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今日の産経新聞「正論」は最後の数行を読んでウルウルしてしまった。
戦犯は誰一人として判決の内容に納得していなかったが、従容として刑に処された。勝者連合国への責任ではなく、国家国民に対する戦争責任を取るためであったというくだりだ。
それなのに、A級戦犯だの、自決のし損ないだのと非難する日本人のこころを理解ではない。
日本は60年前の戦争に負けたことをいまだに引きずっている。
「戦争の勝ち負けは、次の戦争でリセットされる」という。
ならば日本はもう一度戦争して勝てばよい。
しかし、もう二度と戦争はできない国になっている。
米国の同盟国として冷戦には勝ったが、血を流したわけではないので戦勝国ではない。
かくして敗戦のトラウマは永遠に続く?
しかしながら、「小泉首相が靖国に参拝しても、60年前の負い目は解消てきないし、左翼の攻撃の的になるだけだ」と言う岡崎氏の靖国神社に対するスタンスははっきりはない。
たしか北朝鮮へ食糧援助のを容認したとして、批判された記憶があるが定かではない。
平成14年7月の「国民新聞」にも「岡崎久彦氏は靖国神社不要論者か」と題して、
「岡崎久彦・元駐タイ大使は産経新聞6月25日付「百年の遺産」欄の最終回で
『戦後50年経って国会でも新聞でも議論されているのは、憲法9条といい、靖国といい、戦争の後遺症がほとんどです。こんなものが残っているかぎり、新しい文化の創造の時期はまだ来ていないのでしょう』
と記している。
これは靖国神社をなくせという意見なのか、読者が判断に迷うという声が挙っている」
とある。
産経新聞(2006年5月8日付朝刊)「正論」より
「靖国」は日米離間の武器にならず
中国の戦略に脅えることなかれ
岡崎久彦(元駐タイ大使)
内政干渉に米は関与せず
靖国問題をめぐる曰中関係について、曰本は国際的に、特にアメリカにおける対日イメージにおいて、中国に負けているのではないかと危惧する声を聞く。
これは靖国参拝に反対の左翼勢力だけからでなく、真に日米関係の将来を憂うる人々からも表明されている。
まず、安心していただきたいのは、曰米政府間レベルにおいては何の心配もないということである。
4月の胡錦濤中国国家主席の訪米に際して、この問題が取り上げられるだろうという憶測が流れたが、実際は、とてもそんな雰囲気ではなかった。中国としては、経済問題について米国の非難がそれほどひどいものでなかったことだけで、もって瞑すべしといえる程度の会談であった。
少なくとも現在の小泉・ブッシュ関係においては、中国による対日内政干渉に米国が関与する可能性はないと考えてよい。
戦争の過去についての国際的な対日イメージで、日本に引け目があることは事実である。ただ、それは新しいことではない。60年前に戦争に負けて以来のことである。
むしろ、昨年4月の中国における反日デモの後の米国の論調の中に、おそらくは戦後初めてといえるような、歴史問題における日本擁護論がちらほら現れたことの方が新しい現象であった。
曰本に好意的な論調でも、「日本は過去を忘れてはいけないが」、と一言は言った上での場合もあるが、それが強調しているのは「それは60年前のことであり、それ以降の行動については、日本よりも中国のほうが非難されるべきだ」ということである。
変わらぬ敗戦国の負い目
米国は自由な国であり、あらゆる歴史の見直しが可能な国であるが、米国以外に本格的に日本と戦った国として、中国、英国となると、戦勝国の権利は決して譲ろうとしない。
端的に言えば、「口惜しかったら、戦争に勝ってみろ」ということであり、もう少し丁寧な場合も、「貴方の国は戦争に負けたんじゃないですか?」ということである。
講和条約の年に入省して40年間敗戦国の外交官を務めたわが身の経験である。
普通、過去の戦争の結果は次の戦争で消える。冷戦で日本は西側メンバーとして勝っているが、それは戦争の犠牲を伴わない勝利である。また、その間の日本の立場は国内の左翼、平和主義の制約のもとで中途半端であり、その前の戦争を過去のものとするには至らなかった。
この負い目は、今後とも負い続けなければならない。総理が靖国に参拝したからといって、60年前の負い目が解消するということはまったくあり得ない。
むしろ、この負い目を現実政治の武器に使っている国内外の勢力(むしろ国内勢力の力が、戦後いったん過去の問題なった問題をしつこく蒸し返した元凶である)
の攻勢を勇気づけるだけで、なんら解決にならない。
日本は、サンフランシスコ平和条約で東京裁判の判決を受諾し、占領終了後も刑の執行の責任を果たした。法律の効果はそれで終わっている。ソクラテスは判決を受諾したが、判決の効果は彼の死で終わり、ソクラテスは悪人であるということを歴史の上で確定する効果などはない。
国家国民のため死刑受容
東京裁判は戦勝国の一方的裁判であり、瑕疵は拾えばきりもないが、東京裁判の裁判長ウェッブ自身の個別意見は歴史判断の参考になろう。
ウェッブは、ニュルンベルク裁判でナチスの指導者が死刑になっても、ヘスやデーニッツが死刑にならなかったのは、「彼らが戦争をしたときには、一般的に侵略戦争は裁判すべき犯罪とは考えられていなかった事実を考慮したもの」と考えられるとし、ドイツと異なる基準を当てはめないかぎり、「どの日本人被告も、戦争をしたことについて死刑を宣告されるべきではない」と言っている。
つまりA級戦犯の死刑は間違いだと言っているのである。それでも彼らは絞首刑に処せられた。
戦犯は誰一人として判決の内容に納得していない。彼らは一貫して苦笑、冷笑した。
にもかかわらず彼らは従容として死んだ。それは連合国には責任は感じなくも、国家国民に対する戦争責任を取るためであった。
たとえ身は
千々に裂くともおよばじな
栄えしみ世を落せし罪は
東條英機元首相の獄中の歌である。靖国に詣でる人は自ら厳しく戦争責任を取った東條の心情を掬(きく)すべきである。
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中国に「国連常任理事国」の資格無し。殺戮を好む破壊大国でありながら、繁殖力がやたら旺盛なのは食人種のDNAのせいか。デタラメな東京裁判の“教訓”を守る福田康夫以下、媚中の政治家の一類こそ、後世の嘲笑を買う「戦犯」であることを深く自覚すべきです!
