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【To My File 3】
河野洋平の愚行で日本が中国に対してどれほどの損害を蒙ったかはすでに今までの記事で繰り返し指摘して来た。
ありもしない強制従軍慰安婦問題を認める一方、拉致家族への無理解、北朝鮮への無駄な経済援助など媚中政策を取って自国を貶めた。
これほどのことをしながら、いまだに衆議院議長の座にあることが不思議でならない。
先日他界した後藤田正晴もカミソリなどと褒めそやされながら、日本をマイナスの方向に引きずっていた靖国神社参拝反対派の護憲論者であった。
「なぜ中韓になめられるのか」(屋山太郎 扶桑社 2005年9月)より
河野洋平氏は「江の傭兵」か
衆院議長の河野洋平氏は首相経験者五人を集めて「靖国参拝はするな」との意見をとりまとめ、小泉純一郎首相に申し人れた。河野氏は立法府の現職の長であり、それが行政府の長を下知しようとはとんでもない了見、筋違いである。かねて熱中症といわれ、「江(沢民)の傭兵」と揶揄されるのも当然だ。
この席に筋が違うといって欠席した中曽根康弘元首相は別に記者会見して、「A組戦犯の分祀ができないなら、参拝をやめるのも一つの立派な決断だ」と述べた。また、2005年6月26日のテレビ番組では「東京裁判は認めない」「無宗教の国立追悼施設建設には反対だ」とも語っている。
東京裁判を認めないならA級戦犯で騒ぐ必要はなかろう。国立追悼施設に反対なら、内閣総理大臣は国民を代表して国の殉難者にいつ、どこで哀悼の念と感謝の意を捧げるのか。国民の混乱は大勲位や現職総理が靖国参拝に対する法的立場を鮮明にしないからだ。混乱の始まりは1986年の公式参拝を見送った中曽根氏の判断に発すると思うがどうか。
東京裁判が茶番であることは当時から言われてきたが、今や、東京裁判が違法なものであったことについては、ほとんどの国際法学者によって認められている。
日本政府も当初から東京裁判を公式に受け人れていなかった。すでに述べたように、サンフランシスコ条約締結にあたって、11条の「日本国は裁判を受諾」とあるのは「判決の執行」を約束したもので、裁判自体を受け人れたものではないと説明してきた。この前提に立つからこそ中曽根首相は1984年、藤波孝生官房長官に「閣僚の靖国参拝に閣する懇談会(林修三座長)を作らせて「公式参拝」の道を開き、1985年8月15目に参拝を断行した。
この時の懸念は、公式参拝は憲法20条の政教分離の原則に抵触するのではないかというものだった。このため中曽根首相は二礼二拍一礼の神道形式をはずして、一礼で参拝した。しかしその後、三垂県津市が神式の地鎮祭を行ったことの是非を巡って争われた津地鎖祭訴訟で「合憲」の最高裁判断が出された結果、靖国公式参拝も問題ないとみなされている。もともと毎年正月には、歴代首相が伊勢神宮を公式参拝しているのだ。
ところが翌1986年には早くも参拝中止に至る。その理由について中曽根氏は自著『自省録』(新潮社)で、安倍晋太郎外相や種々のパイプを通じて、胡耀邦総書記が困った立場にあることを知り、それを慮って中止したと書いている。「古い友人が困った立場になる」と脅すのは中国外交の常套手段で、中曽根氏はこれにひっかかったのではないか。
さらに悪いのは、参拝を中止した理由について後藤田正晴官房長官は、1996年8月28日、国会で、「サンフランシスコ条約11条であの裁判を認めておるといった大前提に立って事柄を処理せざるを得ない」と答弁してしまったのだ。「判決の執行」だけを認めてきたはずなのに「裁判」自体を認めたのは大誤りだ。裁判を認めればA級戦犯も認めざるを得ず、中国の言い分に理を与えてしまったわけだ。
