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第30回市川三郷町ふるさと夏まつり「神明の花火大会」その2


皆様おはよう御座います
お盆を向えていますが、如何お過ごしでしょうか?

親戚に行ったり、先祖供養、お墓参りにと何かと忙しいですね
さて昨日「神明の花火大会」その1をご紹介しましたがその続きです。

花火の写真はどうも苦手で、写しながら失敗したなあ〜とわかる
写真はその都度消去してます。

そんな苦手意識のある花火大会ですが、前回に続き枚数だけは
撮ったので、ご紹介したいと思います



土手を歩きながら花火を見ていました
できるだけ打ち上げている場所に近い方に向ってます
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ではここから、少しずつ土手を移動しながら撮影した不甲斐ない写真
凡そ20枚も!続きますが、ささっとご覧頂ければと思います
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という事で最後のグランドフィナーレが終わりました
音響効果もあって、山々にこだましていました。


対岸にいる花火士さんのお陰で綺麗な花火を楽しむ事が出来ました
アナウンサーさんの呼びかけに対岸にいる花火士さんにお礼のサイン
(光るもので)を皆で送っているところです。

わかりすらいですが、僕も懐中電灯をぐるぐる回しました

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土手の大型駐車場には沢山の観光バスも来ていました
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人数制限をしながら、橋を渡って駐車場に向っています
警備の皆さん、警察、消防大勢の協力の下今年も楽しめました
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近くにいたおじさん達も・・・
去年も良かったけど、今年はもっと良かったなあ〜と言ってました。

僕もそう思います
撮影も程々にして楽しめました。

最後に4k撮影した2018 神明の花火 グランドフィナーレがアップ
されていたので良かったらどうぞ。

音楽も迫力があっていいです。
皆さんは花火大会はお好きでしょうか?




【4K】2018 神明の花火 グランドフィナーレ♪♪♪ - YouTube
この動画で迫力伝わったらいいなあ・・・


今週の記事一覧(3記事目)
2005年公開「運命じゃない人」      2018年8月13日(月)17:00

第30回市川三郷町ふるさと夏まつり「神明の花火大会」その1


皆様おはよう御座います
今週も宜しくお願い致します

さて今回は2回に分けて第30回市川三郷町ふるさと夏まつり「神明の花火大会
をご紹介したいと思います

季節感ある話題は出来るだけ早めにご紹介できたらと思い、急遽取り上げました。
ここ10年程毎年行っている花火大会でその度に感動を受けている花火大会です。

この神明の花火大会は江戸時代には日本三大花火の一つとされていて今でも
2万発の打ちあげ花火と例年20万人の人出がある県下最大級の祭りです

山梨県民の人口は80万人を切っているので、この20万人の動員というのは
全山梨県民総数の実に25%のあたる数字です。

皆さんお住まいの都道府県内でも、その人口比25%の方が集まるというのが
どれ程混雑するお祭りなのかも容易に想像がつくと思います。

江戸時代から続いているこの「神明の花火大会」ですが、一時期途絶えてしま
いましたが平成元年に復活し今年で第30回を向えました。

ではそんな「神明の花火大会」の模様をどうぞ。



甲州市川の花火は、武田氏時代の「のろし」に始まるといわれています。
武田氏滅亡後、徳川家康は信玄のすぐれた技術を積極的に取り入れました。
市川の花火師たちも徳川御三家に仕え、花火づくりに専念したといわれています。
また「神明の花火」は、同じ地場産業である和紙に深いつながりがあります。
平安時代、まだ山梨が甲斐の国だったころ…
源義清(甲斐源氏の祖・新羅三郎義光の子)が甲斐の「平塩の岡」(現在の市川三郷町内)に赴任し、館をかまえました。
その時に京都から紙漉き名人甚左衛門が従ってやってきました。
甚左衛門は、美しい紙を漉く技術を市川の地に伝え、人々の暮らしを豊かにしてくれました。後になり、和紙に対する功績を称え、甚左衛門を神明社(紙の神様をまつる社)にまつりました。
そして命日にあたる7月20日を神明社の祭りの日と定め、盛大に花火を打ち上げました。これが「神明の花火」のはじまりと言われています。

神明の花火は江戸時代の元禄・享保(1688〜1736年)頃から、いっそう盛んになり
日本三大花火の一つとされ、賑わいました。
「七月おいで盆過ぎて 市川の花火の場所であい(愛・会い)やしょ」とうたわれ、
恋人たちの出会いの場としても親しまれてきたそうです。
市川で一緒に花火を見ると幸せになれると言い伝えられています。
いつしか神明の花火の歴史も途絶えてしましましたが、時を超え平成元年8月7日、神明の花火は山梨県下で最大の規模をほこり現在によみがえりました。
2万発の大輪の花が夜空を彩り、受け継がれてきた伝統が雄大に輝き続けています。


日本三大花火大会
いずれの「三大」も、根拠となる文献的初出、あるいは、命名者については不明である。

江戸時代
江戸時代には、以下の3つの花火大会をまとめて「日本三大花火」と称されていたとされる
呼称令制国 伝統を受け継ぐ現在の大会 名称 都市 位置 水戸の花火 市川の花火 吉田の花火
江戸時代の日本三大花火大会
水戸藩常陸国伝統を受け継ぐ花火大会は不明
甲府藩甲斐国神明の花火大会山梨県西八代郡市川三郷町地図
三河吉田藩三河国豊橋祇園祭愛知県豊橋市地図




毎年ですが、この花火大会は河川敷で行われます
道路も駐車場も大渋滞です。
河川敷に向って歩きます
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様々な露天が立ち並んます
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親子で光るおもちゃを選んでました。
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心配された雨の影響もなく日が沈んでいきます
釜無川の看板です
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車も渋滞してのろのろしてます
日が沈みました
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1本目の橋を渡って、2本目の三郡西橋です
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河川敷にもずっと遠くまで車が駐車しています
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一番明るい星を撮りました
金星でしょうか?
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そろそろ時間だなあ〜と思っているとド〜ンと上がり始めました
どこで撮影するにしても、人が本当に多いのであまり場所は考えてません
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暫く橋の上から眺めてました
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昨年は2017年神明の花火大会ですが、いきなり電池切れでした(笑)
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撮影はもう難しいのがわかっているので気合が入りません(爆)
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何気にズームにしていたら、こんなのが映りました(笑)
光のシャワ〜
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まだ橋の上からです
どんどん追い越されてます
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仕掛け花火の職人さんたちはどこでしょうか
真近だと火柱が凄いですね
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どーん
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ど〜ん、ど〜ん
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どうもタイミングが悪いですね
ど〜ん、ど〜ん
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これは海栗に見えるんですけど(爆)
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柄にも無く川面が気になってきます
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これは少し川面に映ったので50点
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自己採点です
60点
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50点
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30点
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海栗が綺麗なので70点
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アップしなくてもよいのも、アップしてます(笑)
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30点
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よくわかりませんので20点
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これも20点
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線が垂直に写ったので30点
でもブレてますね
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これは40点かなあ
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もう点数はどうでもいいです
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まあまあかなあ〜
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普通。
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この海栗はまあまあな海栗ですね〜
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滝の様に写り込んでいるので60点!
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かなりの枚数が失敗してますイメージ 37



