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東條由布子さんを見掛けました
11時30分東西線九段下着。
改札口の出口から地上に上がるまで、機動隊がバリケードをつくって歩行者をマイクで誘導していた。
地上に出ると、靖国神社に向かう行列が続き、炎天下のすごい混雑。
街宣車がならび、機動隊員が装甲車の上で仁王立ちになって、マイクで歩行者を誘導している。
正しい日本の歴史教科書をアッピールする幟を立ててパンフレットを配っているグループが居る。
近寄ってみると「杉並区で戦いました」と声を上げながら、「大人が知らない こどもの教科書」というパンフを配布している。
「頑張ってください!」と声をかけると「ありがとうございます」と応えてパンフを渡してくれる。
「新しい歴史教科書を作る会」の作成した36ページの小冊子で、マンガも交えて分かりやすく説明されている。こうした地道な活動が大きい輪になって広がることを期待したい。
「中国共産党、崩壊目前」という大紀元時報を配布している人達もいる。
350万人が中国共産党から脱退、外交官亡命と脱党、日本で中共幹部を提訴、中国共産党の暴虐の歴史、ネット封鎖に780億円・・・と見出しが躍る。
特設ステージでは「終戦60年国民の集い」が開催されていて、
平沼前議員が演説をしている。
たくさんの人が着席または立ち見で聞き入っている。
参拝する人はその脇を牛歩のようにのろのろと通り過ぎて、本殿に向かう。
平沼氏が「小泉首相は公約したとおり何故今日参拝しないのか」というと拍手と「そうだそうだ」の声が上がる。
次に帰還兵の小野田元上等兵氏が壇に立ち、「小泉首相は郵政改革で死んでもいいというなら、なぜ靖国参拝で死んでもいいといわないのか。参拝するときは、黙って参拝して欲しい。前回参拝の時に『心ならずも』と言ったがそのような言葉を英霊は聞きたくない(実際にはもっと胸に迫るいいまわしだった)」。
ここでも拍手と声援があがり、PONKOは歩きながら「そうだ」と思わず叫び、ウルウル。
神門の次の門から拝殿までの数百メーターは幅約50メーター行列が身動きできないで並ぶ。
この暑さと人いきれで30分以上も参拝を待つ間に倒れる人も出るのではないかと心配する。
行列の中には軍服姿のグループ(あきらかなコスプレ組や本物の老兵)、傷痍軍人らしき数名、右翼めいたロゴ入りのシャツや背広にバッチの人達などさまざま。まあ右翼と決め付けてはいけないでしょうが・・・
参拝をどうやら済ませ、遊就舘へ。
ところが、遊就舘も長蛇の列。並んで待っている間、ふと横を見ると、あの東條首相のお孫さんの東條由布子さんが若者に囲まれて話をしている。若者が名刺を出して挨拶している。
奇遇でした。早速近づいてカメラのシャッターを押す。私服警備員のような人の目が光りこちらを見たのでギクッ。しかし、東條さんを知っている人は少ないようだ。
入館を済ませた時、突然、マイクで入館を制止する案内が流れたので、何事かと思うと、ちょうど12時で戦没者への黙祷の時間だった。
正午の時報に合わせて全員黙祷。1分間、静寂が流れる。
その後、天皇陛下のお言葉を、ほとんどの人が歩きながら拝聴する。廊下の端に帽子を取り、姿勢を正して拝聴する老人の姿が見られる。
混雑する遊就舘のなかで、感心したことはほとんどの人が展示物よりも、細かな字で書かれた歴史の説明パネルを熱心に読んでいることだ。だから行列はなかなか動かない。
美術館や通常の歴史博物館では見られない情景だ。
中学生くらいの二人の子供連れた父親が1組と、青年を連れた父親がパネルを見ながら説明している姿も見られた。
引率員が数人を相手に説明しているのもみられたが、何か批判的な様子だった。
展示物を見て涙ぐんでいる中年の女性も居た。
また隣の若い娘さんが二人で「英霊って死んだ人のことでしょ・・」と話し合っている。
ゼロ戦のエンジンを見てダイムラー・ベンツ製だったと知って驚いていると、隣のオジサンが「これって回るのかな」とプロペラに手をかけて回したので「ガチャン」と大きな音を立ててプロペラがパネルスタンドにぶっつかって驚く。周りの人も驚いてオジサンを非難の目で見る。
よく見るとプロペラ当たった場所に傷がついていて、回す人が多いのだなと変な事に納得。
