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極東アジアの近代史を極めて短い一文に凝縮し、日本の取るべき道を明確に示した「正論」なので、「触り魔」PONKOはサワリではなく、その全文をコピペする。
よく言われている聖徳太子、福沢諭吉の脱亜入欧の思想、海洋勢力 V.S 大陸勢力の概念が説得力をもって示されており、安易な日中友好・日韓友好がいかに愚かなものであるかを納得させられる。
日本が大陸に深入りすることは、いままでたびたび繰り返してきた過ちをまた繰り返すことになる。
日中友好、アジアの一員と叫ぶ、中国に取り込まれた日本の政治家、マスコミと、中国で儲けようとたくらむ国家観のない企業が日本をふたたび破滅の道に追い込もうとしている。
産経新聞(2006年5月10日付朝刊)より
海洋勢力との連携こそ日本の選択
近代史に学ぶ同盟の成功と失敗
渡辺利夫(拓殖大学学長)
《中央アジア的暴力の脅威》
日本を取り巻くアジア地政学の現在をどう読み解くか。
振り返っておくべきは極東アジアの近代史である。
近代日本における最大のテーマは、巨大なユーラシア大陸の中国、ロシアに発し、朝鮮半島を伝わって張り出す「等圧線」からいかにして身を守るかにあった。
この等圧線のことを、梅棹忠夫京都大学名誉教授はかつて、著書『文明の生態史観』において、"文明世界を嵐のように吹き抜けて癒すことのできない打撃を与える″「中央アジア的暴力」だと表現したことがある。
日本が中央アジア的暴力と恒常的に対峙させられるようになったのは、19世紀の末葉以降のことである。この暴力は朝鮮半島を通じて日本に及ぶというのが、極東アジアの地政学的な構図である。
李氏朝鮮において農民暴動「東学党の乱」が起こるや、李朝は直ちに清国に援軍を要請し、これを機に日本が出兵。日本が提出した日清共同による李朝内政府改革草案を清国が拒否して日清戦争が勃発した。
日本はこれに勝利して、遼東半島、台湾、澎湖諸島などの割譲を得たが、強圧的な三国干渉によって、遼東半島の返還を余儀なくされた。そのことは読者諸兄周知の歴史であろう。
山東省で蜂起した漢人の排外主義武力集団が北京に迫り、清国に進出していた列強の連合軍がこれに抗して戦ったのが「義和団事件」である。これを奇貨としてロシアは満州に大量兵力を投入、ここに居座ってしまった。
満州がロシアの手に落ちたという事実は、すなわち朝鮮半島において日露が直接対峙することと同義であった。
ロシアの満州での権益拡大に強い嫌悪感を抱いたのが英国であり、ここに日英同盟が成立。日英同盟によって日本は独仏を牽制しながら強大な大陸勢力・ロシアに挑戦して、これにも勝利した。
日清、日露の両戦役は、朝鮮半島の地政学が日本にとって宿命的であることを心底知らしめた。
両戦役に勝利した日本は、その後、対支21ヵ条条約の強圧的要求などを通じて大陸勢力の深い懐に進入していった。
《東アジア共同体の危険性》
しかし、この事実が中国への勢力拡大を急ぐ「後発国」米国との関係を悪化させ、ワシントン海軍軍縮条約の締結と同時に、日本は日英同盟を廃棄せざるを得なかったのである。
米国は太平洋と大西洋に挟まれた巨大な「島」であり海洋勢力である。日本は海洋勢力の支持を失い、ユーラシア大陸の中心部・中国で泥沼に足を取られて自滅した。
一言で要約すれば、日本は海洋勢力の背後支援を受けて日露戦争に勝利し、その後、大陸に攻め入り、協調と同盟の関係を築くべき海洋勢力・英国との関係を断ち切られ、もう一つの巨人な海洋勢力・米国とも対決して、無残な敗北を喫したのである。
第2次世界大戦での敗北によってユーラシア大陸との断絶を強要された日本は、一転して日米間盟を結び、西側世界の一員として迎えられ、穏やかな「戦後60年」をうち過ごすことができた。
「東アジア共同体」という妖怪がさまよっている。東アジア共同体構想には、中国の地城覇権主義が色濃く投影されており、共同体の形成は、日本はもとより、周辺アジア諸国にとっても危険なものとなろう。
中国が東アジアにおいて.覇権を掌握するための障害が日米同盟である。中国は自らの主導により共同体を形成し、これに日本を招き入れることによって、日本の外交ベクトルを東アジアに向かわせ、そうして日米離間を謀るというのが中国の戦略である。
《地球儀を見て分かること》
日本が大陸勢力と連携し、海洋勢力との距離を遠くすることは、日本の近代史の失敗を繰り返すことにならないか。私の危惧は要するにこれである。
私どもは、子供のころから真ん中に日本が位置する四角の平面地図を頭の中に刷り込まれてきた。
平面図ではなく、地球儀を北極の方から眺めると、一段と巨人な中国、ロシアというユーラシア大陸を、北米、日本、台湾、東南アジア、西ヨーロッパなどの周辺部が取り囲むという図柄が見えてくる。日本の近代はこの図柄に凝縮されている。
大陸を取り囲む周辺国家群が「協働」し、大陸を牽制しながら相互の繁栄を図るいうのが賢明な選択であることを、日本の近代史の成功と失敗は教えている。
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禿同です!「島国は大陸に深入りするなかれ」を日本は「外交の基本方針」に据えるべきですね。
2006/5/11(木) 午後 7:24 [ tero19632001 ]
日本の歴史を見ていても「大陸と関与する割合の高い政権(室町・豊臣・昭和)」は日本にとってあまりいいものではないですよね。
2006/5/11(木) 午後 7:56 [ tero19632001 ]
地政学的にみても、海洋勢力は、海軍の援護が可能な範囲でしか力を振るうことは出来ないし、陸軍国が大海軍を作っても失敗することがおおいようです。これは現在においても当てはまります。イラクの内陸にはまりこんだ米軍の苦戦、日露・日清戦争における北洋艦隊、バルチック艦隊の敗北、ノモンハン事件、皆そうです。我が国も海洋勢力との提携がだいじですね。
2006/5/12(金) 午前 6:34 [ 太郎ともも ]
大陸から離れる事で発展したイギリスと、いまだ大陸離れが出来ない日本・・・
2006/5/12(金) 午前 7:04 [ ぬくぬく ]