これは色が綺麗ですね
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いい感じなので70点
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赤の塊です
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どんどん打ちあがるので動けません(笑)
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そうは言いながらも橋を渡り、土手を歩き始めました
この一体はもう多くのお客さんが陣取ってます
土手沿いの提灯です
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という事で相変わらず駄作の山でした(笑)
写しながらも楽しんでいるので、映りはそれなりでも構いません

去年は電池切れという不覚を取ったので今年はもう少し気合が入るかな?
と思ってましたが、そうでも無かったです

一応この続きも明日更新予定です
皆さんは花火大会はお好きでしょうか?



過去の花火大会記事一覧

2012年
神明の花火大会に行ってきました 2012/8/16(木) 午後 7:44

2013年
花火のフラッシュ  2013/8/2(金) 午前 2:34
花火を自宅で楽しむ方法   2013/8/2(金) 午前 2:48  
2013年神明の花火大会その1  2013/8/7(水) 午後 10:22
2013年神明の花火大会その2 2013/8/7(水) 午後 10:42
2013年神明の花火大会その3 2013/8/7(水) 午後 11:20
2013年神明の花火大会その4     2013/8/7(水) 午後 11:39 
平成25年南部の火祭りその5花火編      2013/8/27(火) 午前 7:39

2015年
第27回神明の花火大会その2会場編        2015/8/14(金) 午後 5:00     
第27回神明の花火大会その3花火編      2015/8/15(土) 午後 0:28  
第27回神明の花火大会その4花火中盤編    2015/8/19(水) 午前 0:00   

2017年
2017年神明の花火大会 2017年8月14日(月)



「神明の花火大会」
あの感動をもう一度・・・


TBS「ジョブチューン」にて一流花火師が選ぶ花火大会1位に!
 過日放映されました、TBS「ジョブチューン」にて、神明の花火大会が「一流花火師が選ぶ絶対に見るべきスゴい花火大会」の第1位を獲得しました。
 このことは今年30回目を迎える神明の花火大会にとって、記念すべき栄誉であります。これも地元の煙火店である(株)斎木煙火本店、(株)マルゴーと共に30回と歩む中、地道ではありますが歴史を重ねてきた賜物だと思います。この結果に驕ることなく、今年の大会まで2カ月を切りましたが実行委員会を中心に、皆さまの期待を裏切らない大会となるよう、万全な準備を進めております。8月7日の大会当日は、多くの皆さまのご来場をお待ち申し上げます。

ここで、紹介していただいた内容について、一部に事実と異なる部分がありましたので訂正させていただきます。

−フィナーレで2尺玉の乱れ打ち−
神明の花火大会では2尺玉の打ち上げがありますが例年、単発打ち、一部のスターマイン内で打ち上げています。番組で紹介された映像は、昨年のフィナーレで、このとき使用された最大号数は10号玉(尺玉)であります。

 改めまして、30回の記念大会となる神明の花火大会に皆さまのお越しを心よりお待ち申し上げます。しかしながら記念大会の影響か平日開催にもかかわらず、有料観覧席は既に完売しております。このことからも大会当日、非常に混雑が予想されます。ご来場の際は、時間に余裕を持ち、また会場内では係員の指示に従い、事故等のない安全な大会運営にご協力をお願いいたします。

 
第30回市川三郷町ふるさと夏まつり「神明の花火大会」
本大会テーマ
  世界へ届け 「神明花火」 平和への祈り 〜ありがとう30周年 あなたと共に〜 
〔テーマに込めた思い〕

 「世界平和」
 世界に目を向けると不安定な政治情勢の下、明日の生命すら保証されない生活を強いられている国・地域があります。そこでは多くの人々が家を失い、愛する人を亡くし、悲しみに暮れています。日本でも近年は、様々な災害が発生し、そのたびに多くの方々の大切なものが失われています。
そんな中、毎年、様々な方の想いを乗せて『いちかわみさと』の夜空を彩る神明の花火は平和の象徴そのものです。そして、30回目という節目をこうして無事に迎えられるのは多くの方々のご理解、ご協力はもちろんのこと、当たり前の生活を当たり前に送ることのできる平和な環境があってこそです。
 「全ての国と人々に平和と安定の日々が訪れますように」。「30周年を迎える神明の花火大会がいつまでも“平和の象徴”として、そして“地元の誇り”として「あなた」とともに歩み続ける花火大会でありますように」。『いちかわみさと』から平和への祈りを込めて打ち揚げます。  .
 
日時
平成30年8月7日(火) 荒天の場合8日、9日に順延(雨天決行)
 午後7時15分から午後9時まで(天候により変更あり)
観覧エリア・打ち上げ場所
三郡橋下流笛吹川河畔
 (打ち上げ場所は、三郡橋と富士川大橋の中間)


交通アクセス
車:中央自動車道甲府南IC〜国道140号経由 通常約10㎞
 中部横断道増穂ICより 通常約3㎞
 (当日は時間帯によりかなりの渋滞が予想されます。)
 電車:JR身延線市川大門駅から徒歩10分

大会の規模
打上発数は約2万発です。
例年の人出は、約20万人です。

 目玉は、全国でも数少ない2尺玉(約500mまで上昇し、直径約500mに開花する)の打上予定
実施及び順延の決定
当日、判定委員会にて決定します。順延の場合は、町ホームページ、テレビ、ラジオ等でお知らせします。
駐車場
会場周辺に、20箇所 約4,000台を予定しています。
 大型バスの駐車場は、JAクリスタルホールとなっております。事前予約が必要です。
 数に限りがございますので、空き状況等は下記までお問い合わせください。
お問合せ先:UTYテレビ山梨事業部 TEL055-232-1118
神明の花火大会駐車場一覧PDFファイル(39KB)
交通規制
午後5時30分から午後10時までとなります。ただし、規制の解除は警察の指示により行いますので、時間が前後する場合があります。
 一部、午後2時30分からと午後11時までの規制があります。詳しくは規制図をご覧ください。
※会場周辺は、午後5時頃から非常に混雑します。なるべく、JRでのご来場をお勧めします。 今大会の規制図です。
 