実はこの答弁の以前の1985年11月8日に、衆院外務委員会で外務省の小和田恒条約局長が、土井たか子氏のA級戦犯に関する質問に対して「政府は極東軍事裁判を受諾する約束をしている」とさりげなく、数回にわたって答弁している。両者ともこれが靖国問題の本質にかかわる問題だと認識していなかったようなのだ。
加えて、1998年3月25日、橋本龍太郎首相と竹内行夫外務省条約局長は、11条は「裁判を受諾し、かつ判決を執行する意味だ」と答弁している。「judgement」という単語は、どうみても「判決」としか訳しようがないのに、二つの意味を持たせるとはむちゃくちゃだ。橋本氏は中国公安関係の女性との交際が裁判で明らかにされ、竹内氏は「大道は長安に通ず」という書を大使室に飾るほどの親中派だ。中国の言いなりなのではないか。
こういうインチキ解釈がまかり通ることになったため、厚労省の森岡正宏政務官が「A級戦犯は罪人ではない」と正しいことを言ったのに、細田博之官房長官が「政府の見解と大いに異なる」と答える結果になる。世界でA級戦犯などと言っているのは中・韓両国だけだ。中曽根氏は「東京裁判などは受け入れられない」という立場で断固参拝すべきだった。参拝をやめた今頃になって「東京裁判は認めない」はないだろう。
靖国問題で日中の妥協はあり得ない。日本の神道は縄文時代から続いているもので、お祀りした者は非難しない。死ねば皆等しく神である。懺悔をする罪人をあれこれ責める宗教とは基本的に道う。
神道のこの懐の深さがあってこそ、八百万の神が安住できるのだ。
これに対して中国では罪人は永久に罪人であり、死んでなお墓を暴き、その骨を粉にして飲むという。こういう残忍な連中とは「靖国」で話し合っても理解し合える余地がない。
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あのマッカーサー元帥が日本に来て最初に指示したのが、東京裁判の準備だった。そして、マッカーサー元帥のほぼ思惑通りに東京裁判が行われた。そのマッカーサーが後で、「あれは間違いだった。日本は自存自衛のために戦争をしたんだ。」って言ってるんだから、議論の余地ないでしょ。いい加減にやめて欲しいよな。なんでこんな簡単なことがわかんないんだろう?そう思わない?もともと茶番なんだから、受諾も何もないよ。
2005/9/25(日) 午前 0:37 [ akr**15 ]
共産中国が日本国を敵視する政策を変えることはありえません。したがって、外交政策は日本国の正統な主張を淡々とすればよい。かの国は、十年以内に体制変換するか、自壊する。日本国はその時に難民などの発生にどう対処するか考えておかないといけません。ボート・ピープルをむげに追い返すすと人道的見地から国際的批判をあびるしかし、日本国にはうけいれる土壌がない。日本国の為政者は、だれかこの事態を予想しているものがいるのだろうか。
2005/9/25(日) 午前 10:00
共産主義は、平等幻想の経済政策で人民(農民)の一応の支持を得た。しかし、いまや農村部の経済は貨幣経済の波におそわれ生きていくのが困難になりつつある。また、共産党幹部の腐敗にも、農民の我慢の限界を越えてしまった。経済的平等幻想がくずれたときに、あの大国を括る思想的なものは共産主義にはない。中華思想の鼓舞では人々はまとめられない。
2005/9/25(日) 午前 10:15
靖国については日本の国内問題であること論をまたない。東京裁判が茶番である事もしかり。だが、日本は東京裁判を利用し、自らの敗戦を裁くことなく現在に至っている。東京裁判を否定するなら先の戦争を国内で裁く必要がある。一方、東京裁判を再度利用して、南京問題、田中上奏文他事実誤認を主張し、再審を要求すると言う方法もあろう。今となっては後者が現実的。
2005/9/25(日) 午後 0:11 [ amanuma5932 ]
