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韓国人の日本に対する根強いコンプレックスの根源を鋭く突いた一節をご紹介する。
人間は痛いところを突かれると自己防衛の本能が働いて激しく反応する。
だから、大人の日本はこういう事実はあまり言わない方がいいのではないか(笑)。
韓国人の日本に対す憎悪は、かつて一度そのレーゾンデートル(拠って立つ場所)を与えられながら、また奪ってしまったことにあるかのようだが・・・・
売り言葉に買い言葉になってしまうかも。
大日本帝国臣民であった誇り
「民族の責任」(西尾幹二著より)
韓国の近代社会は日本のそれのコピーである。
子供などは韓国の街や店や道往く人々を見ていると「ああ日本の真似っこをしている」という。
大人はそういうことを口にしてはいけないと、ことに戦後はデリケートになっているが、あんまりあちらが最近では無遠慮に日本人に偉そうに自分を模範にしなさいと言わんばかりなことを言うのど、こちらも少しは本当のことを言っておいてあげた方がよいのかと思うのである。
韓国は服装や髪型や街区のつくり方ばかりではなく、近代の法律制度がほぼ日本のコピーであるといってもよいほどであった。独立後しばらくは日本語の法律をそのまま使用していたらしいが、1960年になっても韓国語訳は完成しなかった。
盧武鉉大統領は弁護士出身だから日本の法律で勉強して資格を取ったに違いないが、その大統領が日本の文化的影響が少しでも出るのを嫌い「過去清算法」などといって自分の過去に背を向けるのは自己欺瞞もいいところである。
過去というのはどんにないやな過去でも捨て去ることはできない。今の自分を形づくり、その血と肉になっているからである。
韓国人は大日本帝国臣民であったことを誇りにしていた時代があった。
今はそんなことをおくびにも出せまいが、しかし、父母や祖父母の時代がそうであったとを今の韓国人は薄々と知っているか、あるいは人によってはかなりはっきり気づいているように思える。
大日本帝国は韓国人に「一等国民」の夢を実現した輝かしいシンボルだった。
李朝時代の腐敗の淵からから這い上がり、西洋人から犬畜生のごとく扱われかけていた恐怖を取り除き、統一性を与えてくれた日本。しかもあっという間に世界の大国の仲間入りを果たすことを可能にした。同じ国民としての日本。
しかし戦争が終ると、日本への同化の夢が消えただけでなく、そこには深い空洞が残り、韓国人としてのアイデンティティの確立も疑わしいものになった。
戦後日本が「経済大国」として成功しなかったら、韓国は精神的に自立し得ただろう。
2004年の与論調査によると、韓国人が一番嫌いな国が日本。そして一番見習うべき国も日本だった。
大日本帝国臣民であったがゆえに、そこへはもはや二度と戻ることが出来ない無念は口が裂けても言えないが、さりとて、何処へ戻ったらよいのかを分らなくさせてしまったのも日本なのだった。
大日本帝国軍人になりたかった韓国人志願兵の競争率は1938年で7.3倍、戦争たけなわの43年(昭和18年)に30万人余が応募し、倍率は47.6倍なのであった。
韓国人の日本人への果てしない憎悪は、自分の居るべき必然的な居場所を与えてくれたかにみえて、瞬時にしてそれを奪ってしまったことにある。
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金完燮(キム・ワンソプ)という韓国人も肯定してますね・・・ http://blogs.yahoo.co.jp/xgenech/5198677.html
2005/6/18(土) 午前 2:47 [ - ]
実質的には、併合時代はある程度、日本政府と朝鮮人は民族的に折り合いをつけていたのだ思う。そして、政治的にも、朝鮮と日本は共同的植民地支配を行っていた。なぜなら、その当時、役所では朝鮮人が日本人の上司であることはさほど珍しくなかったから。
2005/6/18(土) 午前 11:03
ここまでくると・・・・ http://ranobe.sakuratan.com/up/updata/up42546.jpg
2005/6/19(日) 午後 2:16 [ - ]
韓国の日本に対する憧れはアニメにも出ています!トラックバックさせて下さい〜!
2006/3/8(水) 午後 2:27 [ 勝軍 ]
皇国臣民の誓詞
其の一
一、私共ハ大日本帝国ノ臣民デアリマス。
二、私共ハ互イニ心ヲ合ワセテ、天皇陛下二忠義ヲ尽シマス。
三、私共ハ忍苦鍛練シテ、立派ナ強イ国民トナリマス。
其の二
一、我等ハ皇国臣民ナリ、忠誠以テ君国二報ゼン。
二、我等皇国臣民ハ互イニ信愛協カシ以テ団結ヲ固クセン。
三、我等皇国臣民ハ忍苦鍛練力ヲ養ヒ以テ皇道ヲ宣掲セン。
注(其の一)は学校用、(其の二)は一般用とされた。
2013/8/24(土) 午後 10:38 [ 領海・領空防衛 ]