交通規制図PDFファイル(2622KB)
会場内お帰りマップ
花火大会終了後会場内は大変混雑します。
「会場内お帰りマップ」を作成したので、ご活用ください。
PDFファイル(773KB) PDFファイル(2509KB)
JR身延線時刻表
時刻表です。JR身延線臨時列車時刻表PDFファイル(1065KB)
延期の場合はJRにお問い合わせください。(駅から会場まで徒歩10分)
シャトルバス運行案内
三珠ルートの始発が三珠庁舎からとなります。
【運行時間・ルート】
「三珠ルート」「増穂ルート」の2ルートで、無料のシャトルバスの運行を予定しています。
<運行時間>
☆会場方面  (行き) 16:00〜19:15
 ☆各停留所方面 (帰り) 20:30〜22:00
 ※帰りの運行時間花火大会終了の時間により前後します。
 <運行ルート>
 【三珠ルート】
○三珠庁舎 ⇒ ○碑林公園 ⇒ ○高田公園(バス発着場)
歌舞伎文化公園は駐車場として利用できますが、シャトルバスは巡回しませんので、ご注意ください。
 【増穂ルート】
○利根川公園 ⇒ ○ますほ文化ホール ⇒ ○高田公園(バス発着場)
シャトルバスの様子1  シャトルバスの様子2  シャトルバスの様子3
「神明の花火大会」場所取りについて
神明の花火大会における有料観覧エリア以外の場所取りについて、昨年に引き続き場所取り規制を行います。
 【場所取り開始日時】
 日時:平成30年7月31日(火)午前6時から予定
 場所:市川三郷総合グラウンド(コーンとバーで導線を設置しますのでそちらにお並びください。)
※場所取りは杭とひもで行ってください。
※シートを敷くのは当日のみ可能となります。なおシートの固定に石・ブロック等は絶対に使わないでください。つまずいたり、斜面を転がり人にぶつかったりするなど大事故につながります。
※時間は天候等により、早まることがあります。
  町商工観光課観光係 TEL055-240-4157
メッセージ付花火概要
※申し込みは終了いたしました。
震災復旧 ・ 復興への願い、大切な家族、 恋人、 友達へ…
あなたの想いを込めた、大輪の華を咲かせてみませんか?



先週の記事一覧(15記事目)
大根の葉と鰹節で油炒め            2018年8月6日(月)   5:00
イオンモール甲府昭和店大きいお稲荷さん      2018年8月6日(月) 17:00
すご泡Ⅲメンズナイロンタオル         2018年8月7日(火)   5:00
しゃぶ葉で三元豚バラ食べ放題        2018年8月8日(水)    5:00
石川県産鰤カマを焼きました         2018年8月9日(木)   5:00
源泉掛け流しの湯桜湯            2018年8月9日(木) 17:00
「東京ディスコ伝説~since1968」     2018年8月10日(金)21:00
フジパン静岡クラウンメロンパン         2018年8月11日(土)5:00
初めて作ったピーマンタン         2018年8月11日(土)17:00
俺を自由にしておくれ・・・        2018年8月11日(土)21:00
Joe YellowのUSA 2          2018年8月12日(日) 5:00
モロッコ産真蛸を山葵醤油で・・・    2018年8月12日(日)17:00


今週の記事一覧(1記事目)

甲斐市山縣神社にて大弐学問祭とおでん


皆様いつもご訪問ありがとう御座います
ご無沙汰しています

個人的に季節的要因(仕事絡み)で、皆様方のブログにご訪問できていませんし
このブログにリコメもしてませんが、お変わりないでしょうか?

ブログは更新していなくても写真は撮っているので、在庫が溜まりに溜まって
いよいよ焦っています。

今はもう7月に入ってますが、まだ昨年の9月の写真を更新しています
もうただただ、写真だけ一途に!アップしないとならなくなりそうです(爆)

さて今回は神社のお祭りに行った時の写真がるので簡単に御紹介します。



甲斐市にある山縣神社大弐学問祭に行きました
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特設ステージです
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明治維新を創った男が展示販売されていました
内容紹介
吉田松陰が「心の師」と仰いだ男がいた! 松陰は百年前の思想家・山縣大貳の書を読んだとき初めて、それまでの思想を変え、「倒幕」を意識したのだ……。
享保十年(1725)、甲斐国に生まれた山縣大貳は、さまざまな学問を身に着け、頭角を現していくが、ある不幸な事件により、甲府勤番与力の職を解かれてしまう。江戸に移り住んだ大貳は、時の権力者・大岡忠光に見込まれて仕えた後、学校を開き、その知識と人柄からたくさんの生徒を集めるようになっていった。しかし、著書『柳子新論』において、四民平等を訴え、「王政復古」「天皇親政」が理想の政治形態だと説き、やがて幕府からその思想を危険視されるようになり……。
松陰より百年も前に革命の精神を説き、明治維新の隠れた火付け役となった気骨の思想家の生涯をさわやかに描く、感動の歴史長編。
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山県 大弐を祀っているので山縣神社です
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大弐学問祭なので学生さんも大勢います
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神楽殿では舞が始りました
以前から拝見したいと思って今回邪魔しました
15分程拝見してていたので、何枚か写真をどうぞ・・・
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太鼓と笛も響いています
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江宮隆之著「明治維新を創った男山縣大貮伝」が展示販売されてました
江宮先生の「芳年の新しさと幔幕絵の謎―野口二郎・功刀亀内をキーワードに―」
と題した講演会に先月参加しお話をお聞きました
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この先に拝殿があります
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お神輿もありました
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学門成就祈願の札が掲げられたお神輿です
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甲斐市竜王中学校出身の竜電関の名前もありました
竜電関大相撲富士山場所で拝見しました
検索していたら・・・
大相撲で大問題に発展した貴ノ岩関横綱日馬富士がこの記事に写真がありました
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山県大弐の銅像です
下からなので、お顔が・・・
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山県大弐先生の教えは幕末に活躍した吉田松陰にも大きな影響を与えたとあります
どの様な教えや思想なのかは僕にはまだ分かりませんが、興味があります
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山県大弐先生のお墓に参拝しました
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明和事件にも触れています
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お腹が空いたのでおでんを所望しました(笑)
学門成就よりおでんが好きかも(爆)イメージ 24



大根に蒟蒻・昆布に卵です
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芥子をつけて頂きました
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という事で生存確認みたいな記事ですが更新しました
神社も多様な創建経緯がありますが、学門成就もいいですね。