退舘前にアンケートに記入し、書き込みノートを見ると、ほとんどが愛国心に満ちあふれたコメントをしているが、中には稚拙な大きな字で「戦争を美化するな!」と書いてある。
決して戦争を美化しているわけではないのに、そう感じるのは先入観であり、サヨクの戦後教育を通してのサヨクの洗脳が成功した証拠だ。
帰り道の特設ステージでは、クライン孝子、石原慎太郎、西村慎吾、山谷えり子、西尾幹二、金美齢の各氏がスピーチをするらしい。
靖国分祀反対の署名をすると、日の丸の団扇を無料でくれるのだが、帰る頃には団扇やその他の無料サービス品はサンプルだけあって、品切れになっている。
「何とかしろ」「何ともなりません」「じゃあ売ってくれ」「売るわけにはいきません」と係りとおじさんが押し問答している。普通の団扇ならほしくなかったかもしれないが、日の丸のついた団扇だから欲しかったのだろうと同情する。(実はPONKOも貰い損なった)
僅か数時間の靖国神社参拝でしたが、実にいろいろな体験をしました。
感じたことは、日本人は国のために死んだ英霊を慰霊する気持ちを忘れていないこと、先の大戦をもう一度自分なりに考えてみようという人がたくさん居ること。
しかし、もっと若い人達もたくさん来て欲しいという思いでした。
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私は10:45-12:15頃まで境内におりました。何か不思議な感じですね♪
2005/8/15(月) 午後 8:58 [ KABU ]
お疲れ様です。私は12:00〜14:00ぐらいまで靖国にいました。 兎に角暑かったですね。並んで立ってるだけで汗がふきだしてくる程でした。
2005/8/15(月) 午後 9:45 [ なこ ]
私も東条さんの写真を撮ったから、同じ頃に近くにいたんですね。 PONKOさんの説明は素晴らしい。傑作を。小野田さんは力強かったですね。「靖国神社参拝反対」と書かれた横断幕を持った若者のグループが痛そうです。勘違いも甚だしいと長谷川三千子教授は話していました。
2005/8/16(火) 午前 9:58 [ jul*a*y5* ]
わあっ、皆さんも同じ時刻に靖国神社に居たんですね。ほんとに不思議な家事がします。Juliaさん傑作チェックありがとう。初めて受賞しました! 反対派の写真撮ろうとしたけど見つかりませんでした。
2005/8/16(火) 午後 1:04
僕は愛媛なので、靖国まで行くことはできませんでしたが護国神社に行ってきました。過去最高の人手だったそうですね。靖国を思う心は日本人に浸透してきているようですね。心強いです。TBさせてください。
2005/8/16(火) 午後 4:15 [ fxq**845 ]
みなさんトラバありがとう。それぞれが充実した時間を過ごせましたね。来年の今頃は、どの政権の下で日本がどう変わっているのか気になるところです。
2005/8/16(火) 午後 5:53
私も靖国に参拝して参りました。石原都知事・西村眞悟氏・松原仁氏・山谷えり子氏の提言を聞けとても貴重な時間を過ごせました。特に遊就館が印象に残り、多数の英霊の遺影はとても感慨深く感じ、多数の遺言書やアルバムは涙なくしては読めませんでした。また来年の8月15日も参拝に来るぞと心に誓いました。
2005/8/16(火) 午後 7:50
私は仕事でしたから参拝は出来ませんでした。これまで行こうと思った事は無かったのですが、今年は行ってみようと思ったのですが。昼食時、会社の食堂で一人で手を合わせて黙祷しました。
2005/8/18(木) 午後 10:25
私は10:30頃に靖国に着きました。黙祷の時、それまでざわついていたのが一瞬でセミの声だけになったのが印象的でした。居合わせた人が全員同じ感覚を共有していることに感動を覚えました。
2005/8/20(土) 午前 5:29
靖国神社に行けなかった人も、行った人もありがとう。Ponkoがお礼言うのもおかしいですが。国のために散った英霊は喜んでいると思います。
2005/8/21(日) 午後 6:11
お疲れ様でした。ポンコさんの、記者みたいな、文章の構成が、しみじみと、味わい深く、内容の濃い中味に、感動しましたので。九州からの、一言の、お礼を申し上げます。
2005/8/23(火) 午前 1:58 [ - ]