反日勢力を斬る

反日を国是とする特定アジア諸国と日本内部に潜む反日勢力を糾弾します。

靖国参拝問題

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国神社の本来の意味

靖国神社に参拝した小泉首相が「平和を祈念し二度と戦争が起こらないように・・・」と言うたびに、靖国参拝に反対する反日諸国への言い訳めいて、何か胡散臭い感じが否めなかったのだが・・・


いつもユニークな視点から発言する軍学者・兵頭二十八が「靖国問題」について独特の自論を展開している。

靖国神社は本来、勝ち抜く決意をするための場所で慰霊の場所ではない。
いまでは、利権がらみの政治屋がそれを利用しているに過ぎないという。

そういえば、私たちは靖国神社の本来の意義を戦後60年経って忘れてしまっていたのでは?

やや難解なレトリックから筆者の言わんとするところを汲み取れば・・・・



靖国神社の本務とは

軍学者 兵頭二十八
「正論」8月号より

 寺院に参れば死者を思う。神社に詣でれば、生きている自分達が勝ち抜く決意が得られる。
 殊に靖国神社は、19世紀の帝国主義時代を日本国民がサバイバルするために建立された、近代日本にまさにあるべき戦捷祈願の国定施設であった。

維新の元勲が戊辰の役を振り返れば、伏見で初弾が放たれた慶応3年1月3日(旧暦)こそが日本の近代の夜明けだ。
この近代日本の護国の鬼を漏れなく等しく顕彰することで、これからも、戦争を指導する者と指揮される者が団結できる。

さいしよから靖国神社は、戦死者の冥福を祈る場所ではなかったし、今後もあるべきではない。
いわんやそこで不戦平和を誓うなど、戦死者を愚弄する暴挙にしかならぬ。

「靖国神社の御前に/拍手打ってぬかづけば/父子兄弟夫らが/今だ頼むと声がする」(レコード『進め一億火の玉だ』昭和17年)と感ずるものだけが近代国民としてシナ人の奴隷になる運命を斥けられる筈であろう。

鎌倉以来、「天皇の上には仏教その他の聖的権威はない。これからの日本では無私の天皇が至上の聖性であり、武士はその聖性に信任されて地上の権力支配を担当する。寺院は武士に協力する行政機関である。」との国体ができあがってきた。明治国体こそ、その完成である。

山形有朋が明治6年に徴兵制軍隊を立ち上げたとき、庶民が全員武士、かなわち、西洋の市民となることを期待した。
ところが明治の30年代になっても相変わらず町人の多くは町人根性のままで、たとえばロシア兵の猛烈な銃創突撃を受けたときに、踏みとどまって逃げなかったのは士族出身者だけであった。

そんな貴重な武士の人だねもいつかは尽きる。
果たして第二次日露戦争になった暁に日本人はロシア人の奴隷にならないで済むか・・・との危機感から、明治42年改定の『歩兵操典』は、特にモラーメル(士気)やメンタルを綱領で協調した(余談だが、これは現代戦から目を逸らしたのではない。進化が早くて操典改定が追いつかぬと予測された最新戦技を、爾後は戸山学校や歩兵学校で具体的に教えるようにしたまでであった)。

近代神道である靖国神社の性格が大きくねじくれたのは、支那事変以降だ。

当時のシナは分裂期で、日本を征服する力はない。それゆえ、昭和13年の泥沼化以降、事変を収拾できぬ政府はあまりに無能である、と、大衆が不満をつのらせた。
軍人恩給(当時戦死の場合、遺族年金の計算根拠となる)戦時適用は十分手厚かったのだけれども、不人気を意識した政府が遺族に媚びたあまり、招魂祭が、あたかも遺族を慰める場のようになってしまった。都市部の遺族には軍歴と無縁のものも多く、近代市民精神は未だ希薄であった。

この軍人恩給と遺族年金が敗戦後、マッカーサーによって停止させられたことがきっかけで、靖国神社は「利権・票田」と関連付けられ、致命的に「寺院」化する。

もしも東京裁判と「日本国憲法」を無条件に信奉するならば、日本近代の戦死者は全員、悪者だ。戦前の悪と決別した新憲法下の政府には、遺族年金も恩給も支払う義理が無いのかもしれない。

終戦直後の食糧難時代、それでは餓死するしかなかった遺族と在郷軍人は。「自分らは戦前政府の犠牲者だ」と訴えることにした。
戦捷祈願の場である靖国神社と、不吉な敗戦記念日どある「8・15」が、彼らと彼らの票を当てにした代議士らによって宣伝戦術的に結び付けられて、世間が理解し易い標象とされた。
挙句に靖国神社は、まるで慰霊と懺悔のための一寺院のような性格を、無体にも押し付けられることになってしまったのだ。

昭和27年に軍人恩給は部分復活されたけれども、まだ増額の余地があったから、遺族と政治家は共闘を続けた。

さすがに昭和50年、もう旧軍人や遺族への国家の援護は十分に回復し、これ以上は過剰になると大方が判断し「靖国神社法案」が断念された。
ところが、そこから利権集団は「政府閣僚の8.15公式参拝」に力点を置きかえた運動を起こした。
この運動によこしまな動機から乗る議員に、英霊が迷惑しない筈があろうか?

靖国神社は遺族の私物ではない。

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小柳陽太朗さんが本の中にこう書かれています。「一旦国家の危急に際しては、自己のすべてを捧げて戦場に臨むのは人類がこれまでに積み重ねてきたすぐれた美徳であり、それは、国境を越えて人々の心を打つ厳粛な姿であった。従っていづれの国においても、戦没者の慰霊碑に対しては、世界のあらゆる国々の人がその前に花輪を捧げるのだ。このような戦死と言うことの道徳意味が、今の日本では全くわからなくなってしまった。」

2005/7/12(火) 午後 10:45 [ まさ ]

恥ずかしながら、小柳陽太郎という人物は知りませんでした。確かに彼の言うとおり、日本人は戦死の道徳的意味が分からなくなってしまったようです。60年間アメリカの核の傘の下で戦争を知らずに済んで来たためでしょうか。

2005/7/12(火) 午後 11:55 blo*g*r2*05jp

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昭和56年に国民文化研究会から出版された「戦後教育の中で」という本からの抜粋です。今は売ってないかもしれませんね。もし見つかればご一読してみてください。

2005/7/13(水) 午前 8:51 [ まさ ]


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