身近な歴史や地域の歴史が積み重なりやがてその全てが日本の歴史になって
いるのを大弐学問祭にお邪魔して感じた次第です

皆様は神社・仏閣はお好きでしょうか?
もう暫く不定期な更新が続きます。



山県大弐
山県大弐は江戸時代に活躍した人物です。強い正義感を持った思想家で、また天文学や医学にも精通した江戸時代中ごろを代表する大学者です。
 山県大弐は享保10年(1725)篠原村六本柳(甲斐市篠原)に生まれました。幼い頃から勉強をよくし、性格は真面目であったといわれています。
 27才のとき、江戸(東京都新宿区四谷)へ出て医者をしながら人々に学問を教えはじめました。
 一時期、岩槻藩主(埼玉県さいたま市)大岡忠光の家臣として勝浦代官(千葉県勝浦市)や岩槻藩の医師をしていました。
 その後、江戸八丁堀長沢町(東京都中央区八丁堀3丁目)で塾を開き、多くの生徒に医学・儒学・兵学などいろいろな学問を教えていました。
 明和3年(1766)に塾での講義のときに実際にある城など幕府にとって重要な場所を使って兵学を教えたりしたことがきっかけで捕えられ処罰されました。(明和事件)
当時は、罪を犯した人と関(かか)わりがあっただけで罰せられる(連座)ことがあったため、大弐の功績を伝えていく人がなく、次第に世の中から忘れられていきました。
 明治時代になり実績が認められ、生きていたときの功績に対して正四位という位が贈られ、また、大正時代には山県大弐を祭神とした山県神社が創立されました。
宝暦9年(1759)に書かれた『柳子新論(りゅうししんろん)』は山県大弐の代表する著書で、政治や経済、身分等について13の項目に分け書かれています。
○世の中の秩序はきちんとすべきである。しかしあまりきっちりと作りすぎるとひずみが出てそこに不正が入り込みやすくなる。物事や人間には自然な部分があって良い。
○天に太陽は二つ無い。だから上に立つ人は二人いてはいけない。
○本来人には身分の区別は無いが、才能や職業によって必然的に色々な区分が出てくる。大事なのは人間同士がお互いに敬う気持ちを持つことである。
この『柳子新論』は幕末に活躍した吉田松陰にも影響を与えたといわれています。
この他にも、西洋の天文学を理解し、多くの人に分かりやすく地球や惑星のことを解説した『天経発蒙(てんぎょうはつもう)』といった本も書いています。
山県大弐が高く評価されるところは、時の常識や風潮に影響されず、政治や学問など物の本質を見極め、大事な事をしっかりと考えていく事を論じ、実践したことです。

図書館の山県大弐関連資料をご利用ください
甲斐市立図書館2階地域資料室において、山県大弐関連資料を閲覧することができます。
貴重な資料のため、館外貸出不可のものがございますが、どうぞご了承ください。

山県大弐関連資料一覧(421KB)はこちら
資料詳細はこちら(「図書館おすすめ・甲斐市郷土資料・山県大弐関連資料一覧」のタグをクリックしてください)



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山県 大弐
山県 大弐(やまがた だいに、1725年享保10年) - 1767年9月14日明和4年8月22日))は、江戸時代中期の儒学者思想家。野沢氏の出自。名は昌貞。は子恒。通称を軍事のち大弐と称した。医号は柳荘、洞斎。戦国時代甲斐武田氏の譜代家臣である山県昌景の子孫であるという。

略歴
甲斐国巨摩郡北山筋篠原村(現・山梨県甲斐市篠原)に生まれたと言われる。父が与力の村瀬家を継ぎ、甲府百石町に移住する。
山崎闇斎の流れを組む加々美光章、太宰春台の弟子である藤田(南アルプス市)の五味釜川に学び、1742年寛保2年)には京都へ遊学する。医術のほかに儒学も修め、甲斐山梨郡下小河原山王神社の宮司となり、尊皇攘夷の思想を説いた。
1750年延宝2年)に村瀬家を継ぐが弟の起こした殺人事件に際して改易され、浪人となる。山県家に戻り名を山県昌貞と改め、1756年宝暦6年)ごろ江戸へ出て医者となる。江戸幕府若年寄大岡忠光に仕え、代官として勝浦に赴任する。
忠光の死後は大岡家を辞し、江戸八丁堀長沢町に私塾「柳荘」を開き、古文辞学の立場から儒学や兵学を講じた。上野国小幡藩家老吉田玄蕃など多くの小幡藩士を弟子としていたことから小幡藩の内紛に巻き込まれ、1766年(明和3年)門弟に謀反の疑いがあると幕府に密告され、逮捕されて翌年の1767年(明和4年)門弟の藤井右門とともに処刑された(明和事件)。
『柳子新論』『天経発蒙』をはじめ、天文学、音楽、医学など様々な分野の著作を残している。漢詩も作る。酒折村の酒折宮ヤマトタケルを讃える碑文を残し、1766年(明和3年)には吾嬬森(墨田区)に弟橘姫を讃える碑を建立している。『柳子新論』は朱子学的な大義名分論に基づき、官僚批判などを展開している。
1921年大正10年)、生地に建立された山県神社に祭られており、境内には墓所があり、設置されている民俗資料館には自筆書状などの遺品が収蔵されている。戦後には1967年(昭和42年)に明治維新百年・山県刑死200年を記念して、市井三郎竹内好鶴見俊輔らにより東京都新宿区舟町全勝寺に記念碑が建立された[1]2013年平成25年)には、竜王駅南口に銅像が建てられた。


柳子新論
山県大弐の代表著書。1759年宝暦9年)に脱稿。「士農工商は階級ではなく職務上の分担」と人間尊重を唱え、尊王攘夷を記した書。江戸期において一般には流通していないが、1855年安政2年)に長州藩士・吉田松陰と僧・宇都宮黙霖との往復書簡において松陰が『柳子新論』の借用を望む記述がある[2]。松陰の倒幕思想に影響を与えたとする説もあるが、松陰が実際に『柳子新論』を読んだ確証は見られない[3]

