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雑誌「正論」2004年9月号 「もう一度牙を持とう」さかもと未明(漫画家)の一部 (前略)
この国は見えない諦めムードに支配されている。意思を持ち、戦い始めた人は「静かな無関心」 という壁があることにすぐ気づく。 「今の日本は嫌だ」とい人はいくらでもいるのに、いざ「日本のために」と旗を掲げたときは 誰もついてこない。現代の日本で亡国のマドンナは現れても救国のジャンヌ・ダルクの 出現には黙殺するだけだろう。 日本国民はずっとこんな心性だったのだろうか。決してそんなことは無い筈だ。 たとえば、国の礎にならんと戦って斃れた英霊たちの手紙を見れば分かるように、かつての日本人は −特に男たちは−、母や妻子のため、郷土や国を支える一員として戦う気概を持っていた。 それこそが民主主義の根幹たるぺき民の心ではなかったか。実は戦前の日本こそ、今よりはるかに 民主主義の意味をわきまえていたのではないか。 戦後、民主主義を占領軍に"お土産"として「与えられた」ときに、 日本人はそれを担う民としての心の背骨を失ったのだと私は思う。 「平和主義にとって戦いは悪である」、「あってはならない戦争のために力を付けても仕方ない」と 牙を抜かれてしまった。それは「誰のせいか」と繰り返すのはもうやめよう。長いことそれは 「アメリカのせいだ」と言われてきたし、事実だと思う。そうだろう。でもそれを戦後半世紀近くも 放置してきたのは日本人自身なのだ。 牙を抜かれた国民−−それを「楽でいい」と為政者も思い、国民も思っていたツケがいま日本を 危うくしている。国民の8割以上が反対している法案が国会を通り、それでも政権が転覆しない国の おとなしい国民、それが私たちだ。そのくせ子供たちの世界は荒れて悲鳴を上げ、親子で諍いを 繰り広げている。それは誰のせいでもない。牙を抜かれて飼い馴らされることに甘んじてきた私たちの 責任だ。 民主主義? 文句や愚痴は言っても、戦うべきときに戦わない民にはその資格も無い。 私たちはもう一度牙を持たねばならない。この国の不備を知り、戦う術と、戦いの中に平和があることを 子供に教える必要がある。 そして拉致問題や年金問題など、タカをくくって国民に不作為の罪を 繰り返してきた為政者たちを大いに恐れさせねばならぬ。 もう一度牙をもとう。 |
サワリ魔のこれぞ正論!
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初めまして。御説もっとものこと。日本人の牙を抜いたのは、他ならぬ私たち自身のせいです。朝日新聞も、社会党も共産党も、アメリカのせいでもありません。我々は、軍を持ち、敵対する国々に対して、毅然とした態度を持つべきです。敵対するものが、例え支那でも朝鮮でも、決してひるんではなりません。我が国の再軍備は、貴君のような物事を公平に見ることができるかたがたの中では、周知のことです。我々は、真の自立をなすべきです。 今後も御説、傾聴させていただきます。
2005/4/24(日) 午前 8:01
あのう、これは私の説ではなくて、女流漫画家さかもと未明の論旨です。 「サワリ魔のこれぞ正論」と題して、同感する正論のサワリだけを紹介するコーナーを設けました。非力のためと、削除を逃れるためです。同感頂いて嬉しいです。
2005/4/24(日) 午前 11:49
さかもと未明は『小林よしのり』みたいになってきてますねぇ!(良い意味で)
2005/4/24(日) 午後 1:10 [ - ]
そうですね、でも9.11以後の小林よしのりにはついていけなくなりました。いたずらに反米を唱えるだけで、天敵西部 邁とも不思議な手打ちをしてしまうし。好き嫌いは別として日米同盟を強化しなければ反日近隣諸国に犯されてしまいます。
2005/4/24(日) 午後 1:48
首に縄かけられて不安定な箱の上に立っている日本が“牙を持とう”と叫んでジタバタしている姿は、極上のギャグだと思いますね。牙が抜けているのは、“牙を持とう”と叫んでる本人だけの可能性もありますけどね。
2005/5/27(金) 午後 4:22 [ d ]