2006/5/9(火) 午前 0:33 [ 博士 ]
博士さん、トラバ&コメントありがとう。公害反日の国、中国のオリンピック開催に反対です。日本から得たODAを軍事費にまわし、公害対策をおろそかにして近隣諸国に迷惑をかけている中国は国際社会での鼻つまみ者です。
2006/5/9(火) 午前 11:40
この文章は、朝日新聞などよりよほど大学入試向けだと思いますが(笑)私の拙い読解力では「日本が戦争に負けたのは、悔しいし残念な事だけれども、それは日本人が日本についてそう思う事なのであって、中共ごときに指図されるべきもんではない」と言っているように思われます。うん、これじゃ落第?!(苦笑)
2006/5/9(火) 午後 3:53
「東条さんの潔さ」には感銘をおぼえますが、私としては「A級戦犯」とされる方々が「自分達は対米・対中戦争においてベストを尽くしたか?」と自問自答したとき、どれだけの人数が「私は最善を尽くした」といえるのでしょうか。「死者に鞭打つ」様で心苦しいのですが、私は「将来の日本」のためにも「敗戦責任」に関しては追求する事が必要なのではないのかと愚考いたします。
2006/5/9(火) 午後 8:15 [ tero19632001 ]
ただ、それと「東京裁判の正統性」は別物ですね。あれは「裁判に名を借りたリンチ」以外の何者でもなく、「開戦責任」を勝者が裁く事自体グロテスクでしかないと思います。
2006/5/9(火) 午後 8:17 [ tero19632001 ]
経団連が靖国参拝自粛をと言ってます。
2006/5/9(火) 午後 9:14 [ jul*a*y5* ]
経団連も「中国市場幻想」から目覚めるべきですね。TBした記事に紹介した本では「会計学から見た中国経済の欺瞞」がしっかり載ってますので参考になりますよ。
2006/5/9(火) 午後 9:38 [ tero19632001 ]
singleandover40さん、ピンポーン、正解です。「天声人語」などではなく、こういう小論文を大学の入試問題に取り上げるべきです。
2006/5/9(火) 午後 11:30
teroさんの今回のコメントには同意しかねます。あの敗戦の戦略的・戦術的な分析評価は必要ですが、軍人個人の責任を問うのは可哀想です。彼らは歴史の流れの中で精一杯やったと思います。「敗戦責任の追及」は左翼の思う壺です。あの時代の国民にも責任があり、その子孫の私たちにも責任があります。
2006/5/9(火) 午後 11:40
ジュリアさん、teroさん、中国への投資に批判的な葛西JR西日本会長や帝国警備の高花氏のような識者も居ますね。teroさんのトラバも参考になります。北京五輪後のバブル崩壊がみものです!
2006/5/9(火) 午後 11:48
言葉が足りなかったようで申し訳ありません。私としては「敗因の研究」をする段階において「トップの責任を明確にする」ことが重要だと思っていたのですが、どうしても「一種のリンチ」色が強くなってしまうようですね。
2006/5/10(水) 午前 7:08 [ tero19632001 ]
teroさん、敗戦国のトップの戦略的決定の評価をすることに異議はありません。しかしteroさんもご存知の様に現在の価値基準で当時を評価する危険があり、東京裁判史観の信者たちを喜ばせるくらいなら、後世の歴史家に委ねた方がよろしいかと。
2006/5/10(水) 午前 10:57
やっぱりそうですか。あと50年は「客観的分析」は難しいですね。
2006/5/10(水) 午後 8:13 [ tero19632001 ]
はい、おそらくは。その頃はもうPonkoはこの世には居ませんが(笑)
2006/5/10(水) 午後 8:47
「客観的分析」はまだ無理と言いつつ、当時の指導者を賛美・擁護するのは如何なものかと。我々には評価できないというのなら、肯定も否定もすべきではないのでは。
2006/5/12(金) 午前 2:35
誤解を恐れずに述べるならば、開国以後の我が国指導者がいなければアジア各国の独立と発展はなかったでしょう。その指導者達の評価も、アジアを取り巻く環境、特に特定反日勢力の勢いがあるうちは他のアジア諸国の親日心理も圧され、現段階では客観的分析も特定国の主観捏造反論に評価の正確性を欠くことになるでしょう。Ponkoさんの指摘どおり。
2006/5/15(月) 午前 9:36 [ yokatta ]
yjisanさん、決して当時の指導者を賛美などしていませんよ。東京裁判史観の間違いを正しているだけです。まあ、あなたや私が先祖を敬うタテ意識をもった真の日本人かどうかということですね。
2006/5/15(月) 午前 11:09
yokkataさん、フォロー有難うございます。特定諸国を除くアジア各国は有色人種(日本)が白人と戦ったことで勇気を得て独立への道を開いたというのもまんざらウソでもないようですね。
2006/5/15(月) 午前 11:14