明和事件
1767年明和4年)江戸幕府に対する謀反などの罪で山県大弐、藤井右門、兄の昌樹らが捕えられ処刑された倒幕思想の先駆けとなる事件。幕府に対し最期まで大義名分を説き王政復古を唱えたとされる。山県神社
山県神社
山県神社(やまがたじんじゃ)は山県大弐を祭神として、山梨県甲斐市篠原に鎮座する神社である。また、山県大弐は江戸に塾を開き儒学、医学、兵学など多くを伝えたことから地元では「学問の神様」とされ合格祈願・学業成就を主に参拝されている。
1880年明治13年)の明治天皇山梨御巡幸に際し、山県大弐の祭典執行について祭祀料が6月21日に賜れるとともに、6月22日には金剛寺の山県大弐の墓地に勅使が遣わされている。1891年(明治24年)12月17日には特旨を以て正四位が追贈された。1901年(明治34年)には山県神社創設を目的とし、山梨県知事を総裁とする山県会が設立され逐次寄附金の募集が行われた。その後、1919年(大正8年)9月8日に山県神社奉建会が設立され、1921年(大正10年)に山県大弐の墓所がある中巨摩郡竜王村篠原の金剛寺隣接地に社殿が造営され神社が創建された。
山県神社は甲府市武田神社などと同様に1921年(大正10年)9月21日に県社に列せられ、1933年昭和8年)11月26日に発足した山県神社奉賛会によって運営が行われた。武田神社と比べて現在は県内における知名度は劣るが、当時の例大祭では露天が並び神楽や相撲大会をはじめさまざまな行事が行われ、戦前には地域の竜王尋常高等小学校などの早朝参拝が行われ、出征兵士を送る壮行会や神前報告が行われる場として機能していた。戦後には一度奉賛会が解散し、1964年(昭和39年)には当時の竜王町が新たに奉賛会を発足させ、歴代町長が奉賛会長を務め自治会単位で理事が選出され、古くからの総代会とともに神社運営にあたっている。
現在例大祭は神社が創建鎮座された日にちなみ秋分の日(9月23日)に行われ、山県大弐に扮した仮装行列や神輿が参道を練り歩く市の「大弐学問祭」が盛大に開催されている。
山県大弐「抹殺」問題
1935年(昭和10年)4月から使用が開始された第四期国定教科書『尋常小学国史 下巻』において山県大弐と尊王論に関する記述が削除され、これを地元の三井甲之が同年6月3日付『山梨日日新聞』(以下『山日』)において告発した。三井の告発に端を発し、山梨県の政治家や教育関係者、郷土史家などが教科書における大弐の記述復活を求めて運動を起こした。
三井は『山日』紙上の告発において「抹殺」の表現を用いて文部省の処置を批判しており、以後記述復活を求める運動や新聞報道などにおいて「抹殺」の表現が多用された。また、三井は1911年(明治44年)1月から3月にかけて起きた、大弐「抹殺」問題と同様に教科書の記述を巡る騒動である南北朝正閏問題にも言及しているほか、「国体明徴」の表現も用いており、時局の影響が見られる。
三井の告発を受けて、県内外では諸団体の結成や大弐に関する文献の刊行、論考の発表が相次いで行われた。山梨県教育会は1935年(昭和10年)6月14日に教育関係者や郷土史家など23名を委員とする改正国史教科書調査委員会を設置し、文部大臣に対する上申書の作製や文部省へ対する質問書の送付を行った。同年8月31日には文部省から県知事宛に質問書に対する回答が送付されたが、教科書本文への記述復活は確約されなかったため運動は継続した。翌1936年(昭和11年)6月14日には明倫会及び山県神社が中心となり山県大弐顕彰同盟会が組織され、名取忠愛が会長となった。同会は大弐の事績を教授することが「国体明徴」に直結するという論理を展開し、中央に向けて運動を行った。また、中央においても、「抹殺」問題以前から存在していた在京山梨県人による山県大弐先生遺徳顕彰会が問題を受けて運動を開始した。
問題の告発を行った三井は、『山日』紙上に告発文が掲載された1935年(昭和10年)6月3日に文部省図書局編修課長藤岡継平と面会している。藤岡は難易度の問題や、尋常小学校では日本史の総論を教授するため人物中心で、高等小学校では各論を教授するため事件中心で取り上げる文部省の教科書編纂方針を説明し、三井はこれに対し尋常小学校では学派体系よりも個人の思想・行動に重点を置いた教育を行うべきと反論している。
同年7月には郷土史家で大弐研究も行っていた村松志孝が知人の東京高等師範学校(現在の筑波大学)教授橋下重次郎を通じて文部省の意向を打診し、文部省図書局長芝田徹心は藤岡と同様の説明を行い、年表における記述は編纂官と相談する旨を回答した。さらに同年7月8日には和田貞臣山梨県学務部長が文部省を訪問し、芝田図書局長に面接し大弐復活について山梨県内の情勢を述べ、復活を要求した。
国定教科書における山県大弐の記述を復活させることが決定した時期は明らかではないが、1941年(昭和16年)3月31日発行の第五期国定教科書『小学国史尋常科用 下巻』において記述が復活した。
なお、大弐とともに記述が削除された竹内式部の出身地新潟県においても運動が発生している。参考文献
  • 『山県大弐正伝』「権藤成卿著作集 別巻」(黒色戦線社 1991)
  • 『柳子新論』(川浦玄智訳註 岩波文庫 1943年)
  • 『山県大弐』「国史大辞典」(吉川弘文館
  • 石川博「山県大弐をどう捉えるか」『山梨学院生涯学習センター研究報告 やまなし学シリーズ⑥ 大㉕輯』山梨学院生涯学習センター、2011年
  • 影山正美「都市近郊の変化と祭り(2)山県神社と柳荘大弐学門まつり」『山梨県史民俗編』(2006年)第三編第二章
  • 望月詩史「山縣大貳「抹殺」問題」『甲斐 第118号』山梨郷土研究会、2009年
  • 望月詩史「市井三郎の山県大弐論-「キー・パースン」論を中心に-」『甲斐 第138号』山梨郷土研究会、2016年
著作
伝記
  • 今村亮『山県大弐伝』敬業館 1887
  • 広瀬広一、保坂量一編『山県大弐先生事蹟考資料』山県大弐先生事蹟考資料研究会 1933
  • 村松志孝編『山県大弐先生の勤王』山県神社奉賛会 1934
  • 飯塚重威『山県大弐正伝 柳子新論十三篇新釈』三井出版商会 1943
  • 今川徳三「山県大弐」『逃げない男たち 志に生きる歴史群像 下』旺文社 1987
小説・戯曲
  • 福地桜痴『山県大弐』春陽堂 1892
  • 町田源太郎 (柳塘) 『山県大弐』顕光閣 1910
  • 三橋一夫『戯曲山県大弐』西東書林 1936
  • 村松蘆州『山県大弐 勤王の先駆』文昭社 1940
  • 林貞夫『小説山県大弐』国民社 1942
  • 武川重太郎『小説山県大弐』山梨サンリオ、1974
  • 江宮隆之『明治維新を創った男 山縣大貳伝』PHP研究所 2014



今週の期事一覧(3記事目)
餅粉と米粉の餃子2種類を焼きました    2018年7月2日(月)  5:00
餃子の餡でリメイクした中華肉団子スープ   2018年7月3日(火)  5:00
甲斐市山縣神社にて大弐学問祭とおでん    2018年7月4日(水)  5:00

