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東京裁判で叫んだ米国人弁護士
東京裁判そのものは茶番ではあったが、日本を弁護した米国人弁護士も居た。
アメリカという国はいろいろ言われるが、こういったバランス感覚というのは確かに持っていると思う。
もう風化してしまったNHK・朝日問題の弁護人の居ない「擬似法廷」のこともチラリと思い出した。
(正論8月号 米田健三論文より)
東京裁判の目的は明らかである。
勝者の敗者に対する見せしめであり、復讐であり、指導者を処刑することによって、敗戦国日本が一方的な悪の帝国であったという虚構の観念を、すべての日本人に植え付け、未来永劫、自責の念を抱かせることにあった。
米国人弁護士、ブレイクニーは、広島・長崎への無差別殺戮兵器・原子爆弾の投下(注 これこそ戦争犯罪である。日本の諸都市に対する無差別爆撃も同様である)を命じた者に、被告らを裁く資格はないと叫んだ。
同ローガンは、欧米から経済的、軍事的に追いつめられた結果の日本の自衛戦争であると指摘した。インドのパール判事は無罪の判決を主張した。
ブレイクニー弁護人の発言に、戦勝国側は驚愕した。
同発言は昭和21年5月14日の公判で、裁判所の管轄権を巡る論争で飛び出したのだが、途中からイヤホーンの日本語同時通訳が切られてしまった。
東京裁判の欺瞞を端的に暴いたこの発言を、戦勝国側は誰よりも、傍聴席に座っていた約200人の日本人に聞かせたくなかったのだ。
この発言が広く日本国民一般に知らされたのは、昭和58年に公開された記録映画『東京裁判』の日本語字幕によってであった。
ブレイクニーは東京裁判終了後、東京で弁護士事務所を開いたが、自家用飛行機で沖縄に向かう途中、伊豆の天城山に衝突して死亡した。
彼に限らず、米人弁護士らは全力を挙げて弁護に臨んだ。時に、彼らの祖国米国を激しく糾弾することも辞さなかった。
そのフェアな精神は大いに賞賛されるぺきだろう。
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