戦争の是非を裁くことは、人にはできません。政権が交代すればそれでお終い。しいていえば、「今度戦争する時は、勝つ戦争しましょう」という認識だけしかありません。勝つ見込みのない戦争はしてはいけない。でも、正当防衛としての自衛の戦争はあるその時、まけそうだとすれば白旗あげるか勝てなくても負けない戦略を持つことが大事。いま、負けない戦略とは、米国との軍事同盟を維持することしかありません。
2005/9/25(日) 午後 2:37
東京裁判の非合理性を学説として説いても、日本国以外の諸外国は同調しません。国内的には、民意にしたがって判断することになります。Ponkoさんのブログが貴重なのは国内政治家の一部と偏向ジャーナリストが自国の歴史・文化を賤しめる行為をあばき、一般庶民に知らしめることにあります。
2005/9/25(日) 午後 2:52
PRAYERさん、あなたの仰ること理解できませんね。日本国内の話をしているのですが、戦争して負けて日本が廃墟になって、300万人以上が死んで、戦争を起こした責任が誰にも無い、無くて良いと無責任なことを仰るんですか?まさか、そうではないでしょうね?
2005/9/26(月) 午前 2:48 [ amanuma5932 ]
戦争はおこさないほうがよいです。しかし、おきるときおきる。戦争すれば人は死にます。戦争は「狂人の集団国家」でないかぎり、相対的な価値観のぶつかり合いです。ですから、おこさないことはたいせつですが、おこったことの責任うんぬんは、その後勝者により制裁をうければそれで終わりなのです。
2005/9/26(月) 午前 4:42
そのぶつかりあいで、自国(日本国)をまもるため死なれたおかたの屍のうえにわたくしたちの平和があります。ですから、死なれたおかたを差別することは人にはできません、尊敬の念でその死をむだにしないようにすることがそのくに(日本国)にいきるわたくしたちの責務です。
2005/9/26(月) 午前 4:48
以上のかんがえかたは、人類の歴史上の観点からみて、戦争をおこしつづけた人類の知恵なのです。それでも、自国を守られたお方、まもるお方はどの国でも一般庶民は尊敬するのがその国に生きるということです。
2005/9/26(月) 午前 5:00
半世紀以上、日本国は勝者といわれる共産中国に非難されつづけました。それに、安易に迎合する左翼偏向ジャーナリストは日本国にいきている資格はない。共産中国が同じ同胞を内戦で何人殺したか、紅衛兵による思想弾圧で何人自国のひとをころしたか、チベットの併合はなにも問題ないのか、いま、農村で起きている農民一揆をヤクザ者を使って殺したり弾圧しているのはなにも問題ないのか・・・・と考えていきますと、かれら共産中国の主張は、支離滅裂です。自由主義国家の一員になりたいと希望したのは、共産中国なのです。
2005/9/26(月) 午前 5:09
日本は米国の陰謀により、亡国の危機に立たされ、「戦うも亡国かも知れぬ。だが、戦わずしての亡国は、魂までも喪失する永久の亡国である。たとえ一旦の亡国となるとも、最後の一兵まで戦い抜けば、我らの子孫はこの精神を受け継いで再起三起するであろう」と考え宣戦布告した。誰を責められよう。また、戦後、勾留中のいわゆる戦犯たちは圧倒的な民意のもとに全員釈放された。そこで解決済みです。
2005/9/26(月) 午前 11:53 [ akr**15 ]
靖国問題は宗教や政治しかも60年前の戦争など等。イロイロな要素が絡んでとても複雑な問題になってますね。ここでの意見も人によって捕らえ方がずいぶん違うみたいです。私個人の靖国観がまだ確立できていないので、みなさんの意見を参考にさせていただきます。靖国へは私の生存に関係する人と祀られている方のために参りにはいきました。
2005/9/26(月) 午後 6:26 [ - ]