十日市祭典2018その4行列必至の大判焼きの店と鼻採り地蔵尊


皆様おはよう御座います
今週も始まりましたが、宜しくお願い致します

さて先週から続いている十日市祭典2018シリーズも
今回で最終回を迎えます。

写真も多く長々とした記事でしたが、皆さんにこのお祭りを
疑似体験して頂けたら・・・と思い更新しました。

今回はこの大判焼きのお店がメインの1つです


十日市祭典2018関連記事一覧



ここの大判焼きのお店はローソン近くにいつもお店を構えています
既に長打の列ができています
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並んで待ってでも欲しいと思う大判焼きですが途中で挫折します
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なので今回は手際の良い作業を見てました
上手に組み合わせてますね〜
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ふんわりしているのと焼き上がりも滑らかさを感じます
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この道具でくるくるっとひと回しする速さも心地いいです。
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リズミカルにそれでいて一定量を流し込んでます
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この棒を巧みに使っています
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今回餡子乗った方を上から乗せているのには驚きました
餡子側に乗せるのだと思っていたので・・・
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並んでいる方は何人位でしょうか?
僕が見た時は20人はいたと思います
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今度はいつもお参りする鼻採り地蔵尊です
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安養寺本堂です
お参りしてから、護摩木に願い事を書きました。
何のお願いか、ですか?
秘密(笑)
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屋根の瓦が気になって(笑)
三階菱ですね
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このお寺にはこんな十日市に纏わる記述がありました
十日市場地区の真言宗安養寺が所蔵する「木造寄木地蔵菩薩立像」(南アルプス市指定文化財・昭和51年1月1日指定)は、その昔、霊験あらたかな仏像といわれ、その開帳日には甲斐国中の老若男女が集まったという。このため、いつしか物々交換の市が起こったことが、いわゆる十日市の始まり・・・
だそうです


赤・緑・黄が捩ってある綱がありました
去年はこの綱あったかなあ・・・
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杵や臼も出品されています
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木工製品もいいですね
毎年欲しいと思う俎板です
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此方はテレビでも紹介されているお店だそうです。
お店の方が有名な塗り椀の漆塗りを説明してくれました
根来です
根来塗りというのは、黒の塗りの上に朱を塗り重ね、その一部を磨いて下の黒を出す、といった技法で曙塗は根来塗りとは全く逆で、朱塗りの上に黒を塗り重ね、そ
の一部を磨いて下の朱を出す技法だそうです
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持ってみると、風合いの良さ、木の温もりが伝わるものでした

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うす屋さんというお店も毎年来られています
を持ってみましたが、やはり重いですが、きっと綺麗に弧を描くだと思いました
昔剣道で竹刀を振り下ろしていたので、僕の想像です
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七味屋さんも案外多いです
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わかめ屋さんです
こんなには多いなあ〜
ちょっと被ってみたい気も、しないでもない(爆)
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このお好み焼きも食べてみたいですね〜
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シャーピン(餡餅)です
党首さんも見てますね〜
中身をいれてますが、粘ってます
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ふわふわで、お餅みたいです
ヘラで押し、平にする様子も見ました
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餃子の餡みたいなものを入れてあるそうです。
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賑わっています
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にしき屋さんという和菓子屋さんも来てました
草餅、食べたからなあ〜イメージ 25



綿菓子です
この絵を見ると小さい子供は欲しがるでしょうね〜
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カルメ焼きは珍しいですね
食べた事あったかなあ〜
今年は沢山買ってますが、追加するんだったら候補かな・・・
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じゃがバタ、全部のせ・・・
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自宅でやってます(笑)
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また見入って仕舞いました
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いいですね〜焼き団子・・・
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大きいが入ったたこ焼きです
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一品ずつボールの入れながらの口上が面白いですね
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やっと端まできました
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ここから交通規制がかかってます
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という事でまたUターンして欲しいと思ったものを候補から選んで歩いてました。
2つまでは買おうと思ってましたが、やはり1つにしようと決めました。

そうと決まったら足速に、お店に向いました
今回の十日市祭典2018その1からその4までお付き合いありがとう御座いました


十日市祭典2018関連記事一覧



塗り方いろいろ 〜根来塗りと曙塗り
漆器の塗り方の技法にもいろいろあり、
お客様にも聞かれることが多いのですが、
特によく見られる塗り方に
根来(ねごろ)塗り、曙(あけぼの)塗りがあります。
左が根来塗り、右が曙塗りになります。(てまり椀
 根来塗は、和歌山県の根来寺が発祥とされており、
このあたりの産地を代表とする技法なのですが、
そのデザインが人気のためか、
現在では全国各地で同じ塗り方がされています。
(今では、塗り方の技法というより、漆器のひとつのデザインとして
捉えられているようです)

根来塗りというのは、黒の塗りの上に朱を塗り重ね、
その一部を磨いて下の黒を出す、といった技法で、
全体的には朱なのですが、所々に黒が見え隠れし、
他のものにはない独特の風合いとなっています。

また、曙塗は根来塗りとは全く逆で、
朱塗りの上に黒を塗り重ね、その一部を磨いて下の朱を出す技法です。

この発祥は私は知らないのですが、
おそらく、先に根来塗りがあり、誰かがその逆をやってみた、といった
ところではないでしょうか?

曙という名称も、全体の黒の中に朱がさしているイメージが、
まさに夜が明けるころ(曙)に似ているためこのように付けたのでは、
と私は解釈しています。
(まあ、あたらずといえども遠からず、ではないでしょうか?)


これらの技法は、「研ぎ出し」という漆ならでは技法を巧みに使った
ものといえるでしょう。

現在、非常に人気のデザインですので、一度試されたらいかがでしょうか

十日市
 十日市  峡陽文庫
【南アルプス市十日市場の安養寺本堂】
f0191673_12294787.jpg 
 毎年2月10日と11日の2日間、南アルプス市の十日市場地区で開催される「十日市」は、甲府盆地に春を告げる風物詩として広く知られている。
 十日市場地区の真言宗安養寺が所蔵する「木造寄木地蔵菩薩立像」(南アルプス市指定文化財・昭和51年1月1日指定)は、その昔、霊験あらたかな仏像といわれ、その開帳日には甲斐国中の老若男女が集まったという。このため、いつしか物々交換の市が起こったことが、いわゆる十日市の始まりとされ、現在は農用具中心の大市となっている。
【安養寺庫裏】
 安養寺の本堂東側に建つ庫裏である。
【県道からの安養寺入口】
県道沿いの安養寺入口である。 「十日市跡」は、南アルプス市指定の史跡として昭和46年1月28日に指定されている。
【昭和30年代前半の同所】
上記の安養寺入口と同位置の昭和30年代前半頃の写真である。
県道はまだ未舗装の状態であり、入口左側には「史跡 十日市 山梨県」の文字が記された木柱が建てられている。
十日市  峡陽文庫


