反日勢力を斬る

反日を国是とする特定アジア諸国と日本内部に潜む反日勢力を糾弾します。

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人権擁護法案を阻もう

昨年、大方の反対にあって国会提出が見送られた悪名高い「人権擁護法案」がまたもや古賀・二階らによって国会に再提出されようとしている。

本案に反対する安倍晋三官房長官が首相になったとき、勝ち馬に乗った売国奴の古賀・二階が再提出することで混乱の火種になるおそれがあるという。

安倍総理の新たな門出に泥を塗ろうとする古賀・二階の動きは反日勢力として注視をけなければならない。


産経新聞(2006年8月29日付朝刊)より
人権法案再提出の構え
あす与党懇話会 新政権に火種?

 杉浦正健法相は28日、自民党内で賛否が分かれたため昨年は国会提出が見送られた人権擁護法案について、法案を推進してきた古賀誠元幹事長、二階俊博経済産業相らと党本部で会談した。
その結果、自民、公明両党による「与党人権問題懇話会」を今月30日に再開させ、法務省が大幅修正した法案を提出するひとで一致した。

 法務省は外国人の人権擁護委員就任を規制する国籍条項を設けることで反対派に配慮し、来年の通常国会の法案提出を念頭に検討を進める考えだ。だが、新総裁就任が確実視される安倍晋三官房長官は同法案に強硬に反対してきた経緯がある。
古賀、二階両氏は総裁選で安倍氏支持の意向だが、新政権発足後に同法案が混乱の火だねになる可能性もある。

 同法案は人権侵害の定義があいまいで、新設の人権委員会が令状なしに捜査、押取できるなど権限が強大すぎると批判されたほか、取材規制を設けたメディア条項への反発もあった。このため当時与党懇話会幹部だった古賀、二階両氏は法案提出を断念。安倍氏は「言論の自由は一度失ったら取り戻すのは至難の業だ。多くの疑問が払拭されない限り、法案提出させてはならない」と語るなど反対派の中心だった。

  

神様だって間違える?

「神様でも間違える」

長年「産経抄」の執筆を続けて来た石井英夫氏が同紙の「蛙の遠めがね」で天皇陛下のご親拝を望んだ一文を寄せた。

往年の「産経抄」は寸鉄人を刺す鋭さと、軽妙なユーモアが入り混じった見事なコラムだった。
同氏は「神様だって間違える。天皇だってお考えが間違うことはありうる。靖国神社も柔軟に修正すればいい」として、陛下のご親拝を懇望している。

Ponkoはいつものヒステリーで「恐れ多くも」(この言葉で、そこに居合わせた全員が雷に打たれたように「気を付け」の姿勢を取る)「天皇のために死んでいった英霊をご親拝しない天皇なんて要らない」と極論を披露して顰蹙を買った。

その気持ちを代弁してくれた石井さんの詳論をコピペしてご紹介する。
ただし、A級戦犯14柱のみたまを「復祀」するというある意味姑息な考えには同意できかねるが・・・

産経新聞(2006年8月28日付朝刊)より
蛙の遠めがね(石井英夫)
陛下、どうかご親拝を

 かつては高貴な方のことに触れる時は「恐れ多くも」という枕詞をつけるのかならわしだった。それが約束事だった。
 そこで恐れ多くもだが、この老蛙生はいまの天皇陛下と同じ昭和1ケタの生まれである。ただし靖国の遺族ではない。しかし戦後61年目の夏が過ぎようとするいま、天皇陛下と靖国神社にお願い申し上げたいことを思い切って書くことにした。

 それは、陛下にはどうか靖国神社にご親拝いただきたいというお願いである。一老蛙生としての切なる懇望である。

 この8月15日、東京・九段の靖国神社を参拝した人の数は、過去最高の25万8000人にのぽった。
老蛙生もそのうちの1ピキだったか、小紙を除く大手紙のすべてが「首相参拝」を批判した。
ところがその各紙の世論調査では「参拝支持」がなんと多数を占めた。つまり人びとの意思は各紙論調をみごとに裏切ったのだった。

 これは勝手な推測だか、そういう民意はいま天皇陛下の靖国ご親拝を熱く望んでいるのではないだろうか。ところか昭和50年11月に昭和天皇が最後におまいりなさって以来、今上陛下まで31年間も絶えて天皇の靖国ご親拝がない。これはどうしたことだろう。

 これでは祖国のため、天皇のためといって命をなげうった246万柱の英霊に対して説明がつかない。物事の道理が立たないというか、筋道が通らないというか、市井のカエルの頭脳では理解できないことなのだ。

 この7月、昭和天皇のご発言メモなるものが世にでた。無私であらせられる天皇の私的なつぶやきを世間に流出させた関係者の無責任と不見識は、到底許されることではない。しかし百歩譲って、メモが昭和天皇のご意思だとした場合、老蛙生はこう考える。

 神道の神髄は融通無碍なところにある。世界にも類のない神道のすぱらしさは、何ものにも束縛されない自由さにある。神道むをめぐるシンポジウムに『いま、神道が動く』(片山文彦編、新人物往来社、平成13年)という本があった。同書で仏教学者のひろ・さちやさんは神道の根本原理のーつとして「神様でも間違える」ことをあげている。
神道の神は絶対無謬のイスラム教やキリスト教と違い、一神教でなく多神教だから素戔鳴尊(すさのおのみこと)でも聞違いをする。神様が間違うのだから、自分たちが聞違うのは当たり前である。だから「今日はこれでいくが、状況が変われば問題を元に戻し、今度はこれでいく」。それが神道のいいところだというのだった。

 天皇だってお考えが間違うことはありうる。靖国神社も時と場合によっては一度決めたことでも修正すればいい。そして宮内庁が硬直した石頭だったら、靖国神社は逆に柔軟な水平思考をすればいい。
 
 たとえば、いわゆるA級戦犯14柱のみたまは靖国神社の一角にある「鎮霊社」にもう一度戻っていただくのも一案だろう。これは分祀ではなく、復祀だ。
キーワードは「融通無碍」。すべては天皇の靖国ご親拝の実現のために、あらゆる英知と努力を傾けて欲しいのである。

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