侍従であった山岡鉄舟の心をつかみました。鉄舟が安平衛に「陛下に召し上がっていただこう」と申し出たのです。その日から木村安兵衛・英三郎親子は陛下のために、特別な『あんパン』を召し上がっていただくため、試行錯誤を重ねたのです。
明治8年4月4日、ついにその日がやってきました。明治天皇が東京向島の水戸藩下屋敷を訪問します。その際にお茶菓子として『あんパン』が献上される段取りになっていました。はじめて『あんパン』を口にした明治天皇はお気に召し、ことのほか皇后陛下(照憲皇太后)のお口にあった。そして「引き続き納めるように」という両陛下のお言葉があったのだ。このあんパンは、パンの中心に桜の塩漬けが乗ったあんパンでした。このパンは今も『桜あんパン』として売られ木村屋で一番の人気になっているとのことです。
出典・参考資料
「木村屋総本店百二十年史」
情報004:あんパンを初めて作った木村安兵衛/茨城県


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木村安兵衛
木村安兵衛(きむら やすべえ、文化14年6月20日1817年8月2日) - 明治22年(1889年7月26日)は、日本武士実業家株式会社木村屋總本店の創業者。

来歴
父は長岡又兵衛で次男。妻は川原代村(茨城県龍ケ崎市)の木村安衛門の長女“ぶん”で、木村家の婿養子となる。常陸国河内郡田宮(たくう)村(茨城県牛久市)に生まれる。木村家の養子となった後、叔父を頼り江戸へ出て、番役などを務める。
明治には、新政府の東京府職業授産所の事務職となる。授産所で長崎オランダ人宅のコックを務めた梅吉と出会い、明治2年(1869年)、東京の芝区日陰(港区新橋駅付近)に、木村屋の前身となる文英堂を創業。この年の火災で店を焼失し、翌年には京橋区尾張町(中央区銀座)に移り、屋号を木村屋に改める。
次男の英三郎や、パン職人の武藤勝蔵の協力で営業を再開し、明治5年(1872年)には、軍隊食として洋食を取り入れていた築地の紅玉社(のちの海軍兵学校)の御用達となる。9月に新橋・横浜間に鉄道が開通すると駅構内に販売店を出し、また脚気の治療食として効果があるという風聞の助けもあり、商売は繁盛する。明治6年(1873年2月には再び大火で店を焼失する。
銀座が煉瓦街として再開発される最中、仮店舗での営業中には日本人に受け入れられるパンの研究を行い、小豆餡をパン生地でくるみ、発酵に酒種酵母を使用した「あんパン(酒種あんぱん)」を開発する。
明治7年(1874年)に販売を開始すると反響を呼び、翌・明治8年(1875年)には、縁のあった旧幕臣で侍従を務めていた山岡鉄舟の仲介で、同年4月明治天皇が向島の旧水戸藩下屋敷訪問の際に、木村屋のあんパンが茶菓子として献上された。このあんパンは中央に桜の花びらの塩漬けをあしらったもので、天皇夫妻、特に皇后から気に入られ、宮中御用達となった。

外部リンク


株式会社 木村屋總本店
会社の商号
株式会社 木村屋總本店
創業
明治2年(1869年)
代表取締役社長
木村光伯
代表取締役副社長
福永暢彦
資本金
4000万円
従業員数
950名
本社所在地
東京都江東区有明1-6-18
電話
03-5500-1600(代表)
事業内容
各種パン、和菓子、洋菓子の製造および販売、レストラン経営
売上高
120億円
直営店
池袋東武、銀座三越、日本橋三越、銀座松屋、浅草松屋、上野松坂屋、池袋西武、新宿伊勢丹、浦和伊勢丹、府中伊勢丹、新宿高島屋、日本橋高島屋、玉川高島屋、横浜高島屋、横浜そごう、新宿小田急、町田小田急、新宿京王、東京大丸、北千住丸井、アトレ吉祥寺、上大岡京急、エキュート上野、羽田空港店、ラゾーナ川崎、羽田空港国際線OKASHI KOBO店、羽田おこのみ横丁店、羽田第2ターミナル店
販売店
首都圏8500店
関連会社
株式会社 銀座木村家
株式会社 キムラヤフレッシュライン
都不動産管理株式会社
株式会社 木村屋ダイヤモンド