十日市について知りたい。
  レファレンス協同データベース
質問(Question)
十日市について知りたい。
回答(Answer)
十日市場地区にある安養寺の祭りのおりに、古くから市が立ったことで知られている。
610627747『祭礼行事 山梨県』おうふう
5710188771『ふるさと再見,若草ものがたり』P18にも記載あり
回答プロセス
(Answering process)
『若草町誌』に市の発祥や十日市の禁制等十日市に関する歴史の記載があり、安養寺についても記載があった。『三恵小学校記念誌』にも「十日市場市福神地蔵の由来」、「十日市」について載っていた。その後、もっと詳しく知りたいということだったので、安養寺の住職を兼ねる加賀美地区、法善寺の住職を尋ねてみてはとお伝えした。

十日市
 十日市  峡陽文庫
【南アルプス市十日市場の安養寺本堂】

 毎年2月10日と11日の2日間、南アルプス市の十日市場地区で開催される「十日市」は、甲府盆地に春を告げる風物詩として広く知られている。
 十日市場地区の真言宗安養寺が所蔵する「木造寄木地蔵菩薩立像」(南アルプス市指定文化財・昭和51年1月1日指定)は、その昔、霊験あらたかな仏像といわれ、その開帳日には甲斐国中の老若男女が集まったという。このため、いつしか物々交換の市が起こったことが、いわゆる十日市の始まりとされ、現在は農用具中心の大市となっている。
【安養寺庫裏】
 安養寺の本堂東側に建つ庫裏である。
【県道からの安養寺入口】
県道沿いの安養寺入口である。 「十日市跡」は、南アルプス市指定の史跡として昭和46年1月28日に指定されている。
【昭和30年代前半の同所】
上記の安養寺入口と同位置の昭和30年代前半頃の写真である。
県道はまだ未舗装の状態であり、入口左側には「史跡 十日市 山梨県」の文字が記された木柱が建てられている。
十日市  峡陽文庫

十日市について知りたい。
  レファレンス協同データベース
質問(Question)
十日市について知りたい。
回答(Answer)
十日市場地区にある安養寺の祭りのおりに、古くから市が立ったことで知られている。
610627747『祭礼行事 山梨県』おうふう
5710188771『ふるさと再見,若草ものがたり』P18にも記載あり
回答プロセス
(Answering process)
『若草町誌』に市の発祥や十日市の禁制等十日市に関する歴史の記載があり、安養寺についても記載があった。『三恵小学校記念誌』にも「十日市場市福神地蔵の由来」、「十日市」について載っていた。その後、もっと詳しく知りたいということだったので、安養寺の住職を兼ねる加賀美地区、法善寺の住職を尋ねてみてはとお伝えした。
http://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000113381


鼻取地蔵尊
心やさしいお地蔵さん
鼻取地蔵尊には「農夫が田仕事を終え、帰る途中で牛が動かなくなってしまい困っていました。すると、どこからか子供が現れて牛の鼻緒を引いて助けてくれました。ところが、いつのまにか子供は姿を消してしまい、農夫は残っていた足跡をたどると、地蔵堂の中で消えていました。」という言い伝えがあります。

鼻取地蔵尊
心やさしいお地蔵さん
鼻取地蔵尊には「農夫が田仕事を終え、帰る途中で牛が動かなくなってしまい困っていました。すると、どこからか子供が現れて牛の鼻緒を引いて助けてくれました。ところが、いつのまにか子供は姿を消してしまい、農夫は残っていた足跡をたどると、地蔵堂の中で消えていました。」という言い伝えがあります。


先週の記事一覧(11記箏目)
生蕎麦いろり庵きらく朝食セット明太子 2018年2月13日 (火)午前5:00
おやつにセブンイレブンの春巻き    2018年2月14日 (水)午前5:00
昭和レトロな総理屋で刺身定食     2018年2月14日 (水)午後5:00
鰻が食べたいのに鰻パン!       2018年2月15日 (木)午後5:00
鉢植えの福寿草が満開です       2018年2月16日 (金)午後5:00
Alizee - Moi Lolita ( live )         2018年2月17日 (土)午後9:00

今週の記事一覧(1記事目)

十日市祭典2018その3山梨県郷土伝統工芸品甲州鬼瓦編


皆様こんばんは・・・

今日も朝方は風も冷たく感じましたが、日中はとても快晴となり
また少し春が近すいた感じもします。

今週は後半少しバテましたが、それでもこの記事で11記事目になります
今回は十日市祭典2018その2の続編を御紹介致します。

写真が多く40枚位はありそうなのでささっとどうぞ。


十日市祭典2018関連記事一覧
十日市には甲州名物かや飴というものが売られています
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甲州名産製造本家スマイル企画さんのかや飴です
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かや飴の試食です
硬い飴ですが、かやの実が入っている特長のある飴です
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今度は瓦会館に向います
このあたりは瓦に使う土が産出されていて昔から瓦の産地です
庭にある鬼瓦の見本です
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庭の砂の中にいくつも飾ってあります
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笑った鬼は怖くないですね〜
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瓦作りの工程がお人形を使って解説されてました
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タタラ積みという工程もあるんですね〜
俵?では無いみたい・・
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成型や焼成の工程までは長いですね
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瓦会館での企画展のポスターです
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瓦を葺く作業も写真つきで説明されてあります
高い場所での作業、怖がっていたら出来ません。
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日本瓦の優れた特性が説明されてます
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出ました!鯛焼き(爆)
いや鯱瓦です
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甲州鬼面瓦、立派ですね〜
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展示品です
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家紋や表札も瓦でできるみたいですね
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格子鬼面です
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甲州鬼瓦が山梨県郷土伝統工芸品に認定されてました
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甲州鬼瓦(歴史/特徴)
南アルプス市加賀美地区の瓦づくりの起源は、数百年前からといわれており、江戸期1716(享保元)年頃三河から取り入れられた製造技術により生産量が増加し、幕末の甲府城修築のときは、瓦御用をつとめるなど古い歴史と伝統をもっている。
瓦づくりがこの地域に起こった背景としては、この地域が御勅使川扇状地の先端で、粒子の細 かい粘土層が露出していたこと、良質の水が容易に得られたことなどが挙げられる。明治36年国鉄中央線が開通後は県外まで販路を拡大し、最盛期の昭和25年頃には約30軒を数え、品質、生産量とともに県内随一を誇っていた。
しかしながら、交通手段の発達、後継者不足、競争激化などにより徐々に衰退し、平成元年には全ての工場が閉鎖に追い込まれた。約300年の歴史と伝統技術を後世に伝えていく目的で、平成元年に今までの伝統技術を使った甲州鬼面瓦を開発、平成10年には若草町瓦会館を設立し現在に至っている。

