|
【To My File】
今朝の産経新聞社説は朝日・NHK問題と首相の靖国参拝違憲判決(傍論)について簡潔に論じており正論だ。
産経新聞(2005年10月1日付朝刊)より
【主張】朝日NHK問題 なぜ潔く訂正できないか
朝日新聞は、NHK番組が政治家の圧力で改変されたとした今年1月12日付記事について取材不足を認め、「不確実な情報が含まれた」とする見解を発表した。
この記事で特に真偽が問題となったのは、(1)安倍晋三、中川昭一の両氏は本当にNHK幹部を呼び出したのか(2)中川氏とNHK幹部が会ったのは放送前だったか−の2点だ。
朝日は、社内に新設した「NHK報道」委員会からも「取材が不十分だった」との批判を受けたとし、「呼び出し」ではなく「会って」と表現し、中川氏の面会は「放送前日」と断定しない方が適切だったとしている。要するに、記事の根幹部分である(1)と(2)は、裏づけが取れなかったのである。
そうであれば、政治家の圧力で番組が改変されたとする記事そのものが成り立たなくなる。表現を少し変えれば済むという問題ではない。
それでもなお、朝日は訂正する必要はないとしている。「委員会もその必要はないという意見が大勢だった」というのが理由だ。なぜ、自らの責任で潔く誤報を訂正し、安倍氏らに謝罪することができないのか。同じ報道機関として、理解に苦しむ。
朝日は今年7月下旬、「現時点では記事を訂正する必要はない」とする見開きの検証記事を載せた。このときから2カ月たっても、自社の記事に甘い姿勢は、ほとんど変わっていない。
この問題のために新設された「NHK報道」委員会は、朝日の常設の「紙面審議会」や「報道と人権委員会」の委員で構成されている。第三者機関としての十分な外部評価が可能だったかどうかも疑わしい。
朝日はまた、この問題に関する社内資料が月刊誌に流出した問題で、「流出経路や関与した人物の特定には至らなかった」として、幹部の管理責任だけを問い、常務を編集担当兼編集局長から外し、社会部長の職を解いた。この調査も不十分である。取材資料の流出もあってはならないことで、さらに調査を徹底すべきだ。
この朝日・NHK問題は、日本のジャーナリズム全体の信頼性にかかわる問題でもある。昭和天皇を弁護人なしで裁いた民間法廷を取り上げたNHK番組自体の再検証も済んでいない。まだ、幕引きは許されない。
【主張】靖国訴訟 ねじれ判決に拘束力なし
小泉純一郎首相の靖国神社参拝をめぐる訴訟で、大阪高裁は原告の損害賠償請求を棄却しつつ、首相の靖国参拝を違憲とする判断を示した。典型的なねじれ判決である。
この違憲判断は、主文と無関係な傍論の中で示された。
大阪高裁は「参拝は内閣総理大臣の職務として行われた」と認定し、「国内外の強い批判にもかかわらず、実行し、継続した」「国は靖国神社との間にのみ意識的に特別のかかわり合いを持った」と判断した。そのうえで、首相の靖国参拝は「特定の宗教に対する助長、促進になる」とし、憲法の政教分離規定(20条3項)に違反するとした。
国や自治体の行為に少しでも宗教的色彩があれば、違憲とみなす厳格分離主義の立場をとっている。
しかし、昭和52年の津地鎮祭訴訟での最高裁大法廷判決は、国家と宗教のかかわりを一定限度容認する緩やかな政教分離解釈を示し、多くの下級審判決では、この最高裁判決が踏襲されてきた。今回の大阪高裁の判断は、この判例を逸脱している。
判決文は小泉首相の靖国参拝の主たる動機・目的を「政治的なもの」と決めつけているが、裁判官こそ、中国や韓国などからの批判を意識しており、政治的意図を疑わざるを得ない。
このように、問題の多い高裁判断ではあるが、それが傍論である限り、何の拘束力も持たない。
同じようなねじれ判決は、首相の靖国公式参拝を違憲とした仙台高裁(平成3年)、「参拝を継続すれば違憲」とした福岡高裁(平成4年)などの判決にも見られた。昨年4月、小泉首相の靖国参拝を違憲とした福岡地裁判決もそうだ。
いずれも、主文で原告の請求が退けられているため、被告の国側が控訴、上告して争えない構造になっており、下級審判決が確定している。裁判官は、上訴権を封じるようなねじれ判決を避けるべきである。
小泉首相の靖国参拝をめぐる訴訟は全国各地で起こされ、政治運動化しているが、多くの裁判官は憲法判断に踏み込まず、参拝を認める判断を下している。小泉首相は今回の大阪高裁の違憲判断に惑わされず、堂々と靖国参拝を継続してほしい。
|