株式会社木村屋總本店
株式会社木村屋總本店(きむらやそうほんてん、英称Kimuraya Sohonten.,Ltd.)は、日本の製パン会社である。
本店は東京都中央区銀座に置き、本社機能は江東区有明に置く。

概要
明治2年創業の老舗パンメーカーである。
1874年には、創業者の木村安兵衛とその次男で二代目の英三郎が、あんぱんを考案し、翌年には明治天皇に献上された(この時に木村屋の特徴でもあるの塩漬けが、英三郎のアイデアで取り入れられた)。また、1900年には三代目・儀四郎がジャムパンを考案した。これらのパンは現在でも同社で人気の看板商品として親しまれている。
「むしケーキ」とは従来の蒸しパンを改良したもので、これも同社が元祖の商品である。
埼玉県三芳町千葉県柏市の直営所を兼ねた工場に加え、東京都江東区の東京工場を合わせた3工場で製造を行っている。かつて神奈川県綾瀬市にあった「藤沢工場」は、2002年に三芳工場へ統合され、操業を終了した。
首都圏百貨店を中心とする21箇所の直営店舗を運営するほか、コンビニエンスストアスーパーマーケット等で製品が販売されている。前者の直営店舗で販売される商品には「銀座木村家」、後者で販売される商品には「木村屋總本店」のブランドが使用されている。
カフェ事業として東京麹町に「Don Meister(ドンマイスター)」を、有明に「Don Meister+(プラス)」

沿革
1869年(明治2年) - 木村安兵衛東京日陰町(現在の港区新橋付近)に「文英堂」を開業。
1870年(明治3年) - 京橋区尾張町(現在の中央区銀座付近)へ移転、屋号を「木村屋」へ改称する。
1874年(明治7年) - 酒種あんぱんを発売。
1875年(明治8年) - 明治天皇へ酒種あんぱんを献上、宮中御用商に加わる。
1900年(明治33年) - ジャムパンを発売。
1927年(昭和2年) - 現在の銀座本店が落成。
1930年(昭和5年) - 株式会社に改組、「株式会社木村屋總本店」を設立。
1965年(昭和40年) - 埼玉県入間郡三芳町に三芳工場を新設。
1967年(昭和42年) - 神奈川県綾瀬市に藤沢工場を新設。
1969年(昭和44年) - 創業100周年。
1970年(昭和45年) - 千葉県柏市に柏工場を新設。
1986年(昭和61年) - 中央区築地6丁目に「木村屋總本店ビル」を施工、本社機能を同地へ移転させる。
1988年(昭和63年) - 新宿区西新宿に「西新宿木村屋ビル」を施工。
2001年(平成13年) - 江東区有明に東京工場を新設。
2002年(平成14年) - 本社を西新宿木村屋ビルへ移転させる。
2008年(平成20年) - 三芳工場に藤沢工場の業務を統合し、藤沢工場を閉工。
2009年(平成21年) - 株式会社銀座木村家を設立し、銀座本店内の業務を委嘱。
2010年(平成22年) - 本社を東京工場内へ移転させる。
2012年(平成24年) - ホームページをリニューアル。

事業所
本店(銀座木村家) - 東京都中央区銀座4-5-7
他店舗とは独立した運営をしており、子会社の株式会社銀座木村家が下記の事業を展開。
1階はベーカリー、2階はカフェ、3階と4階はレストランとして営業。上層階にはパン工場がある。
過去に多くののれん分けをしていることから、この建物を指して「木村屋總本店」と呼ばれることもある。
本社 / 東京工場 - 東京都江東区有明1-6-18
直営店で販売する酒種あんぱんなどを製造。
三芳工場 - 埼玉県入間郡三芳町大字竹間沢381
最大規模の工場。スーパーやコンビニなどの小売店へ卸す商品を製造。
柏工場 - 千葉県柏市新十余二14-1

スーパーやコンビニ向けの商品を製造
のれん分け
関連企業
  • 株式会社銀座木村家 - 銀座本店の運営を行う。
  • 株式会社キムラヤフレッシュライン
  • 都不動産管理株式会社
  • 株式会社木村屋ダイヤモンドヒルズ
  • 株式会社ブーランジェリーエリックカイザージャポン
    • 木村屋總本店の現社長の長男・周一郎が起業した、フランスパン専門のパン屋。「メゾンカイザー」と言う店舗名で展開。周一郎が長男である為、木村屋總本店を継いだ際はメゾンカイザーもグループ傘下にする可能性もある。因みに「メゾンカイザー」はフランスパン専門店である為、キムラヤの看板商品である「あんぱん」や「メロンパン」などの菓子パンは置いていない
関連項目
外部リンク


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閉じる コメント(8)

あんドーナツは最高ですね(^O^)
揚げパン系はカロリーは高くなりますが美味しいです(笑)

2015/10/17(土) 午前 7:38 [ かんにゃまん ]

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あんドーナツ美味しそうですね。
ときたま食べたくなります。5個入りは満足度たかいですよね。

2015/10/17(土) 午前 7:47 [ みどり ]

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こん

∧__,,∧おはよう〜
(´・ω・`)
/ φ口o木村家と木村屋との違い
しー-J調べたら面白いね

2015/10/17(土) 午前 7:51 日帰り温泉とグルメ

> かんにゃまんさん
おはよう!
御無沙汰してますけど、元気?でしょうか・・・
いやいや、元気に決まってますよね(笑)
あんドーナツ好きですか?
好きに決まってますよね(笑)
ホント、これはもう最高です

2015/10/17(土) 午前 8:05 大室寅之祐

> みどりさん
おはよう御座います
そうですね、5個は多いかな?なんて最初思ったんです
け度、食べ初めてからパクパク3個いきました。
全然OKです。
そうですね、満足度高いです
カレーもクリームも一応見た限りの種類は全部食べて
みました。カレーパンも3回買いました。
レンチンやトースターで焼いたりして食べて美味しい
焼きたて風、カレーパンになりますよ

2015/10/17(土) 午前 8:09 大室寅之祐

> 日帰り温泉とグルメさん
おはよう御座います
銀座は庭みたいなものでじょうね、日帰りさんだったら
僕はあまり詳しい場所ではないんですけど、この銀座に
あるお店にも行ってみたいです
検索したら・・・
「木村屋」と「木村家」の違いを教えてください。

現在は、「木村家」は銀座本店(株式会社銀座木家)
、直営店向け製品のブランド名として、「木村屋總本
店」はスーパー・コンビニ向け製品のブランド名とし
て使用しております。創業者が銀座に構えた店の屋号
は「木村屋」で、後に「株式会社木村屋總本店」とな
りました。「木村家」は現在、銀座本店に掲げてあり
ます山岡鉄舟の書による看板「木村家」が由来とされ
ており、以前は木村屋で技術を習得し一人前になった
一般の職人へ、のれん分けをする際に「木村屋一家」
という意味を込めて授けた屋号でもありました。
(一字違いでも全く違う意味になりますね
老舗にはいろんな歴史やエピソードがあって面白いです
幕臣ですが、山岡鉄舟も幕末の英雄だと思っています

2015/10/17(土) 午前 8:15 大室寅之祐

顔アイコン

子供の頃から大好きでしたよ〜。

今でもお口の周りをお砂糖で白く、
指先はベタベタになりながら食べますわw
美味しいですよね。

2015/10/17(土) 午前 9:45 [ mama67 ]

> mama67さん
あんドーナツの記事にもコメントありがとう
御座います。やはりこういうの、お好きですか?
美味しいですよね
昨日また買いました(笑)

2015/10/18(日) 午前 2:49 大室寅之祐


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