全て手作り製品の為、製品ごとに表情があります。
又、原型は彫刻家の柳本伊左雄先生(身延山大学教授、彫刻家)によるものであり、鬼のもつ厳しさと能面のもつやさしさをミックスされた鬼面瓦として人気を博しています。
家内安全、商売繁盛、など一家のお守りとして好評です。
製品は大型(30cm×30cm)から、かわいいキーホルダーまで10数種のタイプが揃えてあります。
起源は、江戸時代享保年間に三河の職人から技術を受けたのが始まりとされています。土練りやかけやぶり、みがき等の伝統技法で作られ、その表情は災いを追い払う気迫にあふれています。
若草町で生産されています。


南アルプス市(旧若草町)の瓦づくりは、江戸時代(約300年前)に始まったといわれ、戦後の最盛期には40軒以上の瓦工房が建ち並び、質・量とも県内一の生産を誇っていました。
若草瓦会館は「古くから伝わる瓦づくりを一人でも多くの方に知ってもらいたい」「代々受け継がれてきた伝統技術を皆さんに来て見て体験してもらいたい」という目的で設立されました。
体験工房での山梨県郷土伝統工芸の「甲州鬼面瓦」、甲府城のミニ鯱(しゃち)瓦などの瓦づくり体験を通じ、小中学校の校外学習をはじめ多くの皆様にご利用いただいております。


必見!


地元の小学生による鬼瓦の作品です
どれも表情豊かですね〜
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長谷川醸造さんの十日市名物です
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山梨日日新聞に掲載された甲州だるまの記事が掲載されてました
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甲州だるまの特徴を少し読みました
眉が鶴、髭が亀、鼻が低く、頭に7本、胴に8本、の金色の線が特徴だそうです
達磨さんが転んだ〜という遊びが懐かしいです
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瓦会館近くで甲州十日市だるまを販売していました
甲州とだるまの間に十日市と入るのがミソですね。
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ダルマの目の入れ方は蜜教阿吽からきているんですね。
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だるまの色にもこれだけ意味がありました
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瓦会館での作品も売られています
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イベント会場で歌われていた演歌歌手のお姉さんです
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長野ー山梨ー静岡(途中までです)と貫く予定の中部横断道を
この歩道橋で渡り向こう方面に向ってます。
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歩道橋から望むいつもの富士山です
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このお店でも大小様々な達磨を売っています
少しお顔を覗き込んでみました
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これはまた大きい達磨ですね〜
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縁起物も売られています
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小判が本物なら良いんですけどね〜
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ここからはまたお店を流していきます
食べたくなる様なお店が続々と出現します(笑)
焼きたての焼きぞばも良い匂いですね〜
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たこ焼きの写真もですが、作っていく過程をみているのも楽しいです
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違うたこ焼き屋さんのも、ホイッ!
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メヒカリの干物です
このお店も毎年来てますね
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りんご飴屋さんですが、今はミッキーやら洋梨もあるんですね〜
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これはなんでしょう〜
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大量のエビせんです。
これだけあると安心ですね
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昔からこの甘栗が回っているのを覘くのが好きです
匂いといい、独特の調理法ですね
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どうしても見入ってしまう烏賊焼きです
たれもついて美味しそうですね〜
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お土産も買ってあるし、お腹もまあまあになっていて・・・
いこうと思えばいけますが(笑)
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余程未練があるのか、また写してます
買わないお客さんだったら迷惑ですね(爆)
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という事で今回は最後になって焼き烏賊3連発で終わりです(笑)
この続きがまだ少しあるので、また来週月曜にでも更新します

皆さんはこういったお祭りはお好きでしょうか?



甲州名物かや飴
山梨県の峡南地方の山林には明治、大正、昭和時代の30年頃まで榧の木が自生していた。秋を迎える頃に台風などの風が吹くとその後には沢山の楕円形をした約2cmの榧の実があたり一面に落ちた。拾ったその実は、外皮の部分を腐らせた後に川で洗い、バケツにかやの実と木灰、ひたひたの水を入れ2日から3日浸してから洗うと中の渋皮が取れやすい。それから何日も天日で乾燥させた。ほうろくに入れゆっくりいって殻を割り、渋皮をとってそのまま食してもよい。かやの実は香ばしくカリッとした触感は、縄文人が好物とした味覚でもある。昭和60年頃まで、かやの実と落花生の入った板状の「かや飴」は経験と熟練とを必要とし、身延山の2月3日(節分会)には店先に並べられた。今では懐かしいまぼろしの味となっている。

 材料
・かやの実100g(殻と渋皮を除くと90g) ・落花生100g(同様70g) ・水飴300g  ・砂糖100g

 作り方
1) かやの実は、ほうろくを用いゆっくりと弱火で20〜30分かけている。
2) いったかやの実は殻を割って渋皮を除く。(おろし金の粗くない方を用いると渋皮が取れやすい)
3) 落花生もいってから殻を除く。
4) 鍋に水飴、かやの実、落花生、砂糖を入れ弱火で15分加熱する。
5) 15cm角のバットにクッキングシートを敷き4)を流し入れる。(熱いので注意する)
6) 5)が固まったら「かや飴」を取り出し、出刃包丁で切るか、すりこ木などで割る。
メモ
・ かやの実はイチイ科の常緑針葉高木で山地に自生する。榧の木は、本州の山岳地帯が主産地で碁盤の木である。
・ 実は60%が油で占められ乾性油で、非常に軽く淡黄色の香り高い特徴をもち、他の種実類に比べビタミンEと多価不飽和脂肪酸、食物繊維が多い。
・ 小分けにした「かや飴」はオブラートに包み更にセロハン紙で包装すると贈答用になる。
 
カヤ (榧 )
種子は食用となる。そのままではヤニ臭くアクが強いので数日間アク抜きしたのち煎るか、土に埋め、皮を腐らせてから蒸して食べる。あるいは、灰を入れた湯でゆでるなどしてアク抜き後乾燥させ、殻つきのまま煎るかローストしたのち殻と薄皮を取り除いて食すか、アク抜きして殻を取り除いた実を電子レンジで数分間加熱し、薄皮をこそいで実を食す方法もある。果実から取られる油は食用、灯火用に使われるほか、将棋盤の製作過程で塗り込まれる。将棋盤のメンテナンス用品としても使用される。また、山梨県では郷土の食品として、実を粒のままにねりこみ、板状に固めた「かやあめ」として、縁日などで販売される。また、カヤの種子は榧実(ひじつ)として漢方に用いられるほか、炒ったものを数十粒食べるとサナダムシの駆除に有